少し短めです。
「じゃ、今回はベルもこんななってしもたし。解散って事でいいよな?」
確認ではなく、ただの報告。
今日、私がロキに願ったのはベルと会って話す事。それだけだったため、ベル自身が誰かと話せない状態になった以上、この場にロキが留まる必要はなかった。……誰かと話せない状態と言っても、思い出した事が余程大切だったことなのだろう。ただ泣き疲れて精神的に休んでいるだけだ。
私は偽りのない笑みを見せ、素直に礼を述べる。
「えぇ、今日は来てくれてありがとう」
「うわ、やめーや。フレイヤからお礼されるとか、ヨートゥンが嫉妬で襲ってくるんちゃうか?」
「……もう。真面目に言ってるのに」
「冗談や冗談。てゆーかその顔やめい」
ロキの物言いは流石に酷いと、少しだけ拗ねたような表情をすれば今度はそんなことを言ってくる始末だった。
……まぁ、私の普段の行いも悪かったのでしょう。
少し反省した私はふふふ、と笑みを零す。すると今度は【剣姫】から胡乱げな目を向けられていることに気づいた。
「どうしたの?」
「……いえ、その……なんでもありません」
「ふふふ、別に正直に言ってもいいわよ?どうせロキから聞かされていた私の印象が違った。そんな感じでしょうし」
「う、その、はい……」
「ウチのアイズたんはあかんで。手出しは無用や」
「別に可愛いとは思うけど、今はベルに夢中だから……そこまで引かれないわね」
「それはそれでムカつくな……まぁええわ。今日はいいもの見られたし、またベルに会ってもええやろ?」
「別に何も言わないわよ。流石にファミリアに入れようとしたら考えるけど、精霊になるまでの間は見守るだけ、ってベルと約束したから」
「……さよか。何が目的か知らんけど、あんたが最近動いてた理由もわかったし、ウチのファミリアに危害がないんやったら何も言わん。じゃあウチはこの後アイズたんとデートしてくるから、ベルによろしゅうな」
「えぇ、また会いましょう」
「ウチもこんな感じで他の連中から見られてんのか……」
それを最後に席を立ち、踵を返してひらひらと肩越しに手を振ってくるロキとちらちらと振り向く【剣姫】。
二人の性格の差が出ているのか……とも脳裏を過るが、すぐに冷静な思考でスゥッと目を細め、朱と金の後ろ姿を見送った。
「アイズ・ヴァレンシュタイン……ベルが冒険者の目標とした子で、あちらもベルに興味あり。そう聞いたから会ってみたのだけど───」
風の精霊───アリアの子。ベルとはまた違った意味で特異な冒険者であり、そして美しい容姿をしたヒューマン。
おそらくベルと出会っていなければ、あの『幼い少女を覆い隠す復讐の色』は嘸かし魅力的に見えたかもしれない。けど、やはりベルの『晦冥の中で光り輝く無限の色彩』とは比べられない程、普通だった。せめて“少女”が“女”に成長し、“黄金の風”を見せてくれればよかった。まぁそれが“黒い炎”の勢いを増してしまっているのだろうけど、正直に言ってしまえば物足りないと思う。
「───ベル。起きなさい」
眼を向ければ、…………ほら。意気消沈しても尚、光彩は褪せることなく輝き続けていた。
ベルの魂は人の《心》そのものを体現している。
漆黒の闇は傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲──七つの大罪を含めた、人間が人間であるが故の逃れられないあらゆる罪科──陰の部分を。光り輝く無限の色彩は人の愛や命の尊さ、希望、憧憬。数え切れない程の光は陽の部分を表している。
その中でもより輝きを増した、月と黄金帯にある一二の星々。ロキとの話で自分の在り方を自覚し、成長する彼はとても愛しい。そんな彼の魂を瞳で覗くと、改めて想う。
…………なんて美しく、歪なのだろうか。
普通、こんな人間の悪性を理解していながら人は自分を保つことなんて出来ない。
発狂して魂を腐らせるか、どうにかしたいと偽善に駆られるか、はたまたその両方か。その悪性が自分の中に眠っていることに考えが至らず、最後は人が人である限りどうしようもないことに気づき、愛故の悪となって世界を、人類を滅ぼすなどと最後には言いだすのでしょう。
おそらく元の体の持ち主はそれが原因で掻き消えてしまったか、闇に塗り潰されてしまったかのどちらかだと思う。そしてベルの魂が精霊に近いと言われている所以はここにあった。
