妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

17 / 33
シリアス入ります(唐突)


17話 ロジカルウィッチは名探偵

「紅葉のせいで遅刻ギリギリじゃないの!」

 

「ランニングの代わりってことで!」

 

「私はきちんと走ってきたわよ!どこかのナマケモノと違って!」

 

昨日、あんなことがあったというのに本当に朝から走ろうとしている麻衣さんの暴挙を、私は断固として布団から出ないことで粘り勝ちして、気持ち良く二度寝出来たのは良かったのだけど、そのままぐっすりと眠り、何度も連打されているインターフォンで目覚めた時にはもう遅刻ギリギリの時間だったのである。そのため、あれだけ嫌がっていたのに結局走ることになってしまったのだ。私だけなら遅刻なんてどうということはないのだけど、麻衣さんにまで遅刻させるわけにはいかない。

 

ただ残念なことに、私は朝からランニングしようなんて思う麻衣さんとは違い、生粋の引きこもりっ娘。50メートル走のタイムはクラス内でも下から数えた方が早いし、マラソンやランニングが体育の授業であれば即刻バイバイするタイプ。先行する麻衣さんに付いていくのもツラい。しかし、今乗ろうとしている電車に乗れなかった場合、さらにギリギリとなり、学校の前の果てしなく長い坂道をダッシュすることになってしまう。それならば、今走った方がいくらか楽だ。

 

「ま、間に合った」

 

「麻衣さん、足がぷるぷるして止まらないんですけど」

 

「明日の朝から毎朝そうなるんじゃない?」

 

「麻衣さん、後生なんで止めませんか?」

 

今日で確信したけど、朝から走るとか超絶苦行だった。今日みたいに駄々捏ねてサボるのもそう何回も続かないだろうし、何とかして中止にせねばなるまい。

 

と、そこで私は思い付いてしまった。サボらずに、麻衣さんとランニングをこなしつつ、眠っていられる方法を!

そう、かえちゃんに代わって走ってもらうのである。そうすれば私は実質的に眠っていられるし、麻衣さんも満足!かえちゃんには大好物のプリンを手作りして献上すれば喜んで走ってくれるだろうし、私は眠っていられるしで完璧だ!

 

「最低ね」

 

「ストレートな悪口が一番ツラい!」

 

私が完璧なプランを麻衣さんに伝えると、麻衣さんは心底冷たい目で一言だけ言った。

刺さった。自分がクズなんじゃないかって思わされる。でも、そんなことはないはず!明らかにWin-Winの関係のはず!

 

「そういえば貴女達、そんなに自由に代わったりできるの?」

 

「無理ですよ。だからさっきのは冗談なんで!私、嫌なことをかえちゃんに押し付けたりしないんで!」

 

「……お肌のケアとか花楓ちゃんがやってるんじゃなかったかしら?」

 

「あ、あああれは、かえちゃんが自主的にやってくれていることでありまするなり!」

 

「いつの時代のどこの人の口調なのよ」

 

動揺のあまり口調がおかしくなってしまったけど、私がかえちゃんに押し付けたりしないのは本当だ。さっきのランニングを任せる話も妄想、ただの冗談で実行する気なんてサラサラない。そんなことしてかえちゃんに嫌われたらどうするのだ。私の唯一の親友なんだぞ!

かえちゃんは生粋のお家大好きっ娘、テレビと本があれば1日どころが1週間でも1ヶ月でも家から一歩も出なくても苦ではない我が家の守護神。朝からランニングに放り出したりしたら口を利いてもらえなくなる(かえちゃんとは直接話せないからこの場合比喩になるけど)。

 

「でも前に、花楓ちゃんが、休みの日には昼間に花楓ちゃんになることもあるって言っていたのだけど」

 

「入れ替わりのトリガーに時間帯は関係ないんですよ。私が熟睡すること、それがクリアされれば昼間でもかえちゃんは出てこられるんです」

 

ちなみに、これはかえちゃんの感覚によると、熟睡したら強制的にかえちゃんに代わるわけではなくて、一度かえちゃんの意識が目覚め、表に出るかどうか決められるようなのだ。

そしてかえちゃんが眠る時は数秒とかからずに眠りにつける、らしい。

昼間にかえちゃんを出してあげたい時は、単純に徹夜して昼間に熟睡すれば良いだけだ。

 

そんな、私とかえちゃんの仕組みを麻衣さんに説明していると、私達が通学に使っている江ノ電は、学校の最寄り駅に停まった。駅から学校まで実は少し歩く。なんでこんなところに学校を建てたんだと疑問に思ってしまう程の坂道もあって、目の前が海というロケーションの良さはあるものの、文句を言わずにはいられない。

