妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
先輩は一度はノリで教室を出たものの、やはり用事があったのか、ふてぶてしく堂々と戻ってきた。
先輩の持つ『病院送り』なんて噂されているとは思えない、その吹けば飛んでいきそうな空気感は独特だ。たまに図書館で見かけてはいたけど、こうして間近で見るのは始めてだった。
決してイケメンではなく、爽やかではなく、運動も得意そうではなく、勉強も出来そうになく、そこそこの身長と、平均的なスタイルの、至って平凡、間違っても凡庸な量産型の男子高校生だ。
「僕の勘違いでなければ君は今、とても失礼なことを考えている」
「っ!エスパーですか!?」
「紅葉、全部声に出てたわよ」
「流石は妄想女だね」
「私への当たりが強い!?」
不機嫌そうにしていたはずの麻衣さんがバカにしたように、新しいビーカーでお湯を沸かし始めた部長がアホだとでも言うように、それぞれ私に言葉を吐き捨てる。ダメだ、この二人が揃うとボコボコにされる。ツンが強すぎないですかね?
「双葉、これは何の集まりなんだ?」
「ここは科学部の部室なんだけど?」
「僕はここで科学部の活動がされているところを見たことがない」
「梓川が部室にいて邪魔だからだけど?」
「聞かなかったことにするよ」
「聞けよ」
この二人がなんで友達をやれているのか不思議でならなかったけど、案外、部長はこういう人の方が合っているのかもしれない。今の日本人にはあまりいない本気になるとはっちゃけちゃうタイプだ。校庭の中心で愛を叫んじゃう的な人だろう。俺、冷めてるぜという中二的雰囲気を出しながらも情に厚い感じが滲み出ている。まあ、友達少なそうだから意味ないけどねー!
「それで双葉、僕のシフト表なんだが」
「そこに置いてあるよ。忘れてあったけど梓川携帯持ってないし」
部長が指差した先にあった机には、確かに紙が置かれていたが、その上にはコーヒーの入ったビーカーが置かれていた。
「部長、私はこの辺で。さあ麻衣さん帰りましょうか!」
「はいはい、ちょっと待ちましょうか」
先輩に首根っこを掴まれて、前に進めなくなる。誰も助けてくれないこの感じ、悲しいです。
「なんでシフト表がビショビショなんですかー」
先輩がやる気無さそうな目を私に向けて、ピチャピチャとコーヒーを滴らせているシフト表を摘まんで持ち上げる。
「さっきちょっとコーヒー溢しちゃいまして、近くに紙があったのでそれで拭きました。てへぺろ」
麻衣さんを帰らせないように止めてる時に溢しちゃったんだよね。誰にもバレないように完璧に処理したはずなんだけど、やっぱり悪いことをしたらすぐに謝ろう!結局バレてしまうよ!いやー良い教訓になったね。
「なあ、双葉。こいつシバいていいかな」
「ご自由に」
味方がいない。麻衣さんは相変わらずツーンとしていて我関せずだし、部長に至っては金網をセットしてスルメを炙っている。少しは興味持って!
「双葉、国見って今日部活だよな?」
「大体そうだからそうなんじゃない」
「まだいるだろうし、コピーさせてもらうとするか」
先輩は面倒そうにビショビショになったシフト表をゴミ箱に捨てつつ、ため息を吐いた。
「で、双葉。話は戻るんだけどこれって本当に部活の集まり?」
「残念ながら、そこの一年生は部員なんだよ。桜島先輩は……その付き添い?」
部長には麻衣さんの事情を何も話していないし、私と麻衣さんにどんな接点があるとか何も分かっていない。部長も面倒と考えて突っ込んでこなかったし、私もそう思って説明しなかったからだ。
「部員って、僕は一回も会ったことないぞ?」
「梓川の方がここに来ること多いからね」
「それは部員なのか?」
首を傾げている先輩だけど、私は堂々と胸を張ってドヤ顔。部長のジト目も、麻衣さんの呆れたような目も、私の強靭なメンタルでスルーする。
「まあ、最近来れてなかったけど僕もこれからちょいちょい顔出すからよろしく」
「当たり前みたいに来ようとするな」
部長が嫌そうな顔で言うけれど、絶対、来なくなったら寂しがるんだから。最近来てなかったらしいし、内心嬉しいのかもしれない。クール系ツンデレってこの上ない魅力を感じるよねっ!