ふと、脳裏にベルの言葉が蘇る。
───完全に人の心を理解できる日なんて一生ありませんし、それでも尚、理解しようとするからこそ、人は他者とわかりあえるのでしょう。生きとし生けるものには必ず心があり、心ある者は他者の心のうちを理解しようとする。それは人の営みの中では必然で、当然な事で、だからこそ尊い。
──まぁ結局何が言いたいのかというと、自分が心で感じた事を大切にしよう、と。『心なんて曖昧な代物はこちらも曖昧でいい。ただ心で感じ、語りかければ伝わる』って事です。……と、偉そうに言いましたけど僕もこれに関しては最近になってやっと答えを得たんですけどね。
《心》と言うあやふやで曖昧な代物は、だからこそ如何様にも形を変え、見方によっても悪にも善にも転じることがある。
そんな人の悪性から目を逸らすわけでもなく、善性を妄信しているわけでもない。ベルも全てを理解しているわけではないけど、有りの儘を受け入れ、理解し、理解しようと今も足掻き、見守っている。
その在り方は下手な神よりも神らしいのではないかと、私はこの美しくも歪な魂を見る度に思う。
「もう一度言うわよ。起きなさい、ベル……───」
そして今日は『哀愁』『渇望』、そして『覚悟』と言う名の《心》が眼を背けたくなる程、その輝きの勢いを増していた。
…………けど、あと一つ。足りないモノがある。そのあと一つのために、私はベルの耳元で優しく囁いた。
「───別に、そのまま落ち込んだままでもいいのよ?精霊になることを諦めた時点で貴方は私のモノになる。そう“約束”したのだから」
ピクリと、一瞬だけ肩が震えた。
それを見た私は後ろに回り込み、腕の中で包み込む。そして愛おしく、愛おしくて狂いそうな程に愛おしい情念をより強い愛情で覆い隠し、女の子みたいに艶のある綺麗な髪を梳き、頭を撫でながら語りかける。
「───貴方が言ったものね?私はベルが欲しい。でもベルは人として生を享受したいって。だったら神の眷属になって、恩恵で体も精霊になるまでは待って欲しいって。私は一言一句、あの時の言葉も焦ったような顔も、魅了されまいと私の『美』以外を探そうとしているところも、全て覚えてるわ」
結果的ではあったけど、ベルは私の『美』に惑わされずに私を見てくれた。……それがどれだけ嬉しくて、驚いたか貴方にはわからないのでしょう。
私が『美』の女神として生まれてからは誰も彼もを魅了し、望めば何でも手に入り、そして私を求められた。兄からも、父でさえも。
誰も私の『美』を見て、私自身を見てくれなかった。……あの人はいい人ではあったけど、唯一ではなかった。だから好いてはいたけど、それ以上に私は誰かを愛することはしなかった。
貴方が知らずにやってのけたことは、まさか生まれた私の長年の願いだったとは思ってもいないでしょうね。唯一、可能性としてはヘスティアくらいかもしれない。
だから彼女の眷属になったことは、予想通りと言えば予想通りだった。
家庭を守護する処女の女神。ベルは人の《心》を常に感じているからか、安らぎを求めていて、彼女は最も適した女神だった。そしてヘスティアもそれをなんとなくではあるけど理解し、その上で在るが儘に振舞っている。その結果があの怠け様なのだから少し笑ってしまったけど、二人の絆は何物にも代え難い程、強く固く結ばれていた。
それを羨ましいと言えば、オッタルが羨ましそうに見ているなんて貴方は言ったわね。まるで浮気を問い詰められた男みたいに狼狽えていた姿は見ていて面白かったけど、私はまだ忘れていないわよ。精霊になった時にどう言い訳をするのか…………『約束』の後の楽しみが、また一つ増えた。
「───今の状況、わかってるの?このままだと、私は貴方を頂くことにするけど……いいのかしら」
ただ、一つ。
貴方に言うことがあるとすれば……───
声が、聞こえる。
『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ』
想いが、伝わってくる。
『神様……僕、強くなりたいです』
約束が、蘇る。
『お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ』
冒険が、勇気が示される。
『アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけにはいかないんだっ!』
