TS転生ベルベット・クラネル君の英雄讃歌   作:美久佐 秋

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 鬼滅の刃が面白くてリアルでの課題や執筆が進まない今日この頃。
 みなさんはどのようにお過ごしでしょうか。美久佐です。
 第1章の締めに近づいてきたので話の引き方と第2章への持って行き方に迷ったり、リアルでの用事だったりで、ちょっと投稿が遅れました。具体的には話の内容を詰め込み過ぎまして……文字の誤字がないかの確認もそうですけど、主に改稿に時間を費やしていました。次の話も遅れると思います。

 まぁ、それは置いておいて。
 内容的には『ソード・オラトリア』に食い込みます。
 そしてまだヘスティアは出てきません。
 あと本作品では、ヘスティア・ナイフは造られません

 では、『episode.07:覇心の劍』です。







episode.07:覇心の劍

 フレイヤ様の声を振り切るように駆け出してから、暫く。

 騒ぎの中心──何かが爆発したような轟音の後、響き渡る女性の金切り声が聞こえたメインストリートの一角へ進路を定め向け、家屋の屋根上を僕が出せる最高の速度で疾走していた。

 

 悲鳴と狂騒、そして恐怖と混乱が伝染してく様子は、いつか大事故でも起こしそうだ。

 前世から二次災害の危うさを知っている身としては、少し落ち着いて欲しいという考えを抱いてしまう。そんなことを正直に言えば、なら早くモンスターを倒してくれと言い返されるだろうけど。

 

 

「【 ───風の精よ。どうか、汝の調べを聴かせて欲しい。然すれば、私は其方の下へ聴きに()くから 】」

 

 

 詠歌を紡ぎ、大気と共に在る精霊に力を借りることで“眼”──“視点”を飛ばし、戦場を俯瞰する。

 そこから見えるのは、アマゾネスの双子の姉妹である【怒蛇(ヨルムガンド)】と【大切断(アマゾン)】、そしてエルフの少女。彼女達はどうやら武器を所持していないらしく、アマゾネスの姉妹は後方で魔法行使のタイミングを見極めているエルフの少女の時間稼ぎに徹するらしい。

 

 当然だが、武器を所持していない二人の攻撃手段は、その褐色でしなやかな肉体を駆使した拳か蹴りによる打撃が主体となる。

 目付きを鋭くする姉の指示に妹とエルフの少女、そしてモンスターが反応した。意識の矛を双子の姉妹に向けたモンスターは地面から生える体を蠢動させ……次の瞬間、鞭のように全身をしならせ襲いかかる。そんな力任せの攻撃を姉妹は難なく回避した。

 

 

「……うひゃあ。モンスターの攻撃もそうだけど、さすが第一級冒険者だ。見ていて安心できるね」

 

 

 女の子が攻撃されて吹っ飛ばされる様子なんて見たくない。心情的にも辛いし、こうして現場に辿り着くまで見ることしか出来ない僕が歯痒くなるから。

 そんな風に想いを馳せていれば、立ち込める煙の中でぞるるるるっ、と不快にさせる音を立てながら細い体をくねらせるモンスターの死角から、ズダンッ!ズドンッ!と大きな打撃を叩き込んでいた。

 

 

『っ!?』

『かったぁーー!?』

 

「うわぁ……。第一級冒険者が痛がる程って、どれだけ硬いんだ」

 

 

 素手とは言え、並みのモンスターであればそれだけで肉体を破砕させる第一級冒険者の強撃だ。にも関わらず、貫通も粉砕も叶わず、予想以上の硬度を誇るらしいモンスターの体皮は僅かばかり陥没しただけ。寧ろ、姉妹達の手足にダメージを与える程で、皮の破けた右手をぶんぶんっと振るい、痛がっていた。

 

 

『────!!』

 

 

 そして二人の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは氾濫した激流の川の如く、怒りを表すように反撃の苛烈さを増していく。

