<前書き>
全20話前後の投稿を予定しています。更新は基本的には不定期ですが、土日に更新できるよう頑張ります。シリアスではありますが、原作同様、淡く心に残る作品にしたいと思いますので、よろしくお願いします。
少女漫画も、ラブソングの歌詞も、私にはキラキラと眩しくて、でもどうしても届かなくて―――
意味なら辞書を引かなくてもわかるけど、私のものになってはくれない。
誰にも言えない、二人の特別―――
地元から数駅離れた駅前広場で暇を持て余していた。火曜日のお昼前、時刻は午前11時30分を回ったところ。滅多にない平日のお休みに、滅多に使わない駅の広場。たったそれだけで気分はどこかの異世界だ。
昨日に引き続き、遠見東高校の生徒は今日も学校には行っていない。理由は月曜日と火曜日が文化祭の振替休日に指定されているからだ。平日に学校を休むのは何か不思議な感覚がする。まるで風邪をひいて学校を休むときのような特別感。それもまた気分を盛り上げている一因だろうか。まぁ、中間テストが控えているから、あまりうかうかもしていられないけれど……
―――遅いなぁ。二人とも。
改札を出てからだいぶ時間が経った。けれど待ち人は来ず。時間を間違えたかと思い、確認のために改めて携帯を取り出す。すると
―――はぁ しかたないなぁもう。
遅れるというメッセージが2件ほど入っていた。本来なら怒るところかもしれない。だけど今日の私は機嫌がいいのだ。寛大な気持ちで返信のメッセージを打ち込む。電車を降りたら教えて、と必要最低限の文量で二人に送信。朱里ならわかるけど、こよみまで遅刻するのは珍しいと思った。
朱里たちとの合流はもうしばらく後になる。ということで悩みは再び冒頭へ。直近の問題は何をして暇を潰すかだ。知らない街に、普段使わない駅。地元なら馴染みの喫茶店に入ることもできたけれど、今から新しいお店を開拓するのは敷居が高い。でもこのままずっと待っているわけにもいかないので、とりあえず周辺を散策してみることにする。
ちなみに駅前に集合だと言い出したのは朱里だ。バスケ部の先輩に人気のお店を教えてもらったらしく、一緒にお昼ごはんを食べようと誘われた。楽しみにしていたけれど、こうして暇を持て余してみると集合場所は地元の駅にするべきだったとそう思う。そもそも三人とも同じ街に住んでいるのだから、なぜわざわざ集まる場所を別な駅にしたのだろう。
「ええと こっちが東西横断通路、と。けっこう大きな駅だなー」
駅周辺をぶらぶらと見て回る。その途中、線路の反対側に通じる連絡通路を見つけた。看板によると駅の東側は倉庫街のようだ。車窓から見える景色で予想はしていたけれど、この駅は典型的な片側発展型。反対側には古びた倉庫が立ち並ぶ以外、お店というお店は何もなさそうだった。
さて、このまま散歩を続けるか、駅中で休憩にするか、ちょっとした悩み時だ。悩みと言っても割と心地のいい贅沢な悩み。コンビニで好きなお菓子を選ぶときのような、平日に休みの予定を計画するときのような、そんな感覚のもの。
いけない。文化祭が終わってから、何だか気持ちが浮ついている。原因はきっと文化祭の高揚感。それが未だに抜け切っていないせいだ。
『……私だけがあなたの特別でいられたのに―――』
この言葉を残して、私の高校初の文化祭は終わった。振り返れば“あの人”に振り回されてばかりだったように思う。それでもこうして終わってみれば、素敵な思い出になってしまうから不思議だ。ふと人差し指で唇に触れる。これから私はどうしたい? その問いだけが心の内側で少しずつ大きくなっている。そんな気がする。
「……ん?」
そのとき、頭の中に雑音が割り込んだ。いったいなんだろう。最初はただの聞き間違いだと思ったけれど、しばらくしてそれが人の声だと気が付いた。声の主はたぶん女性。どこかで大声を上げている、それだけは確かなようだった。
何かが起こっている? 声の聞こえる方向、倉庫街に続く連絡通路の奥に注意を向ける。よくよく観察してみると、通路内にはいくつかの凹みが存在していて、どうやら駅構内へ昇る階段が設置されているようだ。そのうちの一箇所で何かが起きているのは間違いない。何かのトラブル……それとも事故だろうか。不安と共に嫌なイメージが頭の中を駆け巡る。だけどこのままここに立っているだけじゃ何もわからない。躊躇いはあったけど、このまま見てみぬ振りをすることもできなくて。私は思い切って両足の爪先を通路内に向けた。君は怖いもの知らずだね。そんな声が聞こえてきそうだ。でもこれはたぶん後先を考えられないだけ。きっとそれだけ……自分でもおもしろいほどに頭の中は冷静だった。
