TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 今回は短めです。


 ──追記──
 文字数調整の為、話の前後を繋ぎました。(2021.02.21)


episode.13:迷宮の楽園(UnderResort)

 まるで光の入る余地のない、深い静寂。

 気が付けば彼女──ヤマト・命は『此処』で目を覚まし、暗闇の中を漂っていた。そして即座に自分がどのような状況に置かれているか、客観的に己の現状の理解に努めようと、思考を巡らせ始める。

 

 まず『此処』は空気のない……所謂、宇宙と呼ばれる場所に似た空間であるということ。

 そして彼女は息をしていないのにも関わらず苦しいという、人が生きる上での行為を必要としていない。そもそも身体が動かせなかった。

 その原因が、身体の感覚がないという事実に対して違和感を抱いていない事に、本人は気づかない。身体が動かせないという事実だけが、彼女の頭には残っていた。

 

 そこから『此処』が現実ではなく『夢』の中である、という結論を命が導き出したのは、至極当然であった。

 なによりも、彼女自身が『そう』望んでいるから。

 

 

 ──“死”

 

 

 それを、彼女は認めない。

 生者の気配を感じない場所で孤独は心細く、太陽や月は無いけど大小様々な無数の星々が綺麗でずっと見ていられるけど、それ以外の漆黒に光がないから星が光って見えるようだと。

 そんな嫌な考えばかりが浮かんでくる。

 

 だからこそ彼女は必死に現実から目を逸らすように『此処』──『夢』に逃げたのかもしれない。

 それでも彼女は、ヤマト・命という、一人の冒険者はまだ“生”を諦めていなかった。

 

 故に『此処』は『夢』だと、自分に言い聞かせるかのように目を瞑る。

 それでも生者の気配を感じない(・・・・・・・・・・)せいで、得体の知れない“何か”がいるのではないかと、そんな事さえ考えてしまい、……いや、よそう。

 そう、声の出せない命は、独り言ちた。

 

 そうしていると、自然と思考の中で時間を遡り始める。

 

 次々と切り取られた映像が脳裏に浮かび上がって来るのは、『夢』の中だからか。

 はたまた走馬灯が故か。

 どちらにせよ、心細く感じていた彼女にとって【ファミリア】の家族や父と慕う主神との思い出は、孤独を紛らわせてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 砕け散って宙を舞う魔石へ、唄を吹きかける時の仕草──艶やかな吐息を『光沢のある息』と表現して、そこから【Glossy breath(星の息吹)】と銘を綴った、十節の章からなる詠歌。

 その内容は夢見る冒険者へ贈った応援歌にして、延命処置の為の歌でもある。

 具体的には魔石に吹きかけた(魔力)は死の危険に陥っている者の下へ宙を舞い、恵みの雨のように降り注ぐ。因みに、その宙を翔る(魔力)の速さは延命を第一としているので到底僕達が走って追えるものではない。

 そして、此処で思い出して欲しい。(魔力)の対象者は“夢見る冒険者”……つまり、迷宮を真っ当に攻略している者だ。当然、声の主である僕に優先順位を決める権利があるけど、悪人または罪人でない限り、対象を限定することはしなかった。

 

 詰まる所、恵みの雨が降り注がれたのは天照様とタケミカヅチ様の眷属だけではなかった。

 魔力跡を追い、辿り着いたのは安全地帯(セーフティポイント)と呼ばれる第十八階層。

 そこに築き上げられた陣地の階層入口に最も近い場所で立っていたのは、つい先日にランクアップをしたらお祝いをしようと約束をしたアイズさんだった。

 

 

「お久しぶりです、アイズさん。お聞きしたいことがあるのですが、【アマテラス・ファミリア】と【タケミカヅチ・ファミリア】の団員を見かけなかったですか?」

「うん、久しぶり。……でも今はフィンが待ってるから」

 

 

 …………僕の魔力を陣地の内側から感じるから、おそらくだけど僕達が探している人達は【ロキ・ファミリア】の人達が保護してくれたのだろう。それについてもフィン・ディムナから説明がある、ってことだろうな。

 アイズさん説明不足だよ。普通そんな説明じゃ付いて行かないよ?行くけど。

 

 僕は他の三人にアイズさんの説明から読み取ったことの内容、そしてフィン・ディムナとの交渉は僕に任せて欲しいことを伝えると、三人は各々僕に従うと意思を示してくれた。

 

 

「わかりました。案内をお願いします」

「うん……付いて来て」

 

 

