TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 ───我々は、夢と同じ糸で織りあげられている。ささやかな一生を締めくくるのは眠りなのだ。

著 シェイクスピア 『テンペスト』より抜粋




 ──追記──
 文字数調整の為、話の前後を繋ぎました。(2021.02.21)


episode.15:テンペスト

「それで、このような時間にどうしたんですか?」

「それは君にも当て嵌まると、僕は思うんだけど?」

「やだなぁ。わかってるくせに、惚けるのはずるいですよフィンさん。僕は他の人がいない場所がいいと思ったから此処に居たのに……、中々来ないから寝ちゃったのかと思いました」

「…………」

 

 

 若干の皮肉を織り交ぜた言葉は事実その通りであるため、フィンさんは口を閉じ、言い返すことはなかった。そんな様子を見て、僕は少し意地悪だったかなと反省した。

 それにあまり心象を悪くされても困るので此処までにしよう。

 となれば、こんな夜中に御託を並べる必要はないし、本題に入ろう。

 

 

「まぁ、遅くなった大体の理由は把握しているので問題はないですよ。ただ……、この後に人と会う予定があるんです。時間はそこまで長く取れないので、悪しからず」

「いや、此処まで気を利かせてくれた上、話をしてくれるだけでも有り難いよ」

「そうですか。なら良かった」

 

 

 ホッと一息つき、徐に空を仰いだ。

 そうすれば、そう遠くない位置を駆ける気配──予めアスフィとリューさんに渡しておいた紫紺の宝石──を感じ取った。

 このペースだと、凡そ半刻程度で到着するだろう。

 

 

「……ベル?」

「ん?あぁ、気配を探っていただけですよ。あまり他人に聞かせるような話ではないでしょうし、ね」

「そうか。問題はないのか?」

「大丈夫ですよ。まぁ一応ですが、保険に結界を張っておきます」

「……そんなことまで出来るのか?」

 

 

 その問いに応えることなく、僕は寝転がっていた姿勢から大きく跳躍する。そして人差し指を口元に運べば、彼女達は揃って口を噤んだ。

 

 魔力が体中を駆け巡る。

 細胞を、血を、臓を、そして神経を。

 分かりやすく体表に薄らと赫く煌めかせれば、彼女達は驚愕に目を見張った。

 

 その様子を横目に、詩を紡ぎ始める。

 

 

「【 木の乙女が風を撫でる。風の乙女が笑えば樹は揺れる。

 天地は共に在らず、 されど界の内で共にあり。なればこそ───界を跨ぎ、世を憚る久遠の蛇(大いなる精霊)は無間を閉ざす 】」

 

 

 鍵盤を撫でるようにゆったりと薙いだ手は、風に揺らされて湖面を揺らす柳が如く。

 そこから何もない筈の虚空に産まれ出づるは、撫で描かれる無数の波紋。

 唸りながら天然の壁と化していく木々の群れ。

 揺れる葉音が内にある全ての音を掻き消せば“境”が生まれ、外と内に隔たれた。

 

 紡がれる言の葉に耳を傾ける乙女達だけが、クスクスと笑っている。

 そうして……──終幕。

 

 

「【 道化師は円卓に笑った(妖なる精の詠歌・七節の章──Kids of The Clown) 】」

 

 

 彼のトリックスターがこの唄を聞けば、きっと愉快に笑ってくれるだろう。

 謂わば円卓の間(此処)は、内界の幻想を現実とする事で外界と切り離された極小の異界であり、僕が許した人物以外の侵入を悉く防ぐ絶対聖域となる。

 そんな目の前で起こった人知を超えた光景は、まるでお釈迦に出てくる魔法使いのようで。

 信じられない、けれど実際に目の前で起こった事実にリヴェリア達は戦慄するしかなかった。

 

 閉鎖された空間に落ち着かない様子で辺りを観察する冒険者達。

 そこで彼らは結界の起点となっている一つのラウンドテーブルに目を奪われた。

 

 

「これは……」

 

 

