妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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20話 それいけ!科学部

「いつまでそうしてるのよ」

 

テーブルにコーヒーを注いだ自前のコーヒーカップを置いた部長が着席すると、麻衣さんが言った。麻衣さんが呆れたような視線を向ける先には部屋の隅で体育座りして顔を伏せている私。

いつまでも何も、部長がいる限りずっとだよ!なんで麻衣さんが平然としてられるのか不思議だよ!

 

私にとって部長は、友達(かえちゃん)とも好きな人(麻衣さん)とも違う、でも、唯一無二の存在で、頼れる人っていうか、尊敬する人っていうか。本人には恥ずかしくて絶対に言えないけど、こうお姉ちゃん的な?そんな風に思っていたわけで、そんな人にキスを見られるとか、もう引きこもるレベルだよね!

 

とはいえ、確かにいつまでもこうしているわけにはいかないのだけど、今回ばかりは全面的に麻衣さんが悪いと思うので、断固として麻衣さんが謝ってくるまでここを動きません。私は石です。石になるのです。

 

伏せていた顔を少しだけ出して、ジトッとした視線を麻衣さんに向ける。麻衣さんは、うっ、とたじろぐと気まずそうに目を逸らして頬を掻いた。

 

「ごめんなさい」

 

麻衣さんが謝ってきたので仕方なく戻ることにする。椅子を麻衣さんの横に引っ張ってきて座り、何事も無かったかのように真顔。これで、あれ?実はさっき見たの幻だったんじゃね?と部長も思うに違いない。

 

「紅葉のそういうところ、梓川に似てると思うよ」

 

滅茶苦茶悪口言われた。

 

 

 

気を取り直して、私と麻衣さん、部長はテーブルを囲んで作戦会議を始めた。

 

「どうするつもりなのかと思って」

 

部長は教室に私がいないことを確認し、いるならまずこの部屋だろうということで、ここにやって来たらしい。

 

私が記憶を失っていないことは分かったものの、どう対処しようとしているのか気になった、というのと、部長も何日も徹夜できるわけではないし、伝えられる情報は覚えている内に全て伝えてしまおうと思ったから探してたというのだ。ただ、それは後付けの理由で、本当は私を手助けしてくれるつもりで探してたのだろう。実際、何も言わなくてこうして話し合いに参加してくれている。別れてから少し時間を空けたのは、私が麻衣さんを励ましていると思ったからか。だとしたら後数十秒時間を空けて欲しかったけどね!

 

「当初やろうとしていた方法は使えなくなってしまったので、具体案としてはゼロですね」

 

「何をしようとしてたの?」

 

「YouTubeでの動画配信です」

 

現代では情報は光の速さで世界のどこへでも届く。そして、発信する便利なツールもある。誰でもお手軽に情報を発信し、それを自由に手に入れることが出来るのだ。これを利用しない手はない。

 

「YouTubeに限らず、Twitterとかインスタグラムとか、とにかく発信して情報の拡散を行う作戦ですね」

 

「でも、それならもっと早い段階でやらないと効果ないよね」

 

いくら情報を発信しても、それを観測できる人間がいないのだから拡散もしない。今、まともに桜島麻衣を認識できるのは、私と部長、いたとしても後数人の不健康な生活をしている生徒だけなのだから。

 

「……私のためでしょ」

 

麻衣さんが芸能活動再開を決めたのはつい先日のことだ。それでいきなりYouTubeやらTwitterやらと注目を集めるようなことはさせたくなかった。のんびり、徐々に頑張ってほしいと思っていたし、急いでそんなことをしても麻衣さんのストレスになるのではと考えていた。ただ、こうして状況が悪化した今では、それは間違いだったのかもしれないと思う。

さっさと注目を集めて、桜島麻衣を発信していれば、ここまで事態が悪化する前に止められたかもしれないのに。

 

「いえ、それは言い訳だったかもしれません」

 

