TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 私が病に罹ったのはいつだったか。
 今回も私の内に潜む獣が暴れてしまった……。


 ……お久しぶりです、美久佐秋です。
 久しぶりの投稿なので、長めです。
 約9000文字くらいです。

 いつも読んでくれてありがとうございます。
 感想、批評待ってます_φ(・_・



episode.19:最前線を駆け抜けよう

 ベルベット達一行と別れたヘルメス達。

 彼らは安全階層(セーフティエリア)の天蓋水晶の光が完全に灯るのを待ってから、設営された【ロキ・ファミリア】の拠点を訪れた。

 

 

「いや〜、突然押しかける形になって申し訳ない!だけど対価に見合う情報があるんだ……聞きたいかい?」

「情報、ね。それはさっきの悍ましい魔力の件について?それとも……我が主神と神ヘスティア、そして神フレイヤの三女神同盟に関係ある事かな?」

 

 

 ヘルメスからの軽いジャブに返されたフィンのボディブロー。

 交渉の主導権を握ろうとする両者の探り合いは、情報の意外性によって【勇者(ブレイバー)】に軍配が上がる。

 努めて平静を装おうとするヘルメスだったが動揺で瞳を揺らしてしまい、その表情の変化をフィンが見逃すはずもなく……。

 

「「……」」

「…………ふふっ」

 

 

 沈黙を破ったのは、女神の微笑み。

 してやられたヘルメスが可笑しくて溢れたのだろう。

 外行き用のベルベット製外套(オーバーコート)───自身に引き寄せられた視線や意識を他者へと誘導する効果が付与された魔道具(マジックアイテム)───でも隠しきれない女神の魅力に、子供達の視線が引き寄せられる。

 それでも、その魅了の効果は確りと現れている。いつもならその場に佇むだけで魅了してしまうフレイヤだが、この交渉の場では声を発するまでは視線すら引き寄せられなかった。

 ベルベットが己の眷属と同じ『神秘』のアビリティを持つ事を先ほど知っていたヘルメスはこの状況をどうすれば良いかを理解し、子供達とフレイヤの間に掌を挟むことで己に視線を移させる。その上で態とらしく咳払いで注目を集めれば、ハッと目の前のヘルメスに意識が戻った。

 

 

「俺が始めた事だけど、これでは交渉にもならないね。腹を割って話を、とまでは行かなくとも余計な駆け引きは今回だけ無しにしよう。それでいいだろうか【勇者(ブレイバー)】」

「……あぁ、ありがとう神ヘルメス。感謝するよ」

 

 

 魔道具(マジックアイテム)の効果でフレイヤの魅了は殆どシャットアウトされているとはいえ、その気になればこの場の全員がフレイヤの言いなりにになった上で好きなように交渉を進めることも出来ただろう。

 しかし、この場の交渉はベルベットによってヘルメスに一任されている。その事を知らないまま、【勇者(ブレイバー)】は目の前の底知れない雰囲気を纏う男神に対して素直に感謝を示した。

 

 

「先に目標の情報を伝えるけど……【戦場の聖女(デア・セイント)】曰く、それは病魔のような存在らしい。呪詛の類で、その証拠に彼女の全癒魔法が効いていたからね。敵が潜伏しているのはおそらく十八階層よりも下の階層。理由は俺達が十九階層へ繋がる通路の所に居た時に襲われたからで、その時は撃退出来たんだけど倒し切ることは出来なかった。そしてここが最も重要で……目標の存在は優先的に神を狙っているらしい」

「神を……?」

「そうだ。正確には神に連なるモノを狙っている、が正しい認識だと俺は思っている。そして俺達はその存在を『【神性】あるいは【神秘】保持者を狙う敵性存在』として認知していた。もしかしたら【恩恵(ファルナ)】を授けられた冒険者も狙われるかもしれない」

「……神を狙う存在が居ると分かっていながらダンジョンに入ったと言うのか?」

 

 

 眦を細め、咎めるような発言をしたのはリヴェリアだった。

 それに対してヘルメスは曖昧な笑みを浮かべるが、彼女の気持ちも理解していた。

 あの七日間に於いて『神の力(アルカナム)』によって生まれたモンスターと対峙したのは、他ならぬ彼女達だからだ。

 その上で、ヘルメスは是と頷いた。アレは嘗ての『大最悪』以上の……三大クエストに匹敵する存在に成り得るが故に。

 