 大樹とその太い幹に絡みつく大蛇が施された水晶製の円卓。

 テーブルに全く見劣りのしない、天を見上げる白銀の狼が描かれた杯。

 さらには蔓と杖、風と剣、旗と槍、炎と戦斧──そして、月と雷が意匠された五つの席。

 それぞれがリヴェリア、アイズ、フィン、ガレス、そして僕の事を示している事に加え、目前で唄を歌った僕を加味すれば、態々この会談の為に僕が作り出したのだと彼らが理解するのは容易だ。

 

 加えて、そのどれもが王族たるリヴェリアから見ても一級品だと絶賛するに相応しい装飾が施された代物。

 思わず彼女も感嘆の声を零す程だった。

 

 

「気づきましたか?」

「……あぁ。私達を示す紋章に加えて蛇に狼とは……全く、粋な事をする」

「ふふ……そうして喜んでくれたのであれば、彼女達も喜ぶでしょう」

「……彼女達?」

「えぇ。彼女達───妖精です」

 

 

 演出として何も無い虚空を撫でれば、水面のように波紋が瞬く間に広がってゆく。

 そして……───(およずれ)なる音が高鳴った

 

 風が吹きつけ、木々の葉が擦れ合う音。

 水が滴り落ち、大地を打ち付ける音。

 土が隆起し、水晶が剥き出しになる音。

 火が跳ね起こり、大気を焚き付ける音。

 

 騒然とし始めた円卓の間を支配するのは、妖精と呼ばれる幻想の存在。

 本来は自然そのものであるが故に、見えぬ触れ得ずとされる彼女達は、此の場に於いては確かな存在を主張し、鮮やかな彩光を解き放つ。

 その在り方は、夜空を埋め尽くす星屑の如し。

 

 

「さぁ皆さん……席にどうぞ」

 

 

 道化師(トリックスター)の眷属に相応しい場が、此処に整った。

 

 

 

 

 

 

 席にどうぞ。

 この場に於いて、その一言を額面通りに受け取る事以上に愚かな事はない。

 ジトリと流れる汗が妙に冷たく、予想以上に緊張している事を自覚する面々。まるで神───超越存在(デウスデア)と対面しているかのような存在感を誰もが感じていたからこそ、動かない。……いや、動けない。

 

 何よりも、ベルベットが妖精と呼ぶ幻想の存在が大きかった。

 放たれる燐光は神秘的ではあるけどその実、“奇跡”そのものであるため常人には少しばかり刺激が強く、過度な感知は毒にもなり得る代物だった。

 行き過ぎた感覚は研ぎ澄まされ、少しの刺激にも耐えられなくなるだろう。そう言う意味では、常に凡ゆる心象を感覚的に感じ取る事が“普通である”ベルベットは、常識という枠を超越した存在なのかもしれない。

 

 道化師(トリックスター)の眷属達は過去の経験から、そして一時的に鋭敏となった感覚が意図するまでもなくベルベットの一端を感じ取った。

 

 即ち、眼前にいる冒険者の皮を被った傑物は、59階階層で戦った穢れた精霊以上の実力者であると。この強者の前ではレベルの垣根は意味を無くすだろう……と。

 そんな、英雄と呼ぶに相応しいベルベットからの挑発。

 薄らと細められた目が見据える未来には、果たして自分達も映っているのだろうか。

 

 団長・最高幹部という立場上、ファミリアの利を考えなければいけないが……今回ばかりは立場を考慮せず、目の前に鎮座する英傑と共に冒険をしたい。

 むしろ同盟を組むことで得られる利点は幾らでも見つけ出せる事実の後押しもあり、ベルベットと話をしに来た四人は共通してそのような先立つ想いを抱いていた。

 

 疼き震える親指を拳を握る事で抑えながら、フィンは意識して笑みを浮かべ、己の席へと近づいてゆく。

 その後に続いた三人はゆっくりと椅子を引き、顔を見合わせてから席に着いた。

 すると、どうだろうか。

 今まで感じていた存在感が嘘だったかのように静まり、円卓の間を支配していた夜空の様な燐光は鳴りを潜めてゆく。

 

 そこで先んじて口を開いたのはベルベットの方だった。

 

