妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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32話 異世界(渋谷)冒険記

「まさかここは……異世界?」

 

「東京都渋谷区だね」

 

電車に揺られて1時間程、ライブ会場である渋谷に到着した私は完全にひよっていた。渋谷駅を一歩出れば、そこは個性と流行が吹き荒れるおしゃれタウンだったからだ。私からしてみれば異世界のようなものである。

 

「麻衣さんから授けられた装備がなかったら死んでました」

 

頭がクラクラするくらい人が多くて、誰も彼もキラキラと輝いていた。私ではこの麻衣さんにコーディネートしてもらったセットが無ければとても溶け込めなかった。

実はその点、部長は麻衣さんからも及第点を頂いていて、ファッションに全く疎いというわけではない。意外と言うのは失礼かもしれないけど、普段の無頓着そうな印象からは考えられないくらいおしゃれさんだったりする。羽織ったチェック柄のシャツと、生足が眩しいデニムのショートパンツはとても似合っていた。いつも無造作な髪もアップにしていて、理知的な面立ちの中に色気すら感じさせる大人な雰囲気だ。最高過ぎてライブのために用意していた、ハイエンドモデルのカメラは部長との待ち合わせから火を吹いている。あんまり撮りすぎて結構怒られたけど、こういう部長はレアなので諦めるわけにはいかなかったのである。

 

そんなわけで部長ばかり何十枚も撮ったカメラで、街の様子を一枚撮る。後で麻衣さんに見せるのだ。

 

「紅葉って、服は全部桜島先輩が選んでるの?」

 

「外出するときはそうですね。麻衣さんが結構な頻度で服を持ってきて着せ替え人形にされてますよ。それで、そのコーディネート毎に仕舞っているので私でも簡単におしゃれになれちゃうんです」

 

淡い緑色のワンピース。肩口からシースルーになっておりフワッと広がる袖は七分丈で涼しい。少し暑くなってきたこの季節にピッタリで、本格的な夏が始まるまで大活躍間違いなしだ。最近、麻衣さんが持ってきてくれる服によってクローゼットがすごいことになっているから、夏が本格化する前にもう一回着るか分からないけど。

 

「……独占欲が剥き出しだね」

 

何故か少し引いた感じで呟いている部長。かえちゃんになると髪が真っ赤になるから、かえちゃん用の服も用意してあって、私が寝たあとに二人でコーディネートして楽しんでいるらしい。私のおしゃれ意見はガン無視で麻衣さんコーディネートになるのに、二人は色々相談して服を選んだりしてるのすっごく疑問だ。かえちゃんが楽しそうで何よりではあるけれど、ちょっと寂しい。今度、麻衣さんに私の推しのTシャツをプレゼントして着てもらおう!今日のライブでも着るつもりで持ってきているもので私とお揃いだ。麻衣さんはお揃いが好きみたいだからきっと喜んでくれるだろうなぁ。麻衣さんが帰ってきたらすぐにプレゼントしよう。

 

「それでライブまでまだ結構あるけど、どうするの?」

 

「とりあえずどこかで休みましょう。もう私は目が回りそうです」

 

人が多すぎて立っているだけで疲れてしまう。部長もこういう環境は得意ではないから同じ意見なようでライブまでの間、喫茶店やファミレスを探して休むことにした。折角のライブなのに予備知識無しでは盛り上がれないと思っていたところなので部長にはしっかり私の大好きなアイドルグループについて語ってあげよう。

 

つまり、絶賛売り出し中の超絶可愛い奇跡のグループ、『スイートバレット』のね!

 

 

 

 

 

「渋谷怖い」

 

駅から歩き始めて1時間以上が過ぎてやっと、私達はカラオケボックスの個室で腰を落ち着けることが出来た。私は机に体を投げ出してグデーっと体を休め、部長も椅子に深く寄りかかって天を仰いでいる。二人共満身創痍である。

 

「紅葉があの桜島麻衣に匹敵する顔の良さなのを完全に忘れていたよ」

 

部長がアイスコーヒーを流し込んで、心底疲れた声で言う。

国宝どころが世界一といっても過言ではないくらいの麻衣さんのお顔と比べられると困ってしまうが、少しばかり容姿に恵まれているらしいのは、いくら自分の容姿に無頓着な私でも客観的意見として理解はしている。ただそれがどうやら私の思っていた以上に高く評価されているというのは今日初めて知った。

 

「麻衣さんから授けられた装備2がなかったら死んでました」

 

「こればかりは本当にそうだね」

 

部長と二人で歩いているだけなのに、5分おきくらいに声を掛けられるのだ。どこぞの企業の名刺を押し付けられてマシンガントークによる勧誘をされた。断っても全然諦めてくれず、疲弊していたのだけど、そこで思い出したのが麻衣さんに持たされていた装備2だ。それは、麻衣さんが所属している事務所の名刺である。名前は適当な偽名なのだけど、もう芸能事務所に所属しているのでとこれを印籠のように見せるとあっさりと引き下がってくれた。スカウトにあったりしたら使いなさいと持たされていたのに、そんな状況ないよねーと思って忘れていた。本当に助かったのでやっぱり麻衣さんは神なんや、と鹿児島の方に手を合わせた。

