実力のある彼を   作:祈島

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まだたった7話しか投稿していないという……。


高円寺六助の助言

 

 

 

 

 

 

 高度育成高等学校に入学したばかりの頃、私は少なからず退屈を感じ続けていました。

 国が主導して教育を行う、実力至上主義である外部とは遮断されたこの空間。学校の謳い文句に釣り合う高水準の生徒が多く在籍していると思いましたが、期待外れもいいところです。

 

「今から配るこの学生証カード。このカードは言わばクレジットカードのような役割も持っていて、学校の敷地内にある施設で色々なものを購入することができる」

 

 三年間私たちの担任を勤めることになった真島先生から学校の仕組みが説明される。皆、聞き逃さないように静かに教卓に体を向けています。

 

「金銭の役割を担うポイントだが、毎月1日に自動的に振り込まれるシステムになっている。君達には最初、10万ポイントが支給されている。1ポイントで1円と同じ価値だ」

 

 10万ポイント。高校生には贅沢と呼べる額です。贅沢を継続していかない限り、一か月で使い切ることは無いでしょう。

 突如与えられたお小遣いに教室中が沸き上がる。使い道を考えることに躍起になっている方々がちらほらいらっしゃいます。

 

――――何故学校の仕組みに気付かないのでしょうか。

 

 浮かれている周囲に対して呆れが芽生えてしまう。落胆のため息を堪えるのに苦労します。

 言わないなんて(・・・・・・・)言っているようなものなのに(・・・・・・・・・・・・・)

 この教室の中で、意図的な断言の制御(・・・・・)に勘付いているのは何人いるのでしょうか。

 

 一か月後が楽しみです。

 

 

 

 

 ただ大人しく高校生活を送るつもりは毛頭ありません。

 まずはこの1-Aを私の手中に収めるつもりです。さほど時間はかからないでしょうが、気長に進めましょう。

 

 私と同じような考えを持つ方がAクラスにもう一人いらっしゃいました。

 葛城康平君。

 強面で、スキンヘッドが特徴的な男子生徒。しかしその性質は慎重派で石橋を叩いて渡るタイプです。私とは正反対と言えます。彼も私と同様、入学してから数日で何人かのクラスメイトを束ねていらっしゃいます。私と対立する日もそう遠くはないでしょう。

 そして私か彼のどちらかが、このクラスをまとめ上げることになります。

 

 しかし、彼では物足りない(・・・・・・・・)

 

 確かに彼は優秀です。学力、身体能力共に申し分ありません。でも足りない(・・・・・・)

 ただの優秀(・・)では、届きえない。それは普通(ノーマル)の枠組みに収まっている。私を楽しませる器ではありません。

 彼が失脚するのは時間の問題でしょう。

 

 

 

 

 

 Aクラス 940cp

 

 Bクラス 650cp

 

 Cクラス 490cp

 

 Dクラス 0cp

 

 黒板に書かれた4月から1か月間の結果です。

 綺麗にAクラスからDクラスまで序列づけられています。……まさかDクラスが0ポイントになってしまうのは想定外ではあるのですが。

 

 しかし、私たちAクラスはマイナスをたった60ポイントに抑え込むことができました。

 私の派閥は早い段階で生活態度に気を付けるよう指示していましたが、この様子では葛城君の派閥でも同じようなことをしていたのでしょう。クラスの足を引っ張ることは無さそうです。

 

 そして、先日行った小テストの結果も張り出されました。

 内容としては中学生でも容易に正答できるレベル。しかしラスト数問だけは異常な難易度になっていました。解答を書ききることさえ並みの高校生には出来ないでしょう。

 結果は高得点の生徒から順に記されていました。

 

 

 

1位  坂柳 有栖  100点

 

 

 当然、と言ってしまえば自惚れになってしまいますが、自信はありました。

 皆に認識された瞬間、私に視線が集まる。

 敬意や驚嘆、嫉妬。瞳に込められた感情は十人十色です。ふふふ、ここは一先ず、誇らしげな笑みでも見せておきましょうか。

 