 今やるべきことは嘘を嘘とせず、違和感に気づかせない事。気付かれたとしてもウラノスに話をつけるまでの時間を稼ぐのがこの交渉での最低条件。その為にも矛盾を作らないのが肝心だった。事実との齟齬は引っ掛かりとなり、【勇者(ブレイバー)】やロキ相手ではすぐに気付かれてしまうだろう。ベルベットに託された以上、ヘルメスもしっかりと役目を全うするつもりだった。

 

 その意気込みが滲み出たのかヘルメスの飄々とした雰囲気が消え、真剣な表情が優男風の相貌に張り付けられた。

 

 

「確かに俺達は神を狙う存在を認知していながらこんな所(ダンジョン)に入った。その理由は、ウラノスから依頼を受ける事になったんだ。

 依頼内容は【神性】あるいは【神秘】保持者を狙う敵性存在の調査。【神秘】保持者として選ばれたのはうちのアスフィとヘスティアの眷属ベル君。そしてその主神である俺とヘスティアが【神性】保有者として調査員に選ばれた」

「……では、神フレイヤは?」

「さっき俺が敵性存在を認知していたと言ったけど、【神性】あるいは【神秘】保持者が狙われると言うのも、俺はウラノスから聞いて初めて知ったんだ。その情報の確証を得るために必要だったのがフレイヤ様……正確にはフレイヤ様の魂をも見抜く力が必要だったのさ。当然ながら囮のような役割をするわけだから、敵を撃退出来るだけの冒険者も居て欲しかったというのもある」

「オッタルか……」

「あぁ。【猛者(おうじゃ)】がいれば大抵のモンスターは撃退できるだろうからね。しかしそう簡単にフレイヤ様から彼が離れるとは俺も思っていなかったし、フレイヤ様がダンジョンに付いてくる道理もなかった。そんな時、俺はついこの間の『神会(デナトゥス)』での出来事を思い出したんだ」

 

 

 そこでヘルメスは一区切りつけ、フレイヤに頼み込むように視線を向ける。それに対し、フレイヤは勝手にしなさいと手で視線を遮り振り払う様な仕草を見せただけだった。

 そんな気ままなフレイヤの様子にヘルメスも苦笑を浮かべる。だけど許可はもらえたので話を続ける為にも、フレイヤに引き寄せられそうになった視線をもう一度己に集中させた。

 

 

「俺も知ったのは今日が初めてだったんだけど、どうやらベル君とフレイヤ様は徒ならぬ関係らしくてね。ついこの間の『神会(デナトゥス)』ではフレイヤ様直々にベル君の二つ名を授けていたし……あの時のフレイヤ様は圧巻だったよ。有無を言わせない女王様っぷりは見ていて気持ちが良かった。だよな、ヘスティア?」

「う、うん。まぁね。でも、ヘルメス?ちょっと君喋りすぎじゃないかい?」

「これくらいは問題ないと思うよ。多分三女神同盟の件をベル君が教えてくれなかったのは、俺がこれまで通り中立を貫くと分かっているが故にだろう。それをこの交渉の場で示すことによって、彼とフレイヤ様の関係の信憑性を示す材料になる。

 まぁそれは置いておいて。話を戻すけど、俺はフレイヤ様とベル君の関係をベル君とフレイヤ様の関係を思い出して……こう思った。『ベル君が囮のような役割を与えられたと知れば、フレイヤ様は力を貸してくれるんじゃないか?』とね。こうしてフレイヤ様は【猛者(おうじゃ)】を連れて来て……ついでにダンジョンに入ろうとする俺達を見つけた【戦場の聖女(デア・セイント)】も付いて来た」

「アミッドが?」

「あぁ。君達が保護してくれた【タケミカヅチ・ファミリア】の冒険者の怪我、毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の大量発生、そして【神性】あるいは【神秘】保持者を狙う敵性存在。治癒師としても放って置けなかったのもあるんだろうけど、彼女も【神秘】のアビリティを発現している。どれも他人事ではないと思ったんじゃないかな」

 

 

