この身に宿った魂の声に従おう。人として生きて、物語を変えよう。お釈迦様のお言葉で、わたしはそう決めた。
決めたけど……だからと言ってそう簡単にどうにかできるはずもない。
まず、現状でカーズ様をどうこうするのは不可能だ。これは単純にわたしが力不足な上に、ドジこくとカーズ様以外とも同時に戦う羽目になるからだね。
何より、一度でも失敗するともう取り返しがつかない。これは本当に最後の最後の手段だ。時代がジョジョ原作に追いつくまでは、極力避けるべきだと思う。
じゃあ他に何ができるかって言えば、強くなるための訓練以外は世界の歴史そのものを変えることだろうけど……一個人がどうこうできるほど歴史はヤワじゃあない。
確かに歴史を変える系の逆行転生モノはジャンルとして存在するけど、あれは腰を据えて何かしらの組織を構築するなり乗っ取るなり、しっかりした基盤を作って初めてできることだ。
根無し草の一個人であるわたしには手が出せない。カーズ様からの命令であちこち動かなきゃいけない以上、この選択肢も選べない。
ならどうすればいいのか。しばらく考えたんだけど、ひとまずわたしは死にそうな人たちをできる限り助けようという結論を出した。
紀元前のこの時代、人の命は驚くほど安くて軽い。社会制度は未発達だし、科学や医療も同様だ。倫理観なんてあまりにも薄い。だから二十一世紀人からは信じられないくらい、簡単に人が死んでいく。そんな人たちを、まずはできるだけ助けようと思ったんだ。
もちろん、元がただの文系大学院生だったわたしに科学や工学、医療方面の活躍は無理だ。人文系の知識なんて、この時代じゃあほとんど役に立たない。
でも、今のわたしは柱の女だ。たとえ元がヘタレの一般人でも、人間を大きく上回る戦闘力がある。だからせめて、荒事で命を落とす人が出ないようにしよう。居合わせた場所で、理不尽に殺される人が出ないようにしよう。そう思ったんだ。
その上で、いずれ到達する未来で、その時代のジョジョたちの助けになる。
肩を並べて戦えるならそれでよし。それができなくても、
と、以上がわたしが考えて出した答え。とにかく手が届く範囲の人は助ける。それを念頭に置いて生きていくことにした。
それでわたしが許されるとは思ってないけど、少しでもよりよい未来のためになるならわたし、がんばれると思う。
まあ一ファンとして、原作で死んじゃったキャラが死なないようにしたいっていう欲望もないわけじゃないんだけどね。あわよくば世界を一巡させないようにできればいいかなぁ、なんて。
そのためにも、まずはもっと戦えるようにならないといけない。強くなれば、きっと助けられる機会も多くなる。ジョジョたちと同じ戦場に立てる意義は言うまでもない。
そして可能なら、回復系の能力が欲しい。戦うだけで助けられる人は限られるから、もう少し手を伸ばしたい。
特にジョジョは四部になるまで明確に回復系の能力が登場しない(波紋もそうと言えばそうだけど敵が強すぎていまいち回復効果が実感できない)からね。そういう能力があれば、大幅に死者を減らせると思うんだ。
ということで、スタンドに関してはしばらく回復技の開発に専念することにした。
開発って言っても、精神修行っていうか、一種のイメトレみたいなものだけどね。
スタンドは超能力的なものだけど、できるって思うことが大事なところがある。エンヤ婆も言ってたけど、「空気を吸って吐くことのように! HBの鉛筆をベキッ! とへし折る事と同じようにッできて当然と思」ってこそ能力も成長するんじゃあないかってね。
ただ、わたしがやろうとしてることは要するに、長年共に過ごした人たちへの裏切りだ。人を殺すどうこうとはまた別の罪悪感がある。
人類と柱の一族が争うことなく共存できれば一番なんだろうけど、そんな方法あるのかなぁ……。
種としての生存競争ってことを考えると正解はないんだ、とも思う。それでも……どっちも知恵のある生き物なんだから、住み分けができればいいのに。
そんな難しい新たな悩みも抱えつつ、三百年ほど時代も進みまして、なんとか回復技を使えるようになった頃。
わたしはカーズ様たちと一緒にシチリア島にやってきた。あ、念のために言っとくと、イタリア半島のつま先にある大きめの島ですね。
そこに何しに総出でやってきたかと言えば、ここにかなり大きいエイジャの赤石が使われたって情報をつかんだから。
しかもなんと、赤石を利用して日光を増幅し、攻めよせるローマの軍艦を焼き払ったというあまりにも聞き覚えのある情報だ。
うーん、たぶん「アルキメデスの熱光線」でしょうねぇ。あれは伝説というか、後世に付け加えられた逸話だった気がするけど、赤石があるなら不可能じゃあないだろうし。
ともあれこれはかなり信用していいと思う。そしてそれがあるらしいとなれば、カーズ様が動かないはずがない。
こういうとき率先して動くのはカーズ様のいいところだよね。人手がないからでもあるけど。
ただ、問題が一つ。当該の赤石が仮に「アルキメデスの熱光線」の逸話を形作るものであるなら、その場所はシラクサの中ってことになる。
なんでそれが問題かって?
