到着した電車に乗り込むと、分かっていたが車内がぎゅぎゅうですし詰め状態となった。人波に流されて俺と雪ノ下は乗車した反対側のドア付近へと移動させられる。丁度俺の位置に吊皮がある場所だ。ぎゅうぎゅうだモー。
体調があまり良くない雪ノ下を席に座らせてやりたいが、身動きがあまりとれず席のほうまで移動すら出来ない状態だ。それでも何とか移動させたい。座ることは出来なくてもせめて通路側に。この場所では駅に停まる度に降りる人に道を空けるために一度駅のホームへと降りないといけない。降りる人が居るにも関わらず出口付近で不動を決め込んでる奴はまじでギルティー。
「...此方側のドアは私が降りる駅まで一度も開くことは無いから大丈夫よ」
「あ、そう...」
雪ノ下に俺の意図がバレてたようだ。いや別に隠してはないけど。大丈夫というならこの場所で留まるとしよう。
鞄を肩にかけたままだと他の乗客の邪魔になるので俺と雪ノ下の鞄を足元に置く。なんとか邪魔にならないのと俺の鞄を下敷きにすることでなるべく雪ノ下の鞄が汚れない位置を確保できたのを確認して足元から視線を戻すと雪ノ下の視線とばっちり合った。
現在俺と雪ノ下は向かい合ってる状態だ。そりゃあ視線合っちゃうよね。恥ずかしいからつい逸らしちゃう。顔ごと視線を逸らして、横目でチラッと雪ノ下をうかがうと雪ノ下も頬を染めて顔ごと逸らしていた。
車内が揺れ動く。どうやら電車が発車したようだ。揺れた瞬間に吊革を掴み、もう片方の手で雪ノ下の肩を掴んで支える。揺れた拍子に転ばないだろうかと思って咄嗟にやってしまった。やめて、セクハラで訴えないで。
「あっ...」
「いや、すまん。余計な気づかいだったか?」
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
「そ、そうか...」
その後はこれといった会話は無く、ただただガタンゴトンと車内が揺れる中、雪ノ下の様子をチラチラとうかがう程度だ。
俺もそうだが雪ノ下も人混みが得意ではなく、更に体調がよくないのも相まって何とも顔色が悪い。元々雪のように色白な肌は更に真っ白で真っ青。大丈夫?ちゃんと血管通ってる?
「お、おい、大丈夫か?今のお前めっちゃ顔色酷いぞ」
「...大丈夫、これぐらい...」
心配して声をかけたら何とも弱弱しい声で返ってきた。絶対大丈夫じゃないだろ...。とはいえ俺が今してやれる事は倒れないように支えてやるぐらいだけだ。次の駅ついたら一度下ろして外の空気でも吸わせてやるべきか?いやしかし変に動かすのもな...。
などと俺がグダグダ考えあぐねていると。
「......やっぱ、大丈夫じゃない」
雪ノ下は何処となく甘えるような声でそう言うと元々近かった俺との距離を更に詰める。というか抱きついてきた.........ふぁ!?
雪ノ下は俺にもたれかかるように抱きつくと自分の腕を俺の腰へと回す。鼻孔いっぱいにサボン系の香りがして一瞬酔いそうになる。めっちゃいい匂い。
「比企谷くん、私のことを支えて」
これまた甘えるような声でおねだりされる。支えるって何!?何をどう支えろと!?あまりのことに俺の思考はほぼ停止に近い状態だ。あとめっちゃいい匂い。
行き場がわからない俺の手が空中で止まっていると、雪ノ下から「腰」と答えをもらう。...腰。......腰!?
