妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
耳の下辺りで結ばれたツインテールは私には可愛らし過ぎる気がしてどうも落ち着かない。自分で言うのも何なのだけど、経験上、私は無表情も相まって黙っていればクールな印象を与えるため、普段クールな奴の私服がめちゃくちゃパリピファッションで面食らう的な、そんな滑ってる感が否めない気がする。
麻衣さんが満足げに頷いているから、そんなことはないと思うのだけど。
「お待たせ」
デートと言うのなら待ち合わせをしたい!という私のワガママによって、マンションの前で集合することとなった。やっぱり、一度はやりたいシチュエーションだよね!
私がデートっぽい感じで来て下さい!とお願いしたからだろう。髪を耳にかけながら少し気恥ずかしげな様子で、けど少し弾んだような声。
正に、初デートに挑む、少しすました初な女の子の様で、麻衣さんの衰えていない演技力を感じる。
「ご満足頂けたかしら?」
相変わらず蠱惑的な笑みを浮かべながら、麻衣さんが私に問いかける。
白のノースリーブブラウスに、ゆったりした黒のロングスカート、モノトーンでシンプルながらそれこそが唯一の正解なのだと思ってしまう程に、桜島麻衣に装飾は不要だった。惜しげもなく晒された肩から指先までの曲線が艶かしく、対照的に足首までも隠すスカートがゆらゆらと揺れる。私同様にシンプルな、過度ではない自然なメイクだって本来彼女には必要ないのだろう。桜島麻衣は桜島麻衣であるだけで美少女で、100%の桜島麻衣なのだ。
この人とこれからデートするとか、世界中の人に自慢したい!私が独り占めしちゃうもんね!
「麻衣さん、好きです……」
思わず口から出た言葉がそれだった。こうしてデートするってなって、二人きりになってみると、なんかもう全部が好きだなって気持ちが溢れた。だれかと二人で出掛けるなんて覚えている限りないし、それが麻衣さんとだなんて、これはもう楽しいに決まっているし、一緒にいるだけで、話しているだけで、その空間が、時間が、宝物なのだ。
「にゅ……!?」
麻衣さんから未確認生物みたいな声が聞こえた気がしたけど、麻衣さんは私とは反対方向を向いているし、気のせいか……って、この一瞬で麻衣さんが消えた!?
「な、なんでもないわ」
やや赤らんだ顔で、私の死角になっていた物陰から出てきた。やたらと自分の服や髪を弄ってるけどコーディネートが納得いかなかったのだろうか。大丈夫です麻衣さん、世界一可愛いんで!
「う、うるさい」
褒めたのに怒られた。本心から世界一可愛いと思ったから言ったのにおちょくっていると思われたのだろうか。麻衣さんは、行くわよ!と乱暴気味に言ってさっさと行ってしまう。
私もかなり気分屋ではあるけれど、麻衣さんのそれはもっと酷いと思います。
私は慌てて麻衣さんの後を追って、その手を掴んだ。デートなんだから手は繋がないとね!
麻衣さんは振り払うこともなく、何も言わずに手をぎゅっと握り返した。
人と手を繋いで歩くなんて久し振り過ぎて気恥ずかしくて、でも少しひんやりした麻衣さんの手から伝わってくる人のぬくもりが、心地好くて、安心で、優しい。
親子が、恋人が、手を繋いで歩くのも。握手が全世界共通で通じ合えるのも。理屈じゃなくて、このぬくもりが全てなんじゃないだろうか。
それくらい、今私は幸せだ。
「麻衣さん、楽しいね」
「まだ何もしてないでしょ」
麻衣さんはぶっきらぼうにそう言ったけれど、少しだけ歩を緩めて私と並んだ。
弾むように進む足と、自然と揺れる繋がれた手。
なんだかどこまでも二人で歩いていける気がする。
私と麻衣さんは、心なしかゆっくりと、そのまま手を繋いで、駅の改札まで歩いた。
◆
散々お姉さん振ってきた桜島麻衣であったが、彼女もまたデートは初めてであった。
彼女が女優として活躍していた当時、そうしたシーンの撮影もあったが、それは当然ながらシナリオがあって、相手がどういう反応をして、自分がどういう反応をすれば良いのか分かり切っているものだ。況して、今回の相手は同性で、それもとびきり思考が読みづらい。突飛な発言・行動に、不動の無表情。麻衣は、ほんの些細な変化から紅葉の表情を察することが出来るようになりつつあったが、デート中にそれを完璧にこなせるとは思えない。
麻衣はデートを女優業に置き換えて考えてみる。
どれだけ役者が優れていても、脚本がつまらなければ。
どれだけ脚本が優れていても、役者が表現出来なければ。
どれだけ役者・台本が優れていても、演出が合わなければ。
それは作品としてのクオリティを著しく落とし、駄作となる。
つまり大切なのは総合力、デートも同じだ。
役者・脚本・演出、全てが揃って作品が完成するように、デートもまた、着飾り、プランを練って、それを完璧に遂行すること、全てが揃って完成されるわけだ。
麻衣はまず、紅葉を着飾ることから始めた。自分だけが着飾っても、意味はない。デートは総合力なのだから。
紅葉を着飾りつつ、かなり攻めた言葉を投げ掛ければ、紅葉は大袈裟に反応して麻衣を大いに満足させた。ただ、紅葉が涙目になるくらい手放したくない花楓に少しだけ嫉妬した。いや、とても嫉妬した。麻衣は花楓を目下一番のライバルとして見定め、密かにライバル視していた。