「中々会えないかもしれませんが、よろしくお願いします。一年一組の枯木紅葉です」
「当たり前みたいにサボろうとするな」
精一杯の笑顔(気持ちは)で自己紹介をしたのに、隣から鋭いツッコミが入る。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。僕は梓川咲太、梓川サービスエリアの『梓川』に、花咲く太郎の『咲太』で梓川咲太」
前にかえちゃんの記憶を探ろうと、質問を重ねている時にサービスエリアっぽい名字だった気がするって言ってたから私も何となく麻衣さんにそんな感じで自己紹介したけれど、サービスエリアに例えるのは流行りなのだろうか。
「二人って知り合いなの?」
既視感があったのか、麻衣さんが怪訝そうな顔で訊ねてくるけどそれは中々答えるのが微妙な質問だ。
「何度か図書館で見かけたことはありますよ。本なんか絶対読まなそうなのに」
「いちいち失礼だな。妹に頼まれて良く本を借りにいくんだ」
知り合いをどの程度まで定義するかによるが、名前も知らないけど何となく見たことある人、を知り合いとは定義しないだろう。ただ私の場合、先輩が図書館にいると何故か目で追ってしまっていて、部長からも話を聞いていたからか、不思議と初対面な気がしない。どこか懐かしくて安心するようなそんな気さえするのだ。なんだろう、先輩のこの眠たげな雰囲気がゆるキャラ的可愛さを生み出しているのだろうか?
謎ではあるが今は先輩の妹に興味がある。この先輩の妹とか想像できない。
「妹さんとは気が合いそうですね!可愛いですか?」
「可愛いぞ」
「紹介してください」
キリッとした顔を意識して言ってみる。別に他意はない。可愛いと聞いたからと言って態度を変えたりはしていない。
「妹は人見知りだから」
真面目な顔で返された。えっ、そんなに私って妹に紹介したくないような人間ですか?いつもヘラヘラしていそうな先輩が真面目な顔で返すくらいですか?
おかしい。ぱーふぇくとJKの紅葉さんがそんな扱いをされるはずがないのに。
「そういえば二人って共通点多いよね」
部長が新たに注いだコーヒーをかき混ぜながら何気なく言う。そのコーヒー、先輩に出すために作ってたわけじゃないんですね!
「共通点?そんなものあるか?」
今回ばかりは先輩に同意だ。こんなにも可愛くて頭が良くて、友達もいっぱい(予定)な私に先輩との共通点なんてあるわけないのだ。
「二人とも携帯持ってないでしょ」
そういえば、部長が先輩に携帯を持っていないから連絡できなかったって言ってた。自分のことを棚に上げてこんなことを言うのも何なのだけど、不便じゃないのかな?ちなみに私は全く不便じゃない。
「ゴルフクラブで粉砕しました」
「僕は海にぶん投げた」
「共通点二つ目だね、二人ともまともじゃない」
携帯って何だかずっと監視されているような気がして嫌いなのだ。常に情報と繋がっていて、SNSで当たり前みたいに自分以外の誰かを覗けてしまう、それを便利ではなく窮屈だと思ってしまうのだ。
「携帯持ってないくらいで共通点なんて部長、随分ロマンチストじゃないですか」
私へのツンが強すぎるので、部長を煽ってしまったのだけど、部長が煽られたりすると不機嫌になるのだということをもっときちんと考えるべきだったのだ。
私の煽りにムッとした顔になった部長が、その起伏の激しい胸部とは正反対の、相変わらずの平坦な口調で言う。
「初恋の人で進学先決めたとことか」
爆弾である。先輩の初恋の人とか一欠片も興味ないけど、部長のその発言に麻衣さんの片眉がぴくりと動いたのが分かった。心なしかその美しい瞳からも輝きが失われた気もする。
「それは是非詳しく聞きたいわね」
麻衣さんが足を組みながら椅子に座る。さっきまで帰ろうとしてたのに、腰を落ち着けちゃったよ!
「別に初恋の人で進学先決めたりしてませんよっ」
慌てふためきながらも、この状況を脱しようと奮闘する私に、部長は容赦なく追撃を放った。
「桜島先輩が初恋の人に似てたって言ってなかったっけ?」
ドンガラガッシャン!と私は漫画みたいな音をたてながら麻衣さんへと突っ込み、誤魔化すようにその手を取って何食わぬ顔で部屋を出ていこうとする。
「さあさあ麻衣さん、どうやら部活もないようですし、帰りましょうか!いやー、今日はどんなものをつくりましょうかーっ!ハンバーグとかいいですねっ!」
「ハンバーグは賛成だけれど、私は紅葉の話に興味があるわ」
嗜虐的なニヤニヤとした笑みを浮かべながら、足を組み直した麻衣さん。私に興味を持ってくれるのは嬉しいけど、そこじゃない!そこはスルーして欲しいところ!誤魔化そうとしたけど、全然無理だったね!
「紅葉が言いたくないこと無理矢理聞き出すなんて、私しないわよって言ってたじゃないですか!」
「今はそういう気分じゃないの」
「斬新な覆し!」
私が麻衣さんに勝てるわけもなく、ことごとく逃げ道を塞がれていく。もはやこれまでか……。
「……もう、冗談よ。無理矢理聞き出したりしない」
涙目でプルプルしてたら麻衣さんが顔を背けながら言った。なんだかんだ結局優しい麻衣さん、本当にずるい。理不尽なのに全部許しちゃう!
「なあ、あの二人ってどういう……」
「面倒くさそうだから訊いてない」
イチャイチャする私と麻衣さんを尻目に、先輩と部長がどういう会話をしていたのか、私は気にすることもなく、麻衣さんに甘えることにした。