妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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やりたかったことを詰め込みました(満足)



18話 妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない

「ふぐっ」

 

それは危うく倒れてしまいそうになるくらいの突進だった。私は体の中の空気を全部吐き出したような声をあげながら、兵器と化して突っ込んできた麻衣さんをなんとか受け止めた。

 

「どうしたんですか?もう寂しくなっちゃったんですか?」

 

「なってない」

 

この期に及んでまだ強がってるのどうしようもなく可愛いな。私と麻衣さんでは少しだけ麻衣さんの方が背が高いのだけれど、今は私の肩の辺りに収まっていて残念ながらそのお顔を見ることはできない。

 

「私のこと分かる?」

 

「桜島麻衣さん、寂しがり屋で食いしん坊」

 

「情報が間違ってる」

 

「更新しときます」

 

どれくらいそうしていただろうか。廊下には誰もいなかったし、1限目が終るチャイムは鳴らなかったから、1時間は経っていなかったと思うけど、決して短い時間ではなかったと思う。ただじっと抱き合って、お互いの心音を感じていると安心できた。言葉を交わさなくとも、同じ時を生きていると分かるから。

 

「皆、私のことが見えていないみたい」

 

「どうやらそうみたいです」

 

落ち着いた麻衣さんと私は、科学部の部室で向かい合って座っている。ここならそうそう生徒は来ないし、コーヒーでも飲みながらゆっくり話せる。

 

「紅葉は大丈夫なのね」

 

「愛の力って奴です」

 

勢いで言ったものの、滅茶苦茶恥ずかしい台詞だった。言われた麻衣さんですら顔を赤くしている。私は誤魔化すようにバタバタと立ち上がるとコーヒーを用意し始めた。麻衣さんには私のカップで飲んでもらって、私はビーカーで飲むことにする。私はここの部員で、このカップも私のなのに、なんで最近私はいつもビーカーでコーヒーを飲んでいるのだろうか。悲しい。

 

「まあ、本当のところはかえちゃんのおかげですね」

 

「花楓ちゃんの?」

 

首を傾げる麻衣さんに、コーヒーを差し出しつつ、私もビーカーに砂糖を入れて、席に座る。

 

「前に麻衣さんの身に起きている思春期症候群について話し合ったと思うんですけど、あれ以降も私なりに考え続けていたんですが……」

 

私は部長にしたとの同じような話を麻衣さんにも語った。私の考える麻衣さんの思春期症候群の仕組み、睡眠による忘却の可能性。それを踏まえて、私がどうやって忘却を逃れたのか、それこそ私の唯一の親友、かえちゃんのおかげなわけである。

 

「睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があるわけなんですが、かえちゃんが私になっている時、私の脳はレム睡眠状態の様なんです」

 

まあ普通の人はレム睡眠とかノンレム睡眠とか言われても、聞いたことがあるくらいで、あまり良く分からないだろう。

睡眠には周期があり、『ノンレム睡眠』と『レム睡眠』が交互に訪れている。眠り始めには、深い眠りに入っていき、『ノンレム睡眠』が訪れ、その『ノンレム睡眠』が何分か続き、やがて覚醒に近づいて『レム睡眠』に切り替わる。

その後、またしばらく経つと、深く眠る『ノンレム睡眠』にまた切り替わる。これを交互に繰り返しながら、『ノンレム睡眠』の眠りの深さは、朝に向かっていくにつれて浅くなっていき、覚醒するというのが睡眠の大まかな仕組みだ。

 

じゃあそれぞれの役割は?ということなのだけど、かなり端折って説明しましょう。

『ノンレム睡眠』は大脳と体の両方を休息させる睡眠で、一日中活動し続けた脳の休息だ。

一方で『レム睡眠』は、体は休んでいるけど脳は動いている状態なのだ。この時、脳は情報整理、つまりは記憶の整理(・・・・・)を行っている。

 

