妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
24話 なかまに なりたそうに こちらをみている
彼女はクラス内で絶対的存在として君臨する女子のスクールカーストトップだ。クラスで一番可愛くて、人気者。しかしそれは実のところ、少し踏み間違えれば壊れてしまうような、薄氷の上に成り立っているのだと、聡い玲奈は理解していた。自分がクラスのトップでいられるのは、クラスメイト、枯木紅葉が孤独を好む質で、大人しくしているからなのだと。
その紅葉が動き出したのだ。
玲奈の女子グループにいる日南子は、すぐに辞めてしまったが、幼少の頃にピアノを習っており、紅葉のピアノが並大抵の腕前ではないことが分かった。全国でも一握り、世界でも通用するレベルだと言うのだ。
「あの曲、普通弾けないよ!私?無理無理!指が倍あっても出来ないよぉ」
ピアノに明るくない玲奈でも、難しそうな曲だとは分かったし、人を引き込むような魅力があったその演奏は一朝一夕で身に付くようなものではない。
緩く結んだ三つ編みを跳ねさせながら、メガネの内側で瞳をキラキラとさせて語る日南子はもうすっかり枯木紅葉という女子生徒に憧れすら抱いていた。
優雅に、それでいて雄大に、まるであの何の変哲もないピアノが何億もするような、ここがコンサートホールのような、そんな錯覚さえしてしまう紅葉の姿は、日南子のような生徒を生み出すには十分過ぎる程に鮮烈だったのだから。
それは玲奈にとっては、自らの今の立場を覆されてしまうかもしれないという焦りに繋がって、それ以上にどうにもなんだか気に入らないのだ。
自分の立場が悪くなることが、ではない。そうではなく、そう、目をキラキラとさせる日南子や、その他の生徒が気に入らなかった。
だって、きっと――最初に枯木紅葉に憧れたのは、誰が何と言おうと、私なのだ、という自負があったから。それは、マイナーだったバンドが流行して変わってしまうことを恐れるような、自分だけの大切な秘密だったものが踏みにじられたような、女子高生らしい独占欲で、子供染みた嫉妬だった。
半年程前になるだろうか。玲奈は、峰ケ原高校の学校見学に参加していた。もうほぼ受験することは決めてはいたものの、学校の雰囲気を知れるし、何より見学しておいた方がちょっと受かりやすいかも、という迷信のようなそんな感覚でしかなかった。
そこに彼女はいた。
シンプルなセーラー服。近隣の女子中高生なら誰もが一度は憧れる横浜のお嬢様学校の制服を着こなした、人形のように美しい少女。
陶器のような、それでいて温かみのある白い肌。静かに煌めくような黒髪は、前髪を眉のやや下で切り揃え、全体的に鎖骨の辺りまで伸ばされていて、ふわふわでサラサラで、思わず手に取りたくなるような柔らかさで揺れている。色素の薄い発色の良い瞳はどこか異国的で吸い込まれそうになる。
作り込まれたような端正な顔立ちは、それら全ての要素を完璧なまでに落とし込んで研ぎ澄ましたように美しく、華やか。
制服を見なくても分かる、高貴な雰囲気はその美貌故か、その張り詰めたようにピンとした姿勢故か、とにかく、明らかに異質な女子中学生に、見学希望者が百人以上集められた体育館、その場はすっかり呑まれ、多少はざわついていそうなものなのに誰も言葉を発さずにシンと静まり返っていた。
彼女が枯木紅葉だった。綺麗に座ったその姿は芸術品か何かのようで。――その隣に座っていた玲奈はそれはもう緊張した。玲奈はそんなに緊張する方ではない。コミュ力も高く、自らの優れた容姿を自覚して常にスクールカーストの頂点にいる。なのに、今はもうドキドキとうるさい心臓と、赤くなってしまいそうな頬とでいっぱいいっぱい。ぎゅっと小さくなって見える程に縮こまって椅子に座っていた。
だから、周囲の人間が一斉に立ち上がったことに気が付かなかったのだ。数瞬後にはっと気がつくも体は動かない。極度の緊張によって混乱した頭は体に上手く命令できないのか。
「大丈夫?」
キリッとした表情を一切崩さない、優雅で、でも冷たくはないクールなその印象とは裏腹に、やや幼げな可愛らしい声が、自分に向けられた。もう周囲の生徒はいなくて、まるで二人きりのように錯覚してしまいそうな空間。混乱の最中にあった玲奈は、隣からの一言に、中々口を開けずに、やっと出た一言は。
「わ、わわわ私、香芝 玲奈って言います!」
自己紹介だった。
――なんで急に自己紹介!?噛みすぎだし、目線合わせられないし!
