でもこんな感じのこの人たちも好きになりそう。
……腕が痺れて力が入らない。何より、重い。
瞼を開き、視線を胸の辺りに向ければ、昨夜同じベットへ潜り抱き枕にしたヘスティア様の心地好さそうな寝顔がそこにあった。
彼女を起さないよう、ゆっくりと腕を引き抜くと身を捩り、温もりを手放すまいと袖が掴まれる。「大丈夫だよ」と頭を撫で、髪を梳いた後、代わりにソファにあった僕の匂いの染み付いた服を手に握らせた。
ニヘラ、とふやけた表情を浮かべた我が主神にクスリと笑みを零した僕は廃教会の外へ出た。
まだ誰も起きていない時間、霧が少し出ている。朝日が差し、少し湿った朝の空気を一身に浴びながら、僕は《詩》を紡いだ。
「……【お早う、みんな】」
ザワリ、と空気が震え、霧が晴れる。緑、青、赤、黄、オレンジと、僕の視界は彩りに溢れ始める。
「【いや、今日はダンジョンには潜らないよ。武器を買いに行かないと】」
『────』
「【え?僕達に任せればあんな牛頭ケチョンケチョンにする?ダメだよそんなの。君たちは友達なんだ。それに僕は強くなりたいんだよ。暫くは任せてほしいな】」
『────』
「【……うん、刻が来たらね。ありがとう】」
『────』
「【バイバイ】…………ふぅ、朝ご飯の準備しないと。ヘスティア様〜〜。朝ですよ〜〜」
───世界は今日も、色彩に満ちていた。
少し肌寒くも心地の良い空気と朝の日差しを浴びながら、僕は昼間とは趣の異なるメインストリートを一人で歩いていた。
ホップ、スキップ、そしてターン。
鼻唄を奏でながら、僕の自慢の白い長髪を翻す。
気づけば美しい銀の女神が『最強』を傍らに控えさせ、僕の後ろで微笑んでいた。
「───今日も早いわね【歌姫】さん?」
「お早うございます、神フレイヤ。今日も貴女の美しさは相も変わらず……して、僕は今から武器を買いに行くのですが、貴女は?」
「ベルに逢いに来たのよ」
「逢いに、ですか。バベルまでならお付き合いしますよ」
ならお願いね、と微笑む彼女は妖艶さが天元突破しているおかげで…………うむ、ワンツーダウン……もう一人ダウンのスリーアウトだ。フードで隠しきれない『美』が軒先で店の準備をしていたのだろうオラリオの住人達が三人役立たずになってしまった。
「それにしても朝からご苦労様ですオッタルさん」
「あぁ……少し外す」
「はい」
「え、ちょっと、オッタル?」
護衛から離れ何処へ行くのか。彼女は若干焦った声で背を向ける従者を目で追った。
……まぁ、端的に言えば神フレイヤの『美』に参ってしまった住人達の後始末だ。他ファミリアならどうとでもなるのだろうけど、冒険者ですらない一般人ともなればギルドからの注意勧告が出されてしまう。それに加え、都市最大派閥ともなれば嫉妬も多い。【フレイヤ・ファミリア】が後始末も出来ないと噂でも立てば、評判低下、ひいてはファミリアの運営にも影響してしまうのだ。
故に、都市最強冒険者であり、主神を最も近い場所で守る
「オッタルさんに休みあげてますか?過労で禿げにでもなったら洒落になりませんよ」
「……えぇ、考えるわ。禿げたオッタルなんて見たくもないもの」
都市最大派閥も楽ではない。敵も多く、団員も多く抱えればそれだけ問題も増えていくのだろうな。その点【フレイヤ・ファミリア】は主神に向けられる忠誠が天元突破してるから問題ないのだろうけど。オッタルさんの苦労を思えば、若干居た堪れない気持ちになってくる。
いつか【ヘスティア・ファミリア】を都市最強派閥にした時、僕も彼みたいになるのだろうか。
「早めにヘスティア様の怠け癖と借金をどうにかした方がいい気がしてきた」
「……ほどほどにね」
「それはヘスティア様次第ですね。……話は変わりますけど、この前貴女が言っていたお店。聞いてみれば随分と評判のいいところらしいですね。確か美味しい料理と可愛い店員が揃っている、とか」
「なに?ベルは私よりも可愛い女の子がいいの?」
「えぇ。まぁ、今はそうですね」
「……はぁ。あなたに初めてあった時のことを思い出すわ。確か───」
あれは、僕が旅先で歌を披露した後のことだったか。
「───『神が世界を創ったのであれば……あぁ、こんなにも美しく素晴らしい世界なのだから、美の神がこんなに美しいのも納得です』でしたね。覚えていますよ」
