TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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episode.14:天を仰げば

「───治療を始めます」

 

 

 仮面を取り換えるように、或いはコインを裏返すように。

 ベルベット……いや、敢えてこう呼ぼう。

 彼女(・・)の表情はまるで隠しきれない法悦が内側から溢れ出てしまったようで、誰もが見惚れる程に艶やかで美しく、そして怪奇的な──姿形は変わらないにも関わらず、説明の出来ない奇妙な──魔性を孕んでいた。

 

 滲み出る其れは、かの美神の如し。

 立ち振る舞いや一つ一つの細やかな所作には気品がありながりも、自分の魅力を最大限引き出すような魅せる動きに、ずっと眺めていたいと、一様に意識を持っていかれそうになる。

 因みに、彼女が狙ってやっているわけではないけど、中性的な容姿も相まって倒錯的な魅力に拍車がかかっていた。

 

 それでも、この場に居る全員がベルベットを注視していたからだろう。その変わり様が異質に見えた彼らは極めて気を持ち、平静を努めようとした。

 その気配が彼らにとって身近な者と似ていたからだという理由もあるけど、何よりもこの現象が【スキル】による効果だという可能性もあったし、その【スキル】がどのような効果を有しているのかを把握出来ない彼らが口を出した所で何かを出来るわけでもなく、逆に何かが起きてしまえば取り返しがつかないからだ。

 

 治療を始めますと宣言された手前、門外である者達には口を出し難いし、何よりも己自身が前例であるフィンは、ベルベットの【スキル】が人格に影響を及ぼす類のものだと判断した。

 

 とは言え、フィンにはベルベットが何の理由もなく龍の口腔へ飛び込むような危険を犯すとは思えなかった。短い付き合いではあるが、その考察はそれなりに合っていると思えたし、逆に言えば理由と可能性が少しでもあれば飛び込める人だということも理解できた。

 彼女がどうかは判断しかねるが、実際に彼らは死んだ可能性が限りなく高い冒険者の救出依頼で此処まで来ている。

 自分の【スキル】にベルベットが振り回されるとも思えなかったし、どうなるか分からない現状では、静観に徹するしかない。

 

 一周回って自分達にできる事は何も無いとわかったフィンは苦笑を漏らしつつも、思いの外ベルベットの事を評価している事に気づき、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 少女の前で祈る姿が、フィンには己の信仰する女神と近しい存在に見えたから。

 実際、その予想は的を射ていた。

 

 

「『我は汝、汝は我───……詳しい情報は省くけど、私の能力(・・)は他者が望む理想を映し、この身を以て体現すること』」

「……それを僕達に教える理由は?」

 

 

 何処か二重に聞こえる声音に対し、フィンはその真意を問う。

 ただし返答は無く、向けられたのは清廉な女神のような、先程とは決定的に異なる微笑み。

 ベルベットは決して明言する事なく、沈黙を保った。

 

 

「……そんな、まさか。本当に……?」

「『さて、お喋りはここまでにしようか。実際に体験した方が早いだろうしね』」

 

 

 浮かべた笑みの真意は当人だけが知る。

 それでもフィンは読み取ったのだろう。そこから考えれば考えるほど土壺に嵌りそうになる彼の様子を見て、先んじて遮るように声を掛けた。

 そうして全員の意識が此方に向けられている事に満足し、彼女は想う。

 

 最初こそベルベット自身が想う女神を体現して見せたが、それから体現したのは各々が想う女神の姿だった。

 そうすることにより、理解されなくとも認識できたはず。かの女神の『美』をも体現してみせた、という事実を。

 そして冒険者達は理解することになる。彼女が言った言葉の、その真意を……───

 

 物語が、紡がれる。

 

 

「『【 凍てつく心、燃ゆる戦火に救いはなく、望む希望は空模様。天仰げば、流れる星が少女を濡らした 】』」

 

 

