涼は久しぶりの都での仕事を。
セレナ、イリナ、ゼノヴィアはこれから仲間になる者たちとの顔合わせに。黒歌と小猫は観光に向かって行った。
「黒歌たちも一緒に行けたらよかったですけど、久しぶりに再会した二人に水を差すのも悪いですからね」
セレナはまた機会もありますよね、と片手に露店で串肉を焼いていたおじさんから無料でもらったお肉を食べながら道を歩いていく。
「セレナ、何処に向かってるの?」
「あむ!特に当ても無いですよ。基本は一緒に戦うかもしれないメンバーの顔合わせですね。知っておいて損はないでしょ」
「確かにな、実戦でいきなり顔合わせするよりも一度くらいは自己紹介くらいしておきたいものだ」
たわいないお喋りをしながら到着した建物は三人に取って懐かしく思えてしまう外観をしたものだ。
「教会?」
「教会だな」
「十字架はないので、正しくは教会に似た建物が正解ですね」
慣れた様子で左右に開く扉を開けて中に入って行くセレナに続き、イリナとゼノヴィアも恐る恐る足を踏み入れる。中は見慣れた教会だが本来十字架がある場所には何も無く、代わりに魔剣が台座に深く突き刺さり、その前にはシスターの服を着た女性が一人膝をつき祈っている姿が見えた。
「クローチェ」
セレナはシスターの女性の名前を呼ぶと、女性な音もたてずに立ち上がり振り向く。
「あら、セレナ。お二人は初めましてね」
「イリナよ」
「ゼノヴィアだ」
うふふ、と笑うクローチェにイリナとゼノヴィアは釘付けになってしまった、クローチェの動きに合わせて揺れる大きな胸にだ。自分たちよりも一回り大きく柔らかそうで笑顔を絶やさないクローチェと相まって、少し前まで教会に仕えていた二人からしたらその姿は聖母にしか見えないからだ。
「クローチェ・ベロニカよ。孤児院で先生をしているの、お二人も働きたくなったら遠慮なく言ってね」
クローチェの案内で孤児院を見て回る事になった三人。
中の作りも教会と似ているが、十字架に短剣。蝋燭やライトの代わりに光る結晶が壁に埋め込まれている。
「あのクローチェさん。孤児院なのに何でシスターの服を着てるんですか?」
「私は元シスターだもの。仕事をしている時に運悪く聖書の神が死んでいることを知っちゃて、追放されて途方に暮れてる時に涼様に会ったの」
涼様と祈るように胸元で手を組むクローチェ。
「えっとクローチェ…さんは涼を信仰しているのか?」
「いいえ、別に神の代わりというわけではありません。私は自分の目で見えない神なんて最初から信じていませんでしたから。教会で育ちましたがいくら祈っても救いを与えてくれない神なんて物心ついて数年で興味は失せました。私はあの人を敬愛してるだけですから」
しっかりとした意思を宿した目が三人を射貫く。
「でも出来るなら、イジめて欲しいです♡」
「イリナ、ゼノヴィア。この人はちゃんとしてるけどポンコツなんです」
「これはえっとマゾだね」
「これがマゾか」
三人の声なんて耳に入らず、涼様♡と口にしてクネクネしているクローチェ。
イリナとゼノヴィアのクローチェへの印象は聖母からちょっと変態な優しい人にチェンジすることとなった。
裏庭に出ると孤児院ということは孤児ということだろう。
子供たちは好き勝手に走り回っている。
クローチェとセレナからしたら見慣れて光景でも、イリナとゼノヴィアからしたらそうでもない。
何せ、走り回っている子供たちが人間、天使、堕天使、悪魔、他にも人狼や吸血鬼など種族関係なく一緒に遊んでいるのだから。
「此処では種族なんて関係ないんですよ、子供は子供。ただそれだけです」
もし種族の間の問題が無くなればいま目の前にある光景が当たり前になることだろう。
けれどそれは幻想。
三大勢力だけではなく、人間以外の大半の種族が人間を見下している。
「皆、楽しそうだね」
「ああ、此処だけは楽園に見えてくるよ」
「あらあら、上手い表現ね。でも間違ってないかも。この都の住民は三大勢力絡みで被害にあった人物ばかりだもの。そんな人たちからしたら此処は最後の砦だもの」
