舞台袖から観客席をのぞくとホール内は人で埋め尽くされていた。実行委員の一人が言うには今日は満席らしい。主催者の人たちは観客が集まったことにホッとしているけれど、私にとっては不安と緊張しかない。
多くのお客さんがこれから始まる物語に期待を寄せている。なのに、肝心のロミオを務めるのは急場しのぎの素人だ。不器用な演技に、覚えたてのセリフ。お客さんを物語世界に惹き込めるのか。大観衆を前に自分の演技が通用するのか。それはもう神のみぞ知る領域と言っていい。
時刻は開演5分前。ばたついていた出演者も裏方も、今はじっと各自の持ち場で待機している。伝わってくるのはピリリとした空気感。舞台上にスポットライトが灯るそのときを誰もが今か今かと待っている。
「スキあり!」
「…ッ」
「そんなに青い顔してなーに考えてるの? ロミオ様にはもっとどっしりと構えててもらわないと…!」
だけど張り詰めた緊張感の中でもアイカ先輩だけは余裕しゃくしゃくといった感じだった。ミネラルウォーターの入ったペットボトルを私の頬に押し付けては晴れやかな笑顔を浮かべている。今まで何度となくやられた先輩得意のいたずら。慣れていると言えばそうだけど、このタイミングでやるなんて反則だ。不意を突かれ、私の身体は大きく跳ね上がった。
「もうっ心臓に悪いですよ~ 人が緊張してるっていうのに……」
「不安?」
「そりゃ急に舞台に上がることになったわけですし、しかもあんなにお客さんがいるなんて……」
溜息くらい出ても仕方がないだろう。それに比べて先輩は落ち着いた雰囲気。さすがプロ。そう思った。けれど―――
「―――実は私も緊張してるんだよ」
「えっ?」
「意外だった? どんなに数をこなそうと舞台前に緊張しない役者なんていないわよ。でもね、その緊張が演技には必要不可欠だと私は思う。だからお互い緊張しながら頑張りましょう」
そう言って、先輩は舞台上に目線を移した。時間を同じくして会場にはナレーションの声が響く。待ちに待った、でも来てほしくなかったそのときが、今こうしてはじまりを告げる。
「さあ、侑。悲劇の物語を始めましょうか―――」
世界的に有名な物語と言っても、その内容は至って簡単だ。ある街に諍いの絶えない2つの家がある。ロミオとジュリエットはもちろんその両家の出だ。本来なら決して許されることのない巡り合わせだが、両者はある晩餐会の夜に禁断の恋に落ちてしまう。
でも、その後に二人を待っていたのは過酷な運命。ロミオは街中で起こった争いに巻き込まれ街を追放。ジュリエットは悲しみに打ちひしがれる。二人は一縷の望みを抱き、再び一緒になることを決意するも、不運な出来事が重なりロミオは自殺。ジュリエットも彼を追うように自らその生涯に幕を閉じることになる。物語は二人の死によって完結。淡く、
『華の都のヴェローナに肩を並べる名門ふたつ。古き恨みが今またはじけ、町を巻き込み血染めの喧嘩―――』
ようやく舞台上から始まりと告げるナレーションの声が響き渡った。ざわついていた観客席は一瞬にして静まり返る。私はこの一瞬が好きだ。物語が始まる瞬間、舞台と観客席が一体となるこのわずかな時間が。
舞台劇「ロミオとジュリエット」はいよいよ開演。悲劇と呼ばれた物語の始まりを、ずっと嫌いだった物語の開幕を、緊張気味の後輩と一緒に私は舞台袖で見守っている。悲劇は人に知られてこそ花開くもの。今だってその考えに変わりはない。だけど、どうかこの物語だけは、悲劇にならないでくれたなら……そう願わずにはいられない。
物語が始まり、最初に登場したのはジュリエットだった。スポットラインを一身に浴びて、彼女―――宮代アイカは堂々と観客の前に躍り出る。その瞬間、待ってましたと言わんばかりに観客席がざわついた。想像以上の盛り上がり。みんなが待ち望んでいた主役の登場に、早くも会場内は静かな熱気に包まれている。
