妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
「さっさと謝りなよ。次喧嘩してたら二人とも部室から追い出すから」
部長は私にそう念押しして帰っていった。
割といつも追い出されている気がするけど、麻衣さんと仲直りはしたいので、しっかり頷いておく。一応、部長も一緒に謝ってください!と頼んでみたけど余裕で拒否された。いいもん、コンビニスイーツに力を借りるから。ぐすん。
「枯木、ディナー落ち着いてきたし、またレジ教えるよ」
お客様も大分少なくなってきた頃、梓川先輩からレジ業務を教わることになった。操作は単純だし、そんなに難しくはない。後は、商品券とか割引券とか、そういう不測の事態に対応できるようになれば十分やれそうだ。
「枯木って、黙ってればハイスペックだよな」
「それ一番悪口なんで止めてくれませんか!?」
私の仕事ぶりを指導しながら見ていた梓川先輩が感心したように言う。
麻衣さんにも似たようなこと言われたことあるけど、それ本当に傷付くからね!?私ってなんでそんな評価!?泣こうかな!
流石に怒ったので、レジのカウンターで隠れて見えない所で、またも足首辺りをゲシゲシと軽く蹴っておく。今日のところはこのくらいで勘弁してやろう。
「いらっしゃいませー」
そうこうしていると、えらく美人な人が来店した。こう放っているオーラ?がもう美人だ。
「はぁ……。枯木、ちょっと待っててくれ。僕が対応するから」
その人が来店したのを確認すると、梓川先輩はため息を吐いてそのテーブルに向かう。まだ呼ばれてもいないけどどうしたんだろうか。いつも以上に怠そうな雰囲気だ。
「またですか」
「こんな美人が会いに来てるんだからもっと嬉しそうにしたらいいのに」
「わーい」
「相変わらずかわいくないなぁ」
年齢は二十代後半くらい。程良く落ち着いたラベンダー色のリブカーディガンに、パンツルックでいかにも仕事が出来そう。僅かに覗く胸元と、そこに揺れるアクセサリーが控えめに大人の色気を主張している。
そんな人と梓川先輩に接点なんてなさそうなものなのに、結構親しげに話している。
「で、ご注文は?」
「あら、もう分かっているんでしょ?」
「チーズケーキのセットですね」
「それは咲太君もセットかしら」
「僕は非売品なんで」
冗談も挟んでいる辺り、そんなに深刻ではなさそうだけど、梓川先輩の態度は突き放すようでもあり、迷惑とも思っていそうだ。あれが噂に聞く厄介なお客様、というやつなのだろうか。
ふ、ここは私が助けに入って後輩力って奴を見せつけてやらねばなるまい。
「梓川先輩、助けが必要なんじゃないですか」
「必要だとしてもお前じゃないな」
「流石に酷くないですかっ!?」
仕事中なので大声は出さなかったが、あまりの冷たさに驚愕した。さっき、ハイスペックって言ってくれたじゃないですか!余計な一言も付いてたけど!
「あら、すっごいかわいい娘。どう?将来うちで働かない?」
女性が丁寧な手付きで取り出した名刺。
TV局のロゴが描かれたその名刺には、『アナウンス部所属 南条文香』と書かれていた。
確かに、派手さのない化粧と知的な雰囲気はアナウンサーっぽいけど、まさか本物とは。益々梓川先輩がどうやって知り合ったのか気になる。
「ニコリとも笑わないアナウンサーって需要あります?」
「シリアスな報道番組なら大活躍なんじゃないか?」
「壊滅的に私と合わなそうなので止めておきます」
いらないこと言って何度も麻衣さんに怒られているような私だ。絶対に不適切な発言をしてしまいそう。毎回真顔で炎上発言を繰り返すアナウンサーとか嫌すぎる。
「それで、なんで本職のアナウンサーさんと、梓川先輩が知り合いなんですか?」
私達の様子を微笑ましそうに眺めていた南条さんは、その質問に待っていましたとばかりにやや弾んだ声色で。
「ちょっとね、彼のカ・ラ・ダに興味があるの」
「強ち間違っているとも言えないですけど、酷く歪曲した印象を与えるようなことを言うの止めてくれませんか」