イリナとゼノヴィアにはその言葉は心に突き刺さった。
教会に仕え悪魔祓いとして活動してきた中ではぐれ悪魔を斬ってきた。その中には望まず転生悪魔にされた元人間も居ただろう。人間として生きて死にたいと願った者たちが居ただろう。そんな者たちの助けを求める声も聞かず、自分たちは斬り捨ててきた。
神の救いと称して命を奪ってきた。
教会という狭い世界から外に出て、色んな人と言葉を交わし、世界を見て気づいた。
教会は確かに人間をはぐれ悪魔の手から助けてはいるが、人間を救ってはいない。ただ危険を排除しているだけ。
「イリナ。私はこの景色を守りたい。涼の元で剣士として戦いたい」
「そうね、ゼノヴィア。私たちは世界を知らな過ぎた。祈るだけで誰も助けてくれない神様よりも人の手の方が確実よ。誰かじゃない私たちが動かなくちゃね」
二人が改めて決意を固める姿をセレナとクローチェは新しく加わった同胞を見て嬉しそうに微笑む。
別に強制もしない。無理強いもしない。これが正しいだの、正義だのと口にする気もない。それでも救われる命がある、救われる者がいるのは確かだ。
居もしない神に祈るより、世界を良くするのは人間の行動一つで十分なのだから。
@ @ @
セレナたちと別れた黒歌と小猫は都を歩きながら軽い観光をしていた。
市場を見て回れば新鮮や果物や野菜、どうやっているのかは分からないが魚さえも並び。中には日本のお店ではあまり置いてないものも置かれている。
「すごいです、テレビでしか見たことないものも置いてあります」
「此処は種族も人種も関係なく住んでるから、食べ物もそれに合わせて人間界から苗を持ってきてこっちで栽培してるにゃ」
二人で色んなものを物色しながら歩き進めていると、小猫の鼻を刺激する甘い香りが漂ってくる。
「あら、黒歌ちゃん!」
白いエプロン姿に少し太った体形の強きなお母さんという雰囲気漂う女性がお店の奥から元気な声を上げてやってきた
「久しぶりにゃ、おばちゃん」
「あらま~小さくて可愛い子連れて」
「塔城小猫と言います、黒歌姉様の妹です」
「…そう、妹ちゃん見つかったのね。なら今日はお祝いだね!」
強引に手を引かれ、席に着くなりおばちゃんは注文する暇もなく次々に料理を運んでくる。あっという間にテーブルは料理で埋め尽くされ、お腹いっぱいお食べ!とおばちゃんは言ってまたお店の奥に引っ込んでしまう。
黒歌はまたなのにゃ、という顔をしているがその顔は記憶に微かに残る、亡き母の影を見るように優しい目をしていることに、小猫は気づきながらも何も言わずに料理を口に運ぶ。
二人が食べ進めること数十分。
やっと机の上から料理は無くなり、二人はおばちゃんが持ってきた紅茶にたっぷりのミルクと砂糖を入れて食後のデザートのプリンを口にしている。
「甘いにゃ!」
「甘いですね」
「よくあれだけ食べたね、残ったら持って帰れるように器も用意しておいたんだけどね!」
そう言って、大笑いしているおばちゃん。
黒歌と小猫からしたら先に言っておいて欲しかったというのが本音だ。出された料理を残すのは気が引けるから食べないわけにもいかず。お腹いっぱいになって予定だった観光をするには少々、お腹が重すぎる。
「黒歌ちゃん、王様は元気にしてるかい」
「うん、元気にゃ」
「そうかい、王様には私たち、皆が助けてもらったからね」
「皆ですか?」
「あら、知らないのかい。都に住んでいる住人は、皆が王様に助けられたり人間界で普通に暮らせないから移住していたんだよ。私たちもそうさ、娘が神器を持って生まれてきてね。中学生になってすぐに堕天使に襲われてる所を王様が助けてくれたんだ。その時に神器や三大勢力のことも説明されて都に移り住まないかと誘われたのさ。都には同じような人が沢山いる、だから皆、手を取り合うのさ」
神器を持てば人間という輪では生きづらい。
中には神器を持っているというだけで迫害され、中には親でありながら子を捨てる者もいる。