私たち4人はホール内の中央真ん中付近に席を取った。特等席と言っていい。近くには叶さんたちの姿もあって、結局知り合い同士で固まる形になった。バスケ部の、確か名前は日向さんと言ったと思う、は目を輝かせながら舞台衣装に身を包んだジュリエットに熱い視線を送っている。その隣の子、たぶん叶さんたちの友達だろう、も同様に興奮を隠さない。
「なぁ!槙!どうよ? あいリン可愛いだろ? な?」
「わかったから落ち着いてって、私語は周りに迷惑がかかるからっ」
かくいううちの堂島くんも負けていない。彼女たち以上に目を輝かせては席から身を乗り出しそうな勢いだ。子供のようなはしゃぎっぷりに思わずこちらが恥ずかしくなってしまう。まあ、時間が経てばそれも落ち着いてくるだろうか。
「素敵ね」
「え?」
「宮代アイカよ。さすがの貫禄だなと思って」
「沙弥香が褒めるなんて珍しいね。でも」
本当にそう思う。これだけは認めないといけないだろう。この場の観客の視線を一斉に集める登場人物、その名はジュリエット。そして役を演じるのは今をときめく有名女優、宮代アイカ。その人気の高さは間違いなく本物だということを。
舞台中央から観客席を見下ろした。みんな珍しいものを見るような興味津々の表情だ。楽しんでいるのならそれ以上の嬉しさはない。ただし、狐につままれたような顔をする一人を除いてはの話だが。
その子を探すのに時間はかからなかった。探すつもりもなかった。だけど自然と視界に入ってきてしまう。ここまできたらさすがに認めるしかないだろう。私が彼女―――七海燈子を意識しているということを。
『さあ、ジュリエット。言ってごらん。あなたはパリス様を好きにはなれるかい?』
『見ることで好きになるのなら、見て好きになりましょう。でもこの目が放つ視線の矢はあまり深くには刺さりません。弓を引くのはお母さまだから、それより遠くには飛ばないのです…!』
ジュリエットがロミオに出会う前の場面。全体からすれば導入部分のワンシーンに過ぎない。だけど私はこの場、この時のジュリエットを噛み締めるように大事に演じようと思う。この先、同じ役を演じることがあったとしても、このジュリエットに成り切れるのは今日が最期。舞台袖で不安に満ちた表情で見守っているロミオ。そんなロミオに恋ができる、そんなジュリエットを演じられる機会は今後二度と訪れない。だから、私は持てる力の全てを以て、最高のジュリエットを演じようと心に決めた。悔いのない舞台劇にしたい。心の底からそう思うから。
「アイカ先輩! お疲れ様でした。出だしはばっちりでしたね」
最初の場面が終わり、一旦舞台袖に戻った。そこで出迎えくれた侑と再会。彼女の何とも言えない緊張気味の顔に思わず苦笑する。不安でいっぱいなはずなのに無理しちゃって……
「…まずは場を温めておいたから侑も肩の力を抜いて自然体にね。後は運次第よ。ここまで来たのだから、侑も思いっきりやっちゃいないさいッ ステージ上で会えること、楽しみにしてるわね」
「…うわぁ、何だか先輩っぽいアドバイス」
「こらこら、一応私もプロなのよ?」
「ふふ…冗談です! こっちだって望むところですよ! 舞踏会のダンスシーンで転んだりなんてしないでくださいよ?」
「行ってくれるわね? 当たり前でしょ? 覚悟してなさい!」
強気の言葉で侑を送り出す。次はいよいよロミオの出番だ。本来はロミオの方が登場順序は早いのだが、ここら辺は構成を変えている。まずは私が演じるジュリエットを登場させて観客にインパクトを与える。その後、物語をじっくりと進めて行こうという瀬波さんきっての展開法だ。
でも結果的に私が最初で良かったと思う。小さな背中をした一人の女の子が演じる主人公。その子に先んじて、切り込み隊長になれたのだから。
暗転した舞台上に再び照明が灯った。その瞬間、会場がもう一度ざわめいた。理由は単純だ。ロミオと紹介があったにも関わらず、舞台上に立っていたのが一人の女の子だったからだ。みんな男性が演じるものだと思っていた。意表を突くサプライズに、誰もが驚いた表情を浮かべている。周囲と視線を見合わせる者、隣の人とひそひそ話を始める者、それこそお客さんの反応は様々だった。
