妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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2話 部活動に精を出す青春少女は私

同じ高校に通う2つ上の先輩。県立峰ヶ原高等学校の三年生。名前も言える。フルネームを知っている。

 

桜島麻衣。

 

それがバニーガールの名前だ。

 

 

「私をそう呼ぶということは、貴女、峰ヶ原高校の生徒なの?」

 

 

桜島麻衣(バニーガールバージョン)が私を真っ直ぐに見つめてきた。

美人にそんなに見つめられると照れるのだけど、問を無視するわけにもいかない。

 

 

「一年一組の枯木紅葉です。地名は勿論、サービスエリアすら存在しないとても珍しい名字、枯れた木の『枯木』に、紅い葉の『紅葉』で枯木紅葉です」

 

「私は桜島麻衣。桜島麻衣の『桜島』に、桜島麻衣の『麻衣』で桜島麻衣よ」

 

「流石は元国民的美少女、これ以上無い分かりやすさ、痺れる自己紹介ですね」

 

「そう」

 

興味なさそうに、麻衣は片手で頬杖を突いて窓の外へと視線を逸らす。わずかに前傾姿勢になったことで、胸の谷間が強調される。不思議な引力でもあるように自然とそこへと目が吸い寄せられた。おいおい、私は物理法則ってやつの深淵を今、目にしてるようだ。

この現象をタニマニック・グラビテーションと名付けよう。

 

「枯木紅葉さん」

 

「はい、なんでしょう?」

 

馬鹿なことを考えていたせいで、反応がやや遅れてしまった。危うくまたど突かれるところだった。

 

 

「ひとつ、忠告をしてあげる」

 

「忠告?」

 

「今日、見たことは忘れなさい」

 

 

私が何かを言う前に先輩が続ける。

 

 

「このことを誰かに話したりしたら、頭のおかしな人だと思われて、頭のおかしな人生を送ることになるんだから」

 

 

なるほど、確かに忠告である。

が、私に関してはその点は問題ない。いや、別の問題はあるか。

 

 

「あの、話す相手もまともにいなければ、既に頭がおかしいと思われている私はどうしたら良いんでしょうか?」

 

 

沈黙。

可哀想なものを見る目で見られる。

 

 

「良い病院を紹介するわ」

 

「父が医者なんで間に合ってます」

 

再び沈黙。

先輩は咳払いをした。どうやら仕切り直すらしい。

 

 

「とにかく、金輪際、私に関わらないように。わかったのなら、『はい』と言いなさい」

 

「あ、たぶんですけど、先輩も友達とかいない人ですね、いやー仲間じゃないですか」

 

 

ど突かれた。

 

そして先輩はむっとしたような表情を浮かべ図書館の出口へと歩き出した。

その間、やはり誰ひとりとして、あんなにも卑猥な先輩を注目する人はいなかった。貸し出しカウンターの目の前を悠然と通過しても、司書さんたちは黙々と自分の仕事を続けていた。私にはあんなに不審そうな目を向けていたのに。

後ろ姿の引き締まったお尻と、黒のストッキングに包まれた細くて綺麗な足を繁々と眺めていたのは私だけだったのだ。

 

 

「忘れろとか、金輪際関わるなとか……そんなに面白そうな言葉ばかり並べられたら無理ですねー」

 

 

残念ながら私は、人の忠告を面白がってしまう類いの人間だ。この退屈な日々にこんなにも興味引かれる出来事が起きて、黙っているわけがない。

 

私は鼻唄を唄いそうになるのをなんとか堪えながら、貸し出しカウンターまで歩き出した。

 

ちなみに。

本棚の角でこちらを窺っているバニーガールには気がついていたが、武士の情けで見なかったことにした。

どうやら、格好良く去ったものの、読んでいた本を本棚に返さなくてはならないことに気がつき戻ってきたらしいのだ。

 

なんだそれ、可愛すぎかよ。

 

 

 

 

 

 

そう、桜島麻衣は有名人だ。それこそ「桜島麻衣の『桜島』に、桜島麻衣の『麻衣』で桜島麻衣」なんて馬鹿丸出しなことを言っても漢字が伝わるくらい有名だ。

恐らく、県立峰ヶ原高等学校に通う全生徒が彼女のことを知っている。それどころが、日本国民の七、八割が知っているだろう。彼女は本当の有名人なのだ。

 

軽く経歴を並べてみる。

 

子役として六歳で芸能界デビュー。デビュー作の朝ドラは過去の超ヒット作と肩を並べるほどの視聴率と人気を誇り、一躍時の人となる。

 

すると、それを起爆剤に、その後は映画、ドラマ、CMなどにも多数出演。

文字通りTVで見ない日はないという人気を獲得した。

デビューから二年、三年と経過するにつれて、ブーム的『なんでもかんでも桜島麻衣』という勢いはなくなったものの、逆にそこからは役者としての実力を買われたオファーが増えていくことになる。

子役というのは数多い。でも演技が出来る(・・・・・・)子役となるとその数は激減。それも飛びきりの美少女となればそれは引く手数多になるのは当然だ。

単年で消える芸能人が多い中で、中学生になっても順調に演技の仕事を続けていた。

その点で十分すぎるほどにすごいのだが、彼女には二度目のブレイクまであったのだ。

 