とりあえず要望に応えるべく自分の顔が引きつるのを感じながらも恐る恐る雪ノ下の腰に吊皮を持っていない側の手を回す。コートの上からでもそのくびれと細さが伝わってくる。今すっごいイケない事してる気分でやばい。それとめっちゃいい匂い。
「こ、これでいいでしょうか」
「ん...」
きょどり、ちょっと裏返った俺の声に雪ノ下は満足げに小さく返事すると額で俺の肩をスリスリ、手で背中をさすさすしてくる。なんというか甘え方が完璧に猫じみてる。ってかくすぐったいわ。ええい、やめい。
雪ノ下が自分の額で俺の肩をスリスリする度に、俺の頬に雪ノ下の艶やかな髪が触れる。その髪の柔らかさと肌触りの良さにドキドキさせられる。また、時々、匂いを嗅ぐかのようにスンスンと鼻を鳴らしたり、その度に小さく嬉しそうに「ふふっ」と笑う。なにこれまじで猫じゃん。うちの猫にされたことないけど。
というかこの子さっきからどうしちゃった訳?体調が悪いのと満員電車に
まあ、その、なんだ。とにかく...。
甘えのん、めっちゃ可愛くて辛い。
冷静になった後に死なないか心配になってくるぐらい甘えてくる。やばい。
「ふふっ、比企谷くんが居てくれて良かった...」
嬉しそうに言う雪ノ下。おいおい、死んだわ、こいつ。
やっとこさ降りる駅に着く。電車の中ほんと辛かった。色んな意味で。
そこからまた数分歩いて雪ノ下が住まうマンションへと向かっているのだが、先ほどの雪ノ下の甘えムーブは未だ健在で今もぽわぽわした表情で俺の腕にしがみついている。歩き辛いわ。外の空気を吸わせたら多少マシになるかと思ったのに。冗談みたく考えてた「噂されると(略)」が冗談じゃなくなってきた。こんなとこ見られたら死ぬわ。雪ノ下が。
「ほら、着いたぞ。いい加減離れてくれ...」
「ん、本当ね」
マンションの玄関前に到着すると、雪ノ下は俺の腕からするりと離れていく。離れていく際に少しばかりの名残を置いて。そんな名残から目を逸らしながら俺は雪ノ下の鞄を渡してちゃんと握らせる。
「もうここまでで平気か?」
返事代わりなのか雪ノ下は頭を小さくうなづく。本当に大丈夫か?
「そうか。それじゃあな、ちゃんと安静にするんだぞ」
雪ノ下をマンションまで送り届けるという一仕事は無事(?)に終わったので俺も帰ることにする。踵を返してその場を離れる。
「比企谷くん」
が、数歩歩いた所で雪ノ下に呼び止められる。呼ばれた以上無視する訳にもいかず、また体をマンションの方へと向き直す。
雪ノ下は先ほどと同じ位置に立っており、その場から一歩も動いていなかった。そして俺が振り返ったのを確認するとはにかむように笑った。
「私も、あなたのことを信用している」
そう言い残して俺に背を向けマンションの中へと消えていった。一瞬呆けてしまう。完璧に言い逃げじゃねえか。ほんとまじで、甘えムーブの雪ノ下は何なんだ...。
「...帰るか」
小さく呟いてから雪ノ下が住まうマンションを後にする。陽は既にだいぶ傾いており、空はオレンジ色に染まっていて、そして冷たい風が火照った頬を撫でていった。
家に帰り、現在はリビングのソファで湯煎で温めたマッ缶をチビチビあおりながらゆったりしている。
ほんと疲れた。マジで疲れた。帰りの電車も行きの時と負けないぐらいすし詰め状態でマジで辛かった。社会人ってのは行きも帰りもあんな満員電車に毎日乗ってんの?やっぱ働くって駄目だな!家についてからも帰りが遅かった俺に小町が訝しんで問い詰めてくるもんだからついポロっと言っちゃって、そりゃあもう小町が嬉しそうにはしゃいでうざかった...。でも可愛いからいっか!流石に甘えのんのとこは伏せたぞ?
あー、一仕事終えた後のマッ缶が超うまい。疲れた体に糖分が染みわたっていくのが何とも心地いい。このために働くのもありなんじゃね?って思えてくるぐらいやばい。でも働いたら絶対に社畜と化すからヤダ。
そんな感じにゆったりダラダラごろんごろんしていると。
「お兄ちゃーん、雪乃さんから電話ー」
と、言って部屋から出てきた小町が自分のスマホを差し出してきた。まて、雪ノ下から電話...?あんなことがあった手前すっごい身構えてしまう。飲んでいたマッ缶を机の上に置き、背中に冷や汗をかきつつ小町から受け取ったスマホを耳に当てる。小町は俺にスマホを渡すと「連絡先ぐらい交換しようよ...」と言葉を残してまた自分の部屋へと戻っていった。面倒かけてごめんね?