 

「彼女達に認められたようですね」

「……もしかして」

「えぇ。今なら感覚的にわかるかと思いますが、《妖精の祝福》です」

「《精霊の加護》とは、違うのか?」

 

 

 リヴェリアの疑問は至極当然で、ベルベットは良い質問だと言いたげに頷く仕草を見せる。

 彼女の横では何かを確かめるように手をニギニギと開け閉めするアイズがおり、微笑ましいものを見る様な眼差しを揃って向ければ、恥ずかしげに彼女はそっぽを向いた。

 

 

「その説明をするには、まず妖精と精霊の違いを正確に理解しなければいけませんね。アイズさんは神ロキが精霊について言っていた事を覚えていますか?」

「……うん。集められた『超自然的な力(エネルギー)』に【不変】という生命力の欠片を与えられた存在で、それが神の眷属と言われる理由。あと、必ずしも『エネルギー』を集めるのは神じゃなくても問題はないって」

 

 

『ベルの前世ではウチらみたいな神は居なかったんやろ?やのに何で精霊になれたのか。そこが鍵なんやけど、……答えは偶像崇拝。偶像として向けられた膨大な想念──『エネルギー』がベルの魂を精霊の域まで昇華させたんやろうな』

 

 

 アイズの頭の中には、主神の言葉が一言一句間違いなく刻まれていた。

 忘れもしない、自分と同じような人がいる事の安心感。

 だからこそ彼女は、例え家族であってもベルベットの秘密とも言える事情を安易に漏らすつもりはなかった。

 その様子を見て察したベルベットは、一つ息を吐き出した。

 

 

「問題、は?」

「……えぇ、答えは“信仰”にあります。リヴェリアの故郷にも土着の信仰や仕来たりなどといった風習はありますよね?」

「あぁ。エルフの里によって多少の異なりはあるが、その根幹には世界樹───天界・地上・冥界を幹や根が通じ、世界を成り立たせていると言われている一本の大樹への信仰がある。……それが、何か関係あるのか?」

「先程アイズさんに説明してもらった精霊の成り立ちですが、【不変】の生命力を分けて貰ったところで、決して精霊は【不変】には成り得ません。

 そして神々はその【不変】故に恩恵(ファルナ)を際限なく刻む事は出来ますが、果たして精霊も同じ様に加護を与える事が出来得ると思いますか?……いや、出来ない。出来る筈がないんです。

 だからこそ、古代の英雄達には他の何かの後押しがあった」

「それが、信仰だと?」

「理解が早いですね」

 

 

 もし精霊が自らを顧みずに加護を与え続けてしまえば、その結果精霊は自らを滅ぼしていく事になる。与えた加護も無意味なものとなり、最終的には本末転倒な結果となるだろう。

 その事を分かっている筈だからこそ、精霊もそのような愚かなことはしない筈。そしてそれは、現実として大地に空いた穴が塞がっている事実が物語っている。

 結果として、精霊は加護を与える英雄を厳選したのだ。

 

 ならば、他の戦士達は?

 

 

「神々が地上に降りてくる以前、人は何を根拠に神を信仰していたと思いますか?」

「……自然?」

「アイズさん。大正解です」

 

 

 ベルベットの相槌に、アイズはホッと息を付く。

 

 

「最もわかりやすい例を上げるとすれば、太陽・月・海・大地・雷などの恵みや畏怖の対象として崇められたのですが、人が人であるからこそ信仰された神もいます」

「それは……?」

「闘争と性愛です」

「闘争はわかるが、性愛?」

「そうですよ?子は性愛無くして産まれませんから」

「……言われてみれば、そうか。男は女子供を守るために、女は子を産み育むために。そして両者は双方を想い遣る気持ちから両方の信仰を両立させたんだね」

「女神イシュタルなんかが、その最たる例ですね」

 

 

 ベルベットが例を上げれば、四人は一様に納得したように唸っていた。

 

 

