光の届かぬ細い路地裏の中、その暗さに馴染めぬファンシーピンクのドレスがひとり。
大きなフリルはひらひらとたなびき、大きなツインテールは真っ赤なリボンで結われている。
女のコの可愛らしさに包まれているものの、その中身は明らかに二十歳過ぎ。年齢にそぐわない装束は、少なからず痛々しくも見える。
だが、その決意は伊達や酔狂などではない。それを纏う全身を必死に支えようとするが――それも叶わず、背を壁に引きながらズルリと座り込む。
ひどく憔悴しているが、流血はない。
何故なら、彼女は魔法少女だから。
それでも――
「はぁ、はぁ……くぅ」
腕に、足に、痛みが走る。体内に蓄積されたダメージは甚大だ。
見るに見かねた相棒が、ポーチの中から顔を出す。
「もう無理ぽよ! 早く変身を解いて――」
「ダメ」
少女は、その労りを受け入れるわけにはいかない。
「次、変身できるのはいつになるかわからないもの。一先ず先生のところへ逃げ切れれば……」
勝算はあった。追手は、こちらの姿をよく知らない。割れているのは『魔法少女』と肩書きだけ。彼女のような、怪しげな者を追い詰めていたに過ぎない。それで、昼間のうちは、目立ちながらも身を潜め、何とかここまで逃げてくることができた。
魔導条例――彼女たち魔法使いは、一般人に手を出してはならない。魔を知らぬ者に魔を開かしてはならない。その成約のため、人前での戦闘だけは避けられた。が、夜も更けて人通りが少なくなってきたところで……多勢に無勢。彼女には、こうして身を隠すことしかできなかった。
それも、ここまで。もう東の空は白み始めている。例え最後の力を振り絞って歩き出したとしても――ヤツらに包囲の機会を与えるだけだ。次に陽が沈み、
だが。
「手はある……手は、打ってあるの」
その効果はすでに発現している。とはいえ、未だそれが目覚める時ではない。
「木を隠すには森……私が変身を解けないのなら、
「な……何をしたぽよ……?」
彼女は魔法少女と呼ぶにはいささか破天荒だ。実際、年齢も瀬戸際で、それでも使命を貫かんとしている。魔力は衰えてきているものの、その引き出しの数は若手の魔法少女の比ではない。
だからこそ、相棒は不安になる。それでも、主人の正義の心だけは信じていた。
「あまり……無理はしないでぽよ――」
「シッ! 人が通るわ」
魔力の発露は最小限に。これなら目視されない限り――残念ながら、一目でも触れれば容易に視認されてしまうものの――表通りを征く女は、ビルとビルの間を覗き込むことはなかった。長い髪をなびかせ早足に征く様は、まるで漆黒の魔女のよう。しかし、異端の者を探し求めているようには見えない。大きなキャリアバッグをゴロゴロと引きずっているが、その中身は魔具の類ではなさそうだ。魔法少女とその相棒は、遠ざかっていくキャスターの車輪音に胸を撫で下ろす。
だが――
ふたりの出番はここまで。先程通り過ぎていった荷物を引っ張っていた女性――
この後、ピンクの魔法少女たちがどうなったかは知る由もありませんが……多分、うまくやっていくことでしょう。
***
あー、充実した! 魔法使い合わせはやっぱ最高ね♪ 二次創作もいいけど……一次はね、なんというか、TRPGのような面白さがある。自分で作った設定と、他の人が作った設定が絡み合って生まれるコラボレーション。安崎さんのCGエフェクトって上手だから、仕上がりすっごく楽しみ!
そんな、コスプレ撮影の遠征帰り。深夜バスでもビックリするほど寝れたみたいで、これならキュアキュアまで仮眠とか採る必要もなさそう。録画のセットは姉さんに頼んでるけど、リアタイで観るに越したことはないもんねー。
ただ、お腹は空いたかな。昨日からずっと荷物をゴロゴロ引っ張ってたし。それだけでもめっちゃいいカロリー消費になったような気がする。キュアキュアは生実況したいから、食べるならそれまでに食べておきたい。
そんなわけで、我、帰宅。
「ただいまー」
そこまで早朝ってことでもないから、母さんは起きてるみたいね。台所から朝ごはんの匂いがする。父さんは……ああ、朝から会社の付き合いで出掛けるんだっけ。楽しくもないのに。中途半端に役職があるとしがらみが色々大変ね。
カチャリとダイニングの扉が開いて……ちょうど入れ替わりになるみたい。
「ああ、加奈子、おかえり」
「父さんはいってらっしゃい?」
「ああ、いってきます」
一応休日なのでオフィスカジュアル。ジャケットにノーネクタイで……玄関に置いてあるそのゴルフバッグを担いでいくのね。ああ、大変だ。
と、他人事を背中で見送り、今度は私が食べる番。
「ただいまー」
「マジカル☆ヨシエ、只今参上ッ!」
……はて。
私はとりあえずダイニングの扉を閉めた。そして、玄関で靴を履いている父さんにちょっとした確認事項を。
「父さん、食卓にいい歳こいてドピンクのミニスカ穿いた魔法年増がパンチラポーズ決めてたんだけど」
偶然にも、母さんと同じ名前だった気がする。
「おいおい……いい歳こいて、ってお前も似たようなもんだろ」
「似たようなとか言うな!」
こちとら四捨五入すれば二十歳なんだよ! アラフィフと一緒にすんな!! ……という暴言は、後の自分に跳ね返ってきそうなので口を噤んでおく。しかし……うーむ……?