 アイズさんを先頭に【ロキ・ファミリア】の天幕の間を進んで行く。途中、団員達から探るような視線を向けられるも、声を掛けられることはなかった。

 ……おそらく、フィン・ディムナが周知させていたのかもしれない。会ったことはないけど、切れ者だと聞く。断片的な情報から事態を推理するのも難しくないだろう。

 

 そうして案内されたのは大きめの天幕。

 呻き声などが内側から聞こえてくるのは、此処に多くの怪我人などが集められているのだと推察した。

 

 

「フィン……団長の客人だから、通してくれる?」

「はい、一応来た人は全員通すように仰せつかっています。どうぞお通りください」

 

 

 そんな遣り取りの後、付いて来るように、とアイズさんに目線を向けられる。自然に門番の人にも視線を向けられるので、僕は彼に対して目礼を送った。

 両端から扉代わりの布が捲られ、中へ入っていくアイズさんの後に続く。

 そこで見た光景は──毒で爛れた肌、膿みかけた傷口。それらを必死に動き回りながら治療する仲間達の姿は──まるで凄惨な戦場のようだった。

 そして、翻る金糸の髪が視界に入ったことで正気に戻った僕はこれから如何するべきか結論を出す為、忙しなく目を周囲に巡らせ、状況の程度を把握していった。

 

 そんな僕に一人、アイズさんを労った後に声を掛けて来る人がいた。

 

 

「はじめまして、だね。【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナだ。早速だけど…………いや、先に此方の状況を説明した方がいいかな?」

「遠征の帰還途中に毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒による状態異常を受け、さらに二次的な被害として怪我人が多数。怪我人に関してはポーションを使用すれば回復する程度。後は他ファミリアの怪我人を保護している……違いますか?」

「…………いいや、間違ってないし、僕達が保護した怪我人の所属は【タケミカヅチ・ファミリア】の構成員と聞いている。ただ……」

「何か問題が?」

「怪我の具合が命に関わるレベルな筈だったのに、“何かしらの魔法”が彼女を延命していた。そして“それ”の効果は伝染するように僕達の仲間達へも及んでいるみたいでね。……何か、心当たりはあるかい?」

 

 

 本来、魔法やスキルなどの【ステイタス】を暴くような事は御法度とされている。それを知っていて尚、僕へ問い掛けるフィン・ディムナの瞳には、上を立つ者としての責任感というよりも、仲間を心配する誇り高き小人族(パルゥム)の意志が宿っていた。

 その心情を読み取った僕は、教える代わりに一つだけ条件を付けたいと、彼に申し出た。

 

 

「……僕にも上に立つ者としての責任がある。ファミリアに支障が出ない条件なら、出来るだけ考慮しよう」

 

 

 交換条件を申し出る時点で“(魔力)”の源は僕だと明言しているようなものだけど、こうして律儀に言ってくれる辺り彼は信用して良い(パルゥム)なんだろう。

 偶然とは言え、此処でこうして会う事が出来てよかったと再確認した僕は、意を決する。

 

 

「では【ヘスティア・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】、両ファミリア主神である神ヘスティアと神フレイヤの名代として正式に【ロキ・ファミリア】へ同盟を申し込みます」

「それは、僕だけの意思では決めかねる。幹部達にも意見を求めたいし、せめてロキ……ウチの主神にも話を通す必要がある……、…………うん?」

 

 

 僕の言い放った内容───迷宮都市(オラリオ)の二大勢力に僕達のファミリアを加え、三つの勢力で同盟を結ぶ───は、僕の言葉が神ヘスティアと神フレイヤの言葉でもあるという意味でも、その内容自体も、彼にとって突拍子もなく、予想を遥かに越えたものだったのだろう。

 内容を理解するよりも思考が先に進んでしまったらしく、噛み砕いた言葉に理解が思考まで追いついた時の表情は【勇者(ブレイバー)】とは思えない程、酷く間抜けだった。

 

 

「す、少し整理する時間が欲しい……」

「あはは……まぁ、僕も自分の言葉が突拍子の無い事だとは理解していますし、お好きなだけ考えていいですよ。ただ、先に怪我人の治療をしてもいいですか?」

 

 

 視線を僕の(魔力)を感じる場所へ向けると、フィン・ディムナはこちらの状況を得心したようだった。

 

 

「…………そうか。君達は依頼(クエスト)で18階層まで降りて来たんだね?」

「えぇ、書状は此方に」

 

 

 筒状にして荷物の中へ収めていた依頼書を渡すと、括られていた紐を解き、彼は依頼内容を読み上げる。

 

 

