八雪はアッタカイナリ   作:うーど

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クリスマスと似合わない言葉2

  interlude...

 

 

 

 目が覚めると、寝室は真っ暗で冷えていた。今現在の時間を確認すべく、ベッドから体の上半身のみを起き上がらせ、ベッドの脇の机に置いてあるケータイを手に取る。

 

 ケータイの画面を点けると、丁度午前2時という数字が映し出された。

 

 既に日付は変わっており、今は12月25日、世間でいうクリスマスという日だ。

 

「そんな日に、何をやっているのかしら...」

 

 そう、つい独り言が漏れた。自分の不甲斐なさがとても腹立たしい。比企谷くんは日付は関係がないと言ってくれたけれど、それでも私は我が儘を言えばちゃんと昨日の日にパーティーをしたかった。高校生最後のクリスマスだからこそ余計にその日にこだわりたかった。でも、そのパーティーを潰してしまったのは私。

 

「本当に、なにをやっているのかしら...」

 

 ついまた独り言が漏れる。きっと由比ヶ浜さんも比企谷くんも本当は昨日の日にパーティーをしたかったに違いない。それでもそんな気持ちをおくびにも出さずに私を励ます言葉を送ってくれた二人には感謝しかない。

 

 ケータイの画面を消灯すると、そこはまた真っ暗な寂しい部屋と変わる。ケータイを机の上に置き直し、寂しさを少しでも誤魔化すためにお気に入りのパンさんのぬいぐるみを抱いてもう一度眠ることにする。

 

 しかし、そこでふと違和感を覚える。

 

 部屋は真っ暗でよくわからないけれど、確かに違和感がそこにある。

 

 違和感の正体を確認すべく、机の上に置いてあるランプを灯す。周りが仄かな光で照らされた。

 

 そして違和感を感じた枕元に視線をスライドさせた。

 

「...え?」

 

 そう驚きの声が出てしまうぐらいには違和感の正体に驚かされた。そこには緑のリボンで口を結ばれたベルやらツリーやらがプリントされた赤い袋が置いてあった。大きさとしてはそこまで大きくはなく、丁度今抱えているパンさんのぬいぐるみが入る大きさだ。間違いなく自分が眠りにつく時には無かったものだった。クリスマスプレゼント、というものだろうか。

 

「はぁ...、姉さんね...。いくら姉妹とはいえ不法侵入はいただけないのだけれど...」

 

 こんなことを仕出かす人物なんて姉さん以外考えられなかった。してやったり顔の姉さんを想像してしまい、自然とため息が漏れる。いったい全体あの姉さんが私にどんなしょうもない物を送りつけてきたのだろうか。それを確認すべく袋のリボンを解いて中の物を取り出す。

 

 しかし、袋から出てきたものはショッピングモール内にあるデスティニーショップにこの時期のみ賞品棚に並ぶサンタ仕様のパンさんのぬいぐるみだった。まともなものどころか私の喜びそうなものでつい驚愕してしまった。大丈夫かしら、ついに頭おかしくなってしまったのかしら...。疑問の気持ちも大きいけれど、自分が持っていないパンさんのグッズが手に入った嬉しい気持ちのほうが大きく、つい顔がほころぶ。

 

「あら...?」

 

 袋から取り出したパンさんのぬいぐるみにメッセージカードが添えられているのに気づく。こっちが本命かしら?

 

 しかしそのメッセージカードには姉さんの文字ではなく、でもどこかで見たことのある書き文字で一言。

 

 

 

『あなたにメリークリスマス』

 

 

 

 と、だけ書かれていた。その瞬間にこのプレゼント自体は姉さんが用意したものではないと気づく。いえ、プレゼントのチョイスの時点でとっても怪しいとは思っていたけれど。

 

 でも、そうなるとこのプレゼントは一体誰が...?雪ノ下家の誰か、もしくは雪ノ下家の誰かと繋がりのある者にしぼられる。

 

 しかし、すぐに犯人がわかった。その犯人の決め手となることがメッセージカードの端に小な文字で書かれていた。

 

『俺達には似合わない言葉だよな』

 

 こんなひねくれた物言いをする人物なんて私の周りに一人しかいない。姉さんに頼んでまでこんな凝ったことをするなんて、彼は何を考えているのかしら...。

 