決意が、灯される。
『神様、僕は……それでも、あの子が今困っているなら、助けてあげたいです』
そんな兎のような、小さな英雄の姿を、僕は見た。
偶に浮かんで来る、謎の光景。おそらくこれは、“僕”が……“私”がいなかった、どこかの『僕』の記憶だ。僕が進むかもしれなかった、未来の姿。
彼が生きる英雄譚はどんな物語だろうか。
少し気になり、その物語の本を手に取ろうとした時だった。
聞き覚えのある艶やかな声音がここまで届き、目を覚めた。
……それは僕には必要のないものだ。伸ばしかけていた手を引き、その声音に耳を傾ける。
『生まれてくれてありがとう。私と出会ってくれてありがとう……───だから私の愛を受け取りなさい、ベルベット・クラネル』
「……なんて、神だ。貴女は」
可笑しすぎて笑いが込み上げてきそうだった。いや、フレイヤ様の気持ちを馬鹿にしているわけではない。
ただ、不器用すぎるだろう、と。同時に今になって気づいた僕自身に、可笑しくなったのだ。
彼女はこうやって僕が落ち込むのを予想していながら神ロキと僕を会わせたのだろう。
そうして意気消沈した僕に寄り添い、愛を囁き、最後には『私がこうして愛を捧げているのだから、受け取りなさい』と言っている。
もう、笑うしかない。マッチポンプだとかは割とどうでもいい。素直にフレイヤ様の想いは光栄だし、嬉しいとも思う。そしてここまでするか!?とも思った。同時に、彼女が『私の愛を受け取りなさい』と偉そうに言っても、何故か嫌味にならないところも凄いとも思う。
遂には『ごめんなさい。我慢できなかったから』とでも言いそうだった。
……僕の何を見て、一体何がそうまでさせるのか。
こうしてフレイヤ様の考えを理解した今、彼女の《心》の色が物凄く気になってきた。彼女の魂はどんな色をしているのだろうか……と。
「いや、今なら行けるかも……?」
現状の僕は精神的にフレイヤ様と繋がっている感覚がある。どんな感覚だって思うけど、説明しようとすると『デュオで良い感じにハモり続けて、どんなことを考えているかなんとなくわかるような感覚』だとしか言えないけど、そんな感じだった。波長が合わさっていると言えば良いだろうか。
この状態で深くまで《心》を感じようと潜れば、いずれは辿り着くかもしれない。
…………うむ。これはまたとない機会なのでは?
こうなったのはフレイヤ様のせいと言っても過言ではないのだから、多少のおいたも許されなければ割に合わない。
よし、そうと決まれば……──そう、意識を奥深くに潜らせようとした時だった。
…………なんだろう。このふわふわの心地の良い感触は。
トクトクと心臓の拍動みたいな音も聞こえるし、外も騒がしいし、何より甘くて良い匂いがするし。
そもそも五感が戻ってるし、さっきみたいにふわふわと宙ぶらりんになっていた感覚ではない。いや、ふわふわは後頭部に感じているのだけども。
小さな風が後頭部にかかり、肩越しにそちらを向く。そうすれば、にこやかに微笑む銀の双眸と視線があった。
詰まる所、僕はフレイヤ様に膝の上で抱っこされていた。頭を動かせば、美を体現した母性の象徴がふにょんと形を変える。
「……ふふ、やっとお姫様が目覚めたわ。さて、外ではモンスターが暴れているみたいに騒がしいし、貴方はこの後どうするのかしら」
「…………何を、しているんですか?」
「何をって…………ねぇ?見て、そして感じてみてわからない?抱っこよ、抱っこ。頭を撫でながら腕の中で抱けば、貴方は私の匂いと柔らかさと温もりを堪能できて、私は貴方のことを存分に可愛がれる。ほら、いいこと尽くしじゃない?」
「得意げに言わないでくださいよ。本当はどうなんですか?」
「……ふふ、ごめんなさい。貴方の寝顔を見ていたら我慢できなくて」
「などと容疑者は宣っており、被害者は心臓がバクバクして全く堪能できませんし、外の様子が気になるので離してほしいと申しております」
「ふふふ、素直じゃないわね。まぁいいわ。私も外の様子は気になっていたし…………あと、その言い方どうしたの?」
どうしたの?じゃありませんよ。現実逃避です。主に貴女の言い分は正しいと思ってしまったという意味で!あとご馳走様です!!
テッテレ〜♩
───フレイヤ様ルートのフラグを開拓しました。愛情値が解放されます。
フレイヤ様:I 13