「口説き文句にも聞こえるけど『あなたは美しい景色のようだ』と言われているようなものよ。私を女として見ない子は初めてだったわ」
「でも本当のことでしょう?未だ14の若輩者ですが、旅では色々なものを見てきました。あなたの『美』は、女として完成されている在り方は、まるで世界の一部を見ているような気分になる。見えているスケールが違うんですよ。僕は貴女の団員達を馬鹿にするわけではないけど、やはり盲目的にはなれません」
「……ふふふ、そんなあなただから私は気に入っているのだけど。
「えぇ、是非そうしてください。まだ僕は人として生きていたいから。……そして、フレイヤ様。着きましたよ」
白亜の塔──バベル。
神が下界へ降り立った時、元あったギルドの前身のような建造物を壊してしまい、代わりに建てたらしいけど……これを見ると嫌でも神威解放時の神の凄まじさを思い知らされる。だからといって距離を取る、などということはしないけど。
恐怖に駆られて逃げ出すなど、獣以下の行為だから。
「オッタル……やっと帰ってきたのね」
「申し訳ございません。しかし放っておけば面倒な事になるので」
「他の子達はどうしたの?」
「ベルとの関係は他の団員には隠しておりますので」
「……そういえばそうだったわね」
最近はオッタルさんとフレイヤ様の関係が良くなったように見える。お互いに言いたいことを言えるようになった、と言うべきか。
以前のオッタルさんはフレイヤ様イエスマンだったのだけど、今は敬愛する主のダメなところはダメなのだと言えている。まぁそうなって尚、思考回路がフレイヤ様中心となっているところがオッタル・クオリティなんだけど、側から見てもあまり変わっていないように見えるだろうな。
これは彼の変化を傍で見ていた僕とフレイヤ様にしかわからない。
そもそも僕とヘスティア様が仲良しなのを見たフレイヤ様がそのことを僕に羨ましいと言った時、どう返せば良いんだろうなぁと周りを見渡していたのが事の発端だ。その時はただ上手い返し方が思い付かず、何かヒントでもと思っていただけなのだが、妙にソワソワとしたオッタルさんを見つけたのだ。
それを見た瞬間、僕はピーンッ!!とキタね。ああいうのを天啓が降るって言うんだろうな。
『あそこにこっちを羨ましそうにオッタルさんが見ていますよ。貴女がそう思っているように、彼も同じことを考えているのではないでしょうか』
神には嘘が通じない。
それ即ち、嘘でなければ話が通じる、ということだ。
実際、オッタルさんも僕にばかり構うフレイヤ様に……は多分ないな。僕には何か思うところがあったはず。それを見抜かれたと思ったのか、傍らに控えていたオッタルさんがアタフタと弁明し始めたのだ。
『ふふふ、オッタル……あなたはベルに嫉妬でもしていたのかしら』
『……いえ、
『
『……恥ずかしながら。して、フレイヤ様。一つ聞きたいことがあります』
『良いわよ。話しなさい』
『フレイヤ様のご慧眼を疑う訳ではないのですが、私奴にはベルベット・クラネルの良さがわかりません。確かにあの美声から紡がれる詩と歌は私が聴いても惚れ惚れする程でしたが……どうやらフレイヤ様の目的は彼の歌や魂ではない様子。
一体どこにフレイヤ様がご執心となる理由があるのか、私にはわからないのです。……お耳汚し申し訳ございません。ですが、腹を切る覚悟です。どうかフレイヤ様の言葉で答えてはくれないでしょうか』
そこからの展開は早かった。
魂は精霊そのものなのに、人の身で生きる子。
それだけでも珍しいのに……僕が心象に干渉する力を持ち、『恩恵』を受けたことで具象化ができるようになったこと。そしてレベルアップして精霊の体に近づいていけば、もしかしたら『心象』を見る力をも得ることが出来るかも、と。いや、フレイヤ様が言うには必ず出来るようになるのだとか。
オッタルさんの他に聞いている人が誰もいなかったから良かったものの、ペラペラと出るわ出るわで。もう……なんでそんなに知ってるの?ってくらいに話されてしまった。
バレてしまい、更には話されてしまったけど、過ぎたことはもう戻せない。他にバラさないように頼むしかない。
