妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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イチャイチャします(へたれ)


19話 紅葉さんの大試練

「それで紅葉、これからどうするの?」

 

麻衣さんがコーヒーを一口だけ口にすると、至って真面目な顔でそう訊ねた。ちょっと待ってくれ。

 

「いやいやいやいやいやいや、麻衣さん、何を普通に話を進めてるんですか!?今、とんでもないこと起きましたよね!?私、腰が抜けて立てないんですけど!?」

 

「はい」

 

「あ、ありがとうございます――って違いますよ!そうじゃなくて!」

 

夢かな?夢だったのかな!?あれだけ、私はバニーガール先輩の夢を見ない(キリッ)とか言っておいてもう夢見てたんですかね!?大混乱してるし、腰がガクガクして立ち上がれないしで、大忙しの私に、麻衣さんは仕方ないわね、とでも言いたげな表情で手を差し伸べてきたので、反射的に感謝しながらその手を取って立ち上がろうとしちゃったけど、違うよ!そうじゃないよ!求めてることが違うよ!

 

「ああ、これね」

 

「んっ!?」

 

私が非難の目を向けると、何か納得したように麻衣さんが頷いたので、伝わったのかと思った瞬間、掴んでいた麻衣さんの手にグッと引き寄せられ、私はスポッと綺麗に麻衣さんの胸に収まる。そして、麻衣さんは手を掴んでいない方の手で、私の顎を少しだけ上に向けて、その唇に自分の唇を押し付けた。

 

「もう一回する?」

 

と、溶けるぅ、麻衣さんに溶かされる。今も麻衣さんが背を支えてくれていなければ、まともに立っていることも出来ないだろう。

 

「そ、それでもないですぅ……」

 

声を出すのだけでやっとだ。ドキドキで爆発しそう。ちょっとだけ時間が欲しい。今までカッコいい紅葉さんだけで、全くそんな素振りは見せていなかったけど、白状すると私はへたれなのだ。麻衣さんにセクハラしたり、可愛いとか好きだとか言うのはいくらでも出来ても、その、こういうことされると困る……。心の準備が出来てない。1ヶ月程準備する時間が欲しい。

 

「へたれ」

 

麻衣さんが私の心を読んだようにそう呟いたのが滅茶苦茶刺さった。違う、私が悪いんじゃない。麻衣さんが急に、そう、急に。その、ほら、キス?をしてきたからっ、私も色々飛んだというか!考えてたこと全部どっかいっちゃったし、思考が纏まらないし、麻衣さんはじっとこっちを見てくるし!

 

というか、この状況。麻衣さんからキスしてきたってことは、その、そういうこと?私のことラブ的な?愛してます的な?そいうことで良いんでしょうか!?どうなんでしょうか!?

 

「紅葉からしてくれるまで私からは何も言わない」

 

ツーン、とそっぽを向いた麻衣さんはもうこの件について本当に何も言わない気なんだろう。ちょっと!無理無理無理無理!私からキスとか絶対無理だよ!今だって恥ずかしくて麻衣さんの顔をまともに見れないのに、そこへ自分からキスしに行くとか三回くらい転生しないと出来ない!

 

そういえば、私今日遅刻ギリギリだったから歯磨きがいつもよりおざなりだったんじゃ!?唇もいつもよりカサついてる気がするし!今すぐタイムスリップしたい!歯磨き粉1本分歯磨きして、リップも1本分塗るから!

 

言い訳はいくらでも思い付くのに、先に進む勇気は微塵も無かった。

麻衣さんがキスしてくれて、驚いたけど嬉しくて、胸がきゅうって喜んでいるのに、それを表現できない。だって、人を好きになることはあっても、人に好かれたことなんてない。愛されたことなんてない。どうしたらいいのか分からない。

 

私なんて、友達いないし、女子力ないし、笑いもしないし、面白い話の一つもできないし、すぐサボるし、すぐ諦めるし、へたれだし、いっぱい食べるし、走るの遅いし、我慢できないし、お金遣い荒いし、コミュ障だし、オタクだし、化粧もしてないし、実は方向音痴だし、炭酸飲めないし、自転車乗れないし――

 

考えれば考える程ネガティブになる。悪いところは沢山見つかる。

 

麻衣さんは、美人で、可愛くて、カッコ良くて、しっかりしてて、おしゃれで、国民的美少女で、料理上手で、優しくて、お姉ちゃん気質で、強くて、スタイル抜群で、髪サラサラで、何か良い匂いがして――

 

そう、私となんて釣り合わない。思春期症候群なんて状況でなければ私なんて関われもしない。実際そうだった。私は麻衣さんを助けられればそれで良くて、それ以上を望むなんて、そんなの私には――

 

ぐだぐだ、うじうじと、考えている私に、もうっ!と麻衣さんが声を上げて立ち上がると、私の両頬を、その掌で挟むように掴み、ぐいっと額がぶつかるくらいまで顔を近づけた。

目の前に世界一美しい黒い瞳。

 

「私のこと、好きでしょ?」

 