しかし、桜島麻衣はそのライバルにも必要なら助力を乞う。
デートのプランを決めるため、デート前日の夜、麻衣は花楓から紅葉の情報を聞き出していた。
「紅葉は食べるのがとても好きなので美味しいものを食べられれば満足だと思います。服もアクセサリーも興味ないのでお出かけするとなると、そこを一番の楽しみにしているんじゃないかと」
花楓は紅葉が作ったハンバーグを心底美味しそうに頬張りながら、紅葉と出掛けるのに、どんな場所が良いか、という麻衣からの質問に、少し考える素振りを見せながらそう答えた。
確かに麻衣も紅葉の食への拘りは頗る感じていた。料理の腕は一級品で、手間を惜しまず拘り抜く。普通、女子高生が毎日、釜でお米を炊いたりはしないだろう。台所を見るに調味料の数も多く、塩や胡椒などは何種類も置いてある上に、お米やパスタも数種類買い溜めしていることから並大抵の拘りではないことは簡単に分かる。
麻衣も料理の腕には自信があったが、紅葉が相手となると堂々と胸を張ることは難しい。
そんな紅葉が相手なら、デートプランとして食への比重を大きくすることは有効に思える。
麻衣は食べ歩きの出来る有名店や、特に美味しそうなお店をピックアップしデートプランを構築していく。そうして麻衣がガイドブックやパソコンを睨みながら作業をしていると、作業中の麻衣と雑談をしていた花楓は、明日お出掛けするなら私は早めに寝ますね、と一時間程しか起きていなかったが、眠りについた。
麻衣は少し申し訳なくなったが、お土産を沢山買ってあげようと考えつつ、紅葉が嬉々として色々選びそうだと、その光景を思い浮かべて、また少し嫉妬した。自分にこんなにも独占欲があったのかと新しい一面に気が付きながらも、それさえも紅葉が与えてくれた一歩踏み出した自分、である気がして嬉しかった。
さて、デートのプランは完璧、麻衣も紅葉も最大限に着飾った。後は遂行するだけだ。
「お待たせ」
デートと言うのなら待ち合わせをしたい!デートっぽい感じで来て下さい!という紅葉のワガママにも応える。演技するまでもなく、麻衣がやや弾んだ声でそう言えば紅葉は満足げな雰囲気だ。
「ご満足頂けたかしら?」
からかうようにそう言った時、麻衣には選び抜いた服、完成されたプラン、シミュレーションした確かな実行力、全てが兼ね備えられていて余裕があったのだ。なのに、それは簡単に崩された。
「麻衣さん、好きです……」
着飾った紅葉はいつも以上に可愛い。紅葉は可愛いよりも綺麗と称されるような端正な顔立ちで、表情の変化が乏しいことからクールな印象を与えがちだが、メイクによって色づいた頬や、柔らかくなった表情は、歳相応の幼さと女性的な色気との丁度中間のような危ういバランスを保っており、そこにおさげというには高く、ツインテールというには低い、そんな絶妙な高さで括られた二つ結びの髪型が加わることで、庇護欲をそそらせる儚げな印象へと変わる。
メイクしたのは麻衣であるため、これは完全に麻衣の好みが反映されていて、思わず攻めた発言をしてしまうくらいには可愛くて、そんな紅葉がこれまた自分好みの服で着飾って、下から見上げるように、好きです、なんて言われてしまった麻衣の頭は当然のように真っ白になって、きゅーっと急激に心臓が縮まったような感覚があって。
「にゅ……!?」
そんなどこから出たのかも分からない情けなさ過ぎる声を発してしまい、麻衣は咄嗟に物陰へと隠れた。
不意打ちで、反則的可愛さの攻撃を受け、麻衣の頭の中は可愛いコールと、もう持ち帰っちゃえよ、という悪魔の囁きとでいっぱいだ。
数多の現場で活躍してきた女優としてのメンタルコントロールを以てしても、これをすぐに平常心へと移行することは出来ない。
「な、なんでもないわ」
精一杯取り繕えるだけ取り繕って、キョロキョロ麻衣を探していた紅葉の前に姿を現せば、今度は世界一可愛いなどとド直球の褒め言葉をぶつけられ、うるさい、と不機嫌な言葉をぶつけ返して、行くわよ!なんて口悪く言って。そのまま勢いで紅葉を置いて歩き出してしまう。
こんなの予定に無かった。これからどこへいくだとか、何を食べたいだとか、そんな話をしながら隣り合って歩くはずだったのに。そういうプランだったのに。演技ならアドリブにだって対応できるのに。
――好きです、なんてそんな一言で全部崩された。
そう、これは全部紅葉が悪いのだ。あんなのズルいし、聞いていない。私のプランと全然違う!心を落ち着けるためか、そんな八つ当たり気味な思考にシフトしようとしていた、そんな時、不意に左手が握られた。紅葉の手だった。
紅葉は嬉しそうで、無表情でもそれが手から伝わってきて。麻衣はただぎゅっと握り返した。この手をずっと離したくないと思ったから。
「麻衣さん、楽しいね」
「まだ何もしてないでしょ」
語りかけてくる紅葉に、意識してぶっきらぼうに返しつつ、丁度隣になるように歩を緩める。
これからどこへいくだとか、何を食べたいだとか、そんなことは一切話さなかったけれど、駅までの道のりは麻衣のそんなプランよりずっと素敵なもので。
――この手が繋がれているのなら、自分はきっとどこにも消えたりしないだろう。
今の時間を長く続けたい気持ちと、これからのデートが楽しみな気持ちで、少しゆっくり、でも弾むように。
麻衣は繋がれた手から伝わるものを少しでも逃さぬようにと、さらにぎゅっと握って、歩を進めた。