妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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前話が盛大な前振りだったと言っておかねばなるまい。


28話 嫉妬ウサギと駆け出す枯れ葉

日曜日。

麻衣さんが今度出演するらしいドラマの原作小説を熱心に読んでいる。

 

最近お仕事が忙しく、学校がない土日は大体朝から晩まで仕事だったのだけど、今日は朝から家にいるのでとても嬉しい。

麻衣さんと一緒にいられる時間が短くなるのは寂しいけれど、麻衣さんがやりたかったことだし、楽しそうだし、世間に麻衣さんの素晴らしさが認められるのは私にとっても誇りだし、我慢してる。その分、麻衣さんと一緒にいられる時間は存分に甘えるつもりなので、私は麻衣さんの隣に座って、寄っ掛かった。丁度、麻衣さんの肩に私の後頭部が当たるような感じで、半身はダラーっとソファーに体重を預けて、クッションを抱え込む。

 

「読みづらい」

 

麻衣さんが不満を口にしながらも、本を片手に持ちかえて、私の頭を撫でた。

このツンデレ的対応、非常に好みです。

 

しばらくそうして時間を過ごしていると区切りが良いところまで読み進めたのか、麻衣さんが本に栞を挟んで机に置く。

 

「そういえば紅葉、この財布何?」

 

「ふふん、なんと新しくしました!」

 

しばらく眺めていて机に置きっぱなしだった財布に、麻衣さんが目敏く気がついた様だ。

私はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、財布をババーンと突き出す。

 

薄いピンク色の小さな財布。

 

ここから私の壮大なおしゃれJK計画は始まるのだ。

 

 

「へー……で、これはに選んでもらったのかしら」

 

「な、なんでですか」

 

「明らかに紅葉の趣味じゃない」

 

ま、麻衣さん、目が据わっていませんか……?いつの間にか腰に手を回されていて動けないし、心なしか威圧感を感じる。

 

「そもそも、紅葉って基本的にこういうものって適当でこだわりがないでしょ?でも、こだわりが無さすぎてとりあえず良いやつで、なんてバカみたいな買い方してるから高級ブランドばかりになる……で、その財布はいくらかしらね」

 

確かに前の財布はそうやって買ったものだ。

でもそのことは麻衣さんには特に話していないはずなのに、なんで分かったんだ。私の無表情から何考えてるか当ててきたりするし、麻衣さんエスパー説が濃厚になってきた。

とはいえ、いくらエスパー麻衣さんでも、私が昨日、どこで何をしていたかまでは当然ながら分からないので、話してあげることにする。

 

「実は最近仲良くなった女の先輩と、昨日一緒に買い物へ行きまして」

 

「へー、二人で?」

 

麻衣さんは私が先輩と二人で買い物にいったというのが信じられないのかもしれない。もう昔のぼっち紅葉さんはいないのだよ。コミュ力つよつよなので、学校の先輩の一人や二人、一緒に買い物行くくらい余裕なのです。私は自分の成長を麻衣さんに見せつけるべく、さらに財布のプレゼンをする!

 

「はい!この財布も先輩と同じものを買いましたよ」

 

「ふーん、お揃いなんだ」

 

「色まで全く同じものを買いましたからねっ」

 

師匠には色まで同じにしなくても良いんじゃと言われたけど、デザインとの調和性とか、流行の色とか、何も分からないので素直に愚直に、同じものにしたのだ。黄色と迷ったけど、師匠が使っているとピンクが一番良いもののように見えたのだ。

 

「あれ、麻衣さん怒ってます?」

 

「怒ってる」

 

「え゛」

 

「なんで怒ってるか分からないんだ」

 

なんだか機嫌悪そうだな、と思って聞いてみたら予想以上に激おこだった。なんで!?

腕も足も組んでお怒りの麻衣さんに戸惑う私に、麻衣さんが問い掛ける。

 

「私が他の子と二人で買い物行ってたらどう思う?」

 

「えーっと、麻衣さん、一緒に買い物に行く友達がいていいなー、って思います」

 

麻衣さんが誰かと一緒に買い物に行っているところを妄想してみた。楽しそう。麻衣さんの友達だし、たぶんおしゃれな人で、私の想像もできないおしゃれショップをまわったりするのだろう。

服を選び合っても全部似合って、食事に行くお店はイタリアンとか意識高そうなお店で、昨日行ったコーヒーショップとかでも呪文みたいな商品名を詠唱して優雅におしゃべりして過ごす。

何それ、私もやりたい。

 

はぁ?