 そのヘルメスの言葉で、フィンを含めた【ロキ・ファミリア】の幹部達はアミッドの名前が最初に出てきた事に納得していた。彼女ならあり得るだろうな、と。

 しかしその当の本人がこの場に居ない。ベルベット、アスフィでさえも。三人に共通しているのは【神秘】のアビリティを発現しているという点であり、ここまで情報が揃えば三人が現在どこにいるのかは誰でも理解出来る。

 そしてベルベットの御業を見た事があるからこそ、【ロキ・ファミリア】の冒険者達は彼がいればアミッドとアスフィは大丈夫だろう、という安心感と信頼を共通して抱いていた。有り体に言えば、皆一様にベルベット・クラネルの一線を画す御業の如き魔法の使い手として認めていた(唄のファンになっていた)

 

 

「なるほどね……。神ヘルメス。確認だけど、ベルとパーティを組んでいるのはアスフィとアミッドだけではないよね」

「あぁ、加えてレベル4の冒険者が一人同行しているよ。それとさっき言った情報に関してはベル君に頼まれていた事だから、情報料なんかは気にしなくて良いらしいよ。俺もベル君の意見に反対はないから、是非【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナの頭脳をお借りしたい」

「情報については、今回の『遠征』で得た情報でお返しさせて欲しい。ロキも交えてね。ついでに地上までの短い間だけど、貴方達の護衛人員としてうちから何人か貸そう」

「すまない。ヘスティアとフレイヤ様は【猛者(おうじゃ)】が護ることになっているから問題ないけど、結局は俺やベル君の連れの護衛が必要なんだ。『遠征』帰りの君達に頼むのも心苦しいんだが……今回はそうも言っていられない。よろしく頼むよ」

 

 

 そう締め括って旅人の帽子を手にして頭を下げるヘルメスに、この場にいる全員がヘルメスの真剣さを感じ取っていた。

 同時に、【勇者(ブレイバー)】だけがこれから起こり得る可能性に思考を止めていなかった。

 

 もし囮が機能しなかったら?

 もし敵が一体だけではなかったら?

 もし、潜伏している場所を読み間違えていたら?

 

 幾つか脳裏を過ぎる『もし』に対して、常に最善の選択を。

 並列思考の域に至っている思考力を悟られずに行使し続ける胆力は、流石は【勇者(ブレイバー)】と言うべきか。その根幹となるのは女神フィアナへの【信仰】と小人族(パルゥム)復興という野望だった。……しかし、彼が現実主義者(リアリスト)である限り、妖精達は答えてはくれない。

 彼らは“奇跡”そのものでありながら(偶像)が不可欠な存在であり、そして偶像(アイドル)とはそう在ってほしいという願いだ。故に集合的無意識が空想として具現化するには、理想を語らなければならない。

 

 フィン・ディムナという冒険者は誰よりも“祝福”の受皿が整っていながらも、彼が実現したい信仰と野望という鎖に縛られている。

 そんな彼の様子をじっと見つめる紫紺の瞳には、一本の槍が鎖によって雁字搦めになっている様に映っていた。

 

 

(皮肉ね。この中で最も“祝福“されているけれど、同時に最も遠い場所にいるなんて。それに比べたら、ベルは……)

 

 

 そんな事を考えながら、フレイヤはこの場にいないベルベットの事を想い、昨晩の誰も識る筈のない出来事を思い出していた。

 出来事というのはベルベットがフレイヤに対して取った熱烈な求愛行動(ディープキス)の事であり、同時に誰もから忘れ去られた『無機質で虚なる声』の存在の事だった。

 

 ベルベットでもなく、詩織でもない。ただそこに在るだけの【 】に既知感を覚えたのは、フレイヤ自身が実際に視たことがあったからだ。にも関わらず、あの声音を聞くまで思い至らなかったのは……。

 

 

(もし、あの時に見た『漆黒の闇に広がる無限の色彩』が、ほんの一部に過ぎなかったとしたら?)