朝練なのか坂道をダッシュしている陸上部やらサッカー部やらの姿を横目にして言うことではないかもしれないけど。

 

「そういえばこうやって紅葉と学校へ行くの初めてだったわね」

 

「色々ありましたけど、麻衣さんが腹ペコで座り込んでたの3日前ですから」

 

「腹ペコは余計」

 

麻衣さんと一緒に通学していると自覚すれば、この坂道も少しは頑張れる。手を繋ぎたいけれど、疎らながら周囲には登校中の生徒もいるし、我慢する。

 

――この時、私はもう既に気が付いていたのかもしれないけど、無意識に見ていないふりをしていたんだと思う。

 

「それじゃあ麻衣さん、私は部室で待っているので放課後迎えに来てくださいね」

 

「部室に行くのに部活はしないの?」

 

「テスト前なんで部活は今日からしばらく休みですよ」

 

「……部活がない時は部室に行くんだ」

 

 

私もそれは不思議に思う。

 

 

 

 

麻衣さんと別れて教室へ向かう途中、一年生のフロアが僅かにざわついていることに首を傾げていると、廊下の壁に寄りかかるようにして、白衣を纏った女子生徒が立っていた。この学校に白衣を着ている女子生徒、なんてラノベみたいなステキ女子は一人しかいない。我が科学部部長にして、校内随一の巨乳、メガネ、クールという属性過多にして絶賛初恋拗らせ中の双葉理央たんである。彼女は麻衣さんとは違う、悪い意味で有名な生徒だから、一年生達はざわついていたのだろう。

 

「……昨日の電話、こういう意味だったんだね」

 

唐突に、部長は言った。あまりに詳細を省いた言葉ではあったけど状況から察することは難しくない。

薄々気が付いていたのに、見ていないふりをしていたこと。

 

「――私以外、桜島先輩のこと忘れているかもしれない」

 

「……部長、昨日徹夜したでしょ?」

 

「なんでそう思うの?」

 

首を傾げる部長。でも、その理知的な瞳には既に私の答えを正確に予測しているのか、確認の意図が色濃い。

 

「麻衣さんのことを忘れてしまうタイミングは一択しかないから、ですね」

 

麻衣さんのことを忘れてしまうリセットのタイミング。それはまず間違いなく『睡眠』だ。人間は睡眠によって記憶を整理して、再構成する。その再構成時に、桜島麻衣というあらゆる情報が『いらないもの』として消去されてしまっているのではないだろうか。

 

『観測』が桜島麻衣を確定させるのならば、睡眠時は意識が途切れ、『観測』が出来ないのだから、眠っている人間にとっては桜島麻衣が存在しているのか、いないのか、他者の観測結果に委ねられることになる。そう、峰ヶ原高校の観測結果に。

これが麻衣さんの思春期症候群の仕組みなんじゃないだろうか。そして、この現象が遂に観測者にも現れた。世界の殆どの人間が桜島麻衣を忘れたことで、観測者が逆転した。いや、観測者が空気に流されているのだ。桜島麻衣なんていないのだという空気に。目の前に見えているのに、いないもののようにして、観測することをせず、そのまま忘れ去っていく。

 

「非科学的で信じたくはないけれど、やっぱり桜島先輩が忘れられているんだね」

 

「はい、それも学校だけじゃなくて、全国で」

 

私は部長に、麻衣さんに起きていることを話した。部長を巻き込みたくはなかったし、麻衣さんのことを不必要に広めることもしたくなかったのだけど、こうなってしまった以上、仕方がない。部長は口が固いし、そもそもまともに口を開ける相手が私以外には二人しかいない、ぼっち部(残りの部員は私と麻衣さん)の部長でもあるのだから問題はあるまい。

 

「私も紅葉の考えに間違いないと思う。桜島先輩という存在の確定に、この学校の生徒達による観測結果が用いられ、その結果は世界中に蔓延していく」

 

「その蔓延が観測者にも広がり始めた、ということですね」

 

例えば100人で同じ実験をしていたとして、自分以外の全員、99人が全く同じ結果になったなら、自分が何か間違ったのだろう、と思うのが普通だ。これはそういうことなのだ。観測者が自らの観測結果を他の大多数に呑まれて書き換えてしまっている。

 

「睡眠が忘却のキーっていうのも、賛成。実際私は寝てないし。まあ、探せば他にもいるんじゃない?あと一人くらい、私以外にも桜島先輩の記憶があって徹夜した人がいればとりあえず立証ということにできる」

 

「部長、どうやって探せば良いんですか?私、知らない人に自分から声かけるとか基本的に無理なんですけど」

 

「紅葉に友達がいないってことが先に立証されたね」

 

「それは立証されて欲しくなかったです!」

 

嫌なことが立証されてしまった!