 

私は素直に思ったことを口にしたのだけど、国民的美少女から絶対出たらいけなそうな威圧感の、はぁ?に、麻衣さんがかつてないほどに怒っていることを悟る。これは、私がへたれてキスを躊躇してた時よりも怒っているのではないだろうか。

 

「あ、あの、麻衣さん?」

 

「もういい、帰る」

 

何が何だか分からず、オロオロしていると、麻衣さんは止める間もなく、引っ付かむように本だけを持って出ていってしまった。

 

静まり返った部屋。一人ぼっちになった部屋。

 

 

「へ?」

 

 

もしや、私ピンチ?

 

 

 

 

月曜日。

麻衣さんが怒って帰ってしまい連絡も取れず、寂し過ぎて眠れぬ夜を過ごし、絶望のまま午後から学校に行き、部活へ。

 

私は部長に事の顛末を話した。部長はコーヒーを作りながら、ふむふむと、聞いているのか聞いていないのか良く分からないような曖昧な反応をしつつ、コーヒーが一先ず完成したのか一口飲んで机に置くと、言う。

 

「紅葉って嫉妬とかしないでしょ」

 

嫉妬。

羨んだり、妬んだりってことだと思うけど、私がしないってことはないと思うんだよね。友達と普通に話しているクラスメイトを見て、いいなーって思うし、街を歩いていて美味しそうなものを食べてる人がいれば、私も食べたいなーって思う。

 

「紅葉のそれは嫉妬と言うより羨望だね。感情のベクトルが違うんだよ。

自分より優れた人間を素直に称賛できるくらいには、紅葉が優秀で、妬みよりも憧れが勝ってしまうから」

 

額面上の意味合いはそう変わらなくても、嫉妬と羨望では抱くイメージやシチュエーションが違うように、二つの言葉は正反対のようにその印象が違う。

 

「それと、紅葉が人間関係というものを捨ててきたから、嫉妬なんて感情が生まれる余地もなかったんだろうね。第三者がいて初めて存在しうる感情だから」

 

部長は人様にお話するには何の面白味もない、私の中学校時代を知っている。

それでもこうして変わらず接してくれて、ズバズバ言ってくれるところが私は大好きなのだけど、もしかするとそういうところが姉っぽいのかもしれない。

嫌々そうに、でもしっかり相談をきいてくれるし、頭が良くて頼りになる。

 

その部長が言う通り、私は他人に興味がなかった。自分以外の誰かの良し悪しなんて気にしてなくて、そもそも自分がどんな存在で何がしたいのかすら分かっていなかったのだから、そりゃ嫉妬も何もないだろう。嫉妬なんて、自分と相手を比較して初めて成立するのだから。

 

なるほど、確かに私は嫉妬を知らないらしかった。

 

「嫉妬ってどんな感じですか」

 

「……最悪の気分。自分が凄く惨めで、人が羨ましいし、どうしてって思う。そんなことを思う自分が一番最悪」

 

私が訊ねれば、部長はコーヒーをかき混ぜ、その渦を眺めながら語った。

たぶん、実体験なのだろう。部長は自分の個を貫けるくらいには強いけど、繊細で、クールで一人が苦じゃないみたいに見せて、本当は一人が何より怖い、自己評価の低い人だから。

 

部長の話を聞いて、思い返してみると、私にもあった。

前に、麻衣さんがかえちゃんを貰うと言った時に、私は大好きな麻衣さん相手に、こう、形容しがたい、怒りとも悲しみとも違う、その間のような、でも違うような、そんな感情を抱いていた。

 

麻衣さんが、かえちゃんと夜通しおしゃべりしていたことが羨ましかったのだ。

 

私とかえちゃんは親友だし、ずっと長い時間一緒にいるのに、どうやったって直接おしゃべりは出来ないから。

羨ましくて、羨ましくて――妬ましかったのかもしれない。

 

そんな感情を抱いた自分が嫌で、どうしてそんなことを思ってしまったんだろうと自己嫌悪に陥った。だから今までそのことはあまり考えないようにしていたのだろう。

 

そうか、これが嫉妬っていうのか。今まで知らなかった感情。

そう気がつけば麻衣さんが怒った理由も自ずと分かる。

 

 

麻衣さんは、私が知らない人と買い物して、お揃いにして、それを自慢されたから、嫉妬して怒ったんだ。

 

 

