妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
デート当日の朝。
むぅ、っと頬を膨らませて腕を組み、私を睨む麻衣さん。
「……あの、着ろと言われたから着たのに、なんで私は睨まれているんでしょうか?」
「私より似合うのが気に入らない」
「んー、私は麻衣さんのが可愛いと思いますけど」
鏡に映る自分の姿をじっと見詰めてみる。
柄もないシンプルな七分丈のワンピースは、腰に巻き付けたようにデザインされたリボンを境に色が分断されており、上はブラックで、下のフレアスカート部分はベビーピンク。ふわふわ柔らかいベビーピンクと、キリッと鋭いブラックの相対的な組み合わせは麻衣さん曰く、着こなすのが難しいらしいのだけど、自分が着こなせているのかどうかはさっぱり分からない。違和感や滑稽さはないと思うし、麻衣さんが似合う、と言うのなら似合っているのだろう。
「今日はこれで決まりね」
麻衣さんはそう言って、辺りに広げられた衣服類を片付け始めた。私はブランドとかあまり詳しくはないけど、そんな私でも分かるようなハイブランドの服も交じっている。
これらは全て麻衣さんが「あげる」と言いながら持ってきたものだ。麻衣さんは女優らしく大量の衣服を持っている様なのだけど着ていないものも多いらしい。麻衣さんが一度でも着たと思うと私が着てしまって良いのかともったいない気持ちになるが、麻衣さんからのプレゼントだと思うと嬉しくて仕方がない。
「後はメイクね。髪も少しアレンジしましょうか」
私とデートするっていうならそれ相応にはおしゃれしてもらわないとね、と麻衣さんに言われ、着せ替え人形になっていたわけだけど、それだけでは終わらない様だ。
麻衣さんは嬉々として私を着飾ろうと化粧品を用意している。私の部屋にそんなものはないので、自分の部屋から持ってきたんだろうけど種類がえぐい。形状から口紅とマニキュアくらいは分かるけど、後は何に使うのかも今一分からない。
「紅葉ってメイクしたことないの?」
この家には化粧台がないため、洗面所に椅子を持っていき、即席で作ったメイクスペース(おしゃれ感)で、化粧品を並べながら麻衣さんが言う。
「最近は全くしてませんけど、子供の頃なら。家の関係でパーティーに出席する時とかさせられてましたよ」
気がついてしまったのだけど、私ってもしかして退化してる?女子力をどんどん失っていってるのだろうか。
「パーティー?」
「ああ、私の父が医者だとは前に言ったと思うんですけど、私の家系ってちょっと特殊で、しょっちゅうなにそれパーティーだ、とか言って連れ回されてたんですよ」
全く戻りたくはないが、あの頃の私は輝いていた。子供には不相応な宝石があしらわれたアクセサリーなんかもつけたりして、二時間三時間も着替えやらメイクやらさせられたのを覚えている。もしや、その時の反動でこんなになってしまったんだろうか。苦行でしかなかったからね、あの時間。
大人の都合で押し固められた輝きなんて私はいらない。ただ自由に、楽しくいたいのだ。
麻衣さんも大人の中に放られた子供だったのだから、状況は異なっても私の気持ちは分かるのかもしれない。大人のふりをしなくてはならなくて、何となく目の前に一つだけ選択肢があってそれを選択しないと先に進めない、そんな感覚。
子供って心理的視野が狭いから提示された選択肢しかないのだと思ってしまう。
世界って奴がどれだけ広くて、自由で、素晴らしくて、人生一回分じゃ到底楽しみ切れないくらいに幸せなことがあるのだと、知ってしまえば無限の選択肢が広がっているというのに。
私がワガママを言える子供であれたのなら、こうして一人で住んだりはしていなかったかもしれない。まあ、正確にはかえちゃんと二人、なんだけど。
「ふーん」
凄く興味あるけど、私が昔のことを話したくないのだろうと思ったのか興味ない振りをしてくれている麻衣さんのふーんが可愛い過ぎてやばい。
麻衣さんも昔のこととかあまり話したがらないし、聞けないんだろうな。
昔のことは好きではないけれど、麻衣さんになら話してもかまわない。ただまあ、積極的に話したいことではないので、麻衣さんの考えも間違いではない。
「肌艶が凄く良いけど、きちんとケアしてるの?」