 しかし、そこで私は気づきました。テスト結果の順位表に書かれていた事実に。

 

 

1位  坂柳 有栖  100点

1位  白川 悠里  100点

 

 50音順に書かれていたため私の名前が一番上にありましたが、結果としては同率で二人が一位。真島先生が追加で教えてくださりましたが、学年でも満点はこの二人だけとのこと。

 このクラスは想像以上に学力のレベルが高いのかもしれません。テストのレベルも一因ではありますが、最低点も悪くない数字でした。

 

 

 

 …………ふむ、

 

 

 

 

 …………白川悠里くん……。

 

 

 

 

 …………私と同じ、満点を記録した方。

 

 

 

 

 …………どのような方(・・・・・・)でしたっけ(・・・・・)

 

 

 

 ……いえ、何も知らないわけではありません。

 容姿も声色も、大まかにですが性格も記憶しております。というか席は私の隣です。テスト結果を公表されて皆の視線が集まっていますが私と彼、二人が横並びになっているので尚、集まりやすくなっているのでしょう。

 しかし、どうも思い出せません。白川悠里くん、彼について。

 癖や思考回路、長所や短所。どれくらいのレベルの人物か(・・・・・・・・・・・・・)

 

 クラスをまとめるにあたり、Aクラスにいらっしゃる方々の品定め(・・・)を行いましたが、彼を特別視した覚えがありません。その他大勢に組み込まれる能力しかないと位置付けていました。

 勉学で秀でていることは並外れた頭脳を持っていることを証明しているわけではありません。

 しかし、あの小テストで満点を取れるほど優秀であるのなら、普段の立ち振る舞いに平凡な方との差が生じるはず。言葉の取捨選択、事象における視点、意思疎通の速度。

 私はそれをこのひと月の間、見抜くことができませんでした。このことは、正直なところ遺憾に思います。

 

 

 

「――白川ですか? イイヤツですよ、何回か集団で一緒に遊んだこともありますし。今のところ葛城派にも入ってはないみたいですよ。……あとはまぁ、アイツあんなに勉強できるとは思いませんでしたね」

 

 

 

「――白川? まあ、見た目も良いから女子の人気が高いけど、まだ彼女は居ないって噂。ていうかアイツ、あんなに勉強できるなんてね、私も知らなかった。……何、もしかして狙ってんの?」

 

 

 

 橋本君や真澄さんも白川くんについて今回の小テストの結果は意外だったみたいです。あと真澄さん、一言多いです。

 とにかく、彼については違和感といいますか、不可解な点が少なからずあることは確かです。

 意図的に(・・・・)私と距離を置いていた。自意識過剰と言われるかもしれませんが、そう仮定することでもう一段階、話が進みそうです。

 

 そして何より、クラスポイント、小テストの結果が発表された日の放課後に、小耳にはさんだ言葉。私とクラスを二分する葛城君を誰よりも慕っている、戸塚君が嬉しそうに話していました。

 

 

「にしても白川凄いっすね! 小テストも満点取っていますし、あいつが言った通り授業態度とか遅刻とかがクラス全員に響いていたなんて!」

 

 

 どうやら彼はただ勉学に長けた頭脳の持ち主ではないようで、この学校の仕組みには気付いていたそうです。

 そして何よりも注視すべき事実は、現状どちらの派閥にも属さない彼が葛城君の派閥のみにアドバイスしたこと。私は私の下に付く人のみに考察を述べ、指示をしました。彼には、まるでクラス全体を見渡しその不足分を補うかのような作意が垣間見えます。

 この学校に入学して以来、人に『興味』を持ったのは彼が初めてです。

 

 

 

 彼とじっくり話をする場を設けましょう。早いうちに。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「来ていただきありがとうございます、白川くん。どうぞそちらの席へ」

 

「どしたの坂柳。放課後にこんなとこに呼ぶなんて」

 

 白川くんとは教室で席が隣ですが、他の方に気付かれないよう、時間をおいてメールで呼ばせていただきました。

 ここは学校の図書室。来ていただいた彼を私の向かいの席に座っていただくよう、手で指し示します。私がたった一人で待ち構えていたことに警戒することなく、嫌な顔もせずにスムーズに腰を下ろしていただけました。

