あかんやつ。これ絶対あかんやつ!
波紋使いでスタンド使いとか、そんなのわたしたちの天敵じゃあないか! なんかわたし、運悪くない!?
原作じゃあジョセフしか出てこないのに! ここぞってところで引き当てるなんて全然嬉しくない!
いやあの漫画も好きな身としては、太公望が風を操ってるの見るのはライブで推しのアイドルと目が合ったくらい嬉しいけど!
えへへ、風を操るスタンドとか、太公望の能力としてはピッタリだよね! これまた不思議な一致もあったもんだ!
「ぴぃーっ!?」
なんてこと言ってる場合じゃないや! そうこうしてるうちにも、どんどん風の刃が飛んでくる!
なんとか全部かわしてるけど、おかげでなかなか距離を稼げない。こちとら板野サーカスじゃあないんだぞ!
というか、わたしは距離を取るべく飛び続けてるのに飛んでくるとかどういう了見だ! スタンドの射程距離の概念はどこに行った!
あの龍の姿をしたスタンドの射程距離が長いのか、単に能力によって生じたものからさらに生じた自然現象にその範囲は適用されないからなのか……。
いやそんなことより、なんとかしないと撃墜される!
ええと、風……風というと、空気の流れ。ってことは、たぶん空気のないところでは使えないだろうから……。
「土に……潜る……!」
たぶん、今はこれが最適解だろう。土の中なら波紋からも風からも、あまり影響は受けないはずだ。
あとそれとは別に、そろそろ太陽の光を浴びすぎてヤバい。このままだといい加減石化しちゃう! 我慢してたけど正直普通に全身が痛いし、もう限界です!
というわけで、一気に急降下。そしてそれに合わせてモグラに変身する。
そのまま地面に突っ込み、血と肉の塊に……もちろんなることはなく、激しい音とともに地面が悲鳴を上げた。
同時に大急ぎで地面を掘って、地下へ避難。
「ふう……これで少しはマシなはず」
もちろんそれで安心することはなく、ひたすらこの場から離れるべく地中を掘り進めていく。
そしたら予想通り、地面の下までは干渉できないみたいで劇的に静かになった。入った穴から風を突っ込まれたらヤバかったけど、それは来なかった。たぶん飛んでる間に結構距離を稼げたから、そこに着いたときにはもう射程距離外だったんだろう。
はあー、なんとかなったぁー。でもこのままここにいるのは得策じゃないんだろうな。普通に追いかけてきてもわたしは驚かない。
というわけで、少しでも太公望から距離を取るために移動は続ける。
そのままさらに掘り進めることしばし。地上のことは音と気配でしかわからないけど、明らかに何か大きめの物体がまっすぐわたしを追いかけてきてるのがわかる。
うーん、なんかもうここまで来ると「でしょうね」って感じ。たぶんだけど、あのスタンドは風を操るだけじゃなくて追跡、もしくは対象を探知する能力が備わってるんだろうな。
さてどうしようか。さすがの太公望でもここまで攻撃はできないにしても、こうもべったり張りつかれたら上がるに上がれない。出て行った瞬間殴られて終わりだろうし。
となると……んー。
「こうしてみるか」
とりあえず元の姿に戻って、【コンフィデンス】発動。【スターシップ】で自分を刺して、スタンド空間に転移する。
これならどうだろう。いくらスタンドでも、この世のどこにも存在しないこの空間の中までは探知できないんじゃあないだろうか。むしろ見失っちゃうのでは?
あまりにも消極的な対応かもしれないけど、そもそもわたしは太公望と戦いたくないのだ。逃げきれればそれでいいって思ってるんだから、これだって立派な戦術でしょうよ。
……まあこのスタンド空間、生物は一日経過で強制的に外に放り出されるっていう面倒な制約もあるから長居はできないんだけど。今はそれで十分でしょ。
放り出されるのはわたしも例外じゃないけど、そうなってもわたしが最後にいた場所に出るだけだ。一日で地形が変わるなんてことはそうそう滅多にないし、どうにでもなる。
「よし、となれば適当に整理して時間を潰そう」
この空間は大体十メートル四方の立方体で、単体の部屋としてはかなり広い。だから全部埋まってるなんてことはないんだけど、それでも気に入ったのはぽんぽん入れてるから整理が行き届いてないんだよね。
「あ、そうだこれこれ、これは額縁に入れて飾っておかなきゃ!」
まず、仮置き用の棚に置いといた竹簡を手にしてわたしは声を上げる。
せっかく太公望からもらった直筆サインの竹簡だ、これは他とは区別してちゃんと飾っておこう。永久保存だ!