わぁあああ、と叫んでしまいたくなるような恥ずかし過ぎる失敗。顔が真っ赤になっているのが分かる。呆れられた。もしかしたら、なんだこいつキモいとか思われているかもしれない。
「枯木紅葉です」
そう思っていたのに、彼女が返してきたのは自己紹介で。その表情には嘲笑も、侮りも、嫌悪も何もなくて。差し出された手を、玲奈が掴むとその手は彼女の印象とは違う温かさで。
「行こうか、私達だけになっちゃった」
握られていた手が離れたことに、思わず声が出そうになるのをぐっと堪えて、玲奈は紅葉と共に見学者が集まる一角へと急いだ。
――それがこの日、紅葉と話せた最後だった。
玲奈と紅葉は見学の班が違くて、あまりに遅れていったから急かされて話す暇も無くて、そのまま別れてそれっきりになってしまった。
見学が終わった後、ずっと紅葉を待っていた玲奈だったが、どうやら紅葉の方が早く見学が終わっていたようで、最後の班が解散になっても紅葉は現れなかった。
なのに、運命が二人を引き合わせるように、入学式の日。紅葉は玲奈と同じクラスにいた。変わらず近寄り難いオーラを放っている紅葉は、周囲の人間が高校という新しい空間に馴染もうと和気藹々と交流をしている中、何をするでもなく座っていて、誰もそこに踏み込めない。でも、玲奈は違う。
もう後悔したくない。そんな決意と共に、玲奈はスマフォを強く握って踏み出す。誰よりも早く、彼女に話しかけたかったから。
「枯木さん、ID教えて」
沢山話すことを考えていたのに、口から出たのはそんな、欲望が全面に押し出された、何の面白味もない直接的な言葉で。
「ごめん、持ってないんだ」
「忘れちゃったの?」
入学初日に携帯忘れるなんてドジな枯木さん可愛い、なんてデレデレしながら何気なく聞いてみる。実はそうなんだ、と恥ずかしそうに、照れながら答えるんじゃないだろうか、そんな妄想さえしていたのに。
「そういうわけじゃなくて、そもそも持ってない」
紅葉の表情は何一つ変わらなくて、当たり前のことを告げるように、言った。
「え!?親が厳しいとか!?」
そうだ、彼女はお嬢様(決めつけ)。普通の女子高校生ではない。携帯なんて持ってなくても不思議はない。
「いや、別に」
けど、返ってきたのはそんな適当な返事で。
「じゃあなんで!?」
「持つ理由がないからかな」
目の前が真っ暗になった。
玲奈は思ったからだ。あっ、これ私遠回しに拒否されてるんだ、と。
そうして玲奈が黙ると会話は終わった。紅葉は興味を無くしたかのように何も言わない。
ショックだった。
玲奈を覚えているのか忘れているのか、それさえも分からなくて、携帯を持っていないなんて嘘で拒否されて。
落ち込んだ。人生最高に落ち込んだ。クラスメイトの古賀朋絵だけが心の癒しだった。時折、福岡弁を出しちゃってるのに出身がバレていないと思っている天然さも、ぴょこぴょこ動き回る様子もバリ可愛い。
そうやって朋絵をはじめとした友達と過ごす高校生活は楽しくて、やっぱり玲奈はスクールカーストのトップになって、なのに、どこかずっと物足りない。カッコいい先輩がいると噂のバスケ部の練習を覗いていてもトキメかない。
分かっている。自分はまだ紅葉に未練タラタラなのだ。何とかして友達になりたかった。
ショックだったけど、時間が経てばあれは自分の勘違いだったのではと思うようになっていた。
よく考えたら紅葉はお嬢様なのだ。親が厳しくなくたって携帯なんて持っていなくても不思議はない。何ならその方がイメージ通りだ。手紙でしかやり取りしないとか、そんな古風な感じなのかもしれない。