 

「ふふふ。白川くんとは一度二人でお話ししたかったんですよ。それとも今日は他に用事がございましたか?」

 

 傍から見れば、色恋沙汰にも思われるかもしれません。まあ、似たようなものではありますけどね。

 

「ん、何もないよ。暇だったからちょうど良かったぐらい」

 

「それは何よりです」

 

 彼は基本的に自分から誰かを誘うタイプではありませんが、声をかけられた際には予定が被らない限り必ずと言っていいほど受け入れるそうです。

 そして机上にあるものを見てその名前を彼は言う。それは対話のついでに私が用意したもの。

 

「……チェス?」

 

「はい、図書室ではこういったものも自由に貸し出していただけるんです。白川くんはチェスのルールをご存じですか? ご希望でしたら将棋や囲碁、オセロなど他のゲームでも構いません。軽く遊びながらお話ししましょう」

 

「どれでもいいよ。どれも似たような腕前だから」

 

「そうですか。では、このままで」

 

 私が一番自信のあるチェスをすることになりました。チェスに限らず、トランプなど頭を使う競い事には練度に限らずそのプレイヤーの性格や癖が如実に表れるものです。これを利用して、彼をプロファイリングすることにしましょう。

 トスの結果、白川君が先行である白色の駒を使うことになりました。

 お互いに顔を盤面に向けたまま、本日お時間をいただいた本題に入っていきます。

 

「白川くんはAクラスの現状はご存じですよね?」

 

「現状?」

 

 長考することなく、一定のペースで駒を動かしながら彼は疑問符を投げ掛ける。

 

「はい。今、私たち1-Aは大きく分けて二つに分かれています。一つは私がまとめている派閥、そしてもう一つは葛城くんがまとめている派閥です」

 

「ああそれね。知ってるよ、勿論」

 

「そこで白川くんには私の派閥に入っていただきたいんです。お願いできますでしょうか?」

 

「んー……」

 

 膝上に頬杖をついて音を伸ばしながら白川君は悩みます。

 チェスに、ではない。その証拠に彼の手には迷いはない。

 

「葛城にも同じこと言われてさ、まあ保留にしているんだけどね」

 

 どうやら先を越されてしまったようです。しかし、この様子だと葛城君は勧誘には失敗したそうですね。

 

「というか今のところ、どちらにも入る気はないんだ」

 

 彼の現状からは予想しやすい意志ではありますが、それは求めていた言葉ではありません。

 

「……それは何故でしょうか?」

 

「こういう言い方好きじゃないけど、派閥同士のギスギスした感じが苦手でね、どっちにも入っていない今のままが俺には丁度いいんだよ」

 

 平坦な声で彼は行動指針を述べます。それなら彼が葛城君や私の派閥に入ることなく、第三者として居続けることに納得は出来ます。

 しかし、気に入りません(・・・・・・・)

 

「いずれ私はAクラス全体をまとめ上げます。そうなれば白川くんの懸念は晴れることになります」

 

「そうなるならそれこそ今決める必要はないでしょ。まあ、一つになった時に逆らう気なんてないからその時はクラスの流れに乗るよ」

 

 まるで彼の中ではAクラスなど取るに足らないことのよう、私と葛城君は彼の中で同等の価値でしかないと扱われているようです。

 私が彼の視界に入っていないというのであれば、それは私の自尊心(プライド)を傷つけることになります。

 

「……それより坂柳」

 

「何でしょうか?」

 

 一定のペースを保っていた彼の手が動かなくなり、盤面の時が止まります。

 私の手も黒い駒を操ることが無くなりました。なぜならその必要がないからです。

 

「強すぎ」

 

 チェスは私の完全勝利。一度たりとも彼の劣勢が覆すことなく対局を終えることができました。

 

「ふふ、白川くんは弱いですね」

 

「わー……ひどいなあ、遠慮なくボコボコにするなんて」

 

