妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない 作:強炭酸カボチャ
「お、美味しい……」
「でしょうっ、私が引っ越してきてから数ヶ月、放課後に食べ歩きを続け、見つけた名店ですからね!」
本当にお腹が空いていたのか、ちょっと大きめにフォークで切ってケーキを口に運べば、先輩の口からは称賛の言葉が漏れた。宝石のようにキラキラとしたイチゴが並ぶショートケーキは、お店にいけば必ず購入する私一押しの品。一度口にすればもう虜になること間違いなしだ。
「ごめんなさい、ごちそうになって」
「良いです良いです、でも先輩どうしてあんなところにお腹ペコペコで座り込んでたんですか?」
自分の部屋に他の人がいるというのがとても不思議だ。先輩の使ってるもの、スリッパからお皿、フォーク、来客用のそれらは二度と使われることはないかもしれない、とすら思っていたのだが、日の目を浴びることができたようで何よりだ。記念に先輩の使った何もかもをそのまま保存しておこうと思う。うん。何もやましい気持ちはないけれど、記念だから。大切だから。
「ねえ、なんだかこの部屋寒くない?」
「そんなことないと思いますけど」
私が首を傾げると、先輩も両腕を擦りながら不思議そうにしている。そして、気のせいと思ったのか、ワンテンポ遅れて、私の質問に答えた。
「この前、図書館で会ったでしょ」
「ああ、先輩がえっちな格好で、色気振り撒いていたあれですね」
「変な言い方しないで!それに、その先輩というのも止めなさい」
真っ赤な顔でオロオロしながら、それでも強気な態度は崩さないそのスタイル、私大好きです。
とても弄りたくなる。
「えっ、後輩なんですか?」
「なんでそうなるのよ!名前で呼びなさい、と言っているの!」
「じゃあ、麻衣たん」
ごすっ、と鈍い音。
グーで腹パンである。弄った代償が大きすぎる。私としてはまだ、その手のプレイは勘弁してもらいたいところ。
「あの、私一応恩人だと思うんですが……」
「恩よりもまだ私の被害の方が大きいわよ」
口ではそう言いながらもちょっとバツの悪そうな顔をするの本当好み。
「では麻衣さんでどうでしょう」
「最初からそうしなさい、全く」
その呆れた様な表情も美人にされるともっと呆れられたいという欲求が沸いてくる。
「話を戻すけど、その図書館でのように、私の存在が認識されないのよ」
「国民的美少女だった麻衣さんがですか?」
「ええ、日毎に酷くなってるわ。昨日までは大丈夫だった場所でも今日は私を全く見えていないの」
本人は意識していないだろうが、淡々と話している様で、その声からは不安や恐怖心を感じさせた。
麻衣さんがバニーガール姿で歩き回っていたのも、本当に認識されていないのか調べるための仮装だったのだろう。あんな格好で歩いていれば、桜島麻衣を知らない稀有な人間であっても、ガン見するはずだ。
「最初は楽しかった。今までずっと注目されてきて、人目を気にして生きてきた。だから子供の頃からずっと願っていた。誰も私のことを知らない世界に行きたいって」
少なからず誰にだってそう思うときはあるのではないだろうか。何か失敗をしてしまったとき。凄く恥ずかしいとき。誰も自分のことを知らない世界なら良かったのに、と妄想する。麻衣さんは国民的美少女と称される程の女優だ。子供の頃から常に数多の視線に晒されてきて、そう願うのは当然とも言える。
「……私のこと、頭のイカれた女だって思ったでしょ?」
「いえ、私より頭のイカれた女がいるのなら是非お会いしたいですね」
不安そうに上目遣いで見られて、はい、貴女頭イカれてますね、と言える人がいるのならその人こそ頭がイカれていると思う。今、私は麻衣さんの頭を撫でたい衝動を必死で抑えているのだから。私にだって自らの行動を律する時くらいある。