「そこで話は戻りますが、土地や風習によっては信仰の仕方や対象が変わります。

 例えば、ゲッシュ。これは各人に課せられる制約を厳守すれば神の祝福が得られますが、一度破れば禍が降りかかるという考え方から生まれた信仰です。リヴェリアの世界樹信仰然り、小人族(パルゥム)特有の女神信仰然り。神々が地上に降りる前では様々な信仰の形があった事でしょう。

 ……さて、ここで問題です。未だ人が神を見た事のない時代、自然や獣、大樹に災害と様々な概念を人は信仰対象として崇めました。要は偶像崇拝ですが、その信仰心の対象は神ではなく、結局は偶像に集められます。

 ───その結果として産まれたのは、何だと思いますか?」

「話の流れから察するに、妖精だな?」

「その通り。両者は共に起源を同じとする幻想の存在ですが、何を基準とするかは『何によって』産まれたか。

 精霊が“神によって”【不変】という絶対的な生命力(神秘)の欠片を分け与えられた存在なら、妖精は人が普遍的に持つ『森羅万象に命が宿る』という集合的無意識が偶像()を得たことによって具現化した“奇跡”そのものなんですよ」

「……つまりベルはこう言いたいわけだ。

 その力の源は、己の内(信仰)にあるのだと」

「ご理解頂けて何よりです。

 ただ忘れないで欲しいのですが、《妖精の祝福》はどう繕っても“信仰”の産物です。当然、誰かが間接的にでも知っている必要があります……───そう、風の精霊アリアのように」

 

 

 風の精霊───アリア。

 例えその名を知られたとしても、そこから繋がる関連性は秘するべき機密事項である。

 それは神ロキを含めた【ロキ・ファミリア】最高幹部共通の見解であり、フィン達はアイズに対して十分に注意を施してきた。

 そうなのだろうと、ベルベット自身も思っていた。

 

 

「やっぱり、知ってたんだね」

「……アイズさん?」

 

 

 だからこそ、彼女のその言葉にベルベットは思わず眉を顰めた。

 名前を呼んでさり気無く咎めるも、意味を分かっていない様子。

 予想外の肯定に対して見せた動揺は容易に悟られているだろうけど、ベルベットはフィンへと目線で是非を尋ねる。

 

 しかしそれに対する明確な返答はなく、曖昧に苦笑を見せるだけ。

 隣のリヴェリアとガレスが彼女を見守る様子から、この件に関しては全て本人に任せるつもりなのだろうと推察した。

 

 

「さっきの話だけど……アリアのようにって、どういう事?」

 

 

 その問い掛けはまるで要領を得ていなかった。

 けれども、彼女が言葉足らずなのも分かりきった事である。今更ベルベットが気分を害する筈もなく、寧ろ内心ではそんな所も可愛いぃなぁと萌えていた。

 

 随時説明補完、随時説明補完、随時説明補完……。

 ベルベットは心を落ち着けるように三度唱えた。

 

 

「確認として聞きますが、アイズさんが知りたいのは精霊アリア……ひいては、貴女のお母様の事ですよね」

「そう。小さい頃は何も知らなくて、風のような人……私はそう思ってたけど、お母さんは精霊アリアだった。そしてお父さんが───」

「───迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)に記されている、精霊アリアと添い遂げた英雄アルバート。またの名を傭兵王ヴァルトシュテインでしたね」

「……うん。それで色々あって、強くなりたくて、私がロキの眷属になったのが7歳の時で……《魔法》が発現したのは、初めての偉業を成し遂げた時だった」

 

 

 当時の話を、アイズは拙いながらも自らの意思でベルベットに語り出した。

 

 アビリティの成長に比例して上昇値が緩やかになり、強くなれない事に焦ってリヴェリアと喧嘩した事。

 ギルドでランクアップの仕方を聞いていた時、名も知らぬ男神が教えてくれた事。

 その後潜ったダンジョン内で闇派閥(イヴィルス)の神と遭遇し、勧誘されたが断った事。そしてその神が解放した神威をダンジョンが感じ取ったのか、イレギュラーが発生して本来なら上層には出現する筈のない中層域のモンスター───『ワイヴァーン』が産み落とされた事。