この記憶の整理時、睡眠によって意識が途切れ、『観測』が出来ないから眠っている人間にとっては、桜島麻衣が存在しているのか、いないのか、他者の観測結果に委ねられることになり、桜島麻衣の記憶がないものとして整理されてしまう、というのが私の推測なわけだけど。

 

「私がレム睡眠をしている時、かえちゃんが表に出てくれているので、私は他者の観測結果ではなく、かえちゃんの観測結果によって記憶が整理されているみたいなんです」

 

つまり、私は記憶が整理される瞬間、かえちゃんによって他者の観測結果に委ねることなく、桜島麻衣を観測し続けているのだ。

 

「でも、紅葉も花楓も二人ともが完全に眠っているタイミングだってあるわよね?」

 

「その時、私の脳は常にノンレム睡眠なんですよ。人や環境によって差はありますが、レム睡眠とノンレム睡眠は凡そ90分のサイクルで切り替わるんですけど、私にはそれがありません。かえちゃんが出ている時がレム睡眠、それ以外がノンレム睡眠です」

 

「そ、それって体は大丈夫なの?」

 

不安そうな顔で訊ねる麻衣さんだけど、その辺は心配ご無用。

 

「病院できちんと検査しましたけど特に異常はなかったです。ちなみにかえちゃんがレム睡眠時に現れているっていうのも病院の検査で分かったことですよ」

 

今こうして私がピンピンしているのが異常なしの証でもある。かえちゃんが来てから私の体調が悪くなったりしたこともないし、問題なし(ノープロブレム)だ。

 

「思春期症候群パワーって奴ですかね?髪の色が一瞬で変わるくらいですから、睡眠のサイクルが変わっても問題ないようにどうにかなっているんじゃないでしょうか」

 

人間の体は、脳の休息と情報整理が終われば、自然と目覚めるようにできているらしいから、休息と情報整理、この2つが出来ればサイクルは狂っても問題ないのかもしれないし、本来は問題が起きるのだとしても思春期症候群による力でどうにかなっているのかもしれない。医学的に答えを求めることがそもそも間違いなのだ。髪が一瞬で染まる原理とか、かえちゃんの記憶がどこに保存されているのかとか、考えても答えなんて出ないことしかないのだ。そういうものだと受け入れるのが正しい。

 

「一番の懸念事項は私とかえちゃんが記憶を共有していない、ということでした。共有していないのに、かえちゃんの観測結果が私に反映されるのか、それが心配でした」

 

そもそも私の推測が間違っている、という可能性もあったし、かえちゃんには思春期症候群の影響はないという可能性もあったし、懸念事項なんて言ったら切りがないくらいあった。それでも、人間一生起きていることなんて出来ないし、いつ忘却が起きるのか分からない中でそれをするほど私は無謀ではない。

実際は学校内での忘却が起こる前に、麻衣さんの思春期症候群を解決するのが一番確実だったのだけど、そう上手くはいかないもので、結局賭けになってしまったわけだ。

 

でも、不思議と自信があったのだ。私は麻衣さんを忘れないぞ!っていう根拠のない自信が。

 

 

「かえちゃんは私の夢なんです」

 

かえちゃんが出ている間、レム睡眠になるのではなく、レム睡眠だから、かえちゃんが表に出られるのだ、と考えれば自然とそこへ行き着いた。

 

人間はレム睡眠時に夢を見るように出来ているし、何より、私はかえちゃんがきてから一度も夢を見ていないのだから。

 

「夢の中の友達を親友って言ってるくらいの妄想女ですよ?麻衣さんが空気みたいになっても忘れるわけないじゃないですか」

 

確かにそこにいるのに、誰からも認識されない、そんな空気みたいな存在になろうとしている麻衣さん。

 

けどね、私の唯一の親友は、空気のように曖昧で、触れることも会うことも出来ない夢だけれど、私にとっては何より確かで大切だ。

 

空想?想像?妄想?何と言われようと構わない。

 