 

 

 フレイヤがいつか覗き視たベルベットの心象。

 その景色が大自然の綺麗に見える一部をワンフレームに収め、映された様なものだとしたら。そう思い至ったフレイヤは、その無機質な声音を聞いた時、近すぎて見えていた景色を遠くから観たのだ。

 そして其処に在ったのは大きな泡に閉じ込められた宇宙と星々。無限の色彩と漆黒の闇がまるでスノードームのように閉じ込められた一つの世界のようで、フレイヤには誰かが自分と同じようにベルベットを眺める為に大事に抱え込んでいる様にも見えたのだ。

 

 本質的に『偶像』として望まれた誰かであるベルベットにとって『他者の望む理想を映し、体現する』という行為は本懐であると同時に、“ベルベット”という自己同一性(アイデンティティ)を剥がす行為でもある。 

 それを仮面(ペルソナ)を取り替えるといった想念を前提として唄うことによって、ベルベットは剥離状態を一時的なものとした。

 そのための【我は汝、汝は我(ペ・ル・ソ・ナ)】というスキルだったのだけれど、それだけでは足りなかったのかもしれない。あの時の求愛行動は、大事にされすぎて連れていかれる事を本能的に感じ取り、それを良しとしなかったベルベットには自己を俯瞰的に見れる自分が必要なのも大きかったとフレイヤは予想している。

 

 だとすれば新しく発現した接続魔法は、ベルベットが真っ先に必要としたフレイヤへの想いとフレイヤの『連れて行かないで』という想いが具現化したのかもしれない。そんな少女の様な想いが擽ったくて、フレイヤはそっと自分だけの出来事だと己の内に大事に閉じ込め、誰にも気付かれずにフードの中で艶やかに笑みを浮かべた。

 

 そして思考を視線の先に戻す。

 目の前にいるフィン・ディムナという青年の主神とは天界にいた時から関わりがあり、その主神の眷属である彼はオラリオに於いて【勇者(ブレイバー)】と名高いレベル6の冒険者だ。そんな彼よりも自分が愛して止まないベルベットの方が優れ、高みにいるとなれば気分も良くなる。

 フレイヤは戯れに、あとはベルベットの為になれば良いという考えから、少しばかりの助言を授けることにした。

 

 

「捨てられた、見てもらえなかった、奪われた。そんな子が親に抱く感情は……際限のない怒りであった」

「……フレイヤ?」

 

 

 視線が、意識が、魂がフレイヤの声音に引き寄せられ、自然とフードの中へと注目が集まるのは必然だった。それを承知で声を発した彼女は、然りげ無くも流麗で淀みのない、『美』の女神として当然の身体捌きを以ってして白魚の様な左手を露わにする。

 そうなれば彼女のその薬指に嵌められた指輪が全員の目に映るのも必然で、その目的は女神としての『美』よりも婚前の花嫁としての『美』を前面に出してカモフラージュにすること。

 不変の神であるけれど同時に女であるフレイヤは自分の魅せ方を心得ているが故に、仕草一つで自分に向けられる多面的な価値観を孕んだ『美』の認識を置き換え、固定した。

 

 

「ダンジョンは生きている。そして神を憎み、神の眷属を妬み、羨んでいたわ」

「羨むって言ったって……ダンジョンが、神の眷属を?」

「えぇ……色んな感情が渦巻いていた」

 

『私は捨てられたのに』

『僕を嫌ったのに』

『俺達を殺したのに』

 

「どうしてお前は選ばれた?……そんな子が親に抱く当たり前の感情とそれを上回る程の母の怒り。それらを呑み干し、核としたダンジョンはあらゆる不浄と神々の愛を呑み込まんとする禍いを産み落とした」

 

 

 それは神託か、或いは神の悪戯か。

 どちらにせよ、事の重大さは認識以上なのだと理解しただろう。

 ゴクリと無意識に飲んだ息と乾いた喉に、誰もが緊張を自覚した。

 

 

「ダンジョンは生きている。その意味を、過去からの負債を、あなた達は直視しなければならないでしょう」

 

 

 過去の英傑達は『恩恵』によって得る事の出来る力を重視していたばかりに、その身に神の血を授かる意味を軽んじていたのかもしれない

 神の子は、なにも人だけではないというのに。

 

 

「その獣の名は───」

 

 

 

 

 赤と青の入り混じった幾千もの触手。

 それを筋繊維のように織り束ねることにより人体を模したのだろう。内側は常に流動的に蠢き続け、呪詛を濃縮したような血が脈動し、身を滴り灰と地を溶かしている。

 