その時、十四歳になった桜島麻衣は、可愛らしい子供から大人びた美少女に成長し、その当時公開された映画を切っ掛けに、再び急速に注目を集めていった。一週間のうちに発売される漫画雑誌の表紙グラビアがすべて彼女の笑顔で埋め尽くされるようなこともあったほどだ。正に社会現象。国民的美少女の立場は確かなものとなっていた。

世の多くの男子が心を奪われていた。夢でも彼女に会えないものかと、枕の下に写真集を置いてみたりした黒歴史を持つ男子も多いだろう(偏見)。

十四歳という年齢は子供と大人の狭間。当時の桜島麻衣はかわいさとエロスの両面を持つ蠱惑的な美少女であったし、人気は再び絶頂となった。

 

が、ここからが彼女の不思議なところだ。

彼女は人気絶頂の中、突如として活動休止を発表する。

彼女が中学を卒業する直前。

明確な理由は語られなかった。

そして、あれからまだ二年と数ヵ月。

桜島麻衣は野生のバニーガールになっていた。

 

 

 

「いやいや、意味分からないでしょっ」

 

 

思わず、一人しかいないのにまあまあ大きな声で叫ぶ。

 

安心して欲しいのだが、この部屋は防音対策がしっかりされているから聞かれる心配はない。ただ心配して欲しいのだが、時計の短針が9、長針が47を指しており、私は今現在進行形で遅刻している。寝坊である。

別に低血圧とかそんなこともないのに、ベッドで桜島麻衣の経歴を並べてみるという悠長プレイ中だ。

これくらい大胆な遅刻となると、もう何時に行っても一緒か、という謎の余裕が湧いてきている。何なら今から遅めの朝食でも作ってやるか、とすら思っている。

 

朝の身支度を済ませ、制服に着替え、台所に立った時には時計の長針と短針は10で重なっていた。女子にしては異例の速度である。当たり前だ。女子的身支度なんて、髪に櫛を通してリップクリームを塗った程度。誰か私に女子力を分けてくれ。

 

 

と、そんな馬鹿みたいな話は置いておいて、今朝食を食べてしまうと、昼飯が食べられなくなってしまう問題に私は直面していた。

 

もしここで朝食を食べたとする。お昼休みにはどう考えてもまだお腹は満たされているだろう。が、そうなれば午後の授業中に滅茶苦茶お腹が空くかもしれない。それは嫌だ。

 

じゃあ、朝食を食べなかったとする。お昼休みはすぐだ。私は美味しく購買で買ったサンドイッチを食べているに違いない。が、そうなると今滅茶苦茶空腹なのを我慢しなくてはならない。それは嫌だ。

 

 

詰んだ。普通の人間ならそう思うことだろう。しかし、私は違う。枯木紅葉は凡才ではない。

私は第三の選択肢を見出だした。

 

 

「昼飯を食べてから学校行こう」

 

 

天才かよ、私。

これなら今朝食を食べて、お腹が空いたら昼飯を食べて、そして学校に行けば問題は万事解決じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。

ゴールデンウィーク明け一発目で大遅刻をかました私は、掃除当番を華麗にスルーして物理実験室に向かう。ドアをノックしたりはせず、そのまま勢い良くスライドさせた。

 

 

「わ、相変わらず早いですね。掃除当番をスルーした私より早いとは」

 

「今すぐ掃除いけ」

 

 

遠慮のない言葉が飛んでくる。

広い物理実験室の中にいた生徒はひとりだけだ。

教師が授業をする際に使う黒板前の机にアルコールランプとビーカーを用意している。

 

「酷いな、たった2人の科学部じゃないですか。優しくして下さいよ」

 

「退部しろ。私は1人でいい。この妄想女」

 

 

「私の扱いが酷過ぎてつらい」

 

 

この私を妄想女と罵り、辛辣な毒を吐きまくっているのは双葉理央先輩。

県立峰ヶ原高等学校の二年生。たった二人しかいない科学部の部長。

身長は155センチくらいと小柄で楕円形の眼鏡をかけている。科学部らしく常に制服の上から白衣を纏っていて、背筋の伸びた佇まいは、なんだか本当に博士の様だ。

無造作な髪をちゃんとすれば、もっと可愛くなるのに、と前から残念に思っている。

 

 

「声に出てるぞ。余計なお世話だ」

 

 

これ以上調子に乗ると締め出されるということが経験上分かっているため、一旦黙り、近くの椅子を持ってきて、机を挟んでの真向かいに座った。

 

 

「で、何の用?」

 

「用って私部員ですよ?部活動ですよ」

 

「前にやった実験覚えてる?」

 

「………………うまい棒の早食い?」

 

「そう、ユーチューバーでもやれば?」

 

 

冷たく返される。

どうやら、前回の実験をバックレたことをまだ根に持っていたらしい。

なんとか機嫌を取らなくては。今日は私に昨日起きた出来事についての見解を聞きにきたのだ。

 

 

 

「そんなにカリカリして、女の子の日ですか?」

 

 

 

締め出された。


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