だけど一つ言えるのは、私たち以上に衝撃を受けた観客はいなかったということだ。これだけは確信を持って断言できる。それは仕方のないこと。だってジュリエットと肩を並べるもう一人の主人公、それを演じていたのがあの
「うそっ! 小糸さん!?」
「なんで彼女が…裏方って聞いていたけど…」
「ちょっと燈子、これって…どうしてあの子が……」
「…う、うん…私も驚いてる……」
珍しく沙弥香が動揺した素振りで隣から服の袖を引っ張ってきた。それだけ驚きが大きかったのだろう。堂島くんや槙くんも反応こそ違えど、沙弥香同様に驚く様子を隠さない。そして何より、私自身もまた、心の揺れ動きを押さえられなかった。
いったいこれはどういうこと? 瞬間、様々な疑問が浮かび上がる。どうしてあの子が舞台の上に? 思考は一瞬にして混乱の渦の中。もしこの場の公演が本番でなかったのなら、席を立ち上がって声を上げていたに違いない。目の前で起こっている現実が信じられなくて、何度も何度もライトに照らされたロミオの顔を確認してしまう。
「…どうして…侑……なんで―――」
『おはよう。ロミオ』
『お、おはよう! ベンヴォーリオ! ああ つらい時間はなんて長いことだろう!』
『何が悲しくて君の時間は長くなるんだい?』
『そりゃ、時間を短くしてくれるものがないからさ』
『恋かい?』
『恋だって? ああ その名を言うなよベンヴォーリオ。おれは今、痛みを感じないほどの痛手を負っているんだ!』
ひとまず、最初のセリフを噛まずに乗り切ったことで肩の荷が少しだけ軽くなった。強引に詰め込んだセリフもとぶようなことはなく、演技はひとまず波に乗れたような気がする。一緒にステージに立っているロミオの友人役の人もホッとした表情だ。
不意に舞台袖に視線を移した。ロミオのもう一人の友人のマキューシオ、ジュリエットの母親のキャピュレット夫人、二人の恋の見届け人、ロレンス修道士。みんな「その調子」と言わんばかりに手を振ったり、ガッツポーズを決めたりしている。舞台袖に待機している役者さんだけじゃない。きっと全員が同じ気持ちなのかもしれない。その人たちの期待に応えるためにも、物語の世界をお客さんに楽しんでもらうためにも、私はロミオを演じ切るつもりだ。
何よりも、アイカ先輩との約束を果たすために―――
小さな体をした女の子。その子に突然舞い込んだロミオ役。身体が委縮するのは当然だ。彼女が最初のセリフを発するまで、私を含めた舞台袖の人間はきっと生きた心地がしなかったと思う。みんな誰もが心配だった。あの子がロミオという大役をこなせるかどうか、まるで巣立ちのヒナを見守っている気分だった。
けれど、その心配はどうやら杞憂だったようだ。侑は堂々とステージに立ち、気持ちのこもった演技で一人の青年に成り切っている。若干のぎこちなさはある。粗もある。だけど、精一杯の声と動きで、ロミオの抱える光と闇を体現し、観ている人に伝えようとしている。舞台に立つのが初めてだとは思えないほどに、その後ろ姿は力強かった。
『あちらの紳士の手を優雅に取って踊っていらっしゃるご婦人はどなたです?』
『さあ、存じ上げません』
『ああ! あの美しさ、この世のものとは到底思えない。今まで私は恋をしたことがあっただろうか? この心よ。目よ。誓え。そんなことはなかったと。あのような美女を、今日まで目にしたことなどなかったと―――』
やがて場面は晩餐会の場面へと移り変わった。待ちに待ったロミオとジュリエットの邂逅シーン。私はステージの真ん中にそっと立ち、目の前の青年を見つめた。彼もまた数歩先でジュリエットと向かい合っている。ホール内は静かで、スポットライトはこの場では私たちだけのものだ。