 語り手の声音に耳を傾け目を瞑れば、その情景が瞼の裏に映りだす。

 焼き払われた緑も、村の中心で空を見上げる一人の少女も。煌びやかに輝く夜空や少女を見下ろす月をも、鮮やかに色彩が吹き込まれていく。

 

 次の瞬間、大地に波紋が広がった。

 

 

「『【 注ぐ光芒、荒れた大地は緑に栄えた 】』」

 

 

 戦火に燃え、荒れた大地に注がれる一滴の雫。

 その後の光景は、少女にずっと遙か遠い祖先からの言い伝えを思い出させるには十分であった。

 

 曰く、人魚の血は全なる癒しを齎し、涙は『不変』を齎すという。

 

 長い年月による血統は細いものとなっていたからか、少女の涙は枯れた大地を生き返らせる事くらいしか出来なかった。

 それでも少女にとって、その光景は希望そのものだったのだろう。

 当てもなく、願いもなく。

 日常という、細やかな幸せを失った少女はその力に縋ることで、砕けそうな心を保ちたかった。

 

 

「『【 斯くして、少女は歩み出す。ゆらりゆらりと、その様はまるで気儘な雲のようで───望む希望は空模様。彼の少女は、いつも上を向いて泣いていた 】』」

 

 

 気づけば、いつの間にか紡がれていた声音は途絶え、清廉な声音に身を預けていた事を自覚した。

 その事を冒険者として己を恥じた彼らではあったけど、次には瞼を開けた先で佇むベルベットの幻想的な姿に息を忘れ、まさに彼女達が見ていた情景をそこに幻視した。

 色彩も、その中心で天を仰ぐ姿も。

 そして、その先にある星々すらも。

 

 感傷に浸りたくなるような、言い表せない情動に心を乱される。

 心の平静を保つためにも彼らはもう一度目を瞑り、その情景を想い返し始めた。

 

 この詠歌は、絶望に打ち拉がれた少女が“奇跡”を手にし、歩み出す姿を讃えた唄……───物語の始まりであり、同時にそれだけの讃歌であった。

 その後に少女がどうなったのかは当然誰も知らず、ただ少女が戦争孤児となり、泣きながらも立ち上がったという事実だけが詠われた物語は少女の心情が排された構成で歌われているため、身の上や心情を重ねやすく、想像しやすい。

 探せば何処にでもありそうな、魔物と人と神々が交わる世界では有り触れた物語。

 

 その象徴とも言える“奇跡”の涙の正体とは、液体状になる程迄に凝縮された超越存在(デウスデア)たる神々の十八番───“神秘”の塊であり、その本質は不変であるが故に有する絶対的な生命力(マナ)の具現。

 魔力として精神力(マインド)を消費し、超常現象を引き起こす魔法とは一線を画す其れ───一雫の涙が染み渡るように少女の身体に注がれ、見る見るうちに少女の身体を癒してゆく。

 

 そんな、文字通りの“奇跡”が起こった時間は、時とも呼べないような、本当に極僅かな『間』だった。

 しかし、だからこそと言うべきか。

 

 文字通り格の違う、それどころか次元を超越した存在である神々は『不変』を退屈に思い、『子供達』と共に文化や営みを楽しむ為に【神の力(アルカナム)】を封じてまで下界に降りてきたのだ。

 娯楽に興じていた神々も、祈祷に殆どの意識を割いていた創設神も、眷属の無事を祈る武神も、魂の色を観る瞳を持つ美神も、ベルベットを育てた大神も…………そして、神々の敵対者たる大迷宮(ダンジョン)でさえも。

 次元を超越しないまでも精霊に届くと思える程に桁違いな生命力(マナ)の発露を察知する。

 

 

「……望む希望は空模様」

 

 

 耳に残り続ける一節の詩。

 自然と呟いていた事に、金の少女は後から気づいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 結論から語るとすれば、当初の予定以上に【ロキ・ファミリア】の……特にリヴェリアを含めた首脳陣の信頼(・・)を得る事が出来た。