思春期症候群が無くなってしまえば、私は麻衣さんの側に居られなくなる。そんな自己中心的で、傲慢で、浅ましい気持ちが少しも無かったと言えば嘘になるから。

 

「今はそういうのは良いんじゃない?時間もないし」

 

部長が冷静に言う。たしかに、自己嫌悪やらで落ち込んでいる暇はない。こうなってしまった以上、何か行動を起こすなら早い方が良い。一人でも二人でも覚えている人がいる内に行動した方が、成功確率は高いのだから。

 

「今、やらなくてはならないのは麻衣さんに注目を集めること、つまりは『桜島麻衣を観測しよう』とさせること」

 

「認識できない、記憶もないものをどうやって観測させるのか、難題だね」

 

記憶を忘れているだけではなく、麻衣さんが認識されないというのが一番の問題なのだ。記憶がなくても誰だって麻衣さん程の美少女がいれば注目するし、そうでなくても、何か派手なことをすれば簡単に注目を集められるのに。

 

「バニーガールの衣装で出歩いても誰も注目しないのに、何かあるかしら」

 

「……桜島先輩、何やってるんですか」

 

「ごめん、自覚したからこの話止めましょう」

 

部長に真顔でツッコまれ、客観的に自分が相当変態的行動をしていたと自覚したのか、頭を抱えて机に突っ伏した。あの時の麻衣さんはハイになってたんだろうね。実際、私と図書館で会ったときもちょっと話し方が芝居がかっていたし、役に成りきるような感覚だったのかもしれない。私は麻衣さんのバニーガール衣装に対して、褒めることしかしていなかったし、改めて部長にドン引いたような反応をされて、己の過去を悔いているのだろう。

 

「衣装を何にしたってたぶん一緒――いや、麻衣さん一回試しておきましょうか。メイド服とかチャイナ服とか!」

 

「それ、紅葉が桜島先輩に着せたいだけでしょ」

 

「部長も一緒に着ましょう」

 

「死んでも御免だね」

 

部長のガードが固い!部長がフリフリのメイド服着て恥ずかしがりながら、それをニヤニヤ眺めている私を、睨んでくるところまで妄想したのに。最高だったのに。あんまり見るな、とか言ってくるんだろうなー、可愛いなー。

チャイナ服はあえて胸元は隠して、大胆なスリットで生足を見せて頂きたい。豊満な胸が隠れていることでより生足が強調され、背徳的だ。眼鏡+チャイナ服というのも斬新で、革命的だと思うんです。

 

「紅葉も着るなら私は着てもいいけど?」

 

麻衣さんが挑発的に言ってきた。究極の選択である。メイド服もチャイナ服も着たくない。人に着せようとしておいて何なのだけど恥ずかし過ぎる。でも麻衣さんには着て欲しい。

奉仕する気なんて一切無さそうな感じなのに似合ってて、世話焼きだから結局なんだかんだ奉仕しちゃう、ツンデレ的メイドの姿が私には見えた。チャイナ服は黒が良い。部長とは違って、胸元をガッツリ開けて、逆に足は薄いタイツにする。胸元の眩しさと神秘的な美脚が最高なはずだ。

見たい。見た過ぎる。

 

「真剣に悩むな」

 

部長に小突かれた。たしかにその通りである。こんなことに頭を悩ませている場合ではない。いや、こんなこと、と雑に扱うには惜しい案件ではあるんだけどね!渋々、この件を中断した私に呆れつつ、部長は意見を出してくれる。

 

「全校生徒に観測させることに拘らず、桜島先輩の存在を確定させる、ていう考えもあるよね」

 

「どういうことです?」

 

部長の仮説はこうだ。

桜島麻衣が記憶から消え、認識されなくなるのが、全校生徒の無意識の観測によるものだとするならば、私が、それを上回る、完膚なきまでの『何か』で麻衣さんの存在を確定させてしまえばいい。

 

「紅葉も観測者の一人。その紅葉の観測結果で、他の生徒の観測結果をねじ伏せれば、あるいは桜島先輩の存在を確定させられるかもしれない」

 

「確かにそれはいけそうですけど、問題はその方法ですね」

 

「校庭の中心で愛でも叫んでくれば?」

 

部長が適当なことを言ってくる。天地がひっくり返っても出来ないよ!私みたいなコミュ障にそんなことさせてみろ、リアル気絶を見せてやんよ!