私は右手を差し出す。彼はその手を握る。そして私たちは踊り出す。お互いの手を取って、お互いを見つめ合いながら。その後聞こえてきた優雅な音楽の調べと共に―――
「…やっと会えた。ロミオ様はどうかしら? 舞台劇、楽しんでる?」
「もう緊張しっぱなしですよ。早く裏に引っ込みたいです」
「まだ始まったばかりだっていうのに意外と小心者なんだから。でもそんなロミオも私は好きよ? 今日は最後まで付き合ってもらうからね♪」
アイカ先輩はそう言って強引に私の腕を引っ張った。練習にはなかった動きだ。ほんとにこの人は勝手なんだから。ちゃんと練習通りにやってください。それを目で訴えるけれど、当の本人はケロッとした表情で気に留める様子はない。こっちの慌てる様子を見て楽しんでいる感じさえする。
『まったく身勝手な人だ。ぼくの心をこんなにも掻き乱して、まったくいけない人だ』
『私もあなたのような巡礼者は初めてです。こうして手を取り、心を合わせるのが聖なる巡礼のやり方。どこのお家かは知りませんが、今夜あなたのような方と出会えるなんて』
『それはぼくも同じこと。でも手を取り心を合わせるのが正しいやり方だとしても、そこに唇がないのは寂し過ぎる。もしや聖者に唇はないのですか? そして巡礼には?』
『あるわ、巡礼さん。でもお祈りに使う唇よ。』
『では聖者よ。手ですることを唇へと切り替えましょう。どうかお許しください。信仰が絶望に変わらぬように』
そのセリフを合図に私たち二人は顔を近づけた。瞬間、会場が小さくざわつく。盛り上がっているところ悪いけれど、期待はしないでほしい。本当に
私はそっと先輩のおでこに自分のおでこをくっつけた。これが劇中でキスを暗喩する行為。限りなく顔は近づくけれど、唇が触れ合うことはない。どこか子供じみたぎりぎりの行為だ。だけど、最後まで行くことのないその行為に私はなぜかホッとする。
『ああ! ロミオ、どうしてあなたはロミオなの。私の敵はあなたの名前。いったい家が何だと言うの。バラと呼ばれるあの花は、他の名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない。だからロミオだって、ロミオと呼ばなくてもその完璧さを失いはしない。ロミオ、その名を捨てて。そんな名前はあなたじゃない。名前を捨てて、私をとって―――!』
『そのお言葉の通りに致しましょう。恋人と呼んでください。あなたの恋人。それがぼくの新たな名前―――』
ロミオは恋に悩める青年だった。ジュリエットに出会う前だってロザラインという女性に恋をし、その恋が実らないことに失望しているはずだった。それがどうだろう。ひとたびジュリエットを見るや、本当の恋を知ったと開き直り、ジュリエットを生涯の妻にしようとする。燃え上がる恋、と言えば聞こえはいいけれど、納得がいかない部分がないわけじゃない。
「…ハァ」
だめだ。何だか今日は集中力が続かない。劇中、甘い言葉をささやき、お互いの手を握り締める二人を見ていると、どうしても劇と無関係なことばかりを考えてしまう。スポットライトを浴びる舞台上はひどく眩しく、私たちのいる観客席とは対照的だ。
「…こ……燈子!?」
「…あっ、ど、どうしたの沙弥香?」
「何って…大丈夫? さっきからぼーっとしてるし、顔色も悪く見えるわよ?…体調が悪いのなら一旦外に出て休んだ方が」
「大丈夫だよ。ちょっとだけ周りの熱気に当てられただけ。なんともないってば」
沙弥香に話し掛けられ驚いたけれど、取り繕った言葉で何とか心の動揺を隠した。
―――あの二人、息ぴったり。
ホッとしたのも束の間、今度は不意に聞こえた他のお客さんの小声に反応してしまう。どうしたっていうのだろう。今日の私はやっぱり何かが変だ。
ふと視線だけで周囲を見渡した。気が付けば、みんな劇に夢中だ。大勢の人が目の前のストーリーに一喜一憂し、物語の世界にのめり込んでいる。ロミオとジュリエットがおでこを合わせる度にドギマギする様子が痛いほど伝わってくる。堂島くんも、槙くんも、叶さんたち3人組も、そしてこの場にいる観客たち全員がそうだ。ただ一人、私だけが物語の外側に取り残されている、そんな感覚がしてしまう。