梓川先輩曰く、梓川先輩は何やら不思議体験をしたことがあり、それがスクープの種になりそうだということで、南条さんは付きまとっているということらしかった。アナウンサーがどうして自らスクープ探しに邁進しているのかは知らないが、バイト先にまでやってくるというのは中々どうして熱意がある。
「梓川先輩、迷惑そうなら私が追っ払ってあげましょうか?」
美人なお姉さんには頗る優しい私ではあるが、一応、部長の友達であり、恩がないこともない梓川先輩が困っているというのなら、涙を飲んで鬼になろう。
「ふーん、どうしようっていうのかしら?」
挑発的に頬杖を付いて見上げる南条さんに、私は至って平然と答える。
「貴女の上司に連絡して梓川先輩に近づけなくしてもらいます」
「上司?ただの高校生がどうやって?」
「コネです」
上司、という言い方は正しくないのかもしれない。私が連絡しようとしているのは南条さんが所属しているテレビ局の社長。その人からは、孫のお見合い写真が送られてきているため、連絡は容易だ。何なら昔々のパーティで直接会ったこともある。
「これでもそこそこ名前は知られてるんですよ」
私の名札にちらりと視線をやった南条さんが顔色を変える。
まあ、アナウンサーなのに報道スクープを狙っているくらいだから
「貴女、まさかあの枯木家の!?」
驚く南条さんとは対照的に首を傾げている梓川先輩。
「あのって、なんかあるんですか」
「大財閥だし、歴史の教科書に何人も祖先が登場するような名家中の名家よ。それこそ平安から常に日本の権力者として続いてる家系」
平安って何年前だ、とちょっと頭が弱いことを呟いている梓川先輩にもどかしくなったのか、南条さんは少し溜めて口を開く。
「咲太君でも分かりやすく凄い人だと――彼女の祖父は3代前の総理大臣よ。ちなみに5代前も親族」
親族の一人ではなく、祖父、と断定していることから顔までは知らなくても、私のことも名前くらいは知っていたらしい。そこまで詳しいのはただの女子アナウンサーにしては深掘りし過ぎな気がするので、やっぱりこの人は記者気質なところがあるのだろう。私なんて最近はすっかり家に関わっていないというのに。
「他にも親族は大物ばかり。日本一華麗な一族とも言われているわ」
「華麗?」
「首を傾げないでもらえます!?」
しらっとした目で私を見ながら、首を傾げる梓川先輩。思ってても表に出さないでよ!別に私が自分で名乗っているわけでもないのになんて風評被害だ!
私だって華麗だなんて微塵も思ってないから!無駄に傷付いたよ!最悪だ!
私と梓川先輩のやり取りが面白かったのか、調子づいた南条さんはさらに饒舌になり、新たな情報を口にしようとする。
「ちなみに彼女のお母様は――」
「南条さん、あんまりおしゃべりだと私も怒りますよ?」
自分でも、ちょっと引くくらい無機質な声が出た。
それは私が、母親の話をされて感情的になっているということであり、どうでもいいと思っていながら、やっぱりちょっと心のどこかで母親という存在を気にしてしまっている、ということ。
「ごめんなさい、確かに無神経だったかもね」
素直に謝罪を口にした南条さんは本当に申し訳なさそうな顔をしていて、そんな顔をさせてしまう程、私の反応が露骨だったのだろう。こういうときに限って私の無表情は役に立たない。
「ねぇ、なんで枯木家のお嬢様がアルバイトなんてしてるの?」
ちょっとしんみりした雰囲気をぶち壊すように南条さんは質問してくる。流石は現役のアナウンサーと言うべきか、場の空気感が変わった。ここは私もこれに乗って、軽く答えておこう。
「趣味で」
「趣味かよ」
梓川先輩を含むアルバイトに従事している全国の学生達には申し訳ないけど、私が求めているのは経験であって金銭ではないため、趣味というのが一番しっくり来る。
何か教える気無くなったわ、という梓川先輩を宥めつつ、南条さんの元を離れる。お客様は殆どいないけど、いつまでも雑談をしているのは良くない。
「今日はもう帰るわね。咲太君、紅葉ちゃん、またねぇ」
私が梓川先輩から閉店前の片付けを教わっていると、注文したチーズケーキのセットを完食したらしく、南条さんがそう言って夜の街へ消えていった。またねぇ、ということは私の脅しを一切意に介していないのだろうか。