通路内は暗かった。今は日中、しかも等間隔に蛍光灯だって設置されている。なのに、お世辞にも明るいとは言えない。人気がないのがすごく不気味で、人がいないから人が寄り付かない、そんな悪循環が生まれているような気さえする。例えるならここだけが一種の別世界だ。まぁ、駅と倉庫街を行き来する人なんてあまりいないだろうから、人気がないのは仕方のないことかもしれない。
通路内に入ると未知の違和感に襲われた。肌にへばりつくピリピリ感。得体の知れない緊張感が身体中を包み込む。奥に進むに連れて息苦しさを感じるのはきっと気分の問題だ。そう自分を納得させながら、複数ある昇降階段の1つ目と2つ目を横切った。
そして3つ目の階段に差し掛かったとき、そこでようやく人の気配を感じた。壁に身体を寄せて奥の様子を覗き込む。すると駅構内へ続く階段の中段―――踊り場のところで三人の男女が立ち止まっていた。どうやら何か口論をしている感じだ。男性二人に、女性一人。悪い予感が当たった。そう思った。
どうしよう。誰か人を呼んだ方がいいだろうか。それとも警察? 頭の中では最悪の場合に備えていくつかのシュミュレーションを展開する。けれど、改めて状況を確認してみると想像とは少し様子が違うようだった。
「ちょっと待って。俺たちは飯でも一緒にどうかと思って声をかけただけなんだって―――!」
「ただ誘っただけ? 私が誰かも知らなかったくせに?」
「嫌なら別にいいから」
「…ッ その言い方腹立つわね」
女性が男の人たちに絡まれているのかと思いきや、見たところ逆のようだ。女の人が男の人を相手に圧倒している。しかも一人で。予想していなかった意外な光景に言葉が出ない。私はいったい何を見ているの?
「だいたい誰かも知らない相手と一緒にだなんていい度胸してるわね。意図が見え見えよ。最低限、私の顔と名前を知ってから出直しなさい…ッ」
「名前!? 顔!? えっ 君、有名人だったりするの? おまえ知ってる?」
「い、いや」
「その態度が腹立つのよ―――ッ!」
どうやら女性は機嫌が悪いらしい。最初から最後まで男性陣を圧倒。終始押され気味だった男の人二人は足早に上の階へと姿を消した。あまりの出来事に唖然とする。見てはいけないものを見てしまった、そんな気分だ。
「…まったく碌な男がいないわね……それと、あなた―――!」
心臓が止まるかと思った。いつから知っていたかはわからない。だけど、女性は確実にこちらの存在に気が付いていたようだ。長い髪を掻き分けて、颯爽と階段を降りる一人の女性。その姿はテレビに映るモデルのように華やかだ。
「変なところ見せちゃったね。だけどのぞき見なんて君も悪趣味ね」
話し掛けられたとき、その女性はさっきとはまるで別人に見えた。柔らかな雰囲気に、落ち着いた話し方。さっきまで怒声を上げていた人には思えない。そのあまりの落差に頭が混乱してしまいそうだ。
「…ご、ごめんなさい。声が聞こえたから、つい……」
女性は軽く微笑むと俊敏な動きで顔を寄せた。耳元にかかる暖かな吐息。視界を占有する綺麗な首筋。その一挙手一投足には目が離せなくて、身体が思わず硬直する。からかっているのか、無自覚でやっているのか、それすらも判断できなかった。
「今見たことは内緒にしてね。それと女の子が一人で人気のない場所に来ちゃダメ。世の中いろいろと物騒だから気を付けないと―――」
大人っぽい立ち振る舞いに圧倒的な存在感。おとぎ話の登場人物のように、その存在は現実とはリンクしない。“あの人”とはまるで異なるタイプ、異なる空気感を持った異邦人。彼女に対する印象はそういったものだった。
やがて、彼女は通路内を駅側へ。秋物コーデの服装を翻し出口めがけて颯爽と去って行く。その後ろ姿からはとてもじゃないけど目が離せない。彼女の存在が消えてようやく現実に戻ることができるような。理屈じゃない。このときばかりは心がそう言っていた。
「やっほー 日曜日ぶり!」
「待たせてごめん」
「おそーい。朱里はいいとしても、こよみまで遅れるなんて何かあった?」
「おいおい 私の扱い雑だぞー」
その後は何事もなく朱里たちと合流した。のはいいのだけど、驚いたことに二人は改札方向ではなく、駅とは真逆の大通り方向から現れた。どういうことだろう。電車で来たんじゃなかったの?