そんな者たちが生きる場所が神無月涼が支配するこの都というわけだ。
「そうなんですか。だから皆、あんなに仲が良いんですね」
「そうさ、私たちは王様に返せない大きな恩があるんだよ」
おばちゃんは笑いながらそう言った。
王に救われ、王を支える事を選んだ民。それこそがこの都を作っている。
@ @ @
『
都の要であり、都の重役が仕事を行う重要拠点。その一室で机に積み上げられた書類の山に埋もれている、涼。
「終わんね~」
涼が人間界で行動をしていた間にあった報告書からこれから行われる事業の報告書。様々な種類の報告書が束になっている。それを一枚、一枚目を通していく。
えっと、なに、畑でオレンジを栽培。そういえば、前におっさんたちが果物を栽培してみせるとか言ってたな。あれマジだったのか。
確かに、『月の都』に大きさの限界はなく、やろうと思えば世界中の土地の環境を再現することもできる。勿論、条件とか必要だけど。
それとは別に、書類以外にも面倒事が目の前に居る。
ソファに座ってスコーンと齧りながらミルクティーを飲んでいる少女―――オーフィス。
どうやって『月の都』を見つけたのか、どうやって張ってある結界に察知されずに侵入したのかは全く不明。全力で戦って勝てはするけど、十中八九この都は粉々になる。長年かけて作ってきたんだ。そう簡単に壊されちゃたまったもんじゃない。
「それで、どんなご用件で」
「強い人間、グレートレッドを倒す為に手伝う」
グレートレッドって時空の狭間を飛び回ってる特大の龍だっけか。居るってのは知ってるけど、場所が場所だから見にも行けないし、手を出さなければ被害が無いから完全に無視してた。
オーフィスを何でかその、グレートレッドを倒したいと。
「それならお前の下っ端の禍の団がいるだろ」
「あれは蛇が欲しくて集まっただけ、グレートレッドを倒す気ない」
……無限の龍神を使おうなんて禍の団も命知らずだな。
「悪いけど、俺にもやることがあるんだ。てかさ、なんでグレートレッドを倒すんだ?」
「我、求めるは静寂」
静寂?ってことは静かな場所ってことか。別にそんなもの探せば深海とか宇宙とかいくらでも。
「ふ~ん、よく分かんないけど、俺は手伝えない。やることが腐るほどあるんでね。どうせ暇なら、都の観光でもすればいんじゃね」
「観光?」
「お前が食ってるそれも都で作ったもんだよ」
自分が手に持ってもきゅもきゅと頬張っているスコーンに視線を落とす、オーフィス。どうも龍神様はお菓子がお気に召したご様子。
「美味なるもの、他にも沢山」
これ餌付け、いけるんじゃね。
こっち側に引き込めるんじゃね。
とは言え、街を見に行かせるにしろ一人ってわけにもいかない。お目付け役が必要だな。
机に端に置いてあるハンドベルを手に取り、チリリンと鳴らすと部屋に入ってくるメイド。
「お呼びでしょうか」
彼女は城の料理、掃除などの雑用を任されているメイドの一人。
「彼女の案内をジャッカルズの誰かにさせてくれ」
「分かりました」
ジャッカルズ―――俺の部下の中で強い上位六人が所属する部隊。一般の兵士を引き連れる隊長として戦うこともある。
セレナや灯巳、クローチェが所属していて、イリナとゼノヴィアはまだそこまでは届かない。
「此方ですオーフィス様」
「うん」
メイドの後の続いて部屋を出ていく、オーフィスを見送り、報告書に目を落とす。都の外にある施設に禍の団の一派”英雄派”という奴らが訪ねてきたそうだ。
その時は戦闘にならなかったけど、次は戦闘になるかもしれない。
アホな三大勢力だけでもやることが多いってのに、禍の団のバカ共の相手もしないといけないのかよ。
ボスのオーフィスは精神が子供すぎて、ボスと言うより、戦力を集める旗としてしか使われてない。頭を潰せば無くなるかと思ってけど禍の団は全部を潰さないと終わらないか。
「全く、やることばっかり増えてくる」
ティーカップを手に取り、中に入ったコーヒーを飲み干すと口いっぱいに苦みが広がる。
リセットした頭でまた新しい報告書へと目を通していく。