「白川くんが私の誘いを断るからですよ」

 

 終盤は手加減することなく追い込んでしまったのは少々大人げなかったかもしれません。

 ちょっとしたストレスの発散です。

 

「はーぁ、こりゃAクラスは安泰だよほんと」

 

 白川くんは両手をポケットに入れ、背もたれに体重を預けて天井を見上げながらうなだれます。

 

「白川くんにお聞きしたいことがあります」

 

「ん、なに?」

 

 彼は上がっていた顎を下ろし、私をまっすぐ見据える。

 

「白川くんは個々の生活態度がクラス全体の評価に繋がっているという事実、今になって呼称を真島先生から教えていただきましたが、クラスポイントの存在に気付いていましたよね? いつお気づきになられたのでしょうか?」

 

 彼がクラスポイントの存在に気付いていたという事実を、私が知っていることに対して驚く様子はありません。無駄に時間を奪ってしまう建前を全て取り払い、彼はスムーズに話を進めてくれます。

 

「まあ、ある程度は初日の真島先生の話を聞いて気づいたよ。言わないなんて言っているようなものだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ね」

 

 詳細を発表されたときにクラス全体、おそらくは学年全体を騒がせた事柄を何てことないかのようにおっしゃります。

 その言葉だけで、私はこの場を設けた価値を感じます。

 彼は私に似た思考を持っている。そしてそれを一か月隠し通した。それは私の中で大きな価値を持っている。

 

「それを葛城くんの派閥にだけ教えたのは何故ですか?」

 

「なぜって、坂柳は気づいていたじゃん。俺たち席が一番後ろだから、授業中みんなを見てたらすぐわかったよ」

 

 そして彼は私の方針にも気付いている。

 私の派閥のみが粗悪な生活態度の連帯責任に気付き、ひと月経った今、クラスポイントの低下は葛城派に非があると攻め立てる。そのはずでした。

 それを白川君が、おそらく意図的に防いだ。

 そして、彼は私の作戦を非難しない。今後私がクラスに不利益をもたらしてでも葛城君を貶めようとしても、彼は平然と今と同じく私とも友好的に接してくれるでしょう。

 彼はどちらの派閥にも加わらない。そして彼は派閥間の争いには手出しをしない。

 

「白川くんは今、葛城くんに贔屓しているわけではないんですね」

 

「してないよ。葛城にも坂柳にも俺にできることはしていくつもりだから。今回のそれは葛城側だけが必要って判断しただけ」

 

 第三勢力ではなく、第三者。白川くんが私と争っていただけないのは少し寂しい気もしますが、それで良しとしましょう。

 

「安心しました」

 

 ある程度、ここに来るまで腑に落ちなかったことは解消することができました。

 なのでこれから、ここに来てから腑に落ちないこと(・・・・・・・・・・・・・・・)を解消することにしましょう。

 

「それでは白川くん、もう一局チェスをしましょう。今度は真剣勝負(・・・・)です」

 

「……、」

 

「先程の対戦、手を抜いていましたよね? このまま終わるのでは不服です」

 

 私も全力でお相手したわけではありませんが、彼の場合は度が過ぎている。酷いものでした。

 そして彼は手加減していることを私に見抜かれることを承知の上でチェスをしていました。

 

「あー……、そうなっちゃうのか。……ま、いいけどもう一局ぐらい」

 

 観念したようで、彼は背を背もたれから離してチェスの駒を開始前の状態に整えていきます。

 しかし、また手を抜いてしまわれては元も子もありません。

 

「そしてこれで私が勝った暁には、白川くんには私の派閥に入っていただきます」

 

「えー……、それずるくない?」

 

 口の端を僅かに引きつらせていますが、気にしません。

 

「拒否権はありません。もし、今立ち去って逃げようものなら私は徹底的にあなたをクラスから淘汰することにします」

 

「はぁ……、どうしてそういうのが好きなやつはこうも強引なんだろうかね」

 

 ぼやきつつも手を動かし、二戦目の準備を終えると、彼は気構えるためか口から小さく息を吐く。

 そしてこちらを真っすぐ見つめてきました。

 

