小糸侑ともう一つの舞台劇   作:HirakeGoma

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10  願い人、ふたり

「小糸さんが生徒会室に顔出すなんて久しぶりじゃね? どうあっちは? アイりんってやっぱりかわいい?」

「…アイりん?」

「宮代アイカの愛称に決まってるじゃん!」

「堂島くん、別に小糸さんは遊びにいってるわけじゃ」

「なんだよ槙ぃ おまえも気になるだろ?」

「僕は別に」

「うそつけ~ 正直に白状しろ~」

 

 男子たちの絡みが何だかとても懐かしい。遠見東高校の生徒会は今日も通常運転といった感じだ。前と同じ見慣れた光景にホッとする。自然と肩の力が抜けていく。

 

「悪いわね小糸さん。一人でお手伝いに行かせるなんて。私たちに手伝えることがあったら遠慮なく言ってちょうだい」

「あーいえ、全員で参加したら生徒会が回らなくなっちゃいますし、佐伯先輩たちには残ってもらって正解だったと思います。それに向こうでもけっこう楽しくやってますし」

「そう? それならいいけど」

「小糸さんはね、あの宮代アイカと同じ班で活動してるんだよ」

「七海先輩! それは秘密ですって!」

「それマジ!! そしたらさっ、サインとかもらえたりするの? うまくいけば携帯の番号とか交換できたりして―――!」

「さすが堂島くん。期待を外さない反応だね」

「ちょっと七海せんぱ~い」

 

 いよいよ今週末にイベント本番を控える中、私は一度生徒会に顔を出すことにした。今日からイベントの準備は追い込みモード。このタイミングを逃すと離れ校舎に顔を出す機会は当分ない、そう思ったからだ。それになんとなく、生徒会室の雰囲気をもう一度味わっておきたかった。

 

「イベントの準備ってけっこうな体力勝負だって聞いてるよ。決して無理はしないこと。それと体調が悪いと思ったら早めに休むこと」

「わかってますよー 七海先輩も風邪とか気を付けてくださいね」

「もうっ、それはこっちのセリフだってば」

「小糸さん頑張り屋だからなー」

「堂島くんはもっと頑張りなさい。担当の備品整理、いつまでに終わらせる予定だったかしら?」

「うぐっ、佐伯先輩、それは言わない約束では…」

 

 会話が絶えないその暖かさの中で、私はバッグを持ってパイプ椅子から立ち上がった。西日が降り注ぐ前の室内は太陽光よりも蛍光灯の色合いが強い。離れ校舎という位置関係が不便に感じることもあったけれど、私はこの建物が好きだ。だからかはわからないけれど、部屋を離れるときの名残惜しさは今日は何だか人一倍だった。

 

「行ってきまーす!」

 

 みんなに挨拶をしてから校舎の外に。でも後ろから「職員室に用事があるから」と言って七海先輩だけは付いてきてくれた。二人で肩を並べて木々のトンネルを抜けていく。入学以来、何度も通った道だ。夕暮れ前の林道。木漏れ日が私たち二人に降り注ぐ。

 

「どんな劇になるんだろうね、ロミオとジュリエット。小説は読んだことがあるけど劇を見るのは初めてだなぁ」

「ほんとに見にくるつもりですか?」

「もちろん行くよ! 折角の地域イベントだし、侑も頑張ってるわけだしさ」

「何度も言いますけど私は裏方で出番なんてないですけどね」

「だからだよ。役を演じる人だけじゃ舞台は成立しないから。きっと、いい舞台劇ほど裏方を含めた全員の努力が詰まってる。そういうことを感じられるって素敵だなぁって思わない?」

「―――はい、そうかもしれないですね」

 

 林を抜ければそこは一つの分岐点。左に行けば正門に、右に行けば校舎に突き当たる。だから、ちょうど分かれ道に差しかかったとき、私は七海先輩にお別れの視線を送った。先輩ともここまで。そう思った。だけど先輩は曲がり角を迷わず左へ。私と一緒に正門へと向かっていく。

 

「…あれ? 職員室に用事があったんじゃ?」

「おみおくり」

「なんですかそれ。別に卒業するわけじゃないんですよ?」

 

 先輩の何気ない行動に思わず笑ってしまう。だけど当然悪い気なんてしなかった。

 