たぶん、原因はこの胸の高鳴りだろう。この鼓動の速さが物語の内側に入ることを許してくれない。二人の会話、不意に合わせる視線、触れ合う身体。些細な挙動を見ているだけで心はたちまち落ち着きを失ってしまう。
有名な舞台劇。馴染みのあるストーリー。比較的好きな物語だったはずなのに、今の私はあの二人の幸福が早く壊れることを望んでいる。登場人物の悲劇を今か今かと待ち望んでいるなんて……こんな不思議な気持ちは生まれて初めてだった。
暗転。ここから先はロミオとジュリエットを引き裂く例の事件が起こる場面へと切り替わる。侑は大きく肩で息をしながら舞台袖に戻ってきた。お疲れさま。と開口一番、私が真っ先に声をかけることにする。
「はぁ、疲れました~ これじゃ身体がいくつあっても足りません」
「とか言いつつ結構様になってたよ。侑は演技の素質があるかもね」
「もうっ、褒めたって何も出ませんよ?」
「ほんとだってば!」
もちろん完璧には程遠い。そんなことは当然だ。けれど、観客を前にしても落ち着いていて、演技のポイントを掴んでいるように思う。何よりも役を演じることに抵抗がない。そう思った。
「…先輩」
「…ん?」
「劇はまだまだこれからなんですから、気を引き締めてくださいね?」
「…どうして?」
「かお、ニヤ突いてますよ?」
「うそ!?」
ロミオはそう言い残すと、再び舞台袖にスタンばった。再びの登場シーン、それがもうすぐ回ってくる。
―――ほんと、不思議な子……
私の心を見透かしている、そんなことはないのだろうけれど、きっとこの感情の片鱗を感じ取ったに違いない。はっきり言えば、私は楽しかったのだ。演技がこんなにも楽しいと感じだのはいったいいつ以来だろう。今の今まで忘れていた感情。それを今こうして思い出すなんて。
誰かを演じることの面白さ。役を通して観客にメッセージを伝えられる幸福感。それが舞台劇の、役を演じることの醍醐味。それを今更、こんな地方の小さ劇場で味わえるなんて思ってもみなかった。
すぐ近くに立っているロミオの背中に視線を向ける。最初はただの興味本位で近づいた子だった。それがいつしかこんなにも大きな存在へと移り変わっている。劇はまだまだこれからだと侑は言ったけれど、私にとってはもう残り少ないと感じてしまう。できることなら、ずっと……
その願いはロミオに恋するジュリエットの気持ちと同じだ。ずっと昔から変わらない、それこそ400年経っても変わらない、人に恋する人の願いだ。
舞台劇「ロミオとジュリエット」は順調に進んでいた。最初不安だったセリフも演技もなんとかこなしている。インカムという補助はあるものの、自分でも意外なほどにセリフがすらすらと浮かんでくる。ずっとあの人の隣で練習を見てきた効果? それがこんなところで活きてくるなんて思いもしなかった。油断は禁物だけれど、この分なら何とか最後まで演じられそうだ。
「小糸さん! 前半戦お疲れ様でした。初めてとは思えないぐらいとても素敵な演技だったと思います。ロミオとジュリエット、小糸さんと宮代さんが言葉を交わし見つめ合うだけで胸が張り裂けるかと思いました!」
真っ先にそう背中を押してくれたのは瀬波さんだった。例えそれがお世辞だったとしても素直に嬉しく思う。ありがとうございます、そう返答する言葉に少しの照れが入る。
「ロミオ役、このままその調子でお願いしますね。宮代さんも後半戦よろしくお願いします!」
「ええ。任せておいて」
そう返答するアイカ先輩は瀬波さんと目を合わせなかった。それが不意に気になりはしたけれど、衣装直しのために私はいったん控室に戻ることにする。ロミオとジュリエットの舞台劇も残すところもう少し。予定通り、悲劇の物語は悲しい結末へと向かっていく。