妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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シリアス入ります(唐突)


15話 デートと決意とカレーライスと

鎌倉大仏として有名な高徳院の本尊、正式名称、国宝銅造阿弥陀如来坐像。像高約11.3m、重量約121tの巨大なもので、その造立が開始されたのは1252年。

 

無料配布していたパンフレットに書かれた文字を読み流しながら、そんな大昔に、よくぞまあこんな大きなものを作れたものだと感心する。

こういう時、自分に驚愕するのだが、この鎌倉大仏を見ての感想が、でかいな、強そうだな、眠そうだな、変形しないかな、と小学生並みのものしかないのだ。芸術的センスが無さ過ぎるのかもしれない。

 

「麻衣さん、お腹すいたー」

 

「まだ来て五分も経ってないわよ?」

 

呆れたように麻衣さんに言われたものの、私はもう我慢できない。ここに来るまでに色んなお店の前を通ってきたのに全スルー。美味しそうなものが沢山あったのに、ふらふらそこへ向かう私を麻衣さんは強引に引っ張りここまで連れてきたのだ。ピーク時間を避けて大仏に行きたかったらしいのだけど、私のお腹こそピークである。

 

「まあ、私もそこまで興味あるわけじゃないし別に良いんだけど」

 

「わーい!早く行きましょうよ!私、アイス食べたい!」

 

「お腹すいた人が最初に食べるものじゃないわね」

 

今日は少し暖かくて、ぽかぽかな絶好のアイス日和なのだ。食前デザートとしゃれ込むには丁度良いと思うんです。

私達は鎌倉の有名観光スポットである小町通りへと移動し、散策を開始する。

 

「ここに決ーめた!」

 

お店の前には大きなソフトクリームの置物。

あの独特の形を見かけるとどうしても手が伸びてしまうのがソフトクリーム。観光地なんかではそこ限定のフレーバーが用意されているのが定番なのだけど、どうやら鎌倉ではしらすがのっているものがあるようだ。私は勿論、それをスルーして、はちみつソフトクリームを買うことに決めた。チャレンジ精神も大切だとは思うのだけど、今日はデート中であるし、見逃して欲しい。それにはちみつとソフトクリームというのも案外珍しくはあるし、初体験だ。

 

私がアイスを買うべく、財布を取り出すと、そっと麻衣さんの手が添えられた。

 

「今日は私が出すから」

 

そう言いながら麻衣さんは、一部にゴールドトーンのメタルでウサギのシルエットが装飾された、可愛らしい桃色の小さな財布を取り出す。

 

「ご飯ご馳走になってるし、私にもこれくらいはさせて」

 

私が止めるまでもなく、麻衣さんは店員さんにアイスを二つ注文する。注文するのだが……。

 

「……ねえ、紅葉。これでアイス二つ買ってきて」

 

赤面しながら千円札をちょこんと渡してくる麻衣さんは、これまでにないくらい恥ずかしそうで、この私がからかうのを躊躇う程。

麻衣さんは格好良く、颯爽と、アイスを買いに行ったのだけど、思春期症候群の影響で店員さんに認識して貰えなかったのである。注文を無視されて、はっと気がついたように赤面し、こそこそ戻ってくる麻衣さんは、なんだかいつもの大人な雰囲気とは違う、愛でたくなる愛らしさだった。

 

「今日は絶対私が出すから」

 

アイスを持って麻衣さんの元へ戻ると、麻衣さんはそう強く宣言した。どうやらアイスを買ってこれなかったことが余程悔しかったらしい。もう強情なモードに入ってしまった様なので、私がいくら説得しても頑なに「私が出す」と譲らないはずだ。ウサギの財布を仕舞わずにぎゅっと持っていることからもその力強さが窺える。

 