あ、ちなみにこの空間、言った通り生物は一日で弾かれる。これはデメリットなんだけど、どうも微生物とかそういうのも全部弾いてるみたいで、この中にあるものは生物由来の腐敗や劣化はほぼ起きないメリットがあったりする。何事も長所と短所は表裏一体だ。
……なんていうか、あからさまにわたしの深層心理が反映されてるんだろうねこれ。そんなに文物を保管したいかわたし。
でもまあ、実際古代ギリシャとかマケドニア、あるいはローマの文物が手に入ったらしっかり陳列して眺めて悦に入りたいなとは思うから、そのものズバリなんだろうけど。
惜しいのは、ローマが終わる前に休眠期に入ってそこから二千年くらい眠らなきゃいけないことだね。それがなければもっと色んな歴史に触れられるんだけど。
まあ、そこまで求めるのは欲張りが過ぎるかもしれない。人間、欲張り始めたらきりがないもんね。人間じゃないけど。ほどほどのところで満足しとくのが平和なんだろうね。
とまあ、そんな感じで整理を進めることしばらく。そろそろほとぼりも冷めたかなと思って外に出ることにしたんだけど。
「……なんでまだいるんですかねぇ!!」
普通に頭上から気配を感じる!!
ねえ待って、おかしくない? なんでそんな確信めいた待機ができるの? わたしにはとてもできないよ!
もしかして、スタンド空間に入って姿が消えても、わたしがここにいるっていう証拠か何かが残留してるとか?
となると……憧れの人と戦うのは嫌だけど、ある程度本格的に干戈を交える覚悟はしないとダメそうだ。できる限りは避ける方針は変えないけど。
とりあえず、もう一度モグラに変身して上に向けて掘り進める。ここまで来たら、地中で距離を取ろうとするのは悪手だろうから。
そして地表に近くなったらそのタイミングで、元に戻って(ついでに服を着てから)下から思い切り殴り抜けた。爆発音にも似た轟音とともに、「グワシャア」っと吹き飛ぶ地面。巻き上がる大量の土砂。
それに紛れて外に出て、最低限の確認のあと大急ぎで太公望から距離を取るべく走り出す。
そこは森だった。わりと開けた感じの森で、あちこちに人の手によると思われる伐採の痕跡が見える。
「やれやれ、ようやっと出てきたのう! ……うん? なんというかお主……縮んだのう?」
「ほっといてください! どうせ永遠の幼女ですよぉ!」
「ふーむ、あの変化といいやはり、そういう
うーん、もしかして彼は波紋の修行の果てにスタンドに目覚めたタイプなのか? 確かに、原作で波紋はスタンドという才能に至るための技術の一つって説明があったような気はするけど……本当にそういう人がいるとは思わなかった。原作で言及はされてても実際にそれを成し遂げたキャラが出てこなかったことを考えると、ますます感慨深いものがあるがあるなぁ。
いやそれも気にはなるんだけど、宝貝って。まさかスタンドのことそう呼んでるの? マジか……マジかぁ。じゃあわたしもあの世界に行ったら仙人名乗れるのかな? それはちょっと嬉しい。
「いやそういうこと考えてる場合じゃなくって! なんでそんなわたしの場所がはっきりわかるんですか! その……隠れるのには自信あったのに! おかしいですよ!」
「うむ、実を言うとわしもちょいと驚いておる」
この間、わたし目がけて放たれた風の刃は八本。そのいずれもがわたしには当たらなかったけど、大半が木や草を切り倒すことになっててわたしの逃走経路を絞ってくる。
これ、間違いなく誘導されてるよねぇ……。
「あなたが想定外とかわたし超びっくりなんですけど!?」
「うむ、なんでかのう? 見たところお主は既に目印を持っておらんはずなのだが……」
「……目印?」
「なんだ、気づいておらんのか? 渡したではないか、しっかりと手渡しで」
「? ……手渡し……、……ハッ!? ま、まさかあの竹簡……!?」
数秒考えて答えたわたしに、太公望がケケケと笑った。
「うむ、いかにも。つまり、お主は最初からわしの描いた絵の中におったということだのう」
「そんなー!?」
じゃ、じゃあわたしが彼から逃げきるためには、あの歴史的に超貴重な太公望の直筆サインを捨てるしかないってこと!?
そ、そんな……そんなこと……、そ、それをすてるなんてとんでもない!!
「まあそういうわけでのう。逃げられるとは思わんほうがよい。それにこの距離ならのう……こんな、ことも、できる!」
「ぴゃああああ!?」
振るわれた鞭に合わせて飛び出た風の刃が、ホーミングしてきたぁぁー!?