 

「今まで普通に街を歩いててもこんなことなかったんですけど」

 

「紅葉は雰囲気があるから、話しかけにくいんだろうね。でも彼らはプロだからそんなのには臆さずぐいぐい来るんだよ」

 

雰囲気、というのは良く分からないけど、スカウトなんてどこの街でも行っているものではないだろうし、やっぱり場所柄なのだろう。スカウト以外にも、ナンパと思わしき男性に2、3度声をかけられたけど、こちらはスカウトとは違って断ればあっさりと引いてくれたし。熱意のあるスカウトが多い街、ということだ。何せ、一歩も動いてないのに、スカウトを断った瞬間に、別の事務所の人が声をかけてきたりしたからね。本当に勤勉な人達だと思う。

 

「カラオケボックスが空いてて助かりました」

 

「まさか喫茶店でも声をかけてくるとは思わなかったね」

 

やっとの思いで喫茶店に入店したのに、ここのお代は払うから話を聞いてくれ、みたいなスカウトをされ速攻で店を出た。最早、安息の地は個室しかないということで、見かけたカラオケボックスに駆け込んだというわけだ。ここなら流石にスカウトなんて来るわけないのでやっと休めている。

 

「まあ、私的にはドリンクバー楽しかったので結果オーライです。カラオケボックスも初めてなのでワクワクしますしね」

 

「カラオケは分かるけど、ファミレスにもあるのにドリンクバーやったことなかったの?」

 

「使い方を知らないとアルバイト中に困るかもと思って、恥を忍んで梓川先輩に聞いたので仕組みは理解していましたけど、自分でやったのは初めてですね」

 

やったことないから教えてくれと、使い方を訊ねたときの、梓川先輩の驚愕した顔には本当に恥ずかしくなった。

一人暮らしをするようになって興味本位で何度か行ったことがあるくらいで、ファミレスなんてまともに行ったことがないし、挑戦してみようと思ったこともあったけど、なんだかレバーとかボタンとかいっぱいついてて、マナーも作法も分からないし、怖くて使ったことはなかったのだ。本当にお嬢様なんだ、的な視線が本当に嫌でその日は1日、事ある毎に蹴り飛ばしておいた。

紅茶だったら淹れるのも得意ですし、完璧にマナーを守って飲めますよ!と反論したのに微妙な顔してたし、ばりむかである。今度、家まで押しかけて紅茶淹れて、マナー違反を徹底的に指摘して恥をかかせてやろうかな。あの梓川先輩の妹さんにも会ってみたいし、今度、遊びに行っていいか訊いてみよう。

 

「折角来ましたし歌いましょうよ」

 

「勝手にどうぞ」

 

1時間ほど私がスイートバレットの魅力を語りながら休憩して擦り減った精神的疲弊も回復してきたので、このお店の本来の楽しみ方であるカラオケをやってみたくなってきた。元気を取り戻した私とは対照的に何故かさらに疲れている部長は構ってくれない。

 

「私一人だけ歌ってたら恥ずかしいじゃないですか」

 

「えっ、カラオケってそういうものだよね?」

 

「し、ししし知ってましたし!今日は私が歌う人やりますね!」

 

「…………ちょろい」

 

全然知らなかった!カラオケって皆で歌を歌うものだとばかり思っていたけど、歌う人と聞く人が専属でやるのが普通なんだ!危うくまた恥をかくところだったよ。何か部長が呟いてるけど何とか誤魔化せたみたいだね。

 

「ライブ前なので、ここはスイートバレットの曲を披露させて頂きましょう」

 

先に曲を知っていた方がより魅力が伝わるはずだ。部長にはまだまだスイートバレットをとても伝え切れてはいない。色眼鏡無しに自分の推しを見つけてほしいから、私の推しについて語ることを我慢しているのが原因かもしれないけど、ライブ後に語り尽くせばいいだけの話。というか、ライブの後で一人になったら寂しさが限界突破して大変なことになりそうなので部長には是が非でも家に泊まって貰いたい。かえちゃんのことは何となく察していそうなので、すんなり受け入れてくれそうな気もするし、かえちゃんも話し相手が麻衣さんだけというのは寂しいので部長と仲良くなってもらおう。勿論、かえちゃんに許可は貰っているので怒られることもない。前に何の説明もなく麻衣さんに会わせたの後で怒られたからねぇ……。紅葉ちゃんは反省を覚えたのだ。

 

さて、ライブ後にもそんな楽しみを残しつつ、今はライブに向けてテンションを上げていく!イマイチ使い方が分からなくて苦戦したものの、何とか曲を入れてマイクを握る。気分は私のピアノで歌ったときの麻衣さんだ。なんかかっこよくなった気がする。

 

「まずはスイートバレットのデビュー曲から!」

 

デビューライブを目撃した最古参ファンとして、この曲は外せない。私は、全然楽しそうじゃないだらけている部長をテンションMAXにするべく、気合を入れて歌い始めた。

 

――ちなみに、やっぱりカラオケは皆で歌って楽しむのが一般的だと後から知って、絶望的に恥ずかしくなり、この日の出来事は黒歴史になったりする。

 

時間を巻き戻す思春期症候群を下さい。





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