 一つずつ補足していくと、まず他の負傷者の治療に関しては毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の毒を抽出するという僕にしか出来ない方法で根本的な原因の排除に徹したり、回復薬(ポーション)で治る程度の負傷者に関しては【ロキ・ファミリア】に任せることで領分を守り、ファミリアとしての体面やリスクリターンを考えられる理知的な面を見せたり、……あとは治療の為に自分の能力を開示することも厭わない姿勢を評価されたのだろう。

 自分の能力を開示する云々は『他者が想う理想を映し、この身を以て体現する』……つまりは他人が知っているという前提条件がある以上は利用したとも言える行いだったけど、本来であれば他ファミリアに所属している冒険者のステータスを詮索するのは不可侵(タブー)に当たる行為なのだ。

 それでも外面的には僕が治療の為に能力を見せた事には違いなく、何故かリヴェリアを筆頭にエルフ達からの好意的な後押しもあり、結果として神ロキとのアポイントメントを取り成してくれるという確約を得る事が出来たのだ。

 

 あちらにも色々と思うことはあるだろうけど、一先ずは“信用”ではなく“信頼”を得たと表せる程度の関係を結べたのは、上々な成果だったと言えよう。

 

 そうしてフィンさんから招待された夕食の後、タケミカヅチ様の眷属……桜花達からの聞き取りを終えた僕は夜の散歩に耽りながら、彼らが18階層まで降りた原因となった……桜花達曰く、“魔物”について考えていた。

 

 

「武装したモンスターの集団と血を操る新種のモンスター……ねぇ」

 

 

 桜花を中心に詳しく話を聞いていくと、まずモンスターの集団に襲いかかる“魔物”の姿を発見し、次にそのモンスター集団の多様性に目を剥いたのだとか。そんな階層の垣根をも超えた集団だったから、情報を持ち帰る為にも様子を伺っていたらしい。だけど耳の長いアルミラージに気づかれた途端モンスターの集団は気立った様子で、何かを言い合ったのだと言う。

 この時にモンスター達が言葉を話すという到底信じられない事が判明し、思わず桜花達も目を疑った。それでも武神の眷属としての自負を以て気を保ち、戦場だと認識して武器を構えれば…………そこからはあっという間だった。

 

 武器を構えた桜花たちに向かって突進してくるモンスターの集団。

 当然真正面から衝突する訳にもいかず、陣形を保ちながら旋回し、横から叩こうとしたのだろう。いつものように動き、そして素通りされた桜花達はモンスター集団を追いかけていた“魔物”に横から叩かれた。

 鞭のように撓る血は三日月のように弧を描き、その射線の先にいた命は刀ごと胴を真っ二つに斬られてしまう。

 そこからは命を抱えながらも18階層まで追い詰められ、ギリギリで【ロキ・ファミリア】の冒険者に助けられた……というのが、事の経緯だと桜花達は語った。

 

 因みに血を操る新種のモンスターを桜花達が“魔物”と称するのには、まるでそのモンスターの姿形と印象が『人型を模した触手の集合体のような獣』だったかららしく、口々に語る彼らの表情は青ざめ、聞き込みを終えた後は尋常ではない嫌悪感と忌まわしい記憶を斬り裂かんと、彼らは一心に刀を振り降ろしていた。

 

 

「大人しい千草ですら気持ち悪かったと直接口にして嫌悪感を表す程だ。その“魔物”とやらは一体どれほど冒涜的なのやら……」

 

 

 人に話す事で幾分か気分を楽にすることも出来るだろうけど、何分取り扱いに困る情報だ。

 彼らには僕に伝手があるので、そちらから探ってみるからタケミカヅチ様達以外には話さないでほしいとは言ったものの、全員が命を目の前で死なせかけたのだ。嫌悪感や恐怖を超えた仁義などの家族への想いが彼らを突き動かすかもしれない。

 僕も彼らに念を押した手前、調べる際は周囲に不審に思われないよう行動に気をつけないと。

 ……またフレイヤを頼ることになるだろうけど、命が死にかけたんだ。僕自身もこれで終わりにするつもりは一切ないので、借りられる手は積極的に借りることにする。

 