「そしてもちろん、こういうこともな」
「うっひいぃぃ!?」
今度放たれた刃は、円月輪みたいな輪っか状になっていた。若干光って見えるのはもしかして波紋ですか? なんだか八つ裂き光輪って感じだけど……それらが複雑な軌道でわたしを追いかけてくる!
慌てて回避したけど、これあれだな!? 遠隔操作で軌道を操るタイプか!
ホーミングする刃だけにとどまらず、自前で好きに動かせる刃で前後左右から的確に追い詰められてて、もうなんていうか完全に逃げきれず大半を食らって血が噴き出た。
これわたしの技の完全上位互換じゃあないですかやだー!!それでも致命的なところに飛んでこなかったあたり、まだ捕まえる気でいるってことなんだろうけど!
「さぁて、ここからどうする?」
「むきー! 逃げ切れない!」
逃げるどころか避けるのももう厳しい!
仕方ない、こうなったら迎え撃つしか! そのためには武器……何か武器はないか!
「……! これだ!」
風の刃で切られ、わたしに向かって倒れてきた大木を正面から受け止める!
そしてそのまま掴み寄せて、振り回す!
「彼岸島直伝! 丸太はどうだぁーっ!」
「なんと!?」
正確には切り倒されたばかりの生木だし、加工もまったくされてないけど!
でもさすがに太公望もこれは予想できてなかったのか、ここにきてようやくあちらから距離を取らせることに成功した。
けど、どうやらこれであちらを完全にその気にさせてしまったっぽい。
「その身体でその怪力……薄々そんな気はしておったが、どうやらお主も人ではないようだのう?」
「……まあ、そうですね。バケモノなのは認めますよ。なりたくてなったわけじゃあないですが」
「であれば、ますます逃すわけにはいかんくなったのう……」
そう言う太公望の背後から、龍が前に這い出てきた。と同時に、太公望の周囲に風が集まり始める。
大技が来る! そう確信したわたしは、完成する前になんとかすべくとりあえず手にしていた木を全力で振り下ろす。
直撃したら即死もやむなしだけど、なんだか彼が相手ならそうはならないだろうっていう奇妙な信頼があった。
そして実際、そうなった。巻き上がる豪風の前に振り下ろしきれず、数秒ほど拮抗したのち逆に木を持っていかれてしまった。そして目の前に現れる竜巻……。
ヘクトパスカルぅ! もう災害ですよこんなの!
「……う、うーん、これは。どうしよう、ちょっと勝てない……」
「いかに強力な存在であろうと、所詮はこの大地に生きとし生けるもの。であれば、大地からほとばしるその息吹に打ち勝てる道理などないというわけだ」
「そうですね!」
ヤケクソ気味に答えるわたしだけど、確かにこれはどうにもならないだろう。
というかこれ、下手したら究極カーズ様すら手が出せないのでは? だって竜巻を越えて行動できる地球上の生物なんてそうそういないでしょ?
いや、太公望のほうも致命打は放てないとは思うけどさ。
「さて。見ての通り次は殺す気で撃つが、気は変わっとらんかのう?」
「こんなの見せられてはいそうですかって言えるわけないじゃあないですか!」
「ほっほっほ、確かにそうかもしれんが。一応言っておくのが礼儀というもんであろう?」
「ううう、もういいですから! いっそ一思いにやっちゃってくださいよぉ!」
「そうかのう? では遠慮なく……疾!」
太公望の掛け声とともに、竜巻が襲いかかってきた。
もちろんそこら辺の木や石、あるいは土なんかも含んだ破壊力抜群の竜巻だ。はっきり言って、これに対抗するのは並みのスタンドには不可能だろう。
しかもただまっすぐ向かってくるだけじゃなくって、その頂点があぎとのようにしてわたしを飲み込まんと放たれたんだからたまらない!
まさに文字通り竜って感じですねハハッ! 本当に遠慮なく来たなこの人!
でも……でも!
ここでわたしが捕まったら、高確率でカーズ様が出てくる! あの人究極生命体になって戦う意義がなくなったのにエシディシたちのためにジョセフと戦い続けるくらいには、身内に甘いとこあるんだもん! そうなったらきっと太公望も殺されかねない!
彼なら大丈夫のような気もするけど……それでも、もしも本当に彼が殺されるとしたら?
それは、
「……ここだッ!」
竜巻が目前に迫ったそのタイミングで、今まで彼に当てるのが怖くてずっと使う気になれなかった【コンフィデンス】を出した。そして今できる最高の力でもって七本の矢すべてを地面スレスレに放つ!
「なんと、まだ力を隠し持っていたか! 基本的に宝貝は一人一つしか覚わらんはずだがのう……が、その矢で我が【
えっ、そのスタンド【
……じゃなくて!