そうは思っても、あの一度の失敗がトラウマで中々踏み出せない。紅葉は相変わらずクラスで一人で、異質な雰囲気を放っていた。
そんな中、玲奈はずっとチャンスを窺っていた。しかし上手くいかない。
ゴールデンウィーク明けの席替えでは近くの席になれるようにありとあらゆる神に祈ったがかすりもしなかった。紅葉に比較的近い席になった友達の亜矢の元へいって、チラチラ見るのがやっと。
体育を紅葉が休んだ日には心配でお見舞いに行きたかったけど、それはハードルが高くて、でも心配で。そんな心ここにあらずで体育をしていればケガもする。足を擦りむいてしまった玲奈は保健室へ行こうとしたが、保健室には紅葉がいる。へたれた玲奈は、申し訳なかったけど朋絵に絆創膏を取りに行って貰った。なのに、少し紅葉と話したらしい朋絵が羨ましくて嫉妬した。自分のために行ってくれたのに、そんなことを思う自分にまた落ち込んだ。
同じ部活になれば!とも思ったが、紅葉が所属するのは変わり者で有名な部長だけしか部員がいない科学部。何度も入部届けを書いたけど、それは出されることはなく机の中で眠っている。だってそんな少人数では緊張してしまうし、拒否されたりしたら地獄だ。今度こそ立ち直れない。
自分はまともに紅葉と仲良く出来ていない。そのせいで嫉妬が漏れて、他のクラスメイトが紅葉に近づいたりすると反応してしまう程の重症だった。
なのに、紅葉が動き出した。突然開かれた集会で、あの桜島麻衣と一緒に演奏する姿は、変わらぬ表情でもどこか楽しげで魅力的。
こんなの人気になるに決まってる。可愛いし綺麗だし最高だし最強なんだから。
玲奈は焦った。
玲奈は紅葉の一番最初の友達になりたかったからだ。だって一番最初に出会ったのは自分なのだ。なのに、自分以外が一番だなんておかしい。
「私、ファミレスでバイトするんだぁ」
朋絵の嬉しそうな声で玲奈は思考を浮上させた。今は昼休み。玲奈は友人達のいつものグループ、日南子、亜矢、朋絵と共におしゃべりに興じていたのだ。
紅葉はいつも通り机に顔を伏せて眠っていて、その下にあどけない寝顔が隠されているんだろうかと、玲奈はチラチラと盗み見てしまう。
「どこの?」
「えーっとね」
朋絵が一生懸命にファミレスの場所を説明している最中も、玲奈はどこか落ち着かない。あの伏せた顔が上がるのを今か今かと待ち構えているのだ。無表情ながらも少し寝惚けたような顔が見たくて、起きて最初に視界に入るのが自分というのが堪らない。紅葉が起き上がるタイミングはおおよそ分かっている。昼休みが終わる五分前だ。もう、いつ顔を上げてもおかしくない時間帯。玲奈は持ち前のコミュ力で、意識は紅葉に集中させつつ、グループの会話を回す。無駄なことにそのスペックを注ぎ込む玲奈であったが、ついに待ち望んだ瞬間は訪れる。
静かに、すっと紅葉が顔を上げた。いつもより僅かに閉じられた瞳。もにょもにょ動く口。玲奈は今すぐにカメラを連写したかったが、そんなことで嫌われたくはないため、いつものように心のフィルムに焼き付ける。
「朋絵のウエイトレス姿、絶対見に行くからね」
これは本心。朋絵がフリフリのウエイトレス姿でぴょこぴょこ頑張る姿は極上の癒しになるはずだ。
玲奈は友人達と朋絵がアルバイトをする店に突撃する予定を立てつつ、紅葉の一番の友達になるため、何か早急に手を打たなくてはと、策略を巡らせ始める。
それが上手くいくのかどうか、知っているのはラプラスの
不憫枠、玲奈さん。
勘違いを繰り返し、行動全部が裏目に出て、むしろ紅葉には苦手に思われています。
後々、紅葉視点もありますのでお楽しみに!