 

 さて、話を戻そう。

 今回の話を纏めた結果、三つの疑問が浮上したのだ。

 

 一つ、理性を持つモンスターの情報がこれまで全くなかったのは何故か。

 冒険者が隠す必要もないし、闇派閥にとっては後腐れのない駒として利用できる。双方に情報を制限・統制する利益はないに等しく、これは第三者の関与が予想できた。

 

 二つ、モンスターの集団が“魔物”から敵対視されているのは何故か。

 これはどちらかが迷宮(ダンジョン)から異端として認識されている事を指すが、どちらがそうなのかは現状では不明。襲いかかっていたのは“魔物”の方だけど、従来のモンスターの常識とは当て嵌まらないという観点であればどちらも異端だ。

 

 三つ、従来のモンスターとは明らかに異なる存在ではあるが、その目的は何か。

 集団で行動したり、敵を冒険者に押し付けるなど、結果だけを見れば人間に対して敵対的ではあるけど、視点を変えれば同胞を死なせない為の行動とも取れる。“魔物”だけではなく、他のモンスターからも襲われるから身を寄せ合っている……そのように考えれば、二つ目の疑問とも辻褄が合うだろう。

 酷く人間的なモンスターではあるが、だからこそ意思の疎通が図れるかもしれない。

 一方、“魔物”は明確な敵対行動を取っているので要注意だ。

 

 

 ……よし。得た情報は全て整理出来たし、これ以上の考察は無駄だろう。そのように判断した僕は思考に没頭させていた有意識を浮上させ、周囲の気配を探りながら身体を動かしていた無意識を統合させる。

 擬似(・・)並列思考。並行詠唱の訓練の一環として始めたそれは『考えながら別の行動する』を突き詰めた思考能力であり、酷く集中力を使うため、通常の状態へと戻した時の精神的なリバウンドがそれなりに大きい。

 気を切り替える為にも、僕は深く大きく息を吸い込んだ。

 

 

「すうぅぅ……───」

 

 

 大気には空気の他に、水分と自然の生命力(マナ)が多分に含まれている。それは何処であっても世界中に満ちる神秘が齎す世界の法則であり、場所によって差異はあれど、自然に満ちた場所ほど多い傾向にある。

 それはダンジョンの中でも例外ではない。この十八階層は特に水の生命力(マナ)が多く、大気に含まれている水分と生命力(マナ)を身体中の経路へと染み渡らせるように、息が吸えなくなる直前まで肺を膨らませた。

 そうして体内で魔力を循環させながら、水分と生命力(マナ)を凝縮させながら絞り出すように、空気だけを吐き出してゆく。

 

 

「───ふぅぅうう…………」

 

 

 そうすれば即席霊薬(エリクサー)擬きの完成だった。

 舌を焼く不思議な感覚はアルコール分を多く含んでいる証であり、生命の水とも呼ばれる一口分のアクア・ヴィテに舌鼓を打ちつつ天を仰いだ僕は───そのまま後ろに寝倒れた。

 

 そしてガサガサッ!!と、揺れ擦れる草木。

 ひんやりと気持ちの良い感触を背中に、音のした方へと声を掛ける。

 

 

「こんばんは。空が綺麗ですね」

「……ダンジョンに、空はないよ?」

 

 

 …………。

 

 

「……く───っ、ふふふっ……!!」

「……そんなに笑わなくてもいいんじゃないかな、リヴェリア」

「……はぁ。すまんな、ベル」

「すっ、……すまない───っ」

「……?」

 

 

 今夜のお客さんは四人。

 僕達の何処か間の抜けた会話は、どうやらそよ風が攫って行ったらしい。

 後ろで肩を震わせて笑うリヴェリアと、彼女を軽く諫めるフィンさん、溜息を吐くガレスさん。そんな仲の良さそうな三人の様子に、不思議そうな顔で首を傾げるアイズさんは、とても愛らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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