 押し潰す、あるいは蹴散らそうとしてくる攻撃をアマゾネスの姉妹は難なく往なし、先程の痛がっていた様子は微塵も見せず、敵の至る箇所に何度も拳打を喰らわせる。

 ただ、いくら攻撃しても大したダメージを与えられない事に痺れを切らしそうになった二人は、先程とは打って変わって武器を持ってくればよかったと舌打ちと叫び声を上げた。

 

 

「……武器を持って行った方が良いかもしれないな」

 

 

 貰えば一溜りも無い、鞭の如くしなる巨体。暴れ狂うようにモンスターは全身を周囲に叩けつけるが、二人は軽やかに跳び回りながら避け続ける。

 互いに決め手を見出せないまま戦況が停滞していく中、その外ではエルフの少女が二人の稼ぐ時間を受け取り、詠唱を始めていた。

 

 

『【 解き放つ一条の光、聖木(せいぼく)弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり 】』

 

 

 例の如く、エルフの少女も魔法効果を高める杖を持っていない。魔力制御をより集中するためにも、片手を前に突き出しながら呪文を編んでいる。

 ……感じる魔力の量と精霊の騒ぐ雰囲気から、速度に重きを置いた短文詠唱による魔法と、僕は推理した。

 

 確かに魔法は詠唱が短かれば短い程に出力は控えめになるが、彼女からしてみれば目前で繰り広げられる高速戦闘に対応するためなんだろう。モンスターは二人にかかりきりで、エルフの少女を歯牙にも掛けていない。街中で発動するという意味でも、それは妥当な判断であると思う。

 山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開しながら、エルフの少女は速やかに魔法を構築していく。

 

 

『【 狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢 】!』

 

 

 そして最後の韻を唱え終え、解放を前に魔力が収束した直後──ぐるんっ、と。異常な反応速度に、僕がそこにいるわけでもないのに、悪寒が掻き立つ。今の今まで無関心だった筈のモンスターが、その顔のない頭部をエルフの少女に差し向けられ、僕も理解した。

 このモンスターは『魔力』に反応した、と。

 理解した時には、もう手遅れで。

 

 

『──ぁ』

 

 

 地面から伸びる、黄緑色の突起物。

 防具も装束も纏っていないエルフの少女の無防備な腹に、腕ほどもある触手が叩き込まれる。

 その、直前。

 

 

「【 翔る妖精よ、汝の同胞に呼びかけて欲しい。どうか、彼女を守護する役目を果たしてほしい─── 】」

 

 

 瞬く間に紡がれた高速詠唱。

 想像するはアイズ・ヴァレンシュタインが纏う、風の鎧。ただ違うのは、エルフの少女が纏うのは彼女に付き従う妖精達による風であること。

 妖精に好かれる体質なのかわからないけど……ともかく、僕の《歌》を風精に届けてもらい、彼らの同胞に呼び掛けてもらった。それにより、彼女を守ろうとしていた妖精達は風として簡易的な実体化を果たす。

 慌てて風を操る妖精は危なっかしくも、確実に山吹色の風が彼女の身を包み込んだ。

 

 

『『レフィーヤ!?』』

 

 

 エルフの少女の体重とモンスターの攻撃。どちらが重いかと言われれば、当然モンスターの方が重く、軽い方が吹き飛ばされてしまうのは自明の理だった。

 尋常じゃない衝撃に耐えきれず、反動で宙に浮いた体が屋台へ吹き飛ばされてしまった彼女を見遣れば、軽い脳震盪のせいか意識が朧げだけど大した怪我を負っていないことに僕は安堵の息を零す。

 

 だがしかし、モンスターは待ってくれなかった。

 

 

『ォォォオオオオオオオッ!!』

 

 

 ビリビリと肌に叩きつけられるように破れ鐘の咆哮が響き渡り、僕は思わず目を瞑る。

 やがて騒ぐ精霊達の気配が治まったのを感じ、視点に意識を飛ばせば……毒々しく極彩色に染まる何枚もの花弁を開き、鮫のように口内で生え揃う牙から粘液を滴り落とす食人の花が、倒れ伏すエルフの少女に向ける意志を明確にしていた。

 即ち、あれは彼女を喰べるつもりなのだ。

 

 