太公望がわたしの矢を認識したときには、既にわたしは竜巻に呑み込まれて空中でもみくちゃにされていた。
一応翼を生やして対抗はしてるんだけど、ないよりはマシ程度でしかない。漫画だとこういうところを泳いで乗り切るみたいなシーンがあったりするけど、現実でそんなことできるはずもない。
で、当たり前だけど竜巻の中ってめちゃくちゃ痛いね。全身バラバラになりそう。
ていうか一部なってる。あ、あの辺でミキサーかけられてるみたいになってるの、わたしの左手ですね?
でも瞬間的にはワムウの神砂嵐のほうが断然痛いから、なんとか我慢できる。断続的に続いてるから人間ならもうこの段階で死んでるだろうし、吸血鬼もたぶんアウトだろうけど。
ただ、この竜巻の中からなら太公望とそのスタンドの位置もなんとか見えた。感じられた。
よかった。たぶん竜巻から逃げてたら、この状況にはならなかったと思う。
そして認識できるなら!
ごめんなさい太公望! 当てさせてもらいますッ!
竜巻の外から太公望に向けて、
「甘い!」
そしてそれは、あっさりと風の刃で蹴散らされる。わたしの身体にさらに裂傷が走り、痛みが全身を駆け巡るけど、構うもんか! 大体、ここまできたらもうどんな傷も大差ないね!
「今!!」
「むっ!?」
殺到させた六本とは別行動させていた最後の一本……鏃に星の模様が刻印された【スターシップ】が、そのスキをついて【
それに連動して太公望の左腕にも傷が生じて血が噴き出す。
けれど彼はそれにはまったく目もくれず、いずこかへ吸い込まれていく龍を驚きの面持ちで眺めていた。
「……やった!
そしてスタンドが急に消えた衝撃でよほど動揺したのか、あるいはスタンドが消えたことで制御ができなくなったのか。ともあれ一気に竜巻が崩れ始めた。
「ぬっ、待てぇい!」
よしここだ! わたしはきしむ身体に鞭打ってツバメに変身すると、一気に太公望から離れる!
スタンドが使えないなら、彼はもう遠距離攻撃はできないはず。これで逃げ切るんだい!
予想通り、太公望はもう追ってくる気配がなかった。一瞬見えた彼の悔しそうな顔に、わたしは追手はないと確信してホッとする。
どうやら逃げるという目的はなんとか達成できそうだ。彼に大きなケガをさせることもなく済んだみたいだし。
「やれやれ、今回はわしの負けだ。だが次に会ったときはとっちめてやるゆえ、覚えておれよ!」
「忘れてください! ていうか、あなたが生きてる間は絶対ぜーったいこの辺には来ませんからねッ!」
そしてわたしはそう捨てゼリフを残して、この場を後にした。
いや危なかった。全身ズタボロの血まみれだし、骨とかいくつか足らないぞ。過去最高の大怪我だ。
なのに意識は結構しっかりしてる辺り、相変わらずフィジカルオバケだな柱の一族。でも吸血鬼になったスト様だって全身吹っ飛んでも復活してたし、わたしも時間さえあればここから普通に回復するんだろうなぁ……。
それにしても、【スターシップ】でのスタンド収納は前々からできるんじゃあないかとは思ってたけど、成功するとは。今まで試す機会がなかったからぶっちゃけ最後の賭けだった。完全に出たとこ勝負だったけど、うまくいってよかった。
まあ、なんでうまくいったのか正直よくわかんないんだけど、そもそも太公望が最初から殺すつもりでいたら試すまでもなくそのずっと前に死んでただろうし、そのおかげかな。人間のふりしててよかった。捕まえて情報を引き出そうって判断は、軍師としては正しいんだろうけどね。
それにしても疲れた。今日はもうまっすぐ帰るとして、差し当たっての問題は……。
「……スタンド空間に収納した【
ってことである。
先述した通り、あの空間は一日経つと生き物は全部強制退去させられるんだけど……。
スタンドって……生き物……かなぁ……?
かといってここで出すわけにはいかないし、今から中に入るのもなんか怖い気も……。
……うん、とりあえず一日様子を見よう! そうしよう!
スタンド:
破壊力:D スピード:C 射程距離:B 持続力:A 精密動作性:C 成長性:D
龍(いわゆる西洋のドラゴンではなく、東洋の龍)の姿をした遠隔操作型のスタンド。決してカバではないが、玉は持っている。
風(つまり空気)を操る能力、および本体がサインしたものの位置を正確に探知する能力も持つ。実質ほとんど【ストレイ・キャット】の上位互換。
本編で出てくる予定は一切ないけど、たぶんレクイエム化したら空間まで操り出す。しんしんと魂を溶かす雪とか降らすんじゃないかな。鬼か。