これをガチで出来るようなやつは頭のネジが飛んでる。上手くいくかも怪しいし、これで麻衣さんが助かるなら私だって足ガクガクでやるかもしれないけど、何も起きなかったらもう学校いけないよ!

 

「でも方向性としてはアリですね」

 

当初の案に引っ張られていたのか、私は麻衣さんが何かをすることによって麻衣さんを観測させようとしていたけど、別にそうである必要性はない。

そもそも、観測させることは、麻衣さんを確定させるための手段であって、目的ではない。

極端な話、私の観測結果を全校生徒に押し付けることが出来ればそれで解決する。

 

数分の間続いた沈黙。二人は私の無表情からでも何となく考え事をしているのを察してくれたのか話しかけてくることはなく、私は思考に没頭していた。

部長のアドバイスで一気に私の中でも作戦が組上がっていく。

 

「部長、これ以上変人扱いされるの嫌じゃなかったら手伝って欲しいことがあるんですけど」

 

「その言い方が気に入らないけど、まあ、いいよ」

 

部長は嫌々――というポーズをしつつ、頷く。このツンデレが本当にたまんないんだよね!

 

「作戦はこうです」

 

私は二人に考え付いた作戦を伝えた。世界が桜島麻衣を取り戻す、そんな晴れ舞台になるのだ。派手に、華やかに、騒がしく行こう。

私がザックリとした構想を話せば、部長が直ぐ様、疑問点や問題点を指摘してくれ、それを三人であーでもない、こーでもないと、話し合った。こんな状況で不謹慎かもしれないけど、それがなんだか楽しくて、これから三人で何かをするのだと思うと楽しみにすらなってしまった。そうして完成した作戦は穴だらけで、無茶苦茶だったけど、不思議と失敗する気がしない。

 

「後は、サクラがいた方がいいよね?」

 

サクラ、というのは、仕込まれた盛り上げ役のことだ。確かに、私達三人だけでやるよりも協力者がいてくれた方がありがたい。成功のために大切になってくるのは結局のところ雰囲気、空気なのだから、その空気を盛り上げてくれる人材は欲しいところである。

出来れば信頼できる誰かに頼みたいのだけど……。

 

「私は友達いません」

 

「私もいないわね」

 

私と麻衣さんが答える。悲し過ぎる程に即答だ。現実はいつだって厳しい。

 

「私は……二人」

 

部屋内の人数より、全員の友達の合計の方が少ないという非情な現実に打ちのめされそうになる。

 

「でも、二人とも、たぶん桜島先輩のこと忘れてると思うけど」

 

「そこは問題ないですよ。やってもらうことは単純ですから」

 

部長ならこんなこと分かり切っているはずだし、それでも質問してきたのは少しでも先延ばしにしたかったのかもしれない。

部長は不器用だ。友達だという二人にお願いするのに少しばかり勇気がいるのだろう。申し訳ないけどここは部長に頑張ってもらうしかない。だって私達二人は友達がいないから!まあ、麻衣さんはいたとしても忘れられているから元々ノーカウントなんだけど。

 

学校特有の昔懐かしいチャイムの音が響く。時計を見ればもう二限目が終わる時間だった。つまり、今は休み時間。電話するには絶好のタイミングだ。部長は口をむずむずさせながら澄ました顔をしている。どうやら部長は自分で提案しておいて、友達に電話をすることを躊躇しているらしい。私が言うのも何なのだけど、滅茶苦茶ブーメランなのだけど、言わなくてはなるまい。このへたれ。

 

「うぐっ」

 