『レフィーヤ、起きなさいッ!』

『あーもうっ、邪魔ぁっ!!』

 

 

 駆け付けようとする姉妹を触手の群れ──黄緑色の突起は拳で何度打ち払われようとも起き上がり、蠢く林を形成して彼女達の行き手を阻んでいた。

 

 正に、絶体絶命。

 

 エルフの少女の命が、目の前で絶たれようとしている。そんな光景に、僕は血の湖に沈む彼女の姿を幻視した。

 それを現実にしないためにも《脚力強化》と《重力軽減》を──戦場まで飛ばしていた視点を戻した余剰分の魔力で──自身に付与しよう(歌おう)とした……のだけど。

 その必要はなかったらしい。

 少なくとも彼女以上の助っ人は、逆に戦況を混乱させるだけだろう。

 

 なら……、と。

 金色の髪を風で揺らしながら戦場へ駆けつける彼女の姿に、僕は先程まで焦燥感に駆られていた心を落ち着け、口を開く。

 

 そんな僕がすべき役目は、彼女達の《心》を届けることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 全力で振り抜かれたレイピアの下にモンスターの首が斬り伏せられた。

 絶叫を轟かせた首は建物の一角へ、エルフの少女──レフィーヤに食いつく寸前だったモンスターの体は勢いよく仰け反り、グニャリと折れ曲がりながらその場に崩れ落ち、次いでティオネとティオナを襲っていた触手も力を失ったように地面に落下する。

 その一連の様子を見届けたアイズは、背後で倒れ込むレフィーヤを思案していた。

 

 

 ───危ない、ギリギリだった……。

 

 

 六匹まで脱走したモンスターを屠った際、全く情報になかったこの謎のモンスターの姿を遠方から確認し、突き動かされるようにこの戦場へと進路をとったアイズは安堵の息を吐き出す。だが、未だレフィーヤが起き上がる気配はない。

 頭を打ったのかもしれない、と彼女の身を案じたアイズは駆け寄ろうとし、微細な足元の振動に歩を引き止めた。そして揺れはやがて大きな鳴動に変わっていき、明らかな異変にアイズは剣を構える。

 

 突如、地面の一部が隆起した。

 

 

「ちょ、ちょっとっ」

「まだ来るの!?」

 

 

 そんなティオナ達の悲鳴を皮切りに、剣を構えていたアイズを取り囲むように三匹の黄緑色の体が飛び出てきた。さらには閉じていた蕾を一斉に開花させ、見下ろす格好で巨大な口腔を覗かせる。生暖かい呼気を頬に当てられ不快になったアイズは眦を鋭くし、いざ斬りかかろうとした、その時───

 

 

「──え」

「なっ──」

「ちょ──」

 

 

 ───ビキッ、という亀裂音の後にレイピアが破損したことに、アイズだけでなくティオネもティオナも言葉を失った。

 

 だが一方で、アイズは仕方がない、とも思っていた。

 壊れてしまったレイピアは所詮、消耗していた愛剣(デスペレート)の代わりでしかなく、それ以上の性能を引き出せないことはわかっていたことだったのだ。(エアリエル)の出力とアイズの激しい剣技に耐えかねたのもあるが、愛剣(デスペレート)のつもりで取り扱ってしまったのが一番の要因だろう。

 根元から折れた剣身は張り詰めた弦が切れたように罅割れ、砕け散っていく銀光はいかに限界を超えていたのかを物語る。

 

 いけない、怒られる。

 借りた代剣をあられもなく破壊し、後に支払わなければいけない代金のことをアイズは考えてしまった。

 

 

「「「────!!」」」

 

 

 蠢く花のようなモンスター──仮に食人花と呼称しよう。

 三匹いっぺんに襲い掛かってくる食人花を、アイズは跳躍……そして右手に持つ刃を失った細剣を、その柄頭を頭へ振り下ろす。

 跳ね返ってくる硬質な感触。風を纏っているにも関わらず、大したダメージを与えられていないことを悟ったアイズはそれ以上の攻撃を諦める。

 

 