「『第一の優先事項として行方・生存不明者の捜索、及び地上までの同行。捜索対象が危険な状態であれば生存を最優先事項とする』……ね。この依頼主の神タケミカヅチと神アマテラスと言えば、確か極東の神だったかな?」

「僕が極東に訪れた時にとてもお世話になった方々で、剣の師でもあります。僕の主神であるヘスティア様とも仲が宜しいので、【ファミリア】としての付き合いもあり、今回の依頼もその縁で受けました」

「なるほど……」

「ですので、怪我人を保護してくれたのは本当に助かりました。そして部下達が怪我しているにも関わらず、加えて他ファミリアの彼女達を助ける判断をした貴方に敬意を。そのお礼として【ロキ・ファミリア】の方々の解毒と怪我の治療を行いたい、と考えているのですが……どうでしょうか」

 

 

 当然だけど、僕は善意で怪我人達の治療を申し出ている。そんな僕の心情を推し量る、ということを彼も出来るかもしれないけど、現状として僕が治療出来る確証は無い。【Glossy breath(星の息吹)】が僕の唄だということも、証明は難しいだろう。してくれと言われればするけど。

 兎にも角にも、僕と彼は『豊饒の女主人』での事を除けば今回がほぼ初対面だ。信用など無いに等しい。

 

 ならば、信用を得る。

 単純且つ最も手っ取り早く、同時に後々の伏線にもなり、そして『同盟』を組む前段階としては最優先事項である。

 しかし、僕は未だ無名の冒険者。信用は実績から生まれるため、現状では何も得る事が出来ないわけだ。

 

 だから僕は、何が出来て何が出来ないのか。その証明を実演付きで行おう。

 そのように方針を定め、長考していたフィン・ディムナに対して言葉を続ける。

 

 

「勿論、ほぼ初対面の僕に部下の治療を任せたくない、と言うのであれば構いませんが……、今回は特別に怪我人を治療する様子を見る許可を出しましょう。……それに、他にも色々と考えを整理したいでしょう?」

 

 

 ピクリ、と親指を摩る動作。

 それを視界の端で見ていたのを気づいた彼──【勇者(ブレイバー)】と、そんな彼に見られていた事に気づいた僕達は、そっと笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 結果、フィンさんは【ロキ・ファミリア】が保護した怪我人を僕が治療する様子を見ることにしたようだった。

 勿論だけど治療の様子を見る人は【ロキ・ファミリア】の幹部たちを含めたファミリアの中心人物となる人に限定し、申し訳ないが【ヘファイストス・ファミリア】の方々には主神同士の縁もあるので、今回は席を外してもらっている。

 ちなみに依頼(クエスト)に同行してくれたアスフィとリューさんについては、僕が彼女達に新しい依頼(クエスト)を頼んでいる。

 報酬は『魔力を魔力として扱い、操る方法を二人に教える』と言うもの。金銭ではなく交換条件として報酬を約束した甲斐あって、今頃二人は全力で地上を目指してくれているだろう。

 

 そうして多くの目──冒険者などから見られないように場所を変えたのは、隔離された一つの天幕。

 簡易的な集中治療室にいるわけだけど、僕がこうして18階層まで降りる事になった発端である人達──【タケミカヅチ・ファミリア】と【アマテラス・ファミリア】の冒険者たちは【ロキ・ファミリア】に保護され、その中で唯一致命傷を負っていた“彼女”ことヤマト・命を診断した結果……彼女は薄氷の上を歩くが如く、辛うじて生と死を彷徨っている状態だった。

 ……とは言え彼女の状態については、その姿を見た誰もが理解している様子だった。何しろ、彼女の胴は真っ二つに斬られており、巡らない筈の血肉は僕の(魔力)が無理矢理に稼働させているのは一目瞭然だったからだ。

 

 そんな彼女の姿を痛ましく思い、僕の隣で張り詰めた緊張感を身に纏っている彼女の名はリヴェリア・リヨス・アールヴ。

 フィンさん曰く、どうやら彼女は原因不明の魔法の効果が何時切れるかが分からなかったため、今まで側に控え続けてくれていたらしい。そして同時に、一目見て時にもう助けられないと思っていた筈なのに、未だ延命を可能としている魔法にも、魔法師として興味があるらしい。

 そんな彼の【九魔姫(ナイン・ヘル)】には、この原因不明の魔法は僕が発動させたものなので命の事は僕に任せて欲しいと説明すると安堵したのか、ほぅと胸を撫で下ろし、今度はその細っそりとした眉を中央に寄せて申し訳なさそうに謝ってきた。

 

 