そのように考えていたのだけど、オッタルさんが注目したのは僕が精霊の魂とか、スキルのことではなかったのだ。
フレイヤ様の「『心象』──魂の景色を見る力を得るかもしれない」という言葉がオッタルさんには看過できなかったようなのだ。
まぁその時は「いずれは出来るようになるだろうなぁ」とくらいの気持ちだったのだけど、今はそのオッタルさんの気持ちもわかる。
なぜならそれは神フレイヤが得意とする、魂の色を見るという神の力と酷似していたからだ。
『決定的なのは私の本質を僅かながら見抜いたことね。私は『美』の女神。それと同時に『豊饒』をも司る女神なのよ?』
神フレイヤの言葉は、その時の僕にとって肝が冷えるものだった。
豊饒とは即ち、自然から生まれる作物を指す。作物が栄えれば人も栄え、人が栄えば土地が栄える。回り回って、人の繁栄とは母たる女から産まれるものだ。故に『美』と『豊饒』を司る神フレイヤは女として完成されており、そこを世界の美しさに僕は例えたわけだ。少なくとも、僕は彼女をそのように見たのだ。
…………もう、ね。はい、僕の失言が原因でした。ヘスティア様、すみません。
「どうした、ベル。目が死んでいるぞ?」
その時から、オッタルさんとフレイヤ様は僕のことをベル呼びし、僕も同様にオッタルさん呼びとフレイヤ様、もしくは貴女と呼ぶことを許されている。ついでに『ベルベット・クラネルの成長を見守る同盟』が結成された。本人が本人の成長を見守るとはこれ如何に。
ちなみにこれは五日前の出来事である。
「……いえ、いつもご苦労様ですオッタルさん」
「俺は苦労などと思ったことはないのだが」
「…………あなたのような勤勉さがあればヘスティア様もヘファイストス様に借金を作らなくて済んだのに」
「彼女はそんなところが良いのでしょう?少しくらい甘やかしてあげなさい」
「えぇ。まぁ、フレイヤ様とオッタルさんが後ろ盾になってくれただけでも良かったです。最終手段としてスキルを使えるのは、ダンジョン探索に大きな余裕を持たせてくれるし、何よりも効率が良くなる。借金もそう遠くないうちに全て返せるでしょうね」
「そう。なら良かったわ。……ところで、私達の関係はいつまで隠し通すつもりなのかしら?」
……うむ。フレイヤ様の言う通り、僕は『同盟』のことをヘスティア様に話していないのだ。
大変心が痛いのだけど、これには重大な理由があるのだ。
「……そこまでして隠すこと?
「えぇ、本当にあなたが理解のある神で良かった。別に女装癖の暴露を躊躇しているわけではありません」
「じゃあ、どうして?」
「……想像してみてください。神ロキが女であることを諦めて男装して街中を歩く姿を…………」
「──ふ……くっ、ふ──っ、ふふっ──」
「面白かったのであれば良かったです。次の【
「え、えぇ──っく、ふふ……そう、ふふ──させてもらうわ」
…………思ったよりツボに入ったらしい。それよりも、だ。笑い方一つ一つが色っぽくて目に毒だ。オッタルさんは目を逸らしてるし。
「まぁ結局は何が言いたいのかですけど、僕はヘスティア様に対して女好きを表明しているんですよ。でもこのスキルのおかげで今はあまり深く関わるべきではないのです。……もうわかるでしょう?」
「女好きを拗らせて女装癖に走ったと思われたくないわけか」
「そうなんですよ!!確かに“私”の姿は好きですし、そのためにも髪を伸ばしているんです。でも僕の女装癖は、可愛い子や美しい人は着飾るべきだという心情に基づいた行動であって、決して拗らせたわけではないんです!」
「ではお前の容姿はもっと男寄りであれば、そもそも女装することはなかったと言いたいわけだな?」
「そう言うことです!!わかってくれますか!」
「いや、全くわからない」
「なんでですか!」
「なんでですかって……ベル、お前───」
「───自分で自分の容姿を可愛いって言うのって、悲しくない?」
「可愛いと美しいは正義。それが世の真理なのです」
「それは同意する」
ガシッ!!
僕とオッタルさんは固く手を取り合った。
「あなた達、側からみればかなり滑稽よ。……間違っていないけど」
フレイヤ様。貴女も同類です。
テッテレ〜♪
───神フレイヤと【