「もう少しの辛抱だね」

「何がです?」

「侑のお手伝いだよ。イベントまであと少し」

「そうですね。劇の準備って言っても振り返ればあっという間でした。なんだかんだ言いながらみんな毎日遅くまで残って、仕事して、実行委員の人が用意してくれた夜食を食べて、また仕事して。大変だったけどそれもあと少しで終わっちゃうんだなぁって」

「そっか。でもね、侑にとってはあっという間でも、私にとってはずいぶん長く感じちゃったなぁ」

「そんな、大げさですよ」

「そんなことないよ。日照時間は日に日に短くなってるのに、一日の終わりが前より長く感じるのは本当。でもイベントが終わればまた侑と生徒会の仕事ができるね。また前と同じように―――」

 

 そのとき、七海先輩が立ち止まった。私も釣られて歩くのを止める。いったい何があったのだろう。そう思って先輩の視線を追った。すると正門から少し離れた道路脇。そこに一台の車が止まっていた。黒色のセダン。見覚えのある車だ。

 

―――あれって、もしかして……

 

 しばらくすると、後部座席がゆっくりと開いた。中から現れたのは他の誰でもない宮代アイカ。意表を突かれ息を飲んだ。正門を行き来する生徒たちが興味津々にその女性を直視する。そんな中にあっても宮代先輩は堂々とした姿勢を崩さない。そればかりか、他の人の視線なんか気にする素振りもなく、こちらに向かって手を振った。

 

「やっほー 迎えにきたよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉が出なかった。見慣れない車が正門付近に止まっているから何だろうと思って眺めていると、その中から登場したのはなんとあの“宮代アイカ”。

 

 大人っぽさのある服装に身を包み、綺麗な髪をなびかせて車の前に立つと、こちらに向かって手を振っている。瞬間、心臓が跳ねた。いったいどういうこと? 何であの有名人がうちの学校に? 様々な疑問が浮かび上がって頭の中は大渋滞。なんて声をかけたらいいのか、言葉を探すだけでも時間がかかってしまう。

 

 けれどそんな中、さも当然のように反応し、宮代アイカに歩み寄る子がいた。

 

「ちょっと先輩ッ! こんなところで何してるんですか!?」

 

 他の誰でもない、侑だ。私の隣に立っていたはずの彼女は、焦ったように宮代アイカに近づき何やら猛抗議を始めている。頭の中はやっぱり大混乱。侑が宮代アイカと同じ班であることは知っていた。裏方として舞台出演者のサポートをしているのも知っていた。だから、宮代アイカと接点を持つことだってあるだろう。そう思っていた。だけど……

 

 なぜ学校まで来たのか。そう必死になって彼女を問い詰める侑を見て

 せっかく迎えに来てあげたのに。と弾む声で不満げな返答をする宮代アイカを見て

 私の心はこう思う。

 

―――ここまで距離が縮まるのは想像すらしていなかった、と……

 

 目の前に広がるのは二人だけ世界。こんなにも仲が良いのだと第三者に見せつけるように、独特の雰囲気が両者を包んでいる。対して私はそのやり取りを見ているだけ。それこそ、この場における第三者は他の誰でもない、私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度でいいから侑の通う学校を見てみたかった。何の変哲もない普通の学校なんだろうけど、椚に無理を言って車を出してもらった。

 迎えにきたことを知ったら侑はきっと驚くだろうなぁ。そう考えるとつい気持ちが弾んだ。結果的に目的は果たせたけれど、楽しさは想定の半分以下。原因は明白だ。

 

―――あの()が侑の隣にいたから。

 

 

「今週末、いよいよ『ロミオとジュリエット』の上演ですね。応援しています」

「…ええ、ありがとう」

 

 彼女との会話はどこまでいってもぎこちなかった。いや、最初から続ける気なんてない。侑は私の顔を見るなり、忘れ物をしたからと校舎に戻ってしまった。後に残されたのは私と七海燈子の二人。

 

 改めて彼女の顔をまぶたに焼き付ける。この女があの子の特別。夕陽が照らすあの場所で重なり合う二つの影。今更あのときの光景を思い出すなんて正直どうかしている。それを振り払うために脈絡もなく大きく咳ばらい。こんな気まずい思いをするなら、風邪でもひいた方がまだ楽だったかもしれない。

 

「…ええと、私、七海燈子といいます。覚えてないと思いますけど、最初の打合せのときに演技者について質問させてもらいました。私も今週末の舞台劇を見に行くつもりです。小糸さん、うちの生徒会に所属していて、それで生徒会のみんなも誘って見に行こうかと思ってて」

「…そう…それは役を演じる甲斐があるわね」

 

 口をついて出るのは適当な返事ばかり。会話なんて早く終わればいい。そんな雰囲気をつくっているはずなのに、七海燈子は私の前から去ってはくれない。なぜそんなに時間を引き延ばそうとするの? なぜそんなにも粘る必要があるの?

