妄想メンヘラ女はバニーガール先輩の夢を見ない   作:強炭酸カボチャ

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9話 決断とエリートカレンダー

『桜島麻衣』引退の真相はただの親子喧嘩だった。

麻衣さんのマネージャーを務めていたお母さんは、『水着は絶対NG』という条件を『あった方が絶対売れるから』という身も蓋もない理由で反故にして、写真集の契約をした。麻衣さんが中学三年生の時、最後に出した写真集のだ。

 

当日、麻衣さんには女優として十分な需要があったし、むしろ雑誌のグラビアでも水着はやらずに肌を見せないことで、同年代の中でも特別な立場を確立できていたことを考えると、『あった方が売れる』という考えは『桜島麻衣』というブランドのプロデュースとしては上手いとは言えないだろう。長期的に『桜島麻衣』を売り出していくのなら、そうした『絶対売れる』というものは安易に出すべきじゃない。

まあ、麻衣さんが言いたいのは、そんなビジネス的なことではなく、信頼の問題で、心情の問題だ。

 

「まだ中学生だったのよ!?スタジオに入ったら水着がいきなり用意されていて、周りには大人しかいなくて、もう契約しちゃったからって言われて……嫌で嫌で仕方がなくても、仕事だからって無理矢理、笑顔を作るしかなかった」

 

6歳から芸能活動をしてきた麻衣さんは、中学生でも正真正銘プロだった。現場に迷惑をかけられないからと、空気を読んで利口な判断をする。子供だと主張できずに、大人ぶるしかない。

 

「結局、(あの人)はお金儲けのことしか考えていなかったのよ」

 

自分を商品としてしか見ていなかった母親への反発。大人ぶるしかなかった麻衣さんの最大の反抗。

『枯木紅葉』が物心付いた頃には既に母はいなかった。母親というものを知らずに育ってきたし、だから麻衣さんの気持ちを理解するなんてどだい無理な話である。母に裏切られたとか、そういう類いの感情なのだろうけど、それは想像でしかなく、しかし、だからこそ、多少なりとも麻衣さんは母を信頼していて、母親として好きだったんじゃないかな、と思う。だってそうでなければ、そもそもそんな反発心は沸かない。自分の意にそぐわないマネージャーだからと切って、また新しく仕事を始めることもできたはずだ。

そうでなく、活動休止、という行為で仕返しをするというのは、やはりそういうことなんだろう。

それが少しだけ羨ましい。

 

 

「尋問じゃなかったんですか?」

 

「紅葉が言いたくないこと無理矢理聞き出すなんて、私しないわよ」

 

かえちゃんと夜通しおしゃべりをしていたらしい麻衣さんが二度寝し、当然、かえちゃんがそんなことをしていたのなら、私もまともに寝ていないわけで、起きてそうそう眠いという現象に見舞われた私もその隣で寝た。

二人して爆睡し、起きたのはもう昼も大幅に過ぎた2時。こんな時間まで寝たのいつぶりだろう、という麻衣さんの言葉が彼女の健康的生活を窺わせる。土日だとこういう日も多々ある私としては少し刺さる言葉だ。いや、私はほら、かえちゃんがいるし。多少生活サイクル乱れるの仕方ないし。

……ちょっと気を付けるようにしよう。

 

そんなたぶん絶対明日には忘れているような決意をしつつ目覚めた後は、朝食兼昼食として、簡単にフレンチトーストを作って食べた。カロリーと甘味の誘惑の狭間で、二つ目を食べるか迷っている麻衣さんの目の前で、トーストにアイスを載せた時の顔は傑作だった。漫画みたいな顔してたね。正に絶望だった。

麻衣さん、アイスオンフレンチトーストを食べた後、暫く後悔してたからね。そんな気にしなくても良いと思うけど、そんなこと言うと絶対怒られるから流石の私も言わない。でも、細かくカロリー計算している人の前で食べる甘味は最高だと気がついてしまったから、今度も麻衣さんが我慢しているときにやろうと思っている。