「も、もしもし...」
「ひ、比企谷くん、今大丈夫かしら...?」
恐る恐るといった感じで電話に出たが、スマホから聞こえてくる雪ノ下の声は電車内で聞いた甘えの声は抜けていた。うむ、どうやら正常に戻ったらしい。...それはそれで大丈夫かな?
「お、おお、別に大丈夫だ。どした?」
「いえ、その...今日のことを一言お礼言いたくて。比企谷くん、今日はありがとう。とても助かったわ」
「そ、そうか。そりゃあまあご丁寧に。どういたしまして」
「それと...」
そこで雪ノ下の声が途切れる。吐息が聞こえてくるので電話が切れた訳ではないようだ。どうやら何かしら言いよどんでいるらしい。まあ、言いよどむような事なんてアレしかないわな...。
「......もしかして電車内でのことか?」
俺がそう問うとスマホからドンガラガッシャーンとなんか転げ落ちるような音が響く。急な大きな音に驚いてスマホを一瞬耳から放してしまう。
「おい、大丈夫か?」
「...ええ、大丈夫よ。大丈夫、大丈夫...。大丈夫......」
「大丈夫じゃなさそうだ...」
まるで自分に言い聞かせるかのように何度も大丈夫と反復する雪ノ下。傷は深そうだ。
「電車内でのことは忘れてまでとは言わないけれど、誰か他の人に言うとことだけはやめて...。あの時の私は色々と限界だったのよ...」
「別に心配しなくても誰にも言わねえよ...」
「そうしてくれると助かるわ...」
きっと今日の出来事は雪ノ下にとって黒歴史の一つとなったであろう。黒歴史の辛さを知っている俺としてはそんな人に言いふらすような残酷なことはしない。
この件に関してこれ以上広げる訳にもいかず、話題を変えることも含めて雪ノ下に体調のことをきいてみることにした。
「それよか体調のほうはどうなんだ?」
「え?...えぇ、あなたに送って貰った後に少し眠ったら多少は良くなったわ。でも大事をとって明日は学校を休もうと思うの。なのでごめんなさい、明日の部活はお休みよ」
「お、おぉ...。そいつは別にいいけど、何か休むとは意外だな。変にまた無理をするかと思ったんだが」
俺がそう言うと会話が途切れた。俺は不振がって何かを言おうとしたのだが。
「だ...だって...、友達に心配をかけたくないし...」
と、てれたような声で言う雪ノ下。その意外な反応に俺が呆けてる間も雪ノ下の話は続く。
「私が休むことはこの後で由比ヶ浜さんにもちゃんと連絡するわ。大丈夫なことを伝えて安心させたいし。あ、あとそれと...」
そこで雪ノ下は一拍挟む。そして恥ずかしそうな声で、それでもちゃんとはっきりとその言葉を言う。
「別れ際に言った言葉...ちゃんと本心だから......」
そしてまた俺は言葉を失うことになる。
「では、その、おやすみなさい、比企谷くん」
そこでブツりと電話は切れた。おい、またもや言い逃げかよ...。電話が切れた後も唖然として耳からスマホを離せずにいた。
どうやらまだ雪ノ下は体調が悪いらしい。じゃないと理由や理屈など無しであんな事を言う訳が無い。冷静になったつもりで何一つ冷静になれていない雪ノ下は最後の最後まで黒歴史を作っていった。俺を巻き込んで。
スマホを耳から放し、ソファに深く座る。次に雪ノ下に会う時のことを考えると自然に溜息が出そうになった。
だが、何とか息を呑み込む。
いかんいかん、危うく幸せが逃げるとこだった。
雪ノ下を限界に追い込んでぶっ壊す...何とも鬼畜な所業!頭がいいぶん壊れる時は盛大に壊れそうですよね。
そういえば最終巻出ましたね!最終巻!勿論私は既に読了済みです!感想は一切言いません!「良かった」も「良くなかった」も言いません!ネタバレになるんで!!!とはいえやっぱ最終巻読み終えたあとは寂しくなりますね。って、感想言っちゃうのかよ!!