「ほほう 不思議そうな顔をしていらっしゃる。そんな侑に―――」
「はいこれ。侑にプレゼント」
「こよみ~ 渡すタイミング早すぎぃ!」
もったいぶる朱里をよそに、こよみは右手を前に差し出した。そこにあったのは小さな小さな包み紙。掌に乗せると重さはあってないようなものだ。感覚からして何か固いものが入っている。
「私たちから侑へのプレゼントだよ」
二人に断った上で注意しながら包み紙をほどいた。そうやって中から現れたのは綺麗な小石だった。大きさは小指の先くらい。透き通ったエメラルドグリーンが印象的で太陽の光を反射してキラキラと輝いている。吸い込まれそうなほど綺麗で、ずっと眺めていられるほどに複雑な模様。まるで宝石みたいだ。だけど石の中心部には一本のひびが入っている。それが妙に気になった。
「双子石って呼ぶんだってさ」
朱里が小石の名前を教えてくれた。それだけだと説明不足と思ったのか、こよみが説明を補足してくれる。
「私もさっき教えてもらったんだけど、この先の神社で売ってるものだよ。一種のお守りなんだって」
「でもなんで私に?」
双子石を手に入れるため、二人が神社に行っていたのは理解した。つまり朱里たちは私よりも早めに駅に着いていて、電車に乗り遅れたわけではなかったということだ。
「侑さ、生徒会劇も文化祭の仕事も頑張ってたから、こよみと一緒に買ってきたんだ。なんていうの? 私たちからお疲れさまのプレゼントってやつ」
だから集合場所を地元の駅にしなかったのか…。掌の上で光輝く緑王石。その小石を眺めていると何だか胸の奥が熱くなった。ありがとうの言葉がほんの少しだけ遅くなる。
「…大事にするね」
「おうよ」
「そんな大したものじゃないけどねー」
態度には少しも出さないけれど、朱里もこよみもどことなく照れくさそうだった。
「誘ってくれたら一緒に買いに行ったのに」
「いや~こういうのは秘密にしてサプライズで渡すからいいんじゃん。それにただのお守りじゃないんだぞ、それ」
「どういうこと?」
朱里が言うには、双子石は力を加えると簡単に半分に割れるらしい。その一方を自分が、もう一方を自分じゃない誰かが所有し、二人の祈り事が重なればその願いが成就する。という言い伝えがある、と説明してくれた。どこまで本当かはわからないけれど、何だか素敵な伝承だ。
「二人でお守りを共有するなんてロマンチックでいいと思わない? 好きな人と共有できたら素敵じゃんか」
「朱里、ちゃっかり自分の分も買ってたもんね」
「げっ なぜそれをっ」
「抜け目ないなー 朱里は」
「いや、ほら! 大垣先輩みたいなカッコイイ人がいつ私の前に現れるかもわからないわけだし―――!」
「だからって3つもいる?」
「たくさんあった方が御利益ありそうじゃんか!」
朱里たちの会話を聞きながら、小さなお守りに視線を落とした。本当に綺麗なお守りだと素直にそう思う。太陽にかざすと宝石のように光を乱反射する、願い事の成就に御利益があるとされるお守り―――その名も双子石。この石に祈るとしたら、どんな願い事がいいだろう。石の半分は誰に渡せばいいだろう。
まぁ、願い事は別としても、真っ先に思い浮かんだもう一方の所有者は一人だけだ。それは、七海燈子先輩。
先輩だったらきっと喜んでくれると思う。ふとお守りを受け取る七海先輩をイメージする。お守りに負けないくらい目を輝かせて、笑顔で受け取ってくれるに違いない。私の方が照れくさくなってしまうほどに。
だけど、頭の中にノイズのように混じる人物がもう一人いた。それは、ついさっき地下通路内で見かけたあの女性だ。思い返せば、彼女もまたこの石と同じ瞳の色をしていた気がする。今更にして疑問に思う。あの人はいったい誰だったのかということを。まぁ、それも今となってはどうでもいいことだけれど。
火曜日の正午過ぎ、小さなお守りを片手に、私は名前も知らない誰かのことを考えていた。結果的にその人の名前は後日すぐに判明することになる。それが忘れることのできない出来事、その始まりを告げるきっかけになるとも知らずに―――