父さんは何事もなく出ていってしまったので……私は改めてダイニングの扉を開いてみた。
「加奈子、おかえりなさい。キュアキュアの前にご飯食べておきたいでしょ?」
母さんには何も連絡していなかったのに、私の普段の日曜の行動パターンを察して、朝食を用意してくれていたらしい。本当に、いつもの母さんだ。その生足の激しい衣装以外。脇も開けるなら、せめて剃って欲しいんだけど。
「う、うん……」
心の内に激しいツッコミが沸き起こって来るものの、どこからツッコんでいいものやら。
気不味すぎて、何かを食べる気にもなれない。こんなことなら、帰り道で何か食べてくれば良かったかも。とはいえ、これはあまりに予想外すぎる。ああああ……もう少し早く帰っていれば、父さんがいてくれたのに……。私を残念魔法少女とふたりきりにしないでー!
と、ここで母さんが思い出したように。
「……あ、今朝はお姉ちゃんに早く起こしてくれ、って言われてたわね」
「私、起こしてくるよ!」
よしっ! これをいいことに私は戦線離脱! 姉さんならきっと、母さんを気遣いつつ適切なツッコミを入れてくれるに違いない。私のトーストが焼き上がる前に、私はパッと席を立つ。そして、ドドドドッ、と姉さんの部屋へと飛び込んで――
「姉さん! 母さんが大変なことに!」
「パイオツゆらゆらボインボイン」
うわーお、こっちも大変なことになっとるわ。
「……で、何が大変ですって?」
っつーか、その格好で寝てたの? パジャマではなく、母さんと似たような魔女っ娘スーツで。どうやら今しがたまで寝ていたようで、ベッドで上半身だけむくりと起き上がらせている。そのうえで、両腕で胸を抱え込んでボインボインと。ああ、姉さんが巨乳なのはわかったから誇張するのやめて。
とはいえ。
「うーむ、どこから説明すれば良いものやら」
というか、私の理解が追いついていない。
「質問があるのなら、整理してから相談に来なさい」
うん、中身はいつもの姉さんなのに、着ているブツだけが常軌を逸している。だからこそ……どうやって相談していいのかわからないんだよー!
そんな私に、姉さんはふぅとため息をつく。ため息つきたいのはこっちなんだけど。
「……仕方ない。私がお前の思考を高速化する魔法を施そう」
「ああ、うん。ありがとう」
普通に言われれば何かの暗喩だってのはわかるけど、そのコスプレで言われると本気に聞こえてくる。
というか、思いっきり本気だった。
「パイオツゆらゆらボインボイン」
「……………………」
ああ、出会い頭の乳揺らしは呪文詠唱だったのね。
でもさー……
仮にも魔法少女だよ? 小さな女の子に夢を与えるべき存在だと私は思うわけ。そんな子供たちの前でその決め台詞は許されるのか!? パイオツって……オッサンかよ! そーいや姉さん、元々堅苦しいを通り越してオッサンくさいところあったからなぁ。それが、こういう形になっちゃったのかも。とはいえ、姉さんとて少女だった頃もあるわけで、その記憶を元に、もう少しキラッキラした言葉選びってのはできなかったのかなぁ。いや、できて然るべき。いいとこの大学出て、新聞社で記事書いてんだもん。勝手なイメージとしてオッサンの中のオッサンが蔓延ってそうだけど、それに毒されちゃいけないこともあるんじゃないの?