 広々とした闘技場(コロシアム)に足を踏み入れた僕達は、灰の山の上で佇む獣の威容に剣先を突き付けられたかのような感覚を覚えた。

 領域に踏み入れただけでこれだ。一度目の戦闘は本当に小手調べだったのだろう。

 獣でありながら人の形を姿形を選んだのは……この剥き出しの激情のせいだろうか。人に対する羨望と怒り。そこから読み取れたこの獣の本質は、精神汚染など副産物でしかなかった。

 

 正真正銘、目の前の怪物の在り方は精霊……この場合は魔性か。兎も角、世界(ダンジョン)の触覚として生まれたこの獣の世界は当然としてダンジョンしかなく、自己の意思を今も直結させていた。

 そして局所的と言えど、この獣が具現化させている空想は“天を堕とす”。いや、地底(ダンジョン)だから天がないのは当然であり、その定義を押し付ける領域と言うべきか。

 更に精神汚染によるダメ押しで、世界に取り込まれたモノを獣に転生させるのだろう。

 

 ならこの重く伸し掛かる重圧は精神的なものではない。少しずつだけど、恩恵(ファルナ)が届かなくなりつつある。時間が経つ程、不利になってしまうだろう。

 それを自覚した時、普通だったら絶望に心を堕としそうになるかもしれない。しかし僕達は『冒険者』だ。言い換えるなら、命と真名を預け合った同士。

 顔色を伺えば、目と目が合った。

 

 ───リン、リン、……リン。

 

 妖精の鈴の音が心を幾分か癒してくれる。

 その福音を合図に、僕達はそれぞれ行動に移る。声掛けは、今となっては必要なかった。

 

 

『「【 自由を、未来を、権利を。何よりも侵し難い尊厳を奪われたアナタ。慰めにならずとも、その降誕を謳いたい。原初の願いを、私が───綴る(Access) 】」』

 

 

 一度目の戦闘で学んだのか、空想具現化に対して唯一対抗手段を持つ僕を狙うのは道理だ。それを承知で紡ぐ詠歌を止めないのは彼女達を信じていたのもあるけど、僕の位置からだと全体の動きが良く見える。

 

 左にリューとアミッド、右にアスフィ。左右に展開した彼女達を見向きもせず、その中央を駆ける獣。

 躍動する獣のしなやかで素早い体躯は、正面から受け止めれば徒では済まされないだろう。受け止めれば、の話だけど。

 

 

「残念、僕は囮だ」

「【───私が癒す】」

 

 

 リューに抱えられながら詠唱していたアミッドの全癒魔法。

 菱形の魔法陣は通常の大きさだけれど、この闘技場(コロシアム)の広さなら十分だ。展開された魔力の余波を受けただけで、呪詛そのものである獣はガクンと体勢を崩す。

 敵意が僕からアミッドに移った途端、そこからの行動は早かった。

 

 

「『【GyAaruaAAA!!!】』」

 

 

 咆哮(ハウル)と呪詛の重ね技───呪奏が癒しの魔力と衝突し、掻き消された。更には魔力を縁に伝わった呪詛によって、アミッドの恩恵(アビリティ)が一部剥がされる。

 そして獣は彼女を追撃する事なく、身を翻して僕と対峙する。

 詠唱に掛かる時間を理解した上での行動なのだろうけど……僕達の方が一つ上手だった。

 

 未だ想念が込められていない、星々のように宙を浮かぶ文字群。神秘と魔力だけで綴られた神聖文字は魔法として成立しないため、僕の魔力操作(コントロール)次第では待機状態にしておける。

 あとは想念を声音に込めて唱えるのみ。

 

 瞬間、三方向から放たれた聖なる炎弾。

 それは事前に僕の魔法を込めた50連射式の使い捨て魔導具(マジックスクロール)によるもので、用意出来たのは2つまでだった。

 これを有効に使うのなら、直接攻撃として使うのではなく、獣の進行方向へとばら撒く様に連射する。さらに互いの距離と三角形の陣形を保ちながら旋回することで炎の弾幕となり、獣の行く手を阻んだ。

 

 

『「【 其の激情は悉くを飲み干し、刻まれた痕だけを背に残す空想は『剥奪』の具現。転に生じる(天を堕とす)は輪廻の理。是を以て私は謳う。汝を定めし名はサマエル、憤怒ノ化身、魔性ノ王。神に呪われ、神に奪われたアナタを、再び焚べる 】」』

 

 