 

さて、そうして昼食が終われば尋問タイム――だと思っていたのだけど、麻衣さんの最初の一言は「私、芸能界に復帰するわ」だった。

ドラマや映画などの仕事は好きで、やり甲斐もあって楽しくて、ずっと続けたいと思っていて。

彼女はそんな感情に嘘を吐くことを止めたのだ。

 

尋問だなんだと言っていたのは、彼女の照れ隠しで本当はただの決意表明だった。誰にも言えなかったのであろう話をぶちまけて、彼女が前に進むための儀式。私はその、ただ一人の観客だった。

 

「ねぇ紅葉、明日も学校サボりましょう」

 

いつも大人な麻衣さんが、少し悪戯っ子ぽく笑う。可愛らしさと妖艶さと。その狭間のようなその表情は、ちょっと私には刺激が強すぎて、私はたっぷりと長い時間沈黙してしまった。

 

「な、なによ」

 

ちょっと恥ずかしそうな麻衣さんが、赤面しつつ、小突いてくる。叫びたいよ。この衝動を叫びたいよ。可愛い、と。ただそれだけを叫ばせて欲しい。

 

「麻衣さん、可愛いなって思って」

 

私がそう言うと、麻衣さんは無言で私の額を指でつついた。そういう照れ隠し、良いと思います。

 

「返事」

 

「はい、麻衣さんのお言葉とあれば学校などいくらでも休ませて頂きます」

 

頬が赤いまま睨まれたので、これはもう照れが爆発寸前だと悟った私は素直に返事をした。可愛いのだけど拗ねさせてしまうと面倒くさい。いや、勿論そういうところも可愛いと思うし、好きなのだけど、あえてそれを選ぶのはまだちょっと早い。

 

「本当は駄目なんだからね」

 

いきなりそういうお姉さんっぽいこと言うの本当に好き。叱られたい欲が高まってしまう。どうやら私は新たなステージに到達してしまっているらしい。これはもう麻衣さんに責任取ってもらうしかないね!

 

「休んでどうするんです?またゴロゴロします?」

 

「鎌倉に行ってみたいの。私、こっちに2年も住んでいるのに1度も行ったことないから」

 

「私も行ったことないです」

 

「なら丁度良いわね、2人で行きましょう」

 

「デートですか!デートですかっ!?」

 

「なんで2回言ったのよ……後、顔近い」

 

思わず両手をテーブルに付いて、ぐいっと麻衣さんに接近してしまった。煩わしげに頬を手で押されてイスに戻される。麻衣さん冷たい。

 

「デートでもなんでも良いけど……もうっだから近い!」

 

麻衣さんのツンデレ的ワードにまたも立ち上がったのだけど、今度は顔面を掌で押されて戻された。遠慮がない。これでも私、麻衣さんと同じJKだよ?

 

「じゃあ、デートです!デート!」

 

「はいはい、じゃあデートってことにしてあげる」

 

いやっほ~!初デート確定!これはもう私、リア充だねっ!小躍りしてしまいそうな、羽のようにふわふわした気持ちで私はカレンダーの数字をハートマークで囲った。

 

「明日なんだから別に書き込まなくても」

 

「これもデートでやりたいことだったんですよ!カレンダーに書き込んであるだけでワクワクします」

 

心なしか今まで何の予定も書き込まれることのなかった真っ白なカレンダーが喜んでいるようにすら見える。このカレンダー、部屋にあっても誰も見ないただのポスターとなっていたからね。今日から君はただのポスターではない。正真正銘カレンダー、それも、デートの予定が書き込まれたエリートカレンダーだ!