話題を変えることにしたのか、麻衣さんがぺたぺたと私の頬を触りながら言う。少しひんやりしたすべすべの手のひらで触られるとなんだかぞくぞくする。
「かえちゃんに怒られてからは適当に。後は私が寝ている間にかえちゃんが色々やっているみたいなのでかえちゃんに聞いてもらった方が良いかもです」
私一人だったら絶対やっていなかったけど、かえちゃんがそこんところはちょっと厳しいのです。基本的に私の行動には一切文句を言ったりはしないのに、その辺のケアをおざなりにすると何故かバレて日記帳で滅茶苦茶怒られる。
だから最近はもう習慣化していて、ただ洗顔するだけでなく、化粧水やら美容液やら乳液やら、と色々やっている……かえちゃんが。
うん、最初は私も頑張ろうとしたんだけどね、いやさ、続かないよね。めんどいよね。そりゃ肌は綺麗な方が良いけど散々夜更かししてるのに、何今更肌に気を使ってんの?って思い始めてだんだんおざなりになっていき、それを危険視したかえちゃんが、じゃあもう私がやる!ってことでその辺はかえちゃんの担当になったのだ。
洗濯物を畳んだり、食洗機の食器を戻したり、部屋やお風呂の掃除しといてくれたり、忘れていたアニメの録画をしてくれていたり、実は私の寝ている間にかえちゃんはしっかり仕事をこなしてくれているのだ。もう私はかえちゃん無しでは生きていけない体になってしまったのさ……。
「ねえ、花楓くれない?」
私がかえちゃんの働き者っぷりを話すと、麻衣さんが羨ましそうに、真剣な顔で言った。
「いくら麻衣さんでもかえちゃんは駄目ですよ!かえちゃんは私の親友、一心同体の相棒なんですからね!」
私が間髪入れずに言い返すと麻衣さんは「ごめんごめん、取ったりしない」と謝りながら私の頭をぽんぽんする。べ、別に、麻衣さんとかえちゃんは夜通しおしゃべりするくらいには仲を深めているらしいから、もしかして本当にかえちゃん取られちゃうかもしれない、なんて悪い妄想によって涙目になったりしていない。かえちゃんは私の親友なんだい!誰にもあげないんだい!
無意識にぷくぷくに膨れていたらしい私の頬をぎゅーっと押しながら、麻衣さんは優しく笑うと、私の耳元に口を寄せる。
「――じゃあ、紅葉をもらっちゃおうかしら」
ガタンッガタッと椅子から転げ落ちんばかりに立ち上がりつつ、慌ててその場を離れた私の動きは正に神速だったと思う。耳元が熱を帯びていて、その熱は顔全体に広がっていく。
「な、ななななんですぅ!?」
動揺のあまり噛み噛みになってしまったけど仕方ないよね。誰だって国民的美少女にあんなこと耳元で言われたらこうなる。
麻衣さんはそんな私を蠱惑的な表情で見つめながらくすりと笑った。
「ほら、メイクするから座りなさい」
「えっ、えっ」
何事もなかったかのように座るよう促され、力無く座る私。えっ、幻聴だったのかな?
首を傾げるようにしていた頭をぐいっと正面を向くように直され、有無を言わさずに化粧が始まった。この肌をくすぐるような感覚は久々で、むずむずしてしまい、麻衣さんに何度も怒られた。そうしてなんとかじっと耐えること15分程、麻衣さん曰くあまり手は加えていないナチュラルメイクらしいけど詳しくないので分からない。
「……紅葉って本当に勿体ないわよね」
メイクが完成したらしい私を見た麻衣さんの第一声がそれであった。それってどういう感想!?
「断言するけど、紅葉はじっとして、口を閉じてれば今すぐにでもモデルになれるわよ」
「人格全否定じゃないですか!?えっ、私って容姿しか取り柄ないんですか!?」
「私は全部好きだけどね」
「はわっ!?」
なに!?本当に何なの、今日の麻衣さん!?すまし顔でさっきから凄いこと言ってるよね!?私はどういう反応をすればいいの!?
「はい、じゃあ髪結ぶから動かない」
動揺する私を置き去りに櫛やらドライヤーやらを用意する麻衣さん。私、付いていけないよ!心臓が爆発しそうだよ!
鏡に映る私は相変わらずの無表情なのだけども、赤らんだ耳のせいか、少し恥ずかしげに見えた。
内心もっとヤバイけどね!
えっ、まだ始まってすらいないけど、私今日のデートを無事終えられるんでしょうか……。
麻衣 ガンガンいこうぜ
紅葉 ただのしかばねのようだ