妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
私の部屋は広い。無駄に広い。具体的に言うと3LDK。絶対高校生が一人で住むには広すぎる部屋だ。
アイランドキッチンのおしゃれなリビングも一人じゃ無人島状態だし、やたらと並んだ本棚も図書館を利用するようになってしまったために、全く埋まっていない。
その、スカスカの本棚から一冊の本を取り出す。
科学部の端くれとして、科学に親しんでおこうと、まだやる気のあった頃の私が買った本である。『サルでも分かる量子力学』という本で、タイトル通り量子力学的なことが書いてあるわけだけど、一度読んだだけで本棚に放ってあった。まあ、私が本を二度読むなどまずないことなのだが、こうまで適当に置いてあったことは悪かったと思っている。どうせ私にはもう必要ないものだし、理央先輩にあげよう。
「シュレディンガーの猫、ね」
観測理論、という考え方がある。
この世に存在する全てのものは、誰かが観測して初めて存在が確定する、というSF的面白ロジックだ。分かりやすく例えるのならば、新種の動植物だろうか。そこにあっても誰も目を向けていなかったからこれまでの人類の歴史でずっと『ないもの』になっていたわけで、それが今の今まで本当に存在していたのかは誰にも分からない。突如としてそこにぽっと現れたのだとして、それを誰も証明できない。
そんな考え方をより頭良さそうな感じで表現しているのがシュレディンガーの猫。
シュレディンガーという暇人が、ミクロの世界の特有だという確率解釈の矛盾を突くことで、量子力学が未だ不完全な学問であることを証明しようと考えた、猫を使った思考実験だ。
箱の中に猫と、少量の放射性物質と、ガイガーカウンター、それに反応する青酸ガスの発生装置を入れて密閉。放射性物質は1時間の内に原子崩壊する可能性が50%であり、もしも崩壊した場合は青酸ガスが発生して猫は死んでしまう。
逆に原子崩壊しなければ毒ガスは発生せず、猫が死ぬことは当然ない。
さて、この条件で1時間後、箱の中の猫は生きているか死んでいるか。
その答えはどっちでもいいのだが、問題はその答えは観測するまで分からない、猫の生死は五分五分だということ。
つまりは、観測者が箱を開けるまで、猫の生死は決定していないのである。
「果たして桜島麻衣は生きているのか死んでいるのか」
この世には、科学では証明できない不可思議な現象が存在する。実際私もそれを体験した……いや
あの、二週間前の出来事、桜島バニー先輩図書館襲撃事件の際、他の利用者が全く反応しなかったのはそういうことなのではないだろうか。何らかの事情によって桜島麻衣という存在を誰も観測できなくなった。
勿論、校内では未だ、桜島麻衣という存在は認識されているし、インターネットで検索すれば、桜島麻衣のキュートな子供時代の画像から、ちょっぴり刺激的に加工されたえっちな画像までいくらでも出てくる。
でも例えば、誰も桜島麻衣を見ようとはせず、検索もしなかったなら、果たして桜島島麻衣という存在を証明できるものは失くなってしまうのではないだろうか。
今、桜島麻衣という存在は箱の中にいるのではないだろうか。
誰かが時折覗くからそこに存在しているけど、その観測者は徐々に減っている。
結論から言うに。
「猫の桜島麻衣……可愛いな」
こんなくだらないことを呟くほどに、この私の思考に意味はない。
全てがたらればで、空想で、非科学的、SFファンタジーな妄想。
自分が
「さて、今考えなくてはならないのはそんなことではなくて――」
そう、長々と思考を続けていたが、私は今忙しい。なぜなら役目を終えた目覚まし時計が床に転がっており、アラームが鳴るはずの時刻をゆうに二時間は過ぎているわけで。
今日も張り切って遅刻しよう。
そう決意した私の行動は遅い。しっかり昼食を食べてから家を出た。
◆
ここ二週間、当然のようにほぼ毎日、遅刻を繰り返しているので、放課後、職員室へと呼び出された私はついでとばかりに掃除当番をバックレていることもお説教され、陰鬱な気持ちになったため、その憂さ晴らしとばかりにゲームセンターへ向かった。
諭吉一枚を代償に嫁のフィギュアをお迎えし、ルンルン気分でお気に入りのケーキ屋でケーキを購入した。あえて言おう。深夜のケーキは正義であると。
私は深夜アニメを見ながらケーキを食らう、そんな怖いもの知らずなJKなのだ。
ケーキ屋で迷いに迷って厳選した六品の入った箱を大事に抱えながら電車に揺られ、自宅のマンションに着いたのは9時くらい。ぼっちのJKの充実した放課後を過ごし、大満足で帰宅すると、マンションの入り口に見知った先輩が座り込んでいた。
というか桜島麻衣先輩だ。
ん?これはあれかな。ケーキと一緒に私をどうぞ、という素晴らしいデリバリーサービスかな?私のテクニックが火を吹く時がきたのかな?