「それもそうね」
「あの、今の冗談だったんですけど。納得されると傷つくんですけど」
どうやら私は麻衣さんに、頭のイカれた女、だと思われていたらしい。一年中妄想している女ではあるけど、そんなの全国のJKがそうでしょ。
まあ、妄想の内容がイカれていると言われればそれまでなんですけど。
「思春期症候群って知ってますか?」
「都市伝説でしょ」
思春期症候群。
その症状に明確なものはない。ただ何となくオカルトじみた出来事を総じていつしかそう呼ぶようになっただけだ。インターネットのその手の掲示板も覗けば、嘘か本当か『誰かと誰かの人格が入れ替わった』とか『心の声が聞こえる』とか、そうした情報には事欠かない。
まともな精神科医は、多感ゆえに不安定な精神が見せる思い込みだとバッサリだし、現代社会が生み出した新種のパニック症状だとか、集団催眠だとか、ストレスがもたらした病気だとか、他に出てくる意見も、そんなの気のせいだろ、とでも言うように本気にはしていなくて、結局のところ、実際にこうして不可思議な現象が起きたとしてもその原理だなんて分かりはしないのだから、大人達はそういう簡単な理屈で片付けてしまうのだ。
「こうして実際、とても気のせいでは片付けられない事態が起きている以上、都市伝説だなんだと言っている場合ではないでしょ。麻衣さんも薄々勘づいているかもしれませんが――」
昨日までは大丈夫だった場所でも今日は私を全く見えていない。
そう麻衣さんは言っていた。それは麻衣さんという存在が世界の中で徐々に居場所を失っているということ。その場所はどんどん減っていき、やがて。
「このままじゃ麻衣さん、誰にも認識されなくなっちゃいますよ」
世界に誰も麻衣さんを認識できる人がいなくなったら、桜島麻衣という存在は果たしてこの世に存在しているといえるだろうか。
誰も自分を認識しない世界。それはとても孤独で寂しくて。
「……分かってるわよ」
やはり、麻衣さんも薄々勘づいていたんだろう。毎日怖かったかもしれない。いつか誰も私を見てくれなくなるんじゃないかと、そんな恐怖に怯えていたのだ。
「まあ、難しいことを考えるのは明日にしましょうか!つまり麻衣さんは買い物も出来ずに腹ペコで、疲労困憊になって座り込んでいたと、そういうわけみたいですし」
「その通りなのだけど、心なしか小馬鹿にした言い方よね!」
「麻衣さんの自意識過剰ですよ」
言いながらアイランドキッチンへ向かう。私は食べるのが大好きなので当然料理もできる。私唯一の女子力と言っても良い。
今日は昨日作った豚の角煮があるため、角煮カレーにしようと朝から心に決めていた。トロトロの角煮をカレーに沈めると犯罪的な美味しさなのだ。
実は今日も今日とて大遅刻をかましたのは、その下準備をしていたからなのだ。カレーはほぼ完成していて、後は煮込むだけの状態になっている。スパイスから作った秘伝のカレーである。角煮を入れる前提なので結構辛口なのだが、麻衣さん大丈夫だろうか。きっとどんなに辛くても言い出せずに涙目で食べるんだろうなと思うとめちゃくちゃ萌えるので、最高でしかないのだけど。
私が鍋の中身を確認するために、蓋を開けたことで、お腹に突き刺さるカレー特有のスパイスの香りがしたのか、どこからかまたも『ぐぅ』という愛しい音が聞こえてきた。
どのくらい食べていなかったのかわからないけど、どうやらケーキ1つでは足りなかったらしい。
「すぐできますから寛いでて下さいね」
「て、手伝うわ」
「もう殆んど出来ているので大丈夫ですよ」