「すまない、ベルベット。私の部下達が言っていた事は気にしないでほしい。そして此処での事は口外しないと、アールヴの名に誓おう」

「……聞こえていましたか?」

「あぁ。狼人(ウェアウルフ)程ではないが、エルフもヒューマンに比べれば耳が良いのでな。幾ら私を心配しているからと言って、人の容姿を詰ったことには変わりない。後程必ず言い聞かせるから、私に免じて許してほしい」

「別に気にしてませんよ。僕の容姿が中性的なのは事実ですし、むしろ褒め言葉なので」

「そ、そうなのか……?」

 

 

 戸惑いにその細い眉を八の字に曲げた彼女は、やはり人が良いのだと思う。

 僕が『女みたい』と言われた事を、気にしているのだ。にも関わらず、当人が本気で褒め言葉だと受け取っている事を表情から読み取った彼女は、その感情の行方を迷わせていた。

 

 ちなみに彼女の言う狼人(ウェアウルフ)とはベート・ローガのことで、態々【凶狼(ヴァルナガンド)】の事を引き合いに出したのは、今も僕に対して不満を隠そうともしない彼に対しての忠告だろう。

 アイズさんと僕の仲が良さそうなのを見てからと言うものの、彼はこうして鋭い眼を向けてくる。他にも若干一名、エルフの顔ではない目付きで睨んでくる少女(レフィーヤさん)もいるけど…………、ベート・ローガに関しては他にも理由がある気がする。

 

 例えば……『俺の足があれば、こんな奴なんかに頼らなくても解毒薬を取って来れるのに』とか思ってたり。

 僕に治療を任せると説明したフィンさんに対して舌打ちした様子から、当たらずと雖も遠からず、と言った感じだろうか。

 そんな彼に対して怪物祭(モンスターフィリア)の件で僕に借りがあるアマゾネス姉妹のティオネとティオナは食って掛かったり、という一幕があった。

 僕からしてみれば女の子が僕の為に怒ってくれたという、嬉しい出来事で満足していたのだけど、そんな心情を知る筈もないリヴェリアさんは納得出来ないらしい。

 その曇った表情を見れば一目瞭然で、同時に彼女ような美しい女性にその表情は似合わないと思った。

 

 

「…………ベル」

「ん?」

「……主神や仲の良い友人達からはベルと呼ばれています。なので貴女も僕の事をそのように呼んでくれますか?」

 

 

 だから、僕が『綺麗な女性と仲良くなりたい』と利欲的な理由で言ったと思われるような言い方をしたのだけど……。僕を見る目が困った仔を見る親のようで、眦を緩ませるように笑みを浮かべた彼女にはバレバレだったのだと僕は悟った。

 

 

「なら私の事はリヴェリアと呼べ。それで対等だ。私に愛称で呼ばせるなら、それくらい構わないだろう?」

「……わかったよリヴェリア。では、僕は新しい友人の言葉を信じよう。それでいいかな?」

「ふふふっ……あぁ、ベル」

「……よかった

 

 

 結果的に彼女自身も大人だから流してくれて助かったけど、この事は胸の内に秘めておいて欲しいと思う。

 対等に、と言う彼女に従って口調を自然にし、『友人』という言葉を強調したのもそうだ。フィンさん辺りにはバレていそうだけど、リヴェリアのイメージからは掛け離れた綺麗な笑い声も、僕の思いを見透かした上で汲み取ってくれたらしい。

 思わず漏らした安堵の言葉は……リヴェリアの表情が柔らかくなったのもあるけど、ロキ様にでも知られれば揶揄われる光景が想像できたからだった。

 まぁ、この短いで随分と仲良くなれたのではないかと思う。僕達の纏う空気感が似通っているのもあるかもしれない。

 

 

「ねぇねぇ!!私もベルって呼んで良いかな!?」

「ちょっと、落ち着きなさい。困ってるじゃない」

「あ、ごめんね〜」

 

 

 そんな僕達を見て羨ましくなったのか、お互いの鼻先が掠めそうになるまで顔を近づけて来たのはティオナで、姉のティオネは妹を諌めるように彼女の肩に手を掛け、僕から引き離す。

 

 

「妹がごめんなさいね。それで話は変わるけど、この前の怪物祭(モンスターフィリア)の件では助かったわ、ありがとう。だから何かあった時に私個人で出来る事であれば力を貸すわ。あと私もベルって呼んでも良いかしら?」