「好きです!」

 

即答した。

そりゃ好きだ。好きに決まっている。好きじゃないわけがない。ラブ。大好き。

 

「なら!ど・う・し・て、なにもしないでもじもじしてるのよ!」

 

ガクガク私の体を揺らす麻衣さんの目はつり上がっていて、これはもしかしなくても。

 

「……え、麻衣さん怒ってる?」

 

「怒ってるわよ!へたれ!意気地なし!腰抜け!」

 

「ひ、酷いぃ」

 

滅茶苦茶怒ってるぅ!?グサグサと情け容赦のない言葉が私に刺さる。腰が抜けたのは麻衣さんのせいだし!(物理的)

涙目でぷるぷるするしかない私に、麻衣さんは再度、私の両頬を掴んで言う。

 

「不安になるでしょ!私のこと好きじゃなかったのかなって思うじゃないの!」

 

「そんなこと絶対ないです!好きです!大好きです!」

 

「だったらすぐ行動しなさい!はい、今!」

 

目の前には麻衣さん、追い込まれた私。い、いいいいいっちゃいますよ?よし、よーし、いくぞ、今いくぞ!

 

深呼吸を一つして、私はいよいよ覚悟を決めた。麻衣さんの顔を見てたら一生出来ない。麻衣さんの肩に手を置いて、目を瞑る。肩に置いていない方の手で麻衣さんの頭を触ればサラサラの髪に触れる。後は少し背伸びすれば麻衣さんにキスできる。

 

私は麻衣さんが好きだ。たぶん、初めて目にした時から。

その麻衣さんが私のことを好きだと言う。この、誰からも愛されてこなかった私を。こんな私を。

 

私は怖いのかもしれない。誰かから好かれるのが。愛されるのが。自分にそんな価値なんてない気がして、失望されたくなくて。

 

だから結局一人を選んできた。友達が欲しいと言いながら、クラスメイトとは積極的に関わることもせず、かえちゃんがいれば満足だったし、楽しかったし、それ以上踏み出さなかった。

 

どうしたら良いのかなんて分からない。愛され方も愛し方も分からない。

 

――でもそんなこと関係なかったんだ。ただ好きだという気持ちを相手に伝えたい。もう不安になんてさせたくないから。胸いっぱいに大好きだという気持ちを込めて、伝われって念じながら。

 

私は少しだけ背伸びして麻衣さんにキスをした。

精一杯の勇気を振り絞ったキス、確かに触れる温かさはもう何度目かだったけど、慣れるものではなくて。つい、目を開けてしまって、目の前に、麻衣さんの瞳。力強い意思と美しさ、桜島麻衣を表現するその輝きが、今は私だけを写している。

 

ゆっくりと、麻衣さんから離れても、私は目を離せなかった。いつだって、この目に見詰められると、私はもう麻衣さんから逃げられなくなってしまう。

 

「遅い」

 

「ゆ、勇気出したのにぃ!褒めてくださいよ!」

 

少しの沈黙の後、麻衣さんの発した言葉がそれだった。酷い。

そりゃ麻衣さんみたいにカッコ良くは出来なかったかもしれないけどさ!頑張ったのに!

 

「でも……嬉しい」

 

ちょっとはにかんだような照れ笑いは、あまり麻衣さんの見せない表情で、ああこれ私だけの麻衣さんだ、と思うと無性に何かが湧き上がってきて、どうしようもない程に愛しくて、胸がぎゅうぎゅうする。ずるい。怒ってたのに、もうどうでも良くなってる。好きが溢れてくる。

 

「もう一回して良い?」

 

私は麻衣さんの言葉に頷くだけだった。麻衣さんは私の頭を撫でながら、頭を覆うようにしてその唇を近づけてきて――

 

 

 

ガラッとドアが開く音がした。

 

 

「…………………………………………ごめん」

 

 

絞り出すように言った部長は、平坦な、それこそどこかに感情を置き去りにしたような表情で。

 

「ちょっと待ってて」

 

麻衣さんは、それをさも当然のように受け入れて再び私の口に唇を――って、それこそちょっと待って!?

 

「麻衣さん、部長がきまし――ん!?」

 

頭の後ろを麻衣さんにしっかり固定されているため、私はどうすることも出来ずに、そのまま麻衣さんに唇を奪われてしまう。何とか逃れようとするのだけど、そのせいで中途半端に声が出てしまって恥ずかしくて、やっぱり力が出なくて、結局麻衣さんにされるがまま、しっかりキスされて。

 

「待たせてごめんなさい、双葉さん」

 

放心状態でその場に座り込んだ私の頭をポンポン撫でると、大変満足げな表情のまま部長に言う。

 

 

「…………………………いえ」

 

 

部長はただ機械的に、無感情で、何も見ていないかのように、ただ、かなりの葛藤の末に何か言いたいのを飲み込んだように、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

私、もう部活いけない。




麻衣 ガンガンいこうぜ×1000

紅葉 ただのしかばねのようだ

理央 …………

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