妄想女でもメンヘラ女でも――妄想メンヘラ女と言われても、私はその妄想にすがる。

 

(妄想メンヘラ女)はバニーガール先輩の夢を見ない。

私が見るのは、今ここにいる麻衣さん(バニーガール先輩)。世界中の誰もが、桜島麻衣なんていないのだと、そんなの妄想だと言っても、私にとってはその妄想が現実なのだ。

 

「もう一回言います。世界中の誰が麻衣さんを忘れても、私は絶対麻衣さんを忘れません」

 

麻衣さんの目をじっと見詰めて言う。この人は強がりで頑固だから、あれだけ抱き合ってても弱音を言わないんだ。泣き顔も見せないんだ。

でも私は知っている。麻衣さんが我慢してるって。私に頼っちゃいけないって、そんな下らないことで強がってるって。

だからそんなのぶっ壊す。我慢なんてさせない。カッコつけたりさせてあげない。

 

「――麻衣さん、私が見てますから」

 

それはいつか麻衣さんに言ったことだ。私が誓ったことだ。その言葉は確かに麻衣さんに届いて、私を見詰める麻衣さんの目が潤んで、そして、飛び上がるようにして、私に抱き付いた。

 

「……怖かった」

 

「はい」

 

「紅葉も私を忘れているんじゃないかって思って」

 

「忘れません。図書館をバニーガールが徘徊してるなんて光景忘れられませんよ」

 

「それは忘れて良いやつ」

 

座っている私に抱き付いたものだから、麻衣さんの顔は私の胸辺りにあって、私は麻衣さんの頭を抱きすくめる様にして、撫でていた。

 

「私、このまま消えちゃうかな」

 

「消えません。私が見てますから」

 

子供をあやすようだけど、私の手は頭を撫で、背中をポンポンし、と忙しなく、でも常に麻衣さんに触れているようにした。私が側にいるって、伝えられるように。すると、麻衣さんは少し幼い口調で、ポツリポツリとやりたいことを口にし始めた。

 

 

 

「ドラマに出たい。映画に出たい。舞台にも出たい」

 

「出れます。桜島麻衣なんでしょ?」

 

 

 

 

「紅葉の料理食べたい」

 

「何でも作ります。お代わりさせちゃいますからね」

 

 

 

 

「また、デートしたい」

 

「私もです。今度は温泉とか行きたいですね」

 

 

 

 

「一緒にランニングしたい」

 

「そ、それはちょっと。う、1回だけなら頑張ります」

 

 

 

 

「……キスしたい」

 

「はいはい、キスですね……ん?んん?麻衣さんなんです――」

 

 

――それは、柔らかくて温かくて、何とも言えない甘さがあって。

言葉を遮るように押し付けられた麻衣さんの唇の感触は、私の頭を真っ白に、唇以外の全ての感触を奪い去っていって。

 

「ほら、私だけを見てなさい」

 

目の前いっぱいに広がる、大層美しく妖艶な笑みを浮かべている麻衣さんが囁くように言うと、もう私の体は動かなくて。

そのまま麻衣さんはもう一度、私に自らの唇を押し付けてきて。驚きで上手く息が出来ていないのか、私の口からはかなり恥ずかしい声が漏れていて、それを麻衣さんが、可愛いなんて言うものだから、思わず麻衣さんを押し退けようとしてしまったのだけど、力が出なくて、そのまま、またキスされて。

 

「うん、勇気貰った」

 

そう、力強く言って、私から離れていく麻衣さんを唖然と見つめながら、ガタッと椅子から転げ落ちて尻餅を着いて、徐々に真っ白になっていた思考が戻ってきて、なのに何が起きたのか理解できていなくて。

 

「……ほへぇ?」

 

私の口からは、そんなこの世で最も間抜けそうな謎言語が吐き出されただけだった。




麻衣 ガンガンいこうぜ×100

紅葉 ただのしかばねのようだ


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