なお、この間わずか一秒。
「ありがとう。ものすごく頭は回った」
別に、本当に魔法にかかったわけでもないし、結局何も解決していないけれど。
「で、何が大変なんだ?」
「ごめん、別に大変でもなかった」
思い返してみれば、母さんの魔女っ娘ぶりの方がまだ正統派だし。どっちを幼女に見せられる? と聞かれたら、絶対マジカル☆ヨシエだと思う。年甲斐もなく、というのはあるけど、まだ夢が感じられるものね。
そんなわけで私は、オッサン魔女っ娘の部屋を後にする。
「なら、私はもう少し眠らせてもらおう」
姉さんは再び布団に潜り込んだ。そして、私は退室し、静かに姉の部屋の扉を閉める。
多分もう、何があっても驚かない。だから一先ず、ご飯を食べよう。
なんかもう、完全敗北って感じでダイニングにすごすご戻ってきた私だけど、状況はなんら変わっていない。
「マジカル☆ヨシエ、只今参上!」
あーはいはい、わかったから。それ、いただきますの挨拶なの? まあ、私くらいになるとコスに対しては寛容なので、母親がミニスカでも華麗にスルーすることもできる。
「ところで、お姉ちゃん起こしに行ったんじゃなかったの?」
「んー、もう少し寝てるって」
「あらそう」
しかし……リアル魔法少女ってこういうことなのかねぇ。席に着いてくれたおかげで生足は見えなくなったけど、上半分だけでもやっぱり大した破壊力だ。いや、ノーメイクってのはいいんだけど、これに対して服装があからさまな衣装となると、アンバランス感が相当ヤバイ。すっぴんなのに髪だけは高めのツインテにしてるあたり、あまりに中途半端すぎる。
年齢とか体型とか、そういうのは気にしない私だけど、こういうやる気がないのは見逃せない。スカートを短くするならちゃんとタイツで引き締めて、アイラインもロリ系に合わせなきゃダメよね。まだ工夫の余地がある……余地があるんだよ……!
正面に座る母さんが目に入ると、そんなことばかり考えてしまう。行儀は悪いけど、スマホに逃げざるを得ない。パンをついばみつつ、タイムラインをちょいちょいと。さて、今日の実況メンバーは誰かなー? バスの中で読んでたところからチェック再開。ふむ、ヨッシーさんは……相変わらず完徹かな。鉄面少女さんは、さっき起きてきてる。……あれ? ナカニシさんは? むぅ、午前三時に『もう寝るー!』って……絶対起きてこないわ。
他には……ってうを!? なんじゃこりゃ! サムネだけでヤバイって伝わってくるけど、これはタップせずにはいられない!
『うっふん、らぶ注入❤』
……何の罰ゲームよ、コレ。てか、あの先輩にバニーガールやらせるって……清水くんの安否が心配だわ。それとも、学校卒業して丸くなったのかな? 清水くんのお姉さん、在学中はバリッバリの空手部主将で、清水君がアホやる度に鉄拳制裁! だったもん。ふむぅ……それにしても久々に見るなぁ、清水先輩。少なくとも、この眼光を見る限り、気性はあの頃と変わってなさそう。なのに。
『うっふん、らぶ注入❤』
もう一度再生して確認。この投げキッス……慣れているようにもノってるようにも見えない。かといって、嫌々恥ずかしがってるようでもない。どっちかというと……
「マジカル☆ヨシエ、只今参上!」
とポーズを決めて食器を片付け始めるアラフィフの母。なんか本当に挨拶みたいで、先輩のそれも同じようにも聞こえる。
それに……うん、素材がいいからね。まだ空手も続けてるらしく腕や足も綺麗にスラリ。なのに、出るとこだけはちゃんと出てて。纏う空気は肉食獣なんだけど、あえてバニーガールやってるところがギャップ萌え!
とはいえ、ただのバニーじゃない。袖袋やブーツなんかはしっかりと飾られてる。だから、卑猥な感じはまったくない。これは、今日見た三人の魔法少女の中でダントツのクオリティではなかろうか。
これにはみんなも……チッ、メンズってヤツはバニー=エロスかよ。ロクなリプついてないわ……ってぇ!? 美佐子も? 野島も? ナッキーまで……! 何これ、コスプレ同窓会!? 高校時代の友人たちが、正門前に集まって合わせやってるよ!
だったら……乗るしかない、このビッグウェーブに!
「あら、キュアキュアはいいの?」
「録画してるから大丈夫!」
てか、のんびり飯食ってる場合じゃねぇ! 残りをガーっと喉へと押し込んで、私は玄関へダッシュ!
そして……メイクはそのままでいーよね、幸いにも落としてないし。ポンポコポンポコ普段着を脱ぎ散らかし、ガパっとスーツケースを開ける! 着るのは面倒くさいけど……急げ……急がないと置いてかれちゃうよ!
そして、どんなに急いでたとしても、一応着衣後の最終チェックだけは欠かさない。肩紐オッケー、パンツも見えてない……大丈夫。魔法少女・あまなんカーナ(オリキャラ)の完成だ!