 呆れてため息を吐こうとするが、ふいに、ぽつりと、メッセージカードに水滴が落ちた。

 

 そこからまた、ぽたぽたと、メッセージカードや自分の手に水滴が落ちて濡らしていく。

 

 どうして?自分自身よくわからなくて、でもいつの間にか私は泣いていて、止め方がわからない涙が次々と落ちていく。

 

 これ以上カードを濡らさないためにも手からカードを離す。そして空いた手で腫れることがわかっていたのに、つい目からあふれでている涙を拭ってしまう。

 

 呆れたのは本当。彼の似合わない行動に最後で格好のつかない言葉、どれもこれもがおかしくて、呆れて、笑って。

 

 でも、彼がくれたものが、彼から出た言葉とは思えないとっても似合わない添えられた言葉が、その総てが、とても暖かかった。

 

 だからだろうか、気づけば寂しくて寒かった私の体と心は、今はぽかぽかと暖かくなっていた。

 

 離したメッセージカードをもう一度手に取り、自分の涙で少し滲んでしまった文字を読み直す。そして、そっと隣の机の上に置いて、そのまま灯していた明かりを消灯させた。

 

 後ろ向いた気持ちはもうどこにもない。お気に入りのパンさんのぬいぐるみと、目の腐ったサンタがくれたパンさんのぬいぐるみを抱えてベッドに横たわる。

 

 きっと今日という日を、このぬいぐるみを見るたびに、毎年訪れるこの日に、何度も、何度も、思い出すだろう。この暖かい気持ちと共に。

 

 貰いっぱなしなんて許せない、伝えたい言葉と贈りたい言葉を届けるためにきっと元気になってみせてやる。私は負けず嫌いなのよ?

 

 

 だからどうか、待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から数日後、雪ノ下が快調したため、改めてクリスマスパーティーを開いた。にしてもやけに治り早いな...。雪ノ下に言ったら「本気だした」とか言うし。どれだけパーティ楽しみだったの?なんか微笑ましい。

 

 既にショッピングモールで交換するプレゼントを購入して今は雪ノ下の住むマンションで雪ノ下が振る舞った料理を食べている。病み上がりなのに無理するなよ...と言ったら「本気だした」とか言うし。いやまじでどんだけパーティー楽しみだったの?なにそれ可愛い。

 

「ゆきのんが作ったケーキすっごくおいしい!いくらでも食べれそうで怖いぐらい!」

「それな。正月前に肥えそうでまじでやばい」

「ヒッキー!肥えるとか言わないで!」

 

 俺と由比ヶ浜が二人でモシャモシャと料理やケーキを食べてると、キッチンからまた新たな料理を持って雪ノ下が戻ってきた。

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。気になるかと思ってなるべくカロリーは抑えてあるの」

「そっかー、じゃあ安心だね!...いや、どうやって!?」

 

 由比ヶ浜の疑問はもっともであり、明らかに料理もケーキも「じぶん、めっちゃカロリー高いッス!」とでも言いたげな味だ。これでカロリー抑えたって軽い錬金術師だぞ。なんというか雪ノ下の本気度合いが怖い。本気ノ下さん怖い。

 

 由比ヶ浜は「じゃあ気にすること無いね!」と言い、雪ノ下が持ってきた料理をモシャモシャ食べてる。そして雪ノ下はそんな由比ヶ浜の食いっぷりが大変ご満悦なのか、嬉しそうな顔を浮かべながら由比ヶ浜を見ている。由比ヶ浜、カロリーは抑えたっていうがゼロじゃないからな。そこ勘違いしたら正月前に地獄の数字を見るぞ。

 

 その後も料理をたらふく食べて、買ったプレゼントを交換しあって、そしてあの部室と何ら代わりようのないいつもの会話をしていた。これがクリスマスパーティー?と言われたら多分大抵の人達は否を唱えるかもしれない。でも、俺達がクリスマスパーティーと思えるものになったのなら、それでいい。

 

 そして由比ヶ浜とは対照的にちゃんと食べる量を考えてる雪ノ下を俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 時刻は既に夜の11時を回っており、窓から街を見下ろすと、キラキラとイルミネーションが光っていた。

 

