妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
スイートバレットのグッズは公式から販売されたものに関しては、私の知る限り全て入手している。と言っても、まだまだ売出し中のグループなのでそんなに頻繁に新商品が出ているわけでもないから自慢できる程ではないのだけど、ないのだけども、それだけ古参なんだよ、とドヤ顔しても許されるだろう。
「……なんで私の後ろに隠れてるの?」
そんな古参ファン、紅葉ちゃんは想定外の事態にビビっていた。いや、ビビっているのではなく、慎重に行動しているの方が正しい。紅葉ちゃんはビビらない。
「こ、こんなに人がいるなんて思ってなくて」
カラオケで休憩をし、開演20分前に到着した私達の前に広がるのは色とりどりのスイートバレット公式Tシャツを着たファン達による花畑。教室2つ分くらいのライブハウスは満員で集まったファンの熱気とざわめきで独特の一体感に包まれていた。
「さっきまで自分が宇宙一のファンだって言いながら熱唱してたのにビビってるの?」
「ビ、ビビってないですよ?ちょっとびっくりしただけですし」
そう、私は宇宙一のファン。初ライブの時の感じを想像してたら予想以上に人がいてビビったりなんかしてない。想定外の事態に少しばかり動揺しただけだ。
「前に来た時はこんなにいっぱいじゃなくて、もっとのんびりだったんです」
前に、と言っても初ライブしか行ったことがないのだけれど、その時はこんなに人は集まってなかったし、のんびりゆるゆるした空間だったのだ。
熱気と興奮が詰まった会場とファン。これがスイートバレットの、
「ここまで気合入れた服装させておいて、本人も殆ど来たこと無かったんだ」
私はライブ用にお着替えをしたので、スイートバレットのロゴが入った黄色のTシャツを着て、カメラと一緒に黄色のタオルを首にかけている。手に持ったサイリウムは電源を入れれば即座に黄色に光り輝くだろう。グッズフル装備の完全応援スタイルである。
そして、部長も同じ装備をしている。部長に着せようと最初から考えていたので家から持ってきていた。ちなみに家には麻衣さんの分も揃えてあるのでいつか3人でライブに着ていきたいんだよね。
部長には、これくらいしておかないと浮きますよという説得と、ほぼほぼ泣き落としというか、着てくれないとヤだーとダル絡みする駄々っ子戦法によって着替えてもらったけど、麻衣さんならきっと快く着てくれるはずだ。
「次に来る時は私が私を誇れるようになったときって決めてたので、デビューライブ以来来てなかったんです」
私に希望を、勇気を、未来を、与えてくれたライブ。私にとってスイートバレットのライブは新しい人生のスタートで決意の場だった。自分が自分を少しくらい誇れるようになったら、ファンとして報告したいと思っていたのだ。
「……誇れ…る?」
「首を傾げるの止めてくれませんかね!?」
部長が無表情で首を傾げている。まるで、えっ、こいつに誇れるところってある?とでも言いた気だ!
私にだって誇れるところは出来たのだ!
なんたって、私の世界一大好きな人、麻衣さんの笑顔を取り戻したのは私なんだ。たった一人かもしれないけど、それでも、誰かを笑顔にするために今日もこれからライブをする
「冗談だよ。良いんじゃない?紅葉は紅葉が思っているより、たぶん皆に想われてる。桜島先輩とか……まあ私もね。そういう人間は……もっと胸を張っていいと思うよ」
そっぽを向いて小さな声で言う部長。ライブ会場の喧騒に呑まれながらも、私の耳には確かに聞こえていた。
いや、本当にこの人は、ツンデレしながら私を甘やかすプロなんですかね。
「部長、今すぐ抱き締めて良いですか?というかしますっ!」
「暑苦しいから嫌だ」
交渉の末、ライブが始まるまでの間、手を繋いで腕に抱きつくことで妥協した。ふっ、なんだかんだで私の要求を聞いてくれちゃう部長、好き。
「あっ、暗くなった」
会場が暗くなると、スイートバレットのメンバーによるアナウンスが響き渡る。徐々に会場のボルテージ上がっていき、そして――
『皆一緒に盛り上がろうっ!』
――メンバー全員による掛け声と同時に、大砲のような音で放たれた金や銀の煌びやかな紙吹雪が舞う。色とりどりの光が会場を照らし、ステージには5人のスイートバレットのメンバー達がスポットライトに照らされ横一列に立っていた。
その左から2番目、出会ったときの黒髪から金髪になって、化粧も派手になっているけれど、あの時の笑顔のままのその人はいた。
豊浜のどか先輩。