いたたまれなくなったのか、そう言って立ち上がろうとするが、私が断るとそのままストッと腰を下ろした。後はカレーを煮込んでいる間にお米を炊くだけだ。炊飯器で炊くのなら手伝ってもらっても良かったのだけど、家は土鍋で炊くスタイルなのだ。普段一人でしか食べないから、お米を大量に炊く必要もないし、拘っている。流石に土鍋で炊くのをやってもらうわけにもいかないから、ここは大人しく座ってもらっているのが良い。幸い、アイランドキッチン故に、おしゃべりも出来る。
手持ち無沙汰にしているモジモジ麻衣さんを見ているのも乙なものだけど、今日のところはお互いに知らないことも多いし、私は話しながら作業を進めることにした。
「麻衣さん、このマンションに一人で住んでいるんですか?」
「ええそうよ、どうして?」
「一緒に住んでる人にも認識されてなかったら生活しづらいだろうなって思ったので」
私の言葉に麻衣さんは、はっとしたようにスマートフォンを取り出した。そして、画面を見つめたまま固まる。
「私、一人で暮らしているの」
「私と一緒ですね」
土鍋を火にかけたままじっと視線を外さずに麻衣さんに返事をする。
「両親は母親だけ、もうずっと前に離婚してる」
「わあ、そこも一緒ですね。私も父だけです」
たぶん麻衣さんは、自分のことをあまり話すタイプではない。だからこうして家族のことを急に話し始めたのは、それだけ彼女が『いつもの自分』を保てないくらいに不安を感じているという合図。
私は至って『いつも通り』に雑談に興じる。
「一人っ子ですか?」
「妹がいる。離婚した父親が再婚してから出来た妹」
「麻衣さんの妹なら絶対可愛いですね、紹介して下さいよ」
「紹介する程、仲良くない」
「ま、ですよねー」
離婚した先の家族と仲良いというのはレアケースなんじゃないだろうか。少なくとも私は、母親が今どこで何をしているのかさえ知らない。父は何も教えてくれないし、私も何も知ろうとしていないから。
「なんで一人で暮らしているのか聞かないの?」
「聞いてほしいんですか?ちなみに私は聞いてほしくないですが」
「……そうね」
何の『そうね』なのかは分からないが、麻衣さんの中では1つの納得があったらしい。
「
「そう見えます?」
「ええ、とても」
「それはそれは、私エリートぼっちなので」
『貴女は』という言葉に麻衣さんの本音がある気がした。
学校でもずっと一人で、母親とも上手くいっていない。『誰も私のことを知らない世界に行きたい』なんてきっと心の底では思っていない。
誰かに、助けて貰いたかったんじゃないだろうか。背中を押して貰いたかったのではないだろうか。
――ぶくぶくと音がする。
土鍋が泡を吹いていた。沸騰してきた証だ。すかさず、弱火に変える。後は水蒸気が出なくなるまでこのまま火にかけて、蒸らせば完成だ。
「世の中、好きなことして生きるのって難しいですよね」
煮込んでいたカレーを一口。目が覚めるような辛さは、スパイシーでヒリつくような感覚が舌に残る。
「でも、私は私のままで生きたいんですよね。自分に嘘は吐きたくないんです。まあ、それを突き詰めていったら、遅刻常習犯のぼっちJKが爆誕したわけですけど」
楽しいことだけして、辛い思いはしたくないし、朝も昼も夜も夜中も、美味しいものをお腹いっぱい食べたいし、深夜アニメは録画じゃなくてリアルタイムで見たいし、睡眠はぐっすり、朝はゆっくり起きたい。
「私は……」
何かを言いかけて黙りこくってしまった麻衣さん。きっと、彼女は他人より少しだけ不思議なことになってしまっているけど、結局のところただ立ち止まっているだけだ。
一歩踏み出す勇気。
それさえあれば、きっと彼女は大丈夫。
「
思い出したように『くぎゅ』と音が鳴る。どうやら麻衣さんにはまず、勇気よりカレーが必要らしかった。
伏線やらばらまきつつ、徐々に主人公の情報を開示していきますが、特大の秘密を隠してますのでお楽しみに!