妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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6話 名探偵紅葉ちゃん

綺麗に完食されたお皿を前にして、麻衣さんが上品にティッシュで口を拭いている。その、ティッシュ買い取らせて下さい。

 

「麻衣さん、どうしたんですか、難しそうな顔をして」

 

難しそう、と称したが、どちらかというと睨み付けるよう、だろうか。空になったお皿をじっと見ている。あ、ちなみに麻衣さんは、ちょっぴり目尻に涙を浮かべながら食べておりました。可愛かったです。故に辛さを誤魔化せる牛乳を途中で出してあげますと『なんで最初から持ってきてくれないのよ!』というありがたい罵倒を頂きました。

 

「……普通、こんなに食べちゃったら少しは気にするでしょ」

 

麻衣さん、カレーお代わりしてたからね。その前にもケーキ1つをペロリと食べているし、まあ、平均的な女子高生からしてみれば食べ過ぎと言えないこともない。

 

「別に太ったところで、誰にも認識されないんですから良いじゃないですか」

 

ゴスッと、本気でど突かれた。睨む対象がお皿から私に変わる。

 

「良くそんなこと言えるわね!信じられない!」

 

「ブラックジョークのつもりだったんですが……あ、すいません、ごめんなさい、もうしません、反省しています、許してください、お願いします」

 

殺されるんじゃないかな、というくらいの眼力に思わず私は土下座していた。確かに今のはちょーっとだけ行き過ぎたジョークだったかもしれない。ただグーパンはいけないと思うんだ。口からカレーが出そうになったよ。パン製のカレー戦士に転職するところだったよ。

 

「では、お腹も一杯になりましたし、真面目に麻衣さんに起きていることを考えましょうか」

 

ムスッとしている麻衣さんのご機嫌を取るように、私はヘイコラしながら紙とペンを用意する。

 

「まず聞きたいんですけど、この現象っていつどんな状況で始まったんですか?」

 

前に一度、考察したことがあるけど、あれは私の経験と直感から導き出した妄想でしかない。色々と話を聞いて、絞り込むと、全く違う答えが導き出されるかもしれないし。うわ、麻衣さんにはまたど突かれそうだけど、こういうの凄く楽しい。ワクワクする。名探偵紅葉ちゃんだ。頭脳は大人、見た目はJK。いや美少女JK。

 

私の頭がまた得意の妄想を始めたところで、麻衣さんは意を決したように口を開いた。

 

「……正確にいつからかは分からないけど、気がついたのは四連休の初日」

 

「五月三日の憲法記念日ですね」

 

私が図書館でバニー麻衣さんを見かけたのが二週間前、ゴールデンウィークの最終日だから、あの日もこの現象が始まってからそう日が経っていたわけではないらしい。

 

「なんとなく気まぐれで江ノ島の水族館にいったの」

 

「えっ、なんですその結婚できずにアラサーを迎えるOLみたいな行動」

 

キッと鋭い視線。ありがとうございます。

 

「ありますよね、一人で水族館行きたくなる時って!」

 

私としてはぞくぞくするので睨まれるのも大歓迎なのだけど、このままでは話が進まなそうなので、誤魔化しておく。麻衣さんはまだ不満げだけど、とりあえずは話を進めることにしたのか、私から視線を逸らした。

ちなみに私は水族館に行った後、お魚を食べたくなるタイプだ。水族館に行った後だと、その辺のチェーン店でもお魚がいつもより新鮮な気がしてくるのでおすすめだ。

 

「……その家族連れで賑わっている水族館の中で、誰も私に注目していないことに気がついたの」

 

水族館はやや暗いし、そもそもお魚を見る場所だ。とはいえ、芸能活動を止めてから約二年経っても、元国民的美少女、桜島麻衣の知名度は高い。それに、これだけの美少女、芸能人でなくても注目されるだろう。誰も注目していない、というのは不自然だ。

 

「決定的だったのはその帰り。近くの喫茶店に入ったら『いらっしゃいませ』の声もかけられないし、席にも案内されなかったわ。お店の人に声をかけても反応がないし、勿論、誰も私に気がついてなかった」

 

なるほど。

そこで麻衣さんは自分の身に何かが起こっていることに気がついたわけだ。

 

「流石に驚いて逃げ出すように帰ってきたんだけど……藤沢駅に着いたら、なんでもなかった。皆私を見てたわ。あの『桜島麻衣』だってね」

 

「それで、他の場所ではどうなのか調べるためにバニーガールで徘徊していたわけですか」

 

「あの格好なら見えてたら見るでしょ。気のせいを疑う余地もない程に」

 

それはそうなのだが、もし見えてたら『桜島麻衣』は、芸能活動を休止して、バニーガールの格好で街を徘徊しているハイレベルな変態だと思われるのでは?