 

私が大満足で、カレンダーの明日の日付を眺めていると、ふと、カレンダーの横に埋め込まれている固定電話が目に入った。ここに引っ越してきてから緊急連絡網で一度かかってきただけの飾りだったのだが、何やらチカチカと光っている。

 

「麻衣さん、電話光っているんですけど、これ何か分かります?」

 

「留守番電話じゃないの?」

 

麻衣さんは私と同じこのマンションに住んでいる。使っている固定電話もこれだろうから使い方も分かるのだろう。電話を少し見て、やっぱり留守電ね、と言いながら受話器を私に渡してくる。

 

なんだろう?セールスの電話だろうか?私がスマフォを持っていないが故に、あらゆる登録にはこの家電の電話番号を使っているし、どこからかかってきていてもおかしくはない。その可能性の中に、友人、という可能性がないことは、落ち込むこと間違いなしなので深くは考えない。私には電話なんてしなくたってかえちゃんがいつでもいるもんね!

 

 

『紅葉、今日サボったら退部(クビ)だから』

 

 

受話器から聞こえる声は、抑揚のない、そこのチャンネル取って、くらいに何気ない口調だったが故に、私は理解するのが一瞬遅れた。念のためにもう一度聞いてみるけどやはりその声も内容も変わりはしない。

 

「ま、まままま麻衣さん!」

 

「ま、が多い。そんなに慌ててどうしたのよ?」

 

そりゃ慌てるよ!この単刀直入過ぎて名乗りもしない留守電は間違いなく、我が科学部部長、双葉理央先輩のものである。入部するときに入部用紙にこの家電の番号を書いているし、部長である彼女ならば知ることは容易いだろう。電話がかかってきたこと自体は何ら問題ないのだけど、その内容が大いに問題だった。

 

だって、もう四時過ぎなんだよ?

 

「この留守電、朝の7時くらいに入ってたみたいね、まあ二人とも気がつかなかったけど」

 

家の電話は音が鳴らないようになっているから気がつけるわけがなかった。まあ爆睡だったから、鳴ってても気がついたかどうかは怪しいところだけど。

私が麻衣さんに今の留守電の内容を説明すると、麻衣さんは至って真面目な顔で。

 

「諦めなさい」

 

「うわーん、酷い!」

 

大慌てでクローゼットを展開し、制服をぶん投げる。そのまま服を脱ぎながらそれを拾い上げ着ていく。今日は寝癖ないし、もはや髪は弄らない。でも乾燥するのが嫌なのでリップクリームは塗っておく。

僅か5分足らずで私の身支度は終わった。その光景を唖然と麻衣さんが見ていたことからも私の速さがどれくらいのものか伝わるだろう。この域に達したかったら女子力を捨てるしかない。誰か私の女子力拾ってきて。

 

「じゃあ麻衣さん、私行ってくるんで」

 

「今から行っても間に合わないでしょ」

 

麻衣さんが残酷なことを言ってくる。でも、サボったら退部なのであって、遅刻はセーフなはずっ!きっとそのはず!

とはいえ、相手はあの部長だ。最近、部長と呼ぶとちょっと機嫌が良くなることに気がついて、萌えたりしたが、基本的に部長の私への対応は酷い。

 

「麻衣さん、一緒に来て下さい」

 

「出るまで一時間はかかるわよ?」

 

これが女子力なのか……。なんか、凄く落ち込む。今度、朝の麻衣さん観察して勉強しようかな。

 

「……後から行ってあげるから、もう行きなさい」

 

私が落ち込んでいる様子を勘違いしたのか、麻衣さんが私に背を向けてそんなことを言ってくる。麻衣さんね、そういう行動可愛すぎるからね、本当に!そのナチュラルなツンデレ、私に刺さりすぎるから!

 

「麻衣さん、抱き締めて良いですか」

 

 

 

 

部屋を蹴り出された。

あの、耳が赤くなってて、隠し切れない照れ故の行動だと分かるので別にご褒美なんですけど、ここ、私の部屋……。

 

私は自分の家を蹴り出されるという稀有な体験をしつつ、そのままダッシュで学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

電車に乗れなかった……。

定期券もサイフも持ってないからねっ!

 

 

ただいまの時刻、4時30分。はい、遅刻ぅうう!

 


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