部長は私と麻衣さんのじーっという視線に耐えられなくなったのか、電話してくる、と部屋を出ていった。

 

「ねぇ、キスしない?」

 

「麻衣さん、全然反省してませんね!?」

 

部長が部屋を出ていってすぐにこれである。また良いタイミングで部長が入ってきて地獄になるのが簡単に想像できる。私がどれだけ恥ずかしかったと思ってるんだ!こんな状況じゃなかったら部屋に引きこもって三日は出ないぞ!むっと頬を膨らますも、麻衣さんは意に介さずつんつんとつついてくる。

 

そんな風に私が麻衣さんと攻防を繰り広げていると、ガラッとドアの開く音がして部長が帰って来た。麻衣さんは残念そうにしながら諦めたものの、机の下で私の手をぎゅっと握って離さない。可愛いかよ。

 

怒っていたことも忘れ、麻衣さんに萌えてしまったが、部長に気が付かれる前に立て直す。部長に無理言って頼んでもらったのに、部長が電話している間イチャイチャしてました、なんて怒られるに決まってる。仕掛けたのは麻衣さんだけど、私も萌えてしまったので反論できない。ここは大人しく話題を作って部長の注意を逸らしますか。

部長の友達二人、というのはまず間違いなく、国見先輩と梓川先輩の二人だろう。どちらも頼りなさそうだけど、友達が他にいないので仕方がない。その内、梓川先輩は携帯を持っていないから、連絡したのは国見先輩ということになる。

 

「国見先輩は?」

 

「オーケーだってさ。二つ返事だったよ」

 

部長が頬を赤くして恋する乙女の顔をしている。自覚があるのか、梓川もたまたま国見と一緒だったから連絡できたよ、と慌てたように話題を変えた。私も先程自らの保身のために話題を誘導してしまったので今回はスルーしてあげる。部活中だったら、部長がキレるまで弄り倒すけども。

 

「梓川先輩は?」

 

「オーケーだってさ。二つ返事だったよ」

 

部長は至って真顔だった。

二人とも同じ対応なのにこの違いはいっそ哀れですらある。梓川先輩があまりに可哀想なので、作戦が成功した暁には紅葉さんが部長の可愛い所ベスト10を聞かせてあげよう。

女子校育ちでちょこっとだけ男子が苦手な紅葉さんだけど、梓川先輩は、ゆるキャラみたいなぬぼーっとした雰囲気だからなのか、話していても何故か全然大丈夫なんだよね。初対面だったはずなのにコミュ障も発揮せず普通に話せたし。なんかこう、不思議な安心感があるのだ。

 

「さて、それじゃあ始めましょう。私は色々とやらなくてはなので、その間二人で準備をお願いします」

 

やることはいっぱいだ。作戦内容的に私が事前準備で失敗したらそもそも全てが台無しだし、責任重大である。そう思うと緊張してきた。よし、ここは一つ気合いを入れよう。

 

「円陣を組みます」

 

「たった三人で?」

 

そう、チームで気合いを入れるとなったらこれしかないだろう。部長が何か言ってるけど無視だ、無視。私は麻衣さんと部長、それぞれと肩を組む。そしてじっと待てば、麻衣さんが部長に、「これはやるまで終わらないわね」と言って肩を組んだ。三人しかいないので、それだけで円陣は完成する。うわ、これ地味に夢だったんだよね。

また一つ夢が叶ったことに感動しつつ、私達はそのまま姿勢を低くして顔を付き合わせた。三人しかいないので結構顔が近い。その近さに、部長が若干緊張してるのと、麻衣さんがじっと私の唇を見てるのが分かる。麻衣さん、本当に反省してくれませんかね!?なんでこんなにキス魔になってしまったんだ。

私は戦々恐々としつつも、当初の目的である気合い入れをすることにした。

 

「科学部With麻衣さん、頑張るぞー!」

 

おー!という私だけの声が寒々しく部室に響いた。寂しい。


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