 モンスターとの絶体絶命の場面でリヴェリアが間に合い、文字通りの魔法の言葉を教えて貰って何とか撃破した事。

 最後には互いに本音を言い合えた二人は仲直りを出来たこと。

 

 そうして拙いながらも一生懸命に自分の歩みを語っていくアイズに対し、相槌を打ちながら耳を傾けるベルベット。二人を見守る三人は、過去に想い馳せながら彼女の話に耳を傾けていた。

 当然、あまり話しが上手とは言えないアイズが内容の取捨選択をできる筈もなく、リヴェリアを含めた自分が抱えていた当時の悩みなども赤裸々に話していく。

 それが気恥ずかしいのか、居た堪れない様子で目線を彷徨わせるアイズとリヴェリア。そんな二人が可愛く思えてベルベットが微笑を零せば、アイズは話を逸らそうと本題へと移る。

 

 そして、紡いだ言葉に白髪が揺れた。

 

 

「───【目覚めよ(テンペスト)】」

「これは……」

 

 

 自発的に抑えたのだろうか。

 微風として漏れ出たが、この風はまるで嵐の……。

 

 この魔法の真髄を一瞥の内に見抜き、そしてその予想外の答えにベルベットは一瞬目を見張った。

 その様子をアイズは魔法に驚いたのだと思ったが……、その僅かな手掛かりを見逃すフィンではなかった。

 

 

「先日、リヴィラの街の宿で【ガネーシャ・ファミリア】の団員が殺された事件を君は知っているかい?」

「……【剛拳闘士(ハシャーナ)】の二つ名を持つレベル4の第二級冒険者、ハシャーナ・ドルリアが赤髪の女に殺された話ならギルドの職員から伺っていますよ」

「なら話は早い。件の殺人犯はどうやら調教師(テイマー)のようでね。怪物祭(モンスター・フィリア)で君も戦闘に加わったと聞いているから知っている前提で話すけど、殺人事件の時もあの食人花(新種)のモンスターを統率していた事から間違いないだろう」

「新種のモンスターを従える赤髪の調教師(テイマー)、ですか」

「あぁ。そしてその調教師(テイマー)はアイズの風を見てこう言ったらしいよ」

 

 

 この時初めてベルベットは、会話の裏で繰り広げられていた攻防はフィンに軍配が上がった事を悟った。

 ギルドから意図的に伏せられた調教師(テイマー)の存在という限られた情報を、フィンは会話の主導権を握るべく見せ札として利用したのだ。

 

 アイズの風に反応を見せた時点でベルベットは気づくべきだったのだけれど、それを先に気づかれた時点で雌雄は決していた。

 そしてフィンは瞬く間に勝ち筋を構築し、先んじて行動に移していたたのだ。

 全ては次の一言を、決め手とするため。

 

 

「───『アリア』、と」

 

 

 問いかけるような四つの視線を浴びせられるベルベットは、どうしたものかと思案する。

 比較するまでもないが、【ヘスティア・ファミリア】の勢力は【ロキ・ファミリア】の一割にも満たない。団員数一名(ベルベット)のみなのだから当然と言えば当然だった。

 だからこそフィンはこのようにして一計を案じたのだろう。

 要するに「自分達はお互いに情報を開示し合った」という体を取ることにより、『個』としては対等な立場とし、ついでに『団』の『長』としてもまだまだだね、とベルベットは手痛いしっぺ返しも受けたのだった。

 

 

「アイズの魔法を見て君は何か心当たりがあるようだけど、それを教えてくれる気は?勿論だけど、情報を貰う対価として此方も君に有益な情報を渡そうと思う」

「……最初からそう言えばいいのに」

「そう出来ないのも、君なら分かってくれるだろう?」

「なるほど。僕は貴方達から随分な評価を頂いたようだ」

 

 

 ベルベットの言葉に対してフィンは否定せず、他の三人も黙して頷いていた。本当に、随分な評価だ。そう独り言ちそうになったベルベットは、溜息を飲み込んだ。

 