「貴女、こないだの……って見えてないか」
どうやら先輩は私が先輩のことを認識できていないと思っているらしい。
むふっ。
悪いことを思い付いてしまった私は、先輩の目の前にカードキーをわざと落とした。
先輩は一瞬拾う素振りを見せたものの、自分が拾うとややこしくなると思ったのか、出した手を引っ込めた。
私はカードキーを拾おうとしゃがみ込む。
「あれ、カードキーがない」
ぷにっ、としゃがみこんだまま俯いた私の頭部に柔らかい感触。先輩、ナイスおっぱいです。
そのまま探すふりをしてふにふにと頭を動かすと、先輩はどう動けばいいのか分からなくなって、結局動かないことを選択したのかプルプルと顔を震わせながら耐えている。なんかえっちだ。
私は欲望のままに、次なる一手を打つ。
ピラッ。
そんな軽い音と共に私の目の前に現れたのは純白の下着。いやパンティ。
黒いタイツ越しでもその白さ、その神聖さは揺るぎなくそこにある。素晴らしい芸術。
しかし、私がその芸術を堪能できたのはほんの一瞬だった。
びたーん!というクラッカーのような爆音が私の頬から鳴り響く。
「貴女見えてるんでしょっ!」
顔を真っ赤にした桜島麻衣先輩が女の子座りでスカートを片手で押さえながら、手を振りかぶっていた。とりあえず私は真顔のままで、言ってみる。
「あっ、カードキーみっけ」
蹴り飛ばされた。
流石に酷いと思う。
「先輩、ビンタしたり、蹴り飛ばしたり、パワハラですよ?」
「貴女のセクハラよりは余程マシよっ!」
顔を真っ赤にしたまま、私の額を指でつつきながら、そう叫ぶ先輩。
可愛くて仕方ないのでもっと悪戯したいが、流石に私の身が持たない。叩かれた頬がまだヒリヒリする。まあ、私は痛いのも許容範囲ですが。
「ねぇ、何かすごく気持ちの悪いことを考えていない?」
「そんな顔に見えます?」
真顔でそう返せば先輩は押し黙ってそっぽを向いた。ふっちょろいぜ。私の表情筋はニートオブニート、どんなに変態的思想をしようと、表に出ることはない無敵の外装だ。先輩の目の前で先輩を辱しめる妄想だって出来てしまう。先輩は敏感に私の思考を感じ取っているのか、反応しているがそれがまた良い。その表情、私の性癖にジャストフィットです。
「そういえばどうしてこんなところに?」
「貴女こそなんで?」
「ここ、私の家なんで」
「……私もよ」
その、心底嫌そうな表情……ありがとうございます!
それにしても先輩もここのマンションだったのか。朝は基本的に、ギリギリか遅刻のどちらかでしか家を出ないし、帰りも帰りで部活やったり、遊んだり、遊んだりしてて、会うことがなかったのだろう。まだ住み始めて日も浅いしね。
こんな美人な先輩が住んでいたことに気がつかないとは、不覚だ。
「じゃあなんで座り込んでいたんですか?」
ここが先輩の家ならば、後は帰るだけだろうに、なんだってこんなところに座り込んでいたのか。もしや拾ってください的な?捨て猫プレイ的な?なにこれ新しい。
と、恐らく先輩が聞いたら睨みながら否定するのであろうことを考えていると「ぐぅ」とどこからか可愛らしい音が聞こえてきた。というか目の前からだ。
「…………」
無言で顔を真っ赤にしてお腹を押さえている仕草が堪らなく萌える。
「ケーキ、食べます?」
右手に持った箱を掲げる。甘い香り。期間限定さくらんぼケーキ、たっぷりイチゴの載ったショートケーキ、大人な雰囲気のチョコケーキ、私が厳選した最高のケーキ達は強がりな先輩を屈服させるには十分だった。
「……食べる」
恥ずかしそうに、消えそうな声で、そう言ったのだ。
可愛い過ぎかよ。
伏線をばらまいておくスタイル。