麻衣さんが普通の高校生なら私も頑なに遠慮するところなのだけど、麻衣さんはその辺のサラリーマンがあくせく働いて稼ぐ生涯年収の数倍は優に稼いでいるだろう。芸能界に疎い私でも桜島麻衣を知っていたくらいにはドラマや映画に引っ張りだこだったのだから、当然とも言える。

麻衣さんは私が住む高級マンションを自腹で買ったらしいから、その稼ぎの何割かはしっかり貰えている様だし。

麻衣さんのプライドとか意地とか、そういうものを守るためにも、ここは素直に奢られておくことにしよう。

 

「私、物凄く食べますけど?」

 

「私、桜島麻衣よ?」

 

麻衣さんはそう言いながら、財布を抱えてどや顔した。うん、それは百も承知で、麻衣さんの懐事情も潤沢なのは分かっていて、相変わらずどや顔も可愛いのだけれど。

 

「さあ、これで好きなものを買いなさい」

 

そう言って一万円を差し出す麻衣さん。自分では買えないからね!そりゃ買うのは私なんだろうけどさ!罪悪感が半端じゃないよ!犯罪感がすごいよ!

 

私は多少面倒でも、何かを買うときにその都度お金を受け取ることにした。麻衣さんは不服そうな顔をしていたけれど、私の精神衛生上そこは納得してもらった。

 

なんだか凄く注目されている気がしたし、麻衣さんは認識されているものだと思っていたのだけど、私の気のせいだったらしい。麻衣さんが認識されていないなら、周囲の人には私しか見えてないんだから、注目されるわけもない。

 

さて、ちょこっと躓いたけれど、まだまだデートは始まったばかり。

 

麻衣さんと一緒に沢山食べるぞー!

 

 

 

 

「美味しかったー!」

 

鎌倉というより江ノ島の名物らしいのだけど、生しらすをふんだんに使った海鮮丼は、正に宝石箱のような美味だった。しらすのかき揚げも食べたのだけど、サクサクのかき揚げに釜揚げしらすがたっぷりかけられたそれは丼にしても絶対美味しいんだろうなという濃いめの味付けで、実に私好み。

 

「ここに来る途中にも色々食べてたのに、良くあんなに食べられるわね」

 

麻衣さんは小さめの丼で出てくるミニ生しらす丼しか食べていないがやや苦しそう。

卵焼きや、揚げまんじゅん、メンチカツ、コロッケ、せんべい、串焼き、目に入ったものが全部美味しそうだったのが悪い。私に付き合って食べていたせいで、相当満腹のようだ。かき揚げまで頼んで食べていた私を驚愕の眼差しで見てたからね。

 

「明日の朝からしっかり走らないと」

 

「えー」

 

決意した様子の麻衣さんだけれど、私は断固として走らないぞ!どれだけ起こされても布団で粘ってやるのだ!

 

麻衣さんにバレぬように、そんな下らない決意をしつつ、二人で鶴岡八幡宮を散策する。これまた、赤いなとか、広いなとか、そんなことしか思わない。

 

「紅葉、もう飽きたんでしょ?」

 

麻衣さんがジトッとした目を向けてきたので私は口笛を吹いて誤魔化す。典型的な誤魔化し方として知られているけど、これに効果があるとは一切思っていない。

 

「私はこの柱の赤とか紅葉にぴったりだと思うけど」

 

朱色の柱にそっと手を置いて、麻衣さんが私を見る。私の名前から連想される色だから、そう感じるのも当然なのだろうけど、赤は私には派手過ぎる気がするのだ。

 

「じゃあ、自分では何色だと思うの?」

 

これは難しい質問だ。そんなことを考えたこともない。特に好きな色があるわけでもなく、強いて言うのなら黄色。黄色のものがあるとついつい買ってしまったりするけど、自分に黄色が似合うとは思わない。

 

「なんでしょう……何にも思い付かないということは、白とかですか?」

 

「いいわねそれ、私好みの色に染められそう」

 