 それはそうとして、ベルベットはフィンの、ひいてはアイズの求める情報を待ち合わせていた。

 けれど……何せこの情報を開示すれば、何故知っているか、という話にもなってくる。そしてそれをベルベットの、というよりかはベルベットの祖父に当たる人物の素性を明かす事になる。

 祖父について話すのは時期尚早だ。フィンには口で勝てないし、主導権を握られた現状ではぐらかすのも得策ではない。

 なのでベルベットは建前も用意せず、わかりやすく条件として一線を引く事にした。目線をアイズさんに合わせ、立てた一本の指をフィンさんに向けて示す。

 

 

「情報源の開示はしません。この条件を呑んでくれるのであれば、おそらく貴方方が気になっているであろう同盟の件についても一つお話しましょう。……どうしますか?」

 

 

 それを聞いて、フィンは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 情報源とはその正否を判断する材料の一つとして有効な財となる。だからこそ、フィンはそのような表情を浮かべたのだろうけど、それについて指摘されると予測していたベルベットは解決策を用意していた。

 

 

「心配しないで下さい。僕が条件を設けたい理由は、単純に時期尚早だからです。何時(いつ)何処(どこ)で、何方(どなた)かの前で明かすのかを見極める必要があります。なので情報源については、貴方達の主神に御尋ね下さい」

「何故、此処でうちの主神が出てくるのか聞いても?」

怪物祭(モンスター・フィリア)当日、神ロキは神フレイヤと密会していたのですが、その場には僕とアイズさんもいました。その時に僕の事は粗方知られているので……天界切ってのトリックスターであらせられる、神ロキであれば僕の意図を正確に読み取ってくれるでしょう。そして、情報の正確性についても保証してくれるはずです」

 

 

 だからアイズさんからはまだ話さないで欲しい。

 そんな意図を込めてベルベットが二回程目を瞬かせれば、アイズは素直に頷いて了承の意を伝えてくれた。

 ……他の三人にも伝わったようだけど、それについては見逃してくれるようだった。

 

 

「……わかった。此方は条件を呑もう。同盟の件については、先に話を聞いてからでもいいかな?」

「構いませんよ。とは言え、語れる事はそう多くはありません。僕の知っている事は精霊アリアの前身───『妖精エアリエル』。そしてヴァレンシュタインの祖先について。この二つを基に僕の持論も交えながら、赤髪の調教師(テイマー)がアイズさんを『アリア』と称したのが間違いではない(・・・・・・・)事とその理由をお話ししましょう。……質問は随時受け付けます」

 

 

 いいですか?

 そうベルベットが視線で問い掛ければ四人は揃って口を紡ぎ、神妙に頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

「『妖精エアリエル』とは『精霊アリア』の前身とは言ったものの、『アリア』(イコール)『エアリエル』ではありません」

 

 

 前提を覆すような言い方に、彼女らは皆一様に首を傾げた。

 

 

「順を追って説明しましょう。

 まずは『エアリエル』、彼女はとある物語に登場する“空気の精”の名前です。出典は著者シェイクスピアの【テンペスト】。家族の離散と再会、罪の償い、和解、許し。これらをモチーフにした壮大なロマンス劇なのですが……彼女自身は魔女に閉じ込められていたのを魔術師に助けられ、その魔術師に付き従うようになり、物語の終盤辺りで魔術師の手によって自由の身となります。

 一方『アリア』とは個人を特定した名前ではありません。脈々と受け継がれてきた血筋と信仰。それらを魔法に対する優位性を種として保有しているマジックユーザーの如く、『恩恵(ファルナ)』を授かる事によって【エアリエル(魔法)】を発現させた唯一の人(・・・・)を『アリア』と……そう呼ぶようにしました」

「呼ぶようにした、というのは……」

「……『初代アリア』と言うべきでしょうか。最初にその《魔法》を発現させたのは年端も行かぬ娘だったのですが、その少女には身寄りも名前もなかった。そんな少女に発現した【エアリエル(魔法)】は強力過ぎた。そして魔法(エアリエル)の発現条件に恩恵を刻んだ主神が気づかない筈もなく、良識のあったその主神は少女が悪意に晒されないようにと、彼女を『アリア』と名付ける事によってミスリードを仕掛けました。……暗黒期で実際に指揮を取っていた貴方達なら、言わずとも意味はわかりますよね」