 綴った文字に込められた想念は、神秘と魔力に紡がれた端から虚空に溶けて空想へ。盤上のコインをひっくり返すかの様に、テクスチャを貼り替えるイメージで領域を端から領域で塗り替えてゆく。

 先程までは恩恵(ファルナ)を剥がされるだけだった闘技場(コロシアム)が獣の為の処刑場だとすれば、これは祭壇だ。

 

 自由()を奪い、未来()を奪い、権利()を奪う焼却炉。本神と同じ様に神殿(ごと)とはいかないけれど、その獣の在り方は彼女の祭壇を借り受けるに値する存在であると、僕は定めた。

 だから失敗は赦されず、血の縁を頼りに手繰り寄せた主の恩寵を此処に示す。

 

 

『「【 我ら主の神名に誓ったが故に、その御心を穢す事は叶わず 】」』

 

 

 この獣は神殺したり得る力を持っているから、確実に祓わないと。

 それに人を獣に変えてしまう魔性など、普通にモンスターに殺されるよりも残酷で、救われない。逃せば被害は広がってしまうだろう。

 だけど全ては焼き切れないから、この獣の行動範囲を狭めるためにまずは自由()から奪おう。その次に未来()を、最後に権利()を聖火に焚べるのだ。

 確実に、あの触手の一本たりとも逃さない。

 

 パチパチと火花を散らす聖火。

 それを背にした私の影が足元から伸びれば、獣は後退った。

 

 

『「【 拝領せし血の縁を辿る 】」』

 

 

 弾幕が、途切れる。その瞬間が戦場の流れを左右する分け目となった。

 

 

「『【KyarunaAuuAA!!!】』」

 

 

 劈く悲鳴が如き咆哮は無秩序に放たれ、塗り替えていた世界は獣の足元を残して堰き止められた。そのせいで不完全な領域となってしまうと悟った僕は無理に押し切らずに維持へと切り替えたけど、それは無意識の共有化及び収斂の不完全を意味する。

 更に今回は獣を確実に逃さないためにと、全方位から塗り替えていたのが仇になった。

 1度目の戦闘で展開した【聖火の領域】が押し寄せる波だとすれば、今回の領域は群れで追い込む狼の狩りだ。確実に逃さないように囲っていたけど、想定外の出来事に膠着状態が生まれてしまった。

 

 ポッカリと中央に空いたこの穴は、致命的だ。

 何せ獣はそこから穴を広げていくだけで良いけど、僕はこの状態を維持するために全体に気を配りつつ、穴を広げられない様に堰き止められた境を越えさせない様にしないといけない。

 有り体に言えば、僕はこの戦場(ステージ)の上で戦え(踊れ)なくなってしまった。

 

 

『「【 さぁ、皆さん耳を澄まして。この鼓動が鳴る限り、この想いを届けるから─── 】」』

 

 

 だからこそ、私は唄う。

 ステージ(戦場)でトラブルなんて当たり前。全てが想像通りになる事なんて滅多になかった。足が動かせない?だったら立ち止まればいい。その分、この声を届ける事に全力を尽くせ。

 それが僕の、私の願い。

 

 あぁ……あの時に彼女の魔法を見れて良かった。

 

 

『「【 ───最前線を駆け抜けよう 】」』

 

 

 詠歌追奏。

 幕はまだ、落とされない。

 

 

 




 仏教では怒りは人間を地獄界の精神状態に追いやり、死後最悪の条件に転生すると考えられているそうです。(Wikipedia参照)
 この獣だけである程度の設定集として書けそうですけど、それは追々出来たらいいなと思ってます。

 ▼以下、本文の詠歌を載せます。




自由を、未来を、権利を
何よりも侵し難い尊厳を奪われたアナタ
慰めにならずとも、その降誕を謳いたい
原初の願いを、私が───綴る(Access)

其の激情は悉くを飲み干し
刻まれた痕だけを背に残す空想は『剥奪』の具現
転に生じる(天を堕とす)は輪廻の理
是を以て私は謳う
汝を定めし名はサマエル、憤怒ノ化身、魔性ノ王
神に呪われ、神に奪われたアナタを、再び焚べる

我ら主の神名に誓ったが故に、その御心を穢す事は叶わず。拝領せし血の縁を辿る

さぁ、皆さん耳を澄まして。この鼓動が鳴る限り、この想いを届けるから───


───最前線を駆け抜けよう

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