「ちょっと、こっち見向きもしないんだけど!今度はアイズ!?」

「魔法に反応してる……!?」

 

 

 ティオネ達も参戦しようとするが、いくら攻撃を加えども食人花は矛先をアイズから向け変える様子は一向にない。

 ギルドの女性職員達に支えられるレフィーヤから遠ざけるように後退を織り交ぜつつ、跳躍と回避を繰り返す。空を切った敵の口腔が地面に突き刺さり石畳を噛み砕く。伸びてくる夥しい数の触手鞭は、ティオネ達の迎撃もあって紙一重のところで避けていた。

 

 

「アイズ、魔法を解きなさい!追いかけ回されるわよ!」

「でも……」

「一人一匹くらいなんとかするって!」

 

 

 うねる蛇状の体が暴れ回り、辺りに並んでいた屋台をまとめて吹き飛ばす。一度でも攻撃を喰らえば、流石のアイズ・ヴァレンシュタインですら大ダメージは免れないだろう。殺到する食人花に防戦を強いられ、いずれは手数で押し切られるのは目に見えていた。そのことをアイズは勿論、ティオネ達も理解していた。故に何度も交錯する際、ティオネ達はアイズへ呼び掛け、彼女も止むを得ず魔法を解除しようとした。

 

 

「──ぁ」

 

 

 ただ幸か不幸か、一人の子供がアイズの目に映った。頭から見える耳ごと、少女は屋台の影で頭を抱え座り込んでいる。

 瞬時に逃げ遅れてしまったのだと理解し、恐怖に震える彼女の目と視線がぶつかった。予てからの退避方向である右手に逃げれば、あの長大な体躯の下敷きとなることは間違いない。

 なら、左は……?と目を向けた先には、白い尾が……いや、違う。あれは、あの子は───

 

 

「ベル……?」

「ベル君!?」

「何これ、歌……?」

「綺麗な声……」

 

 

 アイズの視線と《歌》に導かれ、ティオネ達はその姿を目に映し、瞠目し、一様に絶句していた。

 白馬の尾と見間違う程に長い白髪は後頭部の辺りで纏められ、赤く鋭い眼光は射殺せそうな程に殺気を帯びていたのもあるが、それだけではない。

 いや、その殺気は確かなものだ。何故なら、モンスター達はオラリオに住まう人々の日常を、それも祭りで賑やかな営みを眼前のモンスターは脅かしたから。

 その光景を飛ばしていた“視点”から一度見たとはいえ、実際に見るのとは実感が異なる。故に、その抑えられない憤怒が殺気として溢れ出す。

 けれど、ベルベットは己の怒りを振りまく様な愚か者でもなかった。

 

 

「【 ───怖くないよ。だから安心して……? 】」

 

 

 戦場には相応しくない、危険など微塵も感じさせない“歌声”──人を安心させるような子守唄のような声音が波紋のように、染み渡っていく。

 やがて、一般市民達の悲鳴は鎮まった。

 

 そして彼女たちが言葉を失っていた理由はここからにあった。

 

 通常、魔法の発動までには三つの行程──“詠唱・魔力制御・目標固定”の順に踏んでいき、最後に魔法名を唄うことで魔法が発動する。そうしなければ魔法は発動できないし、魔力は暴走するし、変な方向へ飛んでいってしまうからだ。戦場でそんなことになってしまえば、痛手を喰らうどころでなく、フレンドリーファイア待ったなしだ。

 故に正確な詠唱と多大な集中力が求められる『魔法』を発動する時、大抵の(・・・)魔法使いは足を止め、詠唱のみに専心し、強力な魔法を準備する。

 

 ただ例外として(・・・・・)、と言うべきか……。

 剣の道でも、魔導の道でも、並大抵以上のことをやってのける、傑出した者はどこにでもいるものである。

 だが、傑物の中でもさらにそこから極みへ至る者は、限りなく少ない。そして、至ったものは例外なく畏れられる。

 

 ベルベットに向けられる【ロキ・ファミリア】の面々の視線は、正にそれだった。

 

 何故なら……───

 

 