中学3年生の時、私の人生を変えてくれた1つ上の先輩。私の永遠の推し。スイートバレットとして現在売り出し中の宇宙1可愛いアイドルだ。
「いくよーっ!」
センターのヅッキーこと広川卯月さんの掛け声と共にいきなりフルスロットルのライブが始まった。目まぐるしくポジションを変えながら、踊り、歌う様子はキラキラと輝いていている。
「……やっぱりすごいなぁ、先輩は」
私の恩人。私の憧れ。私の夢。
のどか先輩は出会ったときからずっと私を照らしてくれる太陽で、キラキラ輝く希望。最強最高のアイドル。
私が大好きな笑顔は、今日も百点満点花丸だ。
――先輩、私も少しだけ笑えたんですよ。人を笑顔にも出来ました。だからほんの少しだけ、また頑張れる力を下さい。貴女の笑顔に救われたように、私も誰かを勇気づけられるような、そんな心からの笑顔を、いつか出来るようにしますから。
私は決意を胸に抱きながらこの最高のライブを目に焼き付けた。
◆
「満足した?」
「そりゃ勿論っ!」
こういう場に慣れていないであろう部長は疲れ切った様子。でもあまり馴染みのない場所だからこそ、元来好奇心が旺盛な部長はアイドルとファンが一体となって作り出されるライブという不思議な空間を楽しんでいたように思える。たぶん部長って出不精なだけで行ったら行ったで楽しんじゃうタイプ。こうやって連れ出してあげるのが良いのだろう。というわけでまたこうして、私のワガママに付き合ってもらうこと確定である。スイートバレットの推し活動も一緒にやってもらえるように、これから魅力を伝えまくって沼らせよう。
「グッズ販売もあるらしいけど」
「出口のところで並ぶみたいですね、私は勿論買いますけど部長待ってます?」
「どうせやることなんて無いしついてくよ。紅葉を一人にするのも怖いしね」
「私への信頼が無さ過ぎるっ!」
係員の誘導に従って出口へ向かっていく。ここから物販の列に並ぶことになるようだ。
それにしても最高のライブだった。先輩はあの頃以上に輝いていて、あの頃のまま私の憧れだった。
『私が貴女を笑顔にできるアイドルになるから。だから笑えないとかそんなの気にしないでいいの!』
私が辛くて悲しくてどうしようもない時、先輩はそう言って私を励ましてくれた。涙が出るくらい嬉しかった。たぶん、私が今も生きていられるのはあの時の先輩の言葉のおかげで、だからこそその言葉を否定するわけにはいかなかった。
――私は笑える自信がなかった。こんな誰にも愛されたことのない人形に、先輩みたいな笑顔なんて無理だと思った。
先輩は最高にカッコよくて、圧倒的に可愛いくて、絶対的にアイドルなのに、私が笑えなかったら台無しになる気がした。先輩の言葉を、矜持を、汚したくなかった。
だから、先輩から逃げた。
中学校の卒業式、態々お祝いに来てくれた先輩と行きつけのカフェでささやかな二人だけの卒業パーティーをして。「新学期からもよろしくね、後輩」なんておちゃらけて言う先輩に、「はい、勿論っ!」と返して――全ての連絡を絶った。
推しに会えなくなるのは辛かったけど私のせいで先輩を傷つけるのは絶対に嫌だった。こんな私なんか忘れて、いつものような輝く笑顔でファンをときめかせてくれればそれが一番いいと思ったんだ。
だから今日も、ライブでその姿を見てそれで終わるはずだったんだ。なのに……。
「あ、やっぱりあたしのTシャツ着てくれてるっ!女の子のファン少ないから嬉しいな」
目の前にのどか先輩がいる。というか腕を掴まれている。良い匂いだし、相変わらず顔が良過ぎるし、ニコニコ笑顔が眩し過ぎて目が潰れそう。こんな至近距離に推しがいるなんて最高でしかないんだけど…………。
「それカメラだよね、ちょっとこっちに来て写真撮ろうよっ」
「ひぇ……」
『
成長した私には分かる。笑顔だからって油断しちゃいけない!この雰囲気は麻衣さんが怒っている時の雰囲気と同じっ!
扉の向こうへ押し込まれたものの、どうにか逃げ出さなければと頭を左右に動かして周囲を確認していると、ドンッ!と壁に突き刺さる白い腕。
「で、あんた数ヶ月音信不通で何してたのか洗いざらい話してもらおうじゃないの」
推しに壁ドンされるという最高のシチュエーションで、私は胸キュンと肝ヒヤを同時に味わっていた。何これ、私の臓器が誤作動起こしてるよ。
「逃さないわよ、紅葉」
耳元で囁く先輩の声は相変わらず甘かったけども、何故か私は震える足を止めることが出来なかった。部長助けてぇ!
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