そりゃ友達いないよ?部長とか麻衣さん以外殆んどみんな他人だし、クラスメイトですら接点ないし、私ぼっちだし!

買い物とかで、外でなら誰とでも話せるのだけど、これが学校という場になると途端に難しくなるのだ。一対一なら話せるけど、周りに他の生徒もいると何か駄目なんだよね。学校限定のコミュ障である。

 

 

 

 

 

 

「――それで、紅葉はなんで忘れていないわけ?」

 

唐突に、激しく主張するお胸様とは相反するように、平坦な口調で部長は言った。

 

「私は徹夜した人があと一人(・・・・)って言ったんだよ。紅葉がそうなら、探す必要なんてない。つまり紅葉は徹夜していない」

 

「引っかけましたね」

 

これは一本取られた。

桜島麻衣の記憶を持っている人間は昨夜寝ていない。それを立証するために後一人探すというのに、こうして麻衣さんのことを話している私がそれを探そうというのはおかしな話だ。私自身が徹夜をしているのなら、部長と私で既に二人、当てはまるのだから。

 

「少し話がおかしかったから」

 

部長は頗る頭が良い。

私が出会った高校生の中では随一だ。勉強ができるとか、論理的思考ができるとか、勿論それもあるのだけれどそういう誰もが身に付けられるようなものではなくて、汎用的な頭の良さとでも言うのだろうか、知性とでも言うべき卓越した頭脳を持っている。

 

そんな部長にあれだけ長いこと麻衣さんに起きた出来事を話していれば、私が何かを意図的に隠そうとしていることには気がついただろう。まさかここまで的確にそこを突いてくるとは思っていなかったから、私の油断し過ぎ、焦り過ぎ、侮り過ぎだ。

 

脱帽しよう。

私は双葉理央を見縊(みくび)っていた。

 

「どうなの?」

 

部長の口調は問い詰めるようではなく、いつものような平坦な口調でもなく、優しげな子供に接するような柔らかさで、だからきっと部長は答えをそれほど求めているわけではないのだと思った。ただ私には何も隠す必要などないのだと、味方なのだと、そう教えてくれている気がした。

 

本当に、うちの部長は不器用で優しくて、好きになってしまいそうだ。国見とかいう男は本当に見る目がない。こんな女の人に好きになってもらえるなんて、一生自慢できるレベルの、私だって経験したことのないくらいの贅沢だというのに。もし、私が会うことがあったら取り敢えず男の弱点を蹴りあげてやろうか。部長の魅力に気がつけない男にそんなものは必要ないからね。

 

さて、部長のお陰で大分心が楽になった。

予想はしていた、予測はしていた、対策もしていた。それでもいざこういう状況になると、やはり怖かった。もし、私の予想が外れていたら、私は今日の朝には、麻衣さんにおはようと言うことすら出来ず、あの愛らしい姿を見ることも出来ず、冷たくてすべすべの手を握ることも出来ず、ただ麻衣さんに絶望を叩きつけていたかもしれないのだから。

 

そんな、たらればの恐怖で強ばったままでは麻衣さんを慰めることもできなかっただろう。

部長に感謝だ。今度、労いの気持ちも込めて、尊敬すべき部長の肩でもおっぱいでも私の好きなだけ揉んであげようと思う。

 

すっかり解れた気持ちをさらに落ち着けるべく、一度しっかり深呼吸をして部長に向き直る。

 

部長に返す言葉は一言だけ。

 

 

「――私には親友が(・・・)いますから」

 

 

それを部長がどう受け取ったのかは分からない。

けど、私は部長にそれだけ言って、振り向くこともなく三年生の教室へ向かった。部長は何も言わなかったし、追いかけてもこなかった。

 

少し廊下を歩いていると、始業のチャイムが鳴る。

折角走ったのに結局遅刻だった。でも――

 

前から息を弾ませながら、青白い顔をした麻衣さんが走ってくる。涙を堪えて、怯えた、迷子のような表情。

 

――こっちは絶対遅刻できないな。

 

私は麻衣さんの瞳から涙が溢れる前に抱き締めるべく、貧弱な足で駆け出した。




紅葉の好感度

部長>>>越えられない壁>>>越えられない溝>>>別の銀河>>>国見

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。