麻衣さんは悪戯っぽく笑うと私の手を掴んだ。繋ぐと分かる、麻衣さんの微かな震えと緊張。

 

「少し付き合ってくれない?行かなくちゃいけない所があるの」

 

頷く私の手を引いて麻衣さんは歩き出した。鶴岡八幡宮から一直線に海岸まで延びる道を少しゆっくり歩く。何となく察していたけれど、目的もどこを目指しているのかも聞かなかった。ただ、他愛もない話をして歩を進める。コロッケは別の味も食べたかったとか、かき揚げが顔より大きかったとか、私が話してばかりだったから殆んど食べ物の話になってしまったけど、麻衣さんは楽しそうに笑う。繋いだ手はそのままだ。私からは離すことはないだろう。私の手で良ければどれだけでも使って欲しい。少しでも麻衣さんに勇気を、安心を、安らぎを、与えられるのならどれだけでも握っていよう。隣にいよう。

 

そのまま歩いて一時間程、辿り着いたのは由比ヶ浜。道沿いには駐車場があって、平日の午後でもそこそこの車が停まっている。

 

「ここで待ってて」

 

そう言われたけれど私は手を離さなかった。たぶん近くにいた方がいい。口にしてしまったら本当にそう(・・)なってしまう気がして、その(・・)可能性に気がついていても直接的には言わなかったこと。それ(・・)が現実に起きるかもしれないから。

 

握ったままの手を麻衣さんは無理矢理解こうとはしなかった。そのまま二人で浜辺を歩いていると、灰色のスーツに身を包んだえらく美人な女性が立っていた。長い黒髪と、どことなく勝ち気そうな瞳。一目で分かった。彼女が麻衣さんのかつてのマネージャーにして母親だ。

 

いよいよ麻衣さんは私の手を離した。母親の元へ行くまでに、一度だけ振り返った。私は何も言わずにただ麻衣さんを見詰めた。頑張れって、そんな気持ちが届くようにただじっと、想いを込めて。

 

麻衣さんは数分で帰って来た。結果はその短い時間が物語っている。

 

「麻衣さん、帰りましょうか」

 

――麻衣さんは母親にすら認識されなくなっていたのだ。

きっと桜島麻衣という娘がいたことすら覚えてなくて、何故この場に来たのかも覚えていない。これまでの状況から、桜島麻衣を認識できなくなった人間は桜島麻衣が存在したというあらゆる記憶が消え、それに関連する情報も認識できなくなる。

 

母親に忘れられることがどれだけ辛いことなのか私には分からない。母親のことを何も知らない私にはその痛みは共有できない。

 

――それでも。

 

温かくて美味しいご飯なら、私がいくらでも作るから。

悲しくて寂しいのなら、私がいくらでも慰めるから。

怖くて震えてしまうなら、私がいくらでも抱き締めるから。

 

だから、笑顔でいて欲しい。いつも幸せな気持ちでいて欲しい。

 

「晩御飯、何にします?」

 

麻衣さんは何も言わずに私の手を掴んでいる。

伝われば良いなって思う。隣に私がいるよって。世界中の誰が麻衣さんを忘れても、私は絶対忘れないから。

 

「……カレー。あんまり辛くないやつ」

 

麻衣さんはぼそりと呟くように言った。カレーは麻衣さんが初めて食べた私の手料理で、とても辛いのを我慢していたのが可愛らしくて、そんな思い出をきっと麻衣さんと共有できてる。麻衣さんも大切だと思ってくれている。

 

ならば私はしっかりと要望に応えて美味しいカレーを出すだけだ。

 

愛情と勇気と応援を込めて。少しの意地悪と悪戯心でちょっぴり辛めの味付けにして。

そうして、二人で食卓を囲めば、きっとまた明日は楽しい。

 

私達は夕暮れの中を、しっかりと手を繋いだまま歩き出した。波の音と無数の鳥の声だけの世界に、二人分の足跡を残しながら。




あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

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