 

「…ねえ?」

「はい!?」

「私に何か聞きたいことでもあるのかしら? さっきからそんな顔してるわよ」

「あっ、いえ、その……侑のことなんです…」

「…あの子がどうかした?」

「宮代さんが小糸さんとこんなに親しくなっているなんて思わなくて正直びっくりしました。こんなこと聞いていいかわからないんですけど、他に聞ける人もいないので、もしよければ教えて欲しいと思って…小糸さん…あっちで何かありませんでしたか?」

「…何かあったっていうのはどういう意味かしら?」

「その、なんというか…最近と言えるほど最近は会えていないんですけど、小糸さんの雰囲気がいつもと違うというか、気持ちが別なところに行っているというか、そんな気がして……」

「…七海さんだっけ? 小糸さんのことが心配なのね。どうしてそこまであの子を―――?」

「そ、それは同じ生徒会の一員としてやっぱり心配というか……」

 

 うそ。それだけじゃないはず。見え透いた嘘に、胸の奥がモヤモヤする。私は無表情のままに大きく息を吐き捨てた。できるだけ緩慢な動作を装って。

 

「…たぶんそれ、私のせいね」

「…え?」

「私が毎回ちょっかいを出すから、もしかしたら疲れているのかも」

 

 声の抑揚をなるべく押さえ、感情を言葉の裏に押し込める。七海燈子は困惑の表情。でも私のその回答を冗談と受け取ったのか、やがて作り笑いを浮かべた。

 

「そ、そうなんですか…でも宮代さんと気が合うみたいで小糸さんは幸せですね。プロの役者の側で毎日を過ごせるなんて正直羨ましいなって―――」

 

 その場を取り繕うための言葉の数々。七海燈子は至って大人の対応。それとは逆行して私の言動は子供のそれだ。もういい。疲れた。こんな表面だけのやり取りなんて何の役にも立たない。さっきから頭の中には乾いた笑い声しか聞こえない。

 

「気が合う、か……冗談言わないでもらえる? 私を誰だと思ってるの? あの子とつるむのはただのひまつぶし。あの子って、ちょっかいを出すといちいち新鮮なリアクションをするでしょ? おもしろいから重宝してるの。ほんとはね、こんな田舎のイベントになんて出たくなかった。こんな何もない場所、仕事じゃなきゃきたくもなかったわ。だからその分あの子には感謝してる。ひまつぶしの玩具になってくれて―――」

 

 そこまで言って、ようやく七海燈子の顔つきが変わった。時間を置き、言葉の意味を噛み締めるごとにその表情は能面へと変わっていく。おもしろい。怒ったときの反応が私のそれと同じだ。

 

「あなたもあの子と仲がいいなら同じことを思ってるんじゃないの? あの子の言動、見ていて飽きないでしょ? 今日だって偶然学校へ寄ってみたらあの反応。期待以上よ。やっぱり生徒会でも―――」

「もういいです―――」

 

 冷たい声が周囲を包んだ。私のものじゃない。彼女の―――七海燈子のものだ。下を向き、表情を隠す彼女。両手は身体の後ろに回されている。おそらくそれは、どうしようもないくらいに強く固く握られているのだろう。

 

 私はそれ以上口を利かなかった。永遠とも思える気まずい時間。お互いが目を合わせることもせず、ただただその場に立ち尽くしている。両者が待つのは一人の女の子。その一点の目的だけが一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして侑は校舎から戻った。最後に七海燈子と軽い挨拶を交わし、それから後部座席――私の隣に乗り込んだ。車はゆっくりと速度を上げ、市民文化ホールへと向かっていく。その途中、傍目で学校の正門を確認したけれど、そこにはもう七海燈子の姿はなかった。