「結構遅くまで居座ってしまったな。そろそろ帰るわ。由比ヶ浜はどうすんの?帰るなら送るぞ」

「あたしはゆきのんの家に泊まっていくから平気だよ。......ちょっと惜しい気もするけど」

「ほーん、そうか。...なにが惜しいの?」

 

 ということは帰るのは俺だけとのことで帰る用意をせっせとする。確か去年も泊まっていったよね。相変わらず仲が宜しいことで。

 

「ヒッキーまたね!...あっ、じゃあ次会うのは新年明けてからかな?じゃあ良いお年を、だね!」

「おう、そうだな。お互い良いお年を」

 

 由比ヶ浜と別れの挨拶を済ませて、雪ノ下ともしようとしたが何故か見当たらない。まあいいかと思い、そのまま玄関へと向かった。

 

 玄関の上がり(かまち)のとこに座り、靴に履き替えてると。

 

「待って」

 

 と、後ろから呼び止める声がした。

 

 腰と首だけを回して後ろを見ていると、トートバッグを携えた雪ノ下が立っていた。

 

「下まで見送るわ」

「いや、別にお気遣いなく」

「いいから」

「あ、はい」

 

 若干有無を言わせない感じだな...。同じく靴に履き替えた雪ノ下と共にエレベーターに乗って1階へと向かう。

 

 エレベーター内では特に会話は無く、エレベーターが現在どの位置にいるかを表示するランプをただじーっと見ていた。

 

 1階に着き、そのままマンションを出て歩道を歩く。その間も雪ノ下はずっと無言で俺の隣にいる。...いやどこまで見送るつもり?丁度マンション前の信号に差し掛かった辺りでこちらから声をかけることにした。言わないとなんかそのままどこまでも付いていきそうだったし。

 

「や、ここ辺りで大丈夫だ。じゃあまたな。雪ノ下も良いお年を」

「だ、だめ、待って」

 

 別れの挨拶を済ませて立ち去ろうとするが、雪ノ下が細い指で俺の手首を掴んでそれを阻止する。

 

 急な接触に驚いて掴まれた部分を凝視する。

 

「え、なに?どしたの?」

 

 雪ノ下は掴んでいた手を離すと、部屋から持ってきていたトートバッグから何かを取り出し、こちらに差し向ける。

 

「その、これ...、受け取って...貰えないかしら...?」

「え、あ、おう...」

 

 雪ノ下が渡してきたものは緑一色の袋だ。口の部分は赤く可愛らしいリボンで結ばれている。

 

「...開けても?」

「ど、どうぞ」

 

 リボンをなるべく丁寧に解いて、封を開けて中の物を取り出した。そして出てきたものはトナカイの格好をさせられた何とも目付きの悪いパンダのぬいぐるみだ。というかこれ雪ノ下が愛して止まないパンさんだ。

 

 急なプレゼントに予想外の中身で困惑しまくったまま、説明を要求する思いで持っているぬいぐるみから雪ノ下のほうに視線を戻す。

 

 雪ノ下のほうを見ると、雪ノ下はトートバッグを肩にかけ直し、立ち姿勢を正し直していた。そして何度か深呼吸をした後に俺に微笑む顔を向けてゆっくりとその言葉を口にする。

 

 

 

「あなたにもメリークリスマス」

 

 

 

 

 街のイルミネーションで照らされたその顔は、恥ずかしさからか頬はほんのりと朱くなっており、それでも笑顔を崩さなかった。俺は雪ノ下から視線を外すことが出来ず、そして何かを言おうとしても何も言葉が出なかった。ただずっとその顔に見惚れてしまっていた。

 

 何も言えずにいる俺に対し、雪ノ下はクスリと小さく笑う。

 

「ほんと、似合わない言葉ね」

 

 そして悪戯に成功したかのようないじわるそうな笑みをして、どこかで聞いたことのある言葉を口にする。

 

 俺もついつられて笑ってしまう。ほんとまったく、似合わない言葉だよな。

 

「お互いにな」

「ええ、でも...、この言葉をあなたに贈りたかった。遅くなってしまったけれど」

 

 クリスマスイブのあの日、ただただ雪ノ下が少しでも寂しくないように、少しでも喜んで貰えるようにと贈ったものに対して、まさかお返しがくるとは思わなかった。

 

