機動戦士ガンダム In Last Paradisum 作:ROGOSS
廊下には必死に追いかける少女の姿と逃げるように早足で歩みを進めている同じく少女の姿があった。
「アイリス様!」
「何よ」
「どちらへ行かれるのですか?」
「そんなこと決まってるでしょ」
サイド9ネオ・ジオン総艦隊司令補佐であるアイリス・ホーエンシュタインは遠くに見える屋敷を見ながら答えた。その様子を部下たちは心配そうに見つめる。
それもそのはずだった。
本人の耳に入ればただではすまないが、艦隊内では元総司令の娘という理由だけで今の役職につけていると思っているものが多かった。
ひとえにそれは、彼女がまだ15歳という若さだからだった。
だが、彼女のそばにいる者は皆知っていた。
彼女には父親譲りの才能が確かにあり、キレ者だということを。そして何より、これからの人類の行く末を考え行動をしている確かな信念を持っていることを。
それでも、年相応の若さ故の無謀な行動をすることが目立つ彼女を放っておくことはできなかった。
「何よ。私だってもう子供じゃないの」
「それはそうですが……」
「ですが、アイリス様にもしものことがあった場合……すなわち、それが大戦争につながる恐れがあることをご自覚ください」
「……わかったわ」
アイリスは傅く少女を見る。
少女といってもアイリスよりも年上だ。
少女の名前はユルキ・ターレ。
アイリスの直属の部隊「ヴァルキリー」のエースであり、悲しきフラナガン機関出身の強化人間だった。
一年戦争の負の遺産。
人はそう呼び、恐れ戦き、時に己に私利私欲のために利用してきた。
ユルキもそうして利用され捨てられた強化人間の一人だった。
もう二度と、戦争など引き起こしてはいけない。
ユルキを見るたびにいつも、アイリスが抱いている感情だった。
そしてユルキもまた、アイリスのその感情に深く感銘をうけ、忠誠を誓っている。
●○●○
時を同じくして、ザジバー邸では昼食の時間となっていた。
食堂には20人以上の客人が座れる巨大なテーブルが中央に置かれている。
「もう、食べないのか?」
対面に座っている父は心配そうに聞いてきた。
それがうっとうしかった。
いや、うっとうしいという言葉はあまりにも的確でなかった。
うっとうしいわけではない。心配されていたとしても、怒られたとしても心に響かないのだ。何故だが黙って欲しいの一言で片付けてしまいたくなる。誰の言葉に対してもそうだった。
心配されるのはありがたかった。
だが、思っている感情とは別の気持ちが常に頭をもたげてくるのだ。
本当に心配されているのか?
くだらない疑問であることは、ライン自身が一番理解していた。
理解はしていても納得ができない。矛盾した気持ちは棘となり、いつもラインの心の内を無常にも突き刺していた。
「大丈夫だよ」
「そうか……最近は食糧補給さえもままならないようだ。地球付近での戦闘は激化しているようだな」
「……そうなんだ。」
父はそう言うと窓の外を見た。
あの方向には、人類が誕生した母なる地球がある。
父の口癖だった。
ノックの音が部屋に響いた。
父の返事を聞くと、扉が開き秘書のモロッコが静かに入ってきた。
モロッコが父の耳元で何かを囁くと、父の表情が険しくなった。
こんな時は決まって悪いことが起きたのだと、ラインは経験則からわかった。
「行きなよ。急用なんでしょ?」
「むぅ……」
「いいから。いつも通りここでおとなしくしているよ」
「すまんな。これもザジバー家に生まれたが故の勤め。願うならば……お前にはその業を背負わせたくないものだ」
父にしては珍しく堅く遠まわしな言い方だった。
どういうこと?とという問いに答えることなく、父は慌ただしく部屋を出ていこうとした。
だが、扉のノブに手をかけたところで父はラインを振り返った。
その目は何かを懐かしむような目だった。否、心配しているような眼だったのかもしれない。
「ライン。いいか、よく聞くんだ。何かに迷った時、信じれる道を進みなさい。疑心にとらわれるようならば近くにいる誰かに必ず相談するんだ。そして最後は自分で決めた道を進みなさい。それがお前の生きる標となるはずだ。わかったな?」
「……うん」
「それでいい。今は言葉の意味をわからずとも、いずれわかる時が来る」
父はそのまま部屋を出て行った。
一人残されたラインは対面を見つめた。
父が座っている幻影が見えた気がした。
この胸騒ぎはなんだ……
その疑問に答えられる者はまだ、時ここにはいなかった。