麻衣さんが忙しいし、有名人だから、ちゃんと二人で買い物なんてまだ出来ていないし、お揃いとかもしたことない。なのに、私が麻衣さんの知らない人、いつの間にか自分のできていないことをしてしまっていて、それを楽しそうに話すのだから。

 

こんなこと思ってはいけないのかもしれないけど、麻衣さんが嫉妬してくれたというのは――とても嬉しい。

そんなにも私のことを大事にしてくれているんだ、特別なんだって思えてしまうのだ。

 

「まあ、今回のことは桜島先輩が悪いと思うけど、鈍感すぎる紅葉がもっと悪いって見方もあるね」

 

「えっ、これ私が悪いんですか!?」

 

「小さな火を点けたのは桜島先輩でも、火種を用意したのは紅葉で、その火に嬉々として油を注ぎまくって大火事にしたのも紅葉なんだから、そうなんじゃない?」

 

部長は何を当然のことをと言わんばかりの反応だけど、納得いかない!

確かに麻衣さんを嫉妬させてしまったみたいだけど、それならそうと言ってくれれば良かったのだ。

なのに麻衣さんてば、なんで怒っているのか教えてくれない。元々はそれが問題だと私は思うわけです。

 

「あの人、独占欲が強いから」

 

部長がうんざりするように言うけど、麻衣さんそんなに独占欲強いのだろうか?

そもそも私は友達もまともにいないし、既に麻衣さんの独占状態だと思うんだけど。

麻衣さん以外と一緒に話したりする時間なんて、部活かアルバイトくらいだ。うん、クラスが含まれてないのが悲しすぎる。早く朋絵たんと仲良くなりた――ん?朋絵たん?

 

ぁあああああ!?」

 

私は大慌てで鞄を漁り、アルバイトのシフト表を引っ張り出す。まだ入ったばかりだから正式なシフト表ではなく、カレンダーの表の、私の出勤日に丸が記入されているだけのシンプルなものなんだけど――うん、今日のところに丸付いてるね。

 

「突然大声を出すな」

 

「部長、部長!今何時ですか!?」

 

「5時10分だけど」

 

「急げばまだ間に合う!」

 

迷惑そうに私を注意した部長に詰め寄り、時間を尋ねれば仏頂面のまま携帯の時計を確認して、教えてくれた。アルバイトは6時から!

今から急いで家に帰ってファミレスの制服を用意し、全力で向かえば間に合わない時間ではない!麻衣さんのことで頭がいっぱいですっかり忘れてた!折角入れてもらえたのに入ってそうそう遅刻なんてするわけにはいかない!

 

「部長、今日は私これで!」

 

私は大急ぎで自分のコーヒーを飲み干し、マグカップを洗うと鞄を掴んで、部長の返事も待たずに部室を飛び出そうとした。

正に、そのタイミング。

 

「紅葉……」

 

開けようとしたドアが勝手に開き、驚いて後退ると、そこには麻衣さんがいた。なんだかいつものオーラもなく、視線はずっと床を見ている。今日は仕事のはずだから、学校はお休みだったのにどうしているんだろう?

 

「……その、昨日は私、大人げなかったわ。ごめ――」

「あ、麻衣さん、すいません!ちょっと急いでいるのでまた後で聞きますね!?それじゃあ!」

 

麻衣さんが何か言いかけていたけど、私の計算では次の電車に乗り遅れたら遅刻確定なのだ!

麻衣さんと毎朝ランニングしてればもっと余裕あったかもしれないけど!やっぱり、体力は必要だね!

 

この時、完全に私の悪いクセが出ていたと言えるだろう。一つのことで頭がいっぱいになると別のことが全く考えられなくなって、それに突っ走ってしまうのだ。

 

私は唖然とする麻衣さんを置き去りにして、廊下を駆けた。ただアルバイトに間に合うか、どうか、それだけで頭をいっぱいにして。

 

 

 

だから。

 

 

 

 

はぁ?

 

国民的美少女から絶対出てはいけない、明らかに堅気じゃない、努気を孕んだ声を吐きながら怒りに震えている麻衣さんのことも知らないし。

 

 

 

「……紅葉はどこまでいっても妄想メンヘラ女だね」

 

 

その様子を見て、私は知らないよ、とばかりにため息を吐いて呟く部長のことも、私は知らなかったのだ。




次回、紅葉死す。

というわけで、本編ではピンチの紅葉さんですが、14話、デートの挿絵を描いてみました。


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