 正直なところ不安まみれだった。俺がやったことなんてぶっちゃけ独り善がりの塊みたいなものだ。受け取った雪ノ下が喜ぶことは無くても、ネタとして笑ってもらえるだけでも良かった。

 

 しかし、こうやってプレゼントを贈られたことでわかったことがある。

 

 雪ノ下もきっと俺にプレゼントを贈るのが不安だったんだろう。自分からは中々話を切り出せず、ずるずるとここまでついてきてしまったのがいい証拠だ。それでも勇気を絞って、喜んでもらえるかわからない独り善がりなプレゼントを俺に贈ったんだ。

 

 それがこんなにも嬉しいものなんだな。気持ちがこもっていれば受け取った相手は喜んでくれる、とよく耳にするが、これがあながち馬鹿にはできないわ。

 

 だからこうしてはっきりとわかった。

 

 俺のしたことは、きっと間違いではなかった...。

 

「これ、サンキューな。その、大事にするわ」

「そ、そう...。そうして貰えると此方も嬉しいわ。...そろそろ戻るわ。これ以上は由比ヶ浜さんに心配されるだろうから」

 

 雪ノ下は今までのやり取りに恥ずかしさや気まずさを覚えたのか、忙しなく視線をキョロキョロさせながら後半早口になっていた。

 

「そういやそうだな。さっさと戻ってやれよ。今頃由比ヶ浜がベソかいてるかもしれんぞ。あいつお前大好きだし」

 

 だからこそ雪ノ下を落ち着かせる思いでへらへら笑いながら軽口を叩く。

 

「そ、そう...!ならば早く戻らないといけないわね」

 

 俺経由で由比ヶ浜が雪ノ下大好きだと言われたのがよほど嬉しいのか、目元はキリッとしてるが口元が嬉しさを隠しきれずにニヨニヨとしていた。あと若干声弾んでたし。

 

 なんというか本当に仲良しだよね。離れててもゆるゆり出来ちゃうもんね。

 

 そんな彼女らが微笑ましくて、ついついフッと笑ってしまった。そして雪ノ下は笑われたと勘違いしたのか顔をムッとさせる。

 

 だがそれも一瞬。真冬で真夜中な時間にも関わらず、どことなく暖かな空気がそうさせたのか、次の瞬間には雪ノ下もくすくすと笑っていた。

 

「また...。今度は年明けかしら?」

「そうなるわな、だから良いお年を、だ」

「そうね。お互いに良いお年を...」

 

 雪ノ下が小さく微笑むと、背を向けて来た道を辿るように戻っていく。

 

 俺はその後ろ姿を見送って、トナカイのパンさんのぬいぐるみを丁寧に袋に戻してから抱える。そして丁度信号が青になっていたのでそのまま横断歩道を渡る。

 

 街灯とイルミネーションで照らされた帰り道、人や車の数が少なく、静寂な真夜中となっていた。

 

 贈り合った言葉はとてもぎこちなくて、こんな言葉を口にするのは似合わないと、お互いが自覚していた。

 

 来年、再来年と、またこの言葉を贈り合えるのかはわからない。こうして集まれる日などもう来ないのかもしれない。

 

 だが、俺としては来年も再来年もこの言葉を贈り合いたいと思っている。そしていつかはぎこちなさが取れ、似合わないことなんてなく、当たり前のようになってほしいとも思っている。

 

 未来なんてわからない。でも、そうなれるように努力することはできるのではないだろうか。

 

 

 今年のクリスマスはその第一歩だ。

 

 




 ちょくちょく出てくる去年のクリスマスパーティーに関してはドラマCDで内容が聞けますよ!まあそのドラマCD手に入れるには特装版の6.5巻を買わないといけないのですけどね!今もあるか知らないですが...。

 今回も合わせて1万文字オーバーとなってしまいました...。これでも削ったんですけどね。特にはるのんの案外お姉さんしているんだなーシーンとか全面カットですからね。はるのんは泣いていい。

 語られていない部分ですが、はるのんがゆきのんの寝室に忍び込んでヒッキーから頼まれたプレゼントを置いた後に、溜まっている家事とかをやってあげてたりしたんですよ実は。その部分をはるのん視点で書こうと思ったんですが、まあカットされました。


 ちなみに私のクリスマスは会社の帰りにショートケーキ買って一人で食べました。おいしかったです。

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