「【 其は貴女の半身。汝と共にあり、汝の牙となり、爪となった其には、清濁併せた記憶が御座いましょう 】」

 

 

 ───“並行詠唱”をいとも簡単にやってみせ、さらに二重、三重に魔法を並行して発動しているのだから。

 

 言うなれば、“多重詠唱”──その実態は、ベルベットはこうして瞬時に魔法を発動させられるよう魔力を制御しながら待機させ、さらに一般市民を安心させるための鎮静魔法を発動し、同時に付与魔法(エンチャント)の《飛翔》を維持し続けている。

 ただし一度付与した魔法は魔力制御している間は途切れない、という特性を持つが……それでも三つの魔法を同時行使していたことには間違いない。

 

 だが……あぁ、こんなことが普通、目の前でやってのけるところを見たとしても信じられるだろうか?

 いや、現実として彼女達はその絶技などと言う表現すら生温い、至高とも言える魔導の極地の一つを見せられ、唖然としていた。

 その並行詠唱──「攻撃・移動・回避」と同時に、それも高速戦闘の最中に『魔法』を駆使する高等技術──は見たことがある。他ならぬ、【ロキ・ファミリア】に所属するリヴェリア・リヨス・アールヴがその高等技術を体得しているのだ。

 

 

「【 故に、此れからも貴女が忘れない限り、其の《心》は共にあるでしょう。だから、今だけは。逢魔時(おうまがとき)だけの、一時だけで良いから、許して欲しい 】」

 

 

 信じられないこそ、理解できないからこそ、畏ろしい。

 まるで目の前の少年は人智の及ばない存在なのではないかと、錯覚(・・)した。

 

 

「【 汝の剣に、誓いを立てよ。然すれば、汝の心は応えましょう 】」

 

 

 けれど、目の前の少年は──静かに、優しく、穏やかな声音で歌っていた。

 そして、紡がれる(命名)───

 

 

「【 Oversoul Fi Blade(剣の精に贈る詠歌・十二節の章──覇心の劍) 】」

 

「……ぇ。いつの間に?」

「何、よ。この武器」

 

 

 ───気付けば彼女達の手は、良く馴染む得物を取っていた。

 

 

 この間、十秒にも満たず。

 そして彼女達の、止まっていると錯覚(・・)していた時は──モンスターのくぐもった叫び声に釣られ、意識を戦場へ戻した。

 

 

『ォォォオオオオオオオッ!!』

 

 

 そこで見たのは折れた筈の剣で戦うアイズと、屋台裏に隠れていた少女に駆け寄り、背後に控えさせて戦場を見守るベルベットの姿。

 そんなベルベットの魔力に反応するはずの食人花の関心は……いつの間にか持っていた『剣』だけに注がれていた。

 

 

「もしかして、この剣……」

「なんか知らないけど、この剣使っていいんだよね?」

 

 

 ティオネは手の内に握る『剣』について思案し、ティオナは楽観的に武器があることを素直に喜んでいた。

 二人の性格の違いか、頭脳担当となっているティオネはどうしようかと迷う最中──さらに背後では、覚えのある魔力が収斂されていく。

 

 

「【 至れ、妖精の輪 】!」

 

 

 戦況は一転し、加速していく。

 一寸の誤りを許さない程に移り変わりが激しく、瞬時の判断が求められ、ティオネが思考を巡らす時間は現状では得られなかった。

 ここにはないはずの主要武器に似た──【ゾルアス】と【大双刀(ウルガ)】に勝るとも劣らない武器が、何故手の内にあるのかは定かではないが……少なくとも、それが自分達に害を及ぼす代物ではないと、確信していた。

 

 故に、二人の間に言葉はいらない。

 アマゾネスの姉妹は視線を交わし、ティオネはレフィーヤの下へ、ティオナはアイズの下へ駆けつけた。

 

 

「【 どうか──力を貸して欲しい 】」

 

 

 疾駆、そしてその勢いを利用した斬撃がモンスターに叩き込まれ──抵抗もなく、黄緑色の躯体を一刀の下に両断した。

 

 

「うっそ!?」

「……」

 

 