それはね。シラクサは今、ローマ軍に絶賛包囲されてる最中で……うん、要するに、歴史に名高いシラクサ包囲戦の真っただ中なんですよ!
ちなみに史実通りなら、アルキメデスはこのときに殺されます。
そしてわたしたちがシラクサに着いたとき、街は既に外郭を落とされて陥落寸前。内郭でなんとか籠城はしてるけど、まさに風前の灯状態だったわけで……ね? 問題でしょ?
それに歴史を知るわたしは知っている。このあとシラクサが巻き返すことはないって。そして、陥落したシラクサの街は軽く地獄になる。苦戦させられたローマ軍が、鬱憤を晴らすかのように暴れ回るんだよね……。
それの是非を問うつもりはない。この時代の戦争でそれは普通のことだし、ローマはそれを繰り返して歴史の覇者になるのだから。そこを土台にして発展した時代を生きたことのあるわたしに、彼らの是非を問う資格なんてあるはずもない。
もちろん止められるなら止めたいけど、万単位の人同士がぶつかり合う戦争を始まったあとに腕力だけで止めるのは不可能だ。
だからわたし自身は、せめてどちらかに肩入れすることはないようにしたいんだけど……。
「状況はよくわかった。ならばそのローマとやらを手伝ってやろうではないか。なに、どうせここから籠城側が勝つことはなかろう。ならばそれが少し早くなるかどうかの違いだ」
なんてカーズ様が言うんだもんなぁ。
要するに、ローマ軍の略奪に便乗して赤石を回収しようぜってことだ。漁夫の利を狙う立場としては至極当然の選択だとは思うけど、釈然としないのはわたしだけじゃないって信じたい。
そして夜。シラクサにとっての地獄の化身が現れる。
固く閉ざされた城門はワムウ渾身の神砂嵐でズタボロに吹っ飛び、その近くで守りに当たっていた兵士たちはカーズ様の
突然の出来事に動揺はあったものの、ローマ軍がそこを見逃すはずもなく……やがて冷静になった彼らはほどなくしてシラクサに攻め寄せ始める。
先んじて空からシラクサの中に乗り込んでいたわたしは、少しずつだけど確かに近づいてくる彼らの雄叫びにそっとため息をついた。
これから一体、何人の人たちが死ぬことだろう。歴史の必然とはいえ、それを目の当たりにするのはやるせない。
だけどそれよりも問題は、カーズ様たちが暴れる気満々ってことだ。赤石を入手するか、最低でもその行方に関する情報を入手するまで彼らは止まらないだろう。
だったらいっそ、赤石を真っ先に入手すればいいのでは? そしてもし入手出来たら、ローマ軍に渡してしまおう。そう思って、わたしは海側のほうにやって来た。
伝承では、さらにはこの世界での伝聞でも、赤石によると思われる熱光線はローマ海軍に向けて放たれた。なら、きっとその辺りにあると踏んでのことだったんだけど……。
「……ない。やっぱりもう回収されてるのかなぁ」
どこを探しても、それらしいものは見当たらない。赤石を組み込んだであろう装置も見当たらないのは、そもそも作られてなくて赤石から直にレーザーったのか。それとも装置ごとどこかに回収されたのか……。
いずれにしても、当てが外れた。ここにないとなると、他の心当たりはわたしにもない。となると、情報を得るためにカーズ様たちが拷問に走る可能性が……それだけはなんとかして避けないと!
わたしはツノを隠して、市民が避難してる場所へ向かう。道中、申し訳ないけど適当な服を失敬しつつ、それがかみ合う姿に変身して装備。これでどこからどう見てもシラクサ市民!
そしてその恰好で、その辺を慌ただしく走り回る兵士に聞く。どうしてあの熱光線の兵器を使わないのか、ってね。いかにも状況に混乱してる人を装いつつ、クレーマー気味にだ。
「バカ野郎ッ、そんなもんもう使えねぇーよ! アルキメデス様が殺されちまったんだからな!」
「あれはアルキメデス様が管理しておられたものだ、我々はどうなってるのかもさっぱり知らんよ!」
「大体アルキメデス様が死ぬ少し前にまだ改良の余地があるとか言って持っていかれたから、今どこにあるかもわからんわ!」
場所を変えて何人かに聞いて、得られた答えで有用そうなのはこの辺りだ。
つまり、あの熱光線はやっぱりアルキメデスによるもので。その管理運用はアルキメデスが担ってて、今は装置そのものが内郭にない。だけど肝心のアルキメデスは既に死んでいて……。
「……待てよ。確かアルキメデスが殺されたのって、史実通りならシラクサ外郭の陥落時だよね。この世界でもそうだったとして、それって今から……えっ、
ってことは、赤石はシラクサどころかこのシチリア島にすらとっくにない可能性があるぞ!?