 

「…七海先輩と何かありました?」

「…ううん…何も……」

 

 ちょっとした罪悪感と、自分はなぜこんなにもムキになっているのだろう、という虚しさ。それが後から私を追ってくる。

 

「…そんなことよりも、けっこう大きな学校なんだね。生徒会の仕事、大変じゃない?」

「えっ 私、生徒会に入ってるなんて宮代先輩に教えましたっけ?」

「さっきあの()から聞いたの。今週末のイベント、生徒会のみんなを誘って舞台劇を見に来るって言ってたわ」

「そうですか。七海先輩が……そうだ、せっかく劇の話になったのでここで宮代先輩に渡しておきますね」

「…何?」

「私からのプレゼントです」

 

 そう言うと、彼女は制服のポケットの中に手を突っ込んだ。

 

 私へのプレゼント。そう侑は言った。いったい何だろう? 急な話に正直困惑。どうリアクションしていいかもわからず、つい身体がそわそわしてしまう。だけど仕方がないと思う。この子から何かをもらうなんて初めてで、想定外の出来事なのだから。

 

「これ、双子石って呼ぶそうです。片方は先輩が持っていてください」

 

 やがて侑は白い包み紙を取り出した。小さな小さなプレゼント。侑はそれを自分の掌に置くと、そっと包み紙をほどいていく。そうやって中から出てきたものは半透明の綺麗な小石だった。

 

「教室に置き忘れたのを思い出して取りに戻ってました。先輩の顔を見て思い出したんです。ナイスタイミングですね」

 

 そう言って侑ははにかんだ。対して私はというと、手元の小石に目が釘づけだ。太陽光を反射して緑色に輝くそれはまるで宝石のようで。人の心を虜にする魔法にでもかけられているみたいで。何だか不思議な気分になる。

 侑はこちらの手を取ると、そっと小石を私の左手の上に預けた。―――これは願掛けのお守りです。だから大切にしてくださいね―――。そう言葉を言い添えて。

 

「…すごく、綺麗……」

 

 親指と人差し指でお守りを摘み、目線の高さまで引き寄せる。見れば見るほど歪な形をしている。まるで私の心を映しているかのよう。でもその複雑な紋様が見ている者を飽きさせない。とても綺麗で、不思議な力を秘めた少女からの贈り物。

 

「先輩とお揃いですね」

「…お揃いって…侑も持ってるの?」

「はい。さっき半分に割ってきました」

「えっ? いいの? お守りを半分になんてしちゃって」

「そういうお守りだそうですよ。お互いが片方のお守りを持って、二人の祈り事が重なれば、その願いは成就する。そういうふうに願掛けをするそうです。だからこのお守りに祈願して―――」

 

 そこで彼女は言葉を切った。揺れる車内。移り変わる景色。その中にあって私の視線は一人の女の子から離せない。その子の照れくさそうにしながらも、何かを伝えようという姿勢に私の心も縛られる。

 

「―――ロミオとジュリエットを成功させましょう!」

 

 瞬間、視界が霞んだ。自分の身に起こっていることなんて自分が一番よくわかっている。でもそれを認めてしまうのが恥ずかしくて、照れくさくて、代わりに侑の反応を待つしかない。

 

「もう、何も泣かなくても…」

 

 頬を伝って流れるのは冷たい何か。止めようとしてもそれはなかなか止まってくれない。思わず服の袖で発生源を押さえつける。同時にぐしゃぐしゃになったこの顔を隠すために。

 

「はぁ…先輩、今からそんなんで大丈夫ですか? 劇が終わった後が思いやられますね」

 

 まったく、いじわるだなぁ。侑はここぞとばかりに私をからかう。泣く自分とそれを見て微笑む彼女。表情は正反対でも、きっとこのとき約束した私たちの願いは本物だったとそう思う。

 ずっと一人で頑張ってきた。ずっと誰かを頼るのを避けてきた。自分以外の誰かと同じ目標を共有するなんて考えたこともなかった。

 

 そのせいか、心の中は大嵐。未だに戸惑いの渦から抜け出せない。だけど、これだけは、これだけは伝えておかないといけないだろう。他の誰でもない、たった今、私の側にいてくれる彼女に―――

 

「…ありがとう…その願い、絶対叶えようね―――!!」

 

 

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