 

「……何かのプロモーションだと思ってくれるわよ」

 

私が指摘すると、苦し紛れにそう言った所から、たぶん、認識されないという状況を楽しんでいて、そこまで考えてなかったんだろうなー。

 

「それで、現状どの程度のエリアで、まだ『桜島麻衣』は認識されているんですか?」

 

「今日も学校では普通だった。でも、藤沢駅のパン屋さん、いつも買うお店なのに認識して貰えなかったし、藤沢駅の周辺はどこも駄目ね」

 

まあ、買い物が出来ずに途方に暮れていたくらいなんだから、周辺がもう駄目なのは当然か。ネットで買い物して、受け取りボックスに入れてもらえば、買い物も出来そうだけど、当日すぐに届けてくれるわけでもない。宅配じゃ相手が麻衣さん認識していなかったら受け取れないしね。

 

「まず、今の話を聞いて分かったことなんですが」

 

紙に今まで麻衣さんの話してくれたことをまとめていたので、それを見ながら分かったことを話すことにする。

 

「麻衣さんは物理的に消えているわけではないってことなんですよね。霊体のように壁をすり抜けられるわけでも、宙に浮くこともできないわけですから」

 

まあこれは、図書館の時点で分かっていたことなのだが、麻衣さんは人に認識されないだけで、物に触れることも出来るし、私に触ることも出来る。私から麻衣さんに触れることも出来る。

 

「歩き回れば疲れるし、食べなければお腹が空くことからもこれは確定と言って良いでしょう」

 

疲れ果ててマンションの前で座り込んでいたし、お腹からは可愛らしい音が何度も鳴っていた。

 

「結論として、麻衣さんは他者から見えなくなっている、認識されなくなっているだけ、と考えられます」

 

「……勝手にそうだと思い込んでいたけど、確かに物理的に消えている、という可能性もあったのね」

 

感心したように麻衣さんが頷く。まあ、体感している人間は何となく自分がどういう状態なのか分かるものだ。これは客観的意見という奴なので、麻衣さんとしては考える必要のないことだろう。

 

「まあ、これだけ分かれば原因はなんであれ、対処は簡単です」

 

箱の中にいるから観測者が覗くのを待つしかないのだ。それならば、箱から出てしまえば良い。観測するしかないくらいに目立てば自然とこの現象は収まる。

 

「麻衣さんが芸能活動を再開すれば、注目が集まり自ずと認識されるようになると思いますよ」

 

麻衣さんが息を呑んだ。

全然考えていなかったわけではないのだろう。むしろ、考えていたことを言い当てられたような、そんな驚きか。

 

「私は……」

 

麻衣さんは俯いて、言葉を詰まらせた。まあ、あれだけ人気だった彼女が突然芸能活動休止だなんて、そんなののっぴきならない事情があったに決まっている。それは母親と別で暮らしていることだったり、妹と仲が良くないことだったり、そんなことと関係しているのかもしれないけど。

 

「頑張ろうって、思えたなら頑張れば良いんです。やりたくないことやったり、我慢したり、そんなの詰まらないと思いません?」

 

苦しいなら苦しいって言えば良いのだ。助けて欲しかったら、助けてと頼って欲しい。どうしても我慢しなくてはならないこと、やりたくないけどやらなくちゃいけないこと、あると思うけど、限界なら限界だって、声に出すことがきっと大切なんだ。

 

それが分からなかったからきっと私は――

 

「別に仕事が嫌なわけじゃない」

 

ポツリと麻衣さんは言う。

そうだろう、とは思っていた。麻衣さんは女優であったことを隠そうともしないし、むしろ誇りに思っている。女優の自分に自信を持ってる。それでも今こうして燻っているのは、それ以上に何か芸能界復帰を踏み留まらせる理由があるのだ。それはきっと私なんかが何かを言ってどうにかなるものではなくて、麻衣さん自身がどうにか折り合いをつけなくちゃいけないことなんだろう。

 

――ゴーン、と鐘の音が響いた。

縦長の掛け時計が、0時になると鳴らす音だ。深夜アニメを見る準備を始めるのに、丁度良く鳴らしてくれる。

 

 

「……もうこんな時間だったのね。夕飯までご馳走になってごめんなさい。私、もう帰るわね」

 

 

麻衣さんは直行で私の部屋に来たため、着の身着のまま、制服姿のままだ。同じマンションに住んでいるのだから一度着替えてから来れば良かったのに、そんなにもお腹が空いていたのだろうか。そう考えると可愛らしくて仕方がない。

 

「麻衣さん、今日泊まっていきませんか?」

 

「それって、どういうお誘い?」

 

「1人で起きるの怖くないですか?朝起きてすぐにおはようって言ってもらえたら凄く安心すると思うんですけど」

 

今日こそはもう誰も自分のことが見えなくなっているんじゃないだろうか。そんな不安と恐怖と共に目覚めるのは、凄くしんどい。

でもまあ、こんなこと言って、意地っ張りで強がりで強情の麻衣さんが素直に頷くとは思えないので、優しい私は最後の一押しをしてあげる。

 

「それに、朝食、あるんですか?」

 

麻衣さんはしばし、出入口で固まって――

 

「……着替えてくる」

 

そう言って部屋を出ていった。

そのぶっきらぼうで、素っ気ない返事に、『桜島麻衣』の素の可愛らしさがあるんだよなー、とまだ二回しか会ったことがないのに通ぶったことを思いながら、私は沸き上がる萌えに悶え苦しんだ。





お泊まりに持ち込む紅葉さん。
今回、説明回になってしまいましたが、次回から、主人公の大きな伏線を回収していきます。原作とも大きく絡むものになっていますので、お楽しみに!

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