それどころが、私は貴女にも興味が出てきちゃったな、と美女に言われたい言葉ランキング上位の台詞を言われたけど、全然嬉しくない。
一体私のどこに興味が湧くような要素があったというのか。ただまあ、まんまというか、美女故に必然というべきか、私は既に彼女のことを好きになってしまっている。
これからは、彼女の出演しているニュース番組をチェックしようと思っているくらい。
心の距離感を掴むのが上手い人だと思う。とはいえ、付きまとわれるのは面倒なのだけど、あの人の性格上、きっと私が煩わしく思わない程度の頻度とタイミングで現れるのだろう。
そう思うと少しだけ楽しみな気さえする。
◆
勤務時間を終え、更衣室で着替える。
一人になって、ちょっとだけ強張っていた肩の力を抜く。私はいつもの私でいられていただろうか。急に家の話題になって、母の話題になって、どうも私は気疲れしてしまったらしい。頭の中を下らない過去の記憶がグルグルとしている。
変わったはずだ。変われたはず。昔の私とは違うはずだ。気にすることなんてない。
そんな風に念じてしまっている時点で、たぶん私は確信を持てていないのだろうが、無理矢理の自己暗示でその不安感を封じる。
深呼吸をして、更衣室のドアに手をかける。
梓川先輩が帰りは送ってくれることになったため、きっともう、スタッフの控室で待っているはず。あんまり待たせるわけにはいかない。
――大丈夫。
そう、もう一度だけ心で念じて更衣室を出る。
「お待たせしてしまったので、このかわいい後輩、紅葉ちゃんの着替えを想像してしまったことについては不問にしてあげましょう」
スマフォも持っていない梓川先輩は何をするでもなく、手持ち無沙汰に椅子に座っていたので軽く冗談を飛ばす。きっと先輩は面倒そうに、はいはいとばかりに返してくると、そう思っていたのに。
「無理すんなよ。別に僕は無言でも帰り道を気まずいと思わない人間だ」
あまりに予想外で思考が止まる。
一瞬で今日の勤務を振り返るが、私はいつも通り過ごせていたはずだ。梓川先輩だって何も言ってこなかったし、そんな雰囲気も無かったのに。
「家のことなら別に気にしてませんよ?気を遣わせてしまってすいません。私って表情に出ないので勘違いさせてしまいましたね」
努めて明るく言う。そうしなくては、取繕えなくなりそうだった。あれだけ念じて封じたものが溢れそうになった。
なのに、梓川先輩は続ける。私の言葉なんて知らないとばかりに、私の心が見えているように――
「お前はお前だろ」
――欲しい言葉をくれる。
何気なく、何となく言うように、でも目はしっかりと私の目を見て、梓川先輩は言った。
「少なくとも、俺も、双葉も、桜島先輩も、そう思ってる」
私は私。
たぶん、それを一番信じられないのは私で、私は皆に甘えている。皆が私を許容してくれるから、私は私をちょっとだけ好きになれているのだ。
こんなに良い人達に囲まれた私は、私が思っているよりちょっとはマシなはずだって。
そうだ、私にはもう大切な人達がいる。一人じゃない。だから大丈夫。
梓川先輩はそれを思い出させてくれた。
「なんせ、ちっとも華麗じゃないからな」
「余計な一言がいらなかったっ!」
台無しだった。
ちょっと感動してたのに、一瞬にして冷めたよ!
「ほら、帰るぞ」
ポンポン、と軽く私の頭を撫でるようにして、控室を先に出ていく梓川先輩。
その後ろ姿の残像を目で追ったまま、私は固まる。
――どうしてか心が暖かくって、どうしてか口から言葉が零れそうになった。
結局、口には出さなかったが、私はその不可解な自分の変化に首を傾げる。
なんで私は梓川先輩を――
分からないことはいつまでも考えないのが紅葉さんの良いところ。私はすぐにその違和感の追求を止めた。
そんなことより今考えなければいけないのは、麻衣さんにどうやって許して貰うかだからだ。
私は頭の中で美味しかったコンビニスイーツを挙げながら梓川先輩を追った。
感想・評価・ここすき、いつもありがとうございます!頂けるととても喜びます。