「いいよ坂柳。本気でやろう」

 

 勝てば白川くんは私のモノ。

 そんなのは彼を引っ張り出すためのただの口実です。彼も本気にしているか定かではありません。

 しかし、今彼は私の期待に応えようとしてくれています。

 今までの、肩の力を抜いたような眠気にも似た緩い心持から一転、引き締まった目を私に向けてくれています。

 口にはしないが、私は感謝の意を胸に抱きます。

 

 ――――この一か月、私はとても退屈でした。

 

 このまま三年間過ごすのは願い下げです。私はもっと、楽しみたい。心躍らせ、悦びを得たい。

 それが今、この学校で私の誰よりも近くにいた人物によって、叶うかもしれません。

 

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 ――――白川くん、私と一緒に遊びましょう。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「すまないが先に向かっていてくれレディ達よ」

 

 媚びへつらい従属していた上級生の女性生徒たちは命令通り男を置いて先へと歩き出した。

 この男に加えて私と坂柳、合わせて三人がこの場に残った。できる事なら私も立ち去りたいのだが、後が怖いため発言をしないという程度の拒絶でここは我慢しよう。

 

「……あなたは確か、Dクラスの高円寺さん、ですよね」

 

「如何にも、私が高円寺コンツェルンの一人息子にして次期社長、高円寺六助だAクラスのリトルガールよ」

 

 その名前は聞いたことがある。

 個性豊かな人間溢れるDクラスの中でもトップクラスの変人、そしてこの学校に入学する前から白川の知り合いである男。そんな感じの情報を得た記憶が薄っすらとだがある。

 

「高円寺さん、あなた英語の使い方を間違えていますよ? 私は幼女ではありません」

 

 用法の指摘というよりも単純にその言葉で呼ばれることが坂柳にとっては気に入らないらしい。

 あらゆる挑発を不敵な笑みで受け流すことが見慣れた光景なんだけどね。

 

「ふっふっふ。それを決めるのは君ではなく私なのだよ。間違った用法ではないさ。君がガールと呼ぶに相応しい年齢と体型になれば、そう呼ばせてもらうだけだがねえ。例えば君の横にいるガールほどになれば、だよ」

 

 どうやら私はただのガールと認めてもらえたらしい。何も嬉しくはない。

 お世辞にも坂柳の容姿は大人びているとは呼べなくて、正直なところ初対面の人はコイツを高校生とは判断してはくれないと思う。

 この高円寺という男はさっきまで上級生たちを連れていたことから年上好きなのだと推測できる。坂柳なんて守備範囲外なのだろう。

 

「それこそ誤りですよ。用法としてはリトルガールは小学生の女の子にしか使わない言葉ですから。この世界はあなたの好き勝手が許されるように出来ているわけではありません」

 

「常識に捉われないのが私の流儀なのさ」

 

 ファサ、と髪をかき上げる仕草がウザく見える。手癖で度々見せつけているのか妙に様になってはいた。

 

「はあ、あなたのような非常識な人間が白川くんと知り合いであるというのは到底信じられませんね」

 

 恐らく坂柳にとって呼び方に並んで気に入らないことなのだろう。

 ヤツとの繋がりをアピールするかのような言い草が坂柳の表情筋に余分な力を宿らせている。

 

「知り合いではなく、親友なのだよ。君とは違い悠里とは十年来の仲、この学校に訪れて知り合ったようなリトルガールとは年季が違うのさ」

 

 所謂幼馴染という奴か。10代半ばの私たちにとって十年来という言葉を使える人はなかなか少ない。対して坂柳は白川と知り合って約三ヶ月。その差はなんと四十倍だ。

 

「知り合ってからの長さで語るようでは底が知れていますね。あなたの身勝手に仕方なく振り回されている悠里くんの姿が容易に想像できます」

 

 ……今、坂柳のヤツ白川を下の名前で呼んだ? 初めて聞いた。本人の前で言う度胸もないくせに、って言ったら私の身が危険にさらされるから口が裂けても言えない。

 目の前の得体のしれない男に対して想像以上に意地になっているみたい。

 