撮影用のスマホだけ握りしめるとぶわーっと飛び出し、自転車に跨る魔法少女。うおおおお! 合わせやるなら……何で呼んでくれないのよおおおおお!!
そして、自転車でドリフトする勢いでギュギュギュと到着!
「はぁ……はぁ……アレ?」
そこでは、高校時代の友人たちが立ち話をしていた。美佐子に野島にナッキーが、普段着で。
「え、もう合わせ終わっちゃったの?」
「合わせ……?」
首をかしげるナッキーに、美佐子がサクっと解説してくれる。
「特定のテーマでコスプレしてきた人たちが集まって写真を撮ることだよ」
「へー、加奈子ってまだコスやってたんだ」
「まだも何も生涯現役やねん! って、野島たちもさっきまで……」
ここで写真撮ってたじゃん! 赤青黄色の魔法少女のカッコして! 慌ててスマホを確認してみるも……
「え、えぇ……? 消してる? 消えてる!? 先輩のらぶ注入も!」
あんなにいっぱい拡散していたはずの魔法少女たちは跡形もなく消えていた。何が起きているのかわからずスクロールをぐいんぐいんしている私に、美佐子は諭すように語りかける。
「カナ……コスプレはルールを守って、公共の場では自重しなきゃ、って言ったよね」
「そうなんだけど……焦ってて……というか……」
さっきまでみんなだってコスってたじゃん。なんで私だけお説教されなきゃなんないのさ!
「そういえば、昨日イベントだったっけ。浮かれてるのはわかるけど……ちゃんと着替えてから帰らなきゃダメよ」
かつてのコス仲間から怒られると……うぅ、ションボリする……。そんな私に、スマホのカメラを向けるナッキー。
「ねぇ、一枚撮っていい?」
「……それは、今度のイベント会場でお願いするわ」
こんな格好で街ナカうろついてるのが拡散したら、今後のコス活動にも支障を来たしそうだから。コスプレはルールを守って専用スペースでね!
そんなわけで、行きとは別の理由で急いで自転車を飛ばして帰ってきたのでした。はぁ、もういいや。いまならまだキュアキュアにも間に合うし。
「ただいまー」
「マジカル☆ヨシエ、只今推参!」
って、衣装に羽根生えてる!? それに、若干口上変わってた気もするし。ただ、みんなシレっと普段着に着替えている中、母さんだけは続けてくれてるの……なんか血筋みたいでホッとする。
ただ、ちょっと気になることもあって。
「ところで母さん、それ、どうやって浮いてるの?」
最初は椅子に乗ってるのかと思ったけど、ちゃんと見ればそんなことはなかった。もちろん浮いてるってのは、食卓の場としてではなく、物理的な話で。一メートルほど。
「実はお母さんね、アンタを産むまで魔法少女やってたのよ」
スーッと床へ下りながら、ふわりと光の羽根を畳む。本当に魔力で飛んでるみたいで、風とかが起きる様子はない。
ただ、いま物凄いことを言っていたような……
「待って。じゃあ、お姉ちゃん産んだ後はまだ現役だったの!?」
子持ちの魔法
「さっき、後輩の魔法少女がピンチな波動を感じてね。久々だったから、馴染むのに時間がかかったけど」
なんて言いながらクルリと回って見せる母。魔力的には馴染んでるのかもしれないけど、年齢的には完全にアウトだ。
「へー……ふーん……あ、そーう……」
まあ、空も飛べるんだから魔法少女ってのに嘘はないんでしょ。
だ・け・ど……ッ!
「そんなわけで母さんちょっと出かけてくるから――」
「待てーい!!」
そんなカッコで自分の母親を外に出せるかっての!!
「歳考えてタイツくらい穿いてよね! それに、うーん……どこまでコンシーラで誤魔化せるかなぁ」
最低でも三〇は若返らせなきゃならないだろうし。私のスキルのすべてを注ぎ込んでやる!
「でも、ほら、早く加勢に行ってあげなきゃ……」
「そういう問題じゃないの! 魔法少女には、魔法少女としての嗜みがあるんだから!」
本物であろうとコスであろうと、魔法少女には夢が詰まっている。それを雑に扱うことなんてできない。
「ちょっとここで待ってて。服に合わせたウィッグ持ってくるから」
「そんなの、戦いになったら落ちちゃうわよ」
「魔法でなんとかならないの? そういうとここそ!」
キュアキュア始まりそうなんだから、私だって忙しいんだよ! だけど……リアル魔法少女を蔑ろにして、テレビに夢中になっていられるほど、私のレイヤー魂は甘くない。娘として、立派な魔法少女にして送り出してあげるから安心してね!