 予想以上の斬れ味、そして扱いやすさに目を見開く二人。

 だが、それは当たり前のことでもある。

 

 何故なら、持ち主が過去に使用した全ての武器の記憶をベルベットの《歌声》により想起させ、それらを『剣の精』(Fi)の力で収斂し、鍛え、彼女達の魔力で具象化した代物──それが、【覇心の劍】の真価であるからだ。故に、彼女達の魔力で形作られた剣が手に馴染まない筈もなく、幾重もの『剣』を統合したと言っても過言ではない其れは、『剣』としての概念が尋常でない程に強化されていた。

 

 

「【 エルフ・リング 】」

 

 

 そしてレフィーヤが奮起させたことにより、モンスターは目の前の脅威とは別で強大な魔力を感知し、戦況は一瞬の停止状態を挟む。

 

 

「【 ───終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け 】」

 

 

 その一瞬で両手に獣人の少女を抱え、空を翔けて戦場を離脱したベルベットは、続けて聞こえてくる詠唱に目を見張り……やがて彼女が神々から与えられた異名を思い出した。

 

 召喚魔法(サモン・バースト)──効果及び詠唱文を完全把握した同胞(エルフ)の魔法に限り、完成した筈の魔法に詠唱を上乗せすることで別種の魔法を行使することができる魔法。それはハイエルフ──【九魔姫(ナイン・ヘル)】の魔法も例外ではなく、彼の【千の妖精(サウザンド・エルフ)】が召喚しようとしている魔法の内容をベルベットは知らないが、その魔力の大きさから察することはできる。

 正直、ベルベットは彼女が発動しようとしている魔法に、心を踊らせていた。

 

 

「【 閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ 】」

 

 

 拡大する魔法円(マジック・サークル)

 そして唇が、その魔法を紡いだ。

 

 

「【 ウィン・フィンブルヴェトル 】!!」

 

 

 三条の吹雪と化した純白の細氷がモンスターに直撃──大気をも凍てつかせる絶対零度の魔法は、食人花の体皮を、花弁を、そして茎も。細胞の一片をも余さず、氷像の如く完全に動きを固定させ、そのまま街路全体も氷の世界へと変えていく。

 氷結した空気が結晶として宙に舞い、煌くように輝いている。

 

 

「わぁ……!!凄く綺麗……」

「……ふぅ。なんとか終わったみたいだね」

 

 

 そんな幻想的な景色を見た少女が隣で感嘆の声を漏らす姿に、ベルベットはこの事件の幕が無事降りたことを悟り、ホッと安堵の息を漏らしたのだった。

 




───Oversoul Fi Blade(剣の精に贈る詠歌・十二節の章──覇心の劍)───

其は貴女の半身。汝と共にあり、汝の牙となり、爪となった其には、清濁併せた記憶が御座いましょう

故に、此れからも貴女が忘れない限り、其の《心》は共にあるでしょう。だから、今だけは。逢魔時(おうまがとき)だけの、一時だけで良いから、許して欲しい

汝の剣に、誓いを立てよ。然すれば、汝の心は応えましょう


 十二節の章からなる詠歌の題名は【Oversoul Fi Blade】。
 オーバソウルは「すべてのあなたを生み出した根源的なもの。 人は、過去、現在、未来といった各時間軸や、高次元な精神世界から低次元な物質世界といった各次元に、無数の自分が存在している」と言う意味だが、その根源を『人』と定義し、歌声を聞いた『人』から生み出た剣に纏わる記憶を『剣の精』(Fi)の力により、たった一つの『剣』として収斂し、鍛え、当人の魔力で具象化する。
 故に【覇心】。本人の魔力で形作られた剣が手に馴染まない筈もなく、幾重もの『剣』が統一された【劍】は、概念が尋常でない程に強化されている。
 ちなみに『剣の精』の『Fi』は、ゼルダの伝説に登場する主人公リンクの武器──女神の剣に宿る剣の精霊からきている。ただ、本作品での『Fi』は女神の剣の精霊ではなく、『武器()の精』としてあらゆる剣に宿っている……という、設定。

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