「我が儘を受け入れ合うのが親友の特権さ。むしろ振り回しているのは君の方じゃないのかね? 数多くのガールが悠里に好意を寄せるのは何も疑問に思うことはない。だが、悲しいかな、奴に釣り合うガールがいないのも明らかさ」

 

「振り回してはいません。彼には私の仲間に加わってもらうよう、日々お誘いしているだけです。白川くんほど優秀な人材を無視する選択肢などありませんから」

 

 あ、呼び方が元に戻った。つまんない。

 

「ヤツほど優秀な人材を……? ふははっ! これ以上私を笑わせないでくれリトルガールよ」

 

 今日一番の高笑いが出てきた。

 この世の全てをあざ笑うかのような、独裁者のそれだ。

 

「また私を……っ! ……それはどういう意味でしょうか?」

 

「君はまるで悠里がどれほどの人材か(・・・・・・・・)理解しているかのような口ぶりではないか」

 

「…………」

 

 言っていることは気に入らないけど、仮にも十年以上白川のことを知っている男のセリフとして坂柳はどこか無視できないのかもしれない。

 睨みながら坂柳は黙っている。

 

「悠里がただ知に長け秀でた(たい)を有している鬼才とでも思っているのかね? その程度の理解度だから未だにヤツの勧誘が終わらないのだよ」

 

 やれやれと絵に描いたように胸の高さで両の掌を天に向けている。

 

「寛大な私が愚かで矮小なリトルガールに一つアドバイスしてやろう」

 

 矮小でリトル。坂柳は一体どれだけ縮んでいくのか。

 

悠里についてより知りたくば(・・・・・・・・・・・・・)悠里のみに捉われないことだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 いやそれどういう意味?

 終始自己中心的で別世界の住人のような発言が目立っていたが本当に理解できない論理を展開をされてしまった。

 口を閉じてしまった坂柳はこの男の意図を汲み取っているのだろうか。

 

「それでは私はレディ達のところに行かせてもらうよ、シーユー」

 

 言いたいこと言って満足したのか、鼻につく流暢な挨拶で締めくくった高円寺は胸を張って立ち去って行った。

 そして残されたのは私と坂柳の二人。

 元々二人でショッピングをしていたけど居心地がさっきまでとは雲泥の差になってしまった。坂柳がさっきから無言でいるのが何より気味が悪い。

 助けて白川。私はアンタの坂柳の扱いとアンタが淹れるココアの美味しさだけは認めているんだから。

 

「珍しいじゃない、言われっぱなしなんて」

 

「ふふ、白川くんのことを知る人物は貴重ですからね。口数が多いままが都合よかったんですよ」

 

 負け惜しみのように聞こえるかもしれないけど、そうじゃない。

 今ここで何かを得て今後行う悪巧みを浮かべている顔だ。

 

 この顔を私は一度見たことがある。

 入学して一か月経って、コイツが白川に目を付け始めた時のこと。私にはその時図書館で何をしてきたのかを教えてくれなかった。

 結果的に白川を勧誘することには失敗したと直ぐには分かった。でも、坂柳は明らかに悦んでいた(・・・・・)

 なぜかは知らない。私は所詮、コイツの駒の内の一人。

 

「真澄さん、お願いがあります」

 

 優しい言い方をしてるが、私には選択肢なんてない。

 

「私の予想では、今後クラスポイントが大きく変動するイベントが行われます。しかし私はご存じの通り不自由な体をしているので、内容によっては参加できないこともあるでしょう」

 

 まあ、今回に限っては何を頼まれるかはだいたい予想がつく。

 

「私が不在の時、真澄さんは白川くんの動きをよく見ておいてください。葛城君の対応は橋本君にお任せします」

 

 

 できれば白川には、今まで通り大人しくしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 








高円寺(ふむ、悠里にレディ達との食事に誘うチャットを昨晩送ったのだが、まだ既読すらついていない。どうやらマイフレンドの携帯は故障しているようだねぇ)




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