「「「……」」」

 

 

 暗黒期。

 かつてオラリオは冒険者と一般市民を問わず、邪神率いる闇派閥(イヴィルス)によって虐げられるなど、人攫いやダンジョン内の殺人は珍しくなかった。そんな悪意と暴力が蔓延する都市に於いて、身寄りのない少女など格好の餌食となる他ない。

 加えて【エアリエル(魔法)】を知られたのが良識を持ち合わていない、一線を越え得る……所謂、邪神と呼ばれる神だったら。産めよ殖せよと、家畜以下の扱いを受ける可能性は……最悪の想定ではあるけど、有り得なくはなかった。

 

 そう言う意味で、アイズさんを【ロキ・ファミリア】に預けた人の行動は英断に違いない。もしも『恩恵(ファルナ)』をその背に刻まなければ、最悪の厄難をその身に受けていたかもしれないのだから。

 フィンさん達もその可能性に至り、否定出来ない事に気づいたのだろう。そしてその様子はアイズさんから見たら自分の想像している以上の反応で、彼女達は皆揃って顔を青褪めさせていた。

 

 

「そして『初代アリア』が冒険者となったのは、神時代の黎明期。神々が娯楽を娯楽を求めて下界に降りてきたばかりの時代です。

 古代の英雄達が命を掛けて作り上げた建造物を破壊した挙げ句、蓋をするように超越存在(デウスデア)はバベルを建てた……そんな話もありますが、当時の神々は下界に及ぶ影響などは全く考慮していませんでした。

 そんな神々にも他神よりも優れていたいと想いはあるわけでして、己がファミリアの勢力を拡大させるべく優れた人材の取り合い合戦になるのは容易に想像出来ます。いや、想像を絶する神域の知略と計略、力と技が奮われたに違いないと、僕は思います。思いたいです。

 ……それは文字通りに神々の遊戯で、身も蓋もない言い方をすれば英雄達の建造物が壊滅した理由も、存外神々が燥ぎ過ぎたからかもしれませんね。まぁ、それで命を賭けて建てた建造物を壊された英雄達は堪ったものではありませんが」

 

 

 困ったものですね。

 そう僕が冗談めかした言い方で大袈裟な態度を取れば、緊張で固くなった彼女達の雰囲気が幾分か和らいだ。

 

 

「話を戻しますが、当然『アリア』なんて名前の精霊は今まで居ませんでした。では何故少女に『アリア』と名付ける事がミスリードと成り得るのか。答えは単純で、誰によって(・・・・・)名付けられたかが重要だったのです。……神による名付け。それは自己の確立という意味で『恩恵(ファルナ)』以上の価値を持つ経験となる。精霊としての前提条件を満たしていた事もあってか、神々は主神の思惑通りに少女を『《神の力(アルカナム)》によって生まれた精霊である』と認識するようになったのです」

「……疑問点が一つある」

 

 

 腑に落ちない。

 そんな顔持ちで、フィンさんは此方に視線を投げかけた。

 

 

「どうぞ」

「ありがとう。僕が気になったのは、君が言った精霊としての前提条件についてなんだ。集められた『超自然的な力(エネルギー)』に【不変】という生命力の欠片を与えられた存在で、それが神の眷属と言われる所以であり、必ずしも『エネルギー』を集めるのは神じゃなくても問題はない。そのようにアイズは言っていたけど……僕は『初代アリア』である少女がその条件に当て嵌まっているとは思えなかった。加えて少女が本当に精霊なのか、面白がって確かめようとした神もいた筈。人は神に対して嘘をついたとしても直ぐにバレてしまうから、何れにせよ少女は精霊ではないと露見してしまうのではないのかい?」