「なぁにティオネ。もしかして、ベルを気に入ったの?……まぁ、この前の魔法の並行詠唱は凄く格好良かったし、気持ちはわかるけどねー!!」

「ありがとう、ティオナ。それとティオネも、僕としても可愛い女の子と仲良くなれるのは嬉しいし、是非ベルって呼んで欲しいな」

「……口が上手いわね」

「ねぇ、私も?私も可愛い?!」

「ティオナも勿論可愛いよ。でもまぁ、【ロキ・ファミリア】の女性達はみんな可愛いし、団員が未だ僕とリリだけの【ヘスティア・ファミリア】としては羨ましい限りだよ」

「ベルは……ロキのような事を言うのだな?」

「?……まぁ、貸し借りの件は【ファミリア】の(しがらみ)もありますし、無理のない範囲で頼る事があればお願いしますね」

 

 

 団員が多い【ロキ・ファミリア】を零細ファミリアの団員である僕が、羨ましいと思うのは別に不自然ではない筈。少し擦れ違いが生まれた気がしたけど藪蛇な気がしたので、話題を戻してティオネの好意をありがたく受け取った。

 ただ……何を思ったのか。

 僕とティオナ、ティオネ、リヴェリア達の間にスルリと極自然を装いながら割り込み、僕の腕を抱え込むようにしてしがみ付く彼女は、こう言った。

 

 

「私の方が先にベルって呼んでた」

「「あ、アイズ可愛いぃ──……ッ!!」」

 

 

 その予想外な台詞(嫉妬)に僕は思わず固まり、アイズさんのまるで私のものだと主張するかのような物言いに、アマゾネス姉妹は目を輝かせ、周囲の面々も珍しいのか面食らっていた。

 中でもアイズさんの様子に信じられないと言わんばかりに口を大きく開けて唖然とするベートさんに、同じくエルフとは思えない顔になっているレフィーヤさんと、その隣でフィンさんが少し引いているのが可笑しく、僕は息を漏らすような笑い声を出してしまった。

 

 そんな風に、治療の為に隔離されたとは思えない様子でいられたのは、虚勢か。或いは、僕の事を信じてくれているのだろうか。

 ……信じてくれていると良いなと、僕は思う。

 

 そんな時だった。

 

 

「ベルさん。用意して欲しいと言われていた『清水の源泉』を五つ、お持ちしました」

 

 

 頼れるサポーターの声に僕は振り返ると、リリに続いて四人の冒険者達が垂れ幕を潜る姿が目に入る。

 

 

「ありがとう、リリ。ラウルさん達もありがとうございました」

「いえ、お役に立てたなら何よりっす!!……それにウチのファミリアの怪我人も治療してくれるらしいし、少しでも恩に感じてヤル気を出してくれれば良いんですけど。ていうか、男の人なんすよね?触れない方がいいのか……?イタッ?!」

 

 

 ……彼は僕に聞かれていないと思っている様子だけどバッチリ聞こえてるし、リリが足を踏んで痛がっているけど、彼女の視線に気づいたのだろう。

 顎で示す先を辿れば、その先には苦笑する僕がいて、彼は気まずそうに乾いた笑みを浮かべていた。

 それに触れずに気持ちを切り替え、水が湧き出る水晶の一部……と言っても、一人で両手に抱えるほどには大きく、一つずつ受け取っては配置していく。

 

 そして、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら体内の魔力を働き掛けた。

 

 

「……さて───」

 

 

 一歩、二歩、三歩。

 体内を巡る魔力を駆動させながら、深い『夜』の最中で眠る命へと意識を埋没させていく。

 その、一欠片分の意識を周囲に割く。

 

 すると、誰かが息を呑んだ。

 その音の主を探せば、冷や汗を流すリヴェリアがそこに居た。

 命を挟む形で正面に立っているからか、彼女の表情がよく見えた。

 

 誰かが感嘆を零した。

 その音の主を探せば、目を輝かせるティオナと気を昂らせるティオネと目を見開くアイズさんがいた。

 力の天秤を『精霊』に傾けているからか、彼女達が何を思っているのかがよく伝わって来た。

 

 誰かが……後退った。

 その音の主を探せば、血の気を引かせるレフィーヤ達がいた。

 神秘を解放しているからか、紫紺の燐光越しに身を竦める姿が目に入った。

 

 誰かが──呼ぶ声がした。

 その声の主を探せば、深い星の海に浮かぶ少女と目が合う。

 (精神)が剥き出しになっているからか、少女の眼差しは生を諦めないという強い意志を燃やしている。

 そんな『人』の、姿を見た。

 

 ならば僕は、その想いに答えなければならない。

 

 

「───治療を始めます」

 

 

 願わくは『愛しい僕の女神が見ていませんように』と、“私”は祈った。

 




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