「……嘘が露見する可能性は確かにありました。しかし、少女が嘘を嘘であると認識していない場合はその限りではありません」

「主神が少女に偽りの真実を教えた……訳ではないようだね」

「一つ固定観念を覆しましょう。……下界に於いて、神々は《神の力(アルカナム)》を封印している。これについてフィンさんはどう考えていますか?」

「どうって…………まさか。いや、そうか。本来『恩恵(ファルナ)』も神の力という意味では事実として《アルカナム》なんだ。そうなると『超自然的な力(エネルギー)』を『血筋と信仰(エクセリア)』、【不変】を【神血(イコル)】に置き換えれば全ての辻褄は合致する……!」

「もっと踏み込んで行くと、『恩恵(ファルナ)』を刻まれた冒険者の到達点の一つが見えて来ますよ」

「…………まさか、そんな事が───!!」

 

 

 フィンさんはもう気付いたか。流石、頭の回転と理解が早い。

 

 『超自然的な力(エネルギー)』に【不変】を与えられた存在。

 『経験値(エクセリア)』に【神血(イコル)】を与えられた存在。

 両者の違いは一度に込められる《神の力(アルカナム)》の大きさだけで、後者に関して言えば【神血(イコル)】に込められる力なんて微々たるものに過ぎない。けれど、精霊と冒険者───神の眷属(両者)の共通点は“神秘”の産物であるという点にあり、僕やアイズさんの様な存在はその最たる例となるだろう。

 精霊の血で癒して貰った経験が『恩恵(ファルナ)』によって魔剣を造れるようになった鍛冶貴族(クロッゾ)の例もある事だし、『経験値(エクセリア)』の中には“その身に【神血(イコル)】を浴びた”という経験も含まれている筈だ。その行為が初めは貴重な経験であっても、常習化すれば『経験値(エクセリア)』としての価値は薄れていく。

 そう考えればランクアップ自体すら経験値のブーストになり得るのは当然で、事実として『恩恵(ファルナ)』を刻み始めた頃の上昇幅は高く、ランクアップするまでの期間が長ければ長い程に成長は緩やかとなる傾向にある。

 

 其処までを語った僕の推論……そう、推論なのだ。その背景と事実を照らし合わせてみれば極めて可能性の高いと納得の出来る、と付くが推論だ。

 けれども、その推論を無視できようがない4人は唖然として耳を傾けている。

 

 

「僕はそうしていますが、アイズさんは信頼できる人に『アリア』の事を簡単にでも教えたほうが良いでしょう」

「それは、……どうして?」

 

 

 震えた声と迷子の様な瞳で、彼女は問い掛ける。

 

 

「……信仰とは、謂わば外的心因性の情報集合体。判断材料を基に他人を推し量る心理と視点が人の数だけある限り、本当の意味で他人が人を理解する事は難しい。同時に分かり合おうとする人の心理がある限り、人は人の繋がりを断つ事も難しい。

 そして自分だけで完結した信仰は地盤が脆く、ふとした瞬間に崩れるかもしれない。だからこそ自分が何を目的とし、何を以てして何を成したいのか……信頼する人と話をして、相互理解に努める。そうすれば自ずと(えにし)と想いは強固となり、君の力も盤石なものとなるに違いない」

「……?」

「ふふふ。要するに君が心を許せるような友人、仲間、あるいは異性と信頼関係を深めただけ強くなれるという事だよ」

「……」

 

 

 悩め。悩んで悩んで悩み抜いてふとした時、気づけばその手の内に答えはあるから。じゃないと、【剣姫】の名に呑まれるかもしれないよ。

 そう出掛けた言葉を僕は、既の所で飲み込んだ。

 

 

 




 アリア (伊: Aria、 独: Arie(アーリエ)、仏: Air(エール)、英: Air(エア)) 。
 叙情的、旋律的な特徴の強い“独唱曲”で、オペラ、オラトリオ、カンタータなどの中に含まれるものを指す。また広義に、そのような独唱曲を想起させる曲を指す。
 オペラなどでは、特に独唱者にとって聞かせどころとなる曲である。オペラやオラトリオの構成では、アリアの前に語りの内容が重視されあまり旋律的でないレチタティーヴォを置くことが多い。
 日本では詠唱と訳されることもある。
───Wikipediaより抜粋
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