だとしたら……ここにいる理由はもうないってことに!
「カーズ様に早く知らせないと……! じゃないと無駄に大勢が死んじゃう……!」
わたしは大急ぎで外に出た。すぐさま元の姿に戻ると同時に、背中から翼を生やして空に浮かぶ。
空から眺めるシラクサの光景は、まさに地獄だった。あちこちから悲鳴と火の手が上がっているし、それを追い詰めるような怒号も飛び交っている。略奪が進行しているんだ。
でも申し訳ないけど、今はそれに関わってる余裕はない。一刻も早くカーズ様の場所を特定しないと!
「……でも、少しくらいはっ!」
空を移動しながら【コンフィデンス】を取り出す。
そしてローマ軍の略奪にさらされているシラクサの人たちを助けるべく、矢を放つ。
当たり前だけど、彼らに向けて射かけるわけじゃあない。そして襲ってるローマ兵を射貫くわけでもない。そんなことしたら即死しちゃう。カーズ様たち相手だとろくなダメージソースにならないから忘れがちだけど、対人として見ると逆にオーバーキルだからね。
じゃあ何を狙ったかと言えば、彼らの周囲にある壁やものだ。そこを破壊して発生するがれきなんかでローマ兵を妨害して、逃げる時間を稼ぐ寸法だ。
ついでに言えば、スタンドが見えない人にはいきなり目の前のものが壊れたように見えるだろう。それが連続すれば、得体の知れなさに逃げてくれる……はず。
どのみちカーズ様を探してあちこちを見ることになるんだから、これくらいはしてもいいでしょ?
そうやって空をさまようことしばし。ある場所から、夜とは思えないほどの強烈な光が生じた。
「……! あれは! 間違いない、カーズ様の輝彩滑刀!」
あそこにカーズ様がいる! よし直行だ!
……待てよ? 向かいながらふと疑問に思う。
カーズ様の
「カーズ様!」
「アルフィーか。何をしている、調べるところはまだあるだろう」
慌ててそこに下りたところ、カーズ様ってば波紋戦士と対峙しておられた。なるほどなぁ!
そちらをちらっと横目で見てみれば、相手はどうやらローマの兵士。ローマ軍にも波紋戦士がいるんだなぁとか場違いな感想が脳裏をよぎるけど、カーズ様が輝彩滑刀を出すまで五体満足とは相当な使い手だ。いや、手加減してた可能性もあるけど。
手にしているのは波紋を帯びた剣。なるほど、
とはいえ、カーズ様が輝彩滑刀を出したからには彼の勝ち目はかなり低いだろう。それなのに逃げる気が欠片も見当たらないのは、その近くで倒れている瀕死の男のためだろうか。こちらは既に両腕を落とされている上に、目を潰されているようだ。完全に戦意を喪失して泣き叫んでいる。あるいは近くで隠れてる未熟な使い手のためか……。
どっちにしても、これ以上はいけない。そう思って、わたしは声を張り上げた。
「いえそのっ、それなんですけど、もしかして赤石はもうここにないかもしれない可能性が出てきまして!」
「……続けろ」
その内容に、カーズ様はピクリと眉を動かしてこちらに顔を向けた。
「はああぁぁーーっ!」
それをスキと見てか、相手の波紋戦士が突っ込んできた。
だけどカーズ様は動じない。相手の猛烈な剣戟を、まるで遊ぶかのように上半身の動きだけでかわし始めた。ぐねんぐねんとありえない方向に動き回って、ときには骨格からしておかしい形にズレたりする動きは……えっと、ジャングルの王者で見たような気がしますけど、こうやって目の前で見ると正直かなりキモく……。
「えっとですね、実はかくかくしかじかで……」
その動きは、わたしが事情を説明し終わるまで続いた。たまに輝彩滑刀で地面を弾いてバランス取ったり態勢を変えたりもしてたけど、終始相手を翻弄し続けていた。
思うんだけど、カーズ様ってたまにそういう遊びにこそ本気になるところあるよね? 遊び心を忘れない大人なの?
それにしても相手がかわいそうだ……。あまりにも攻撃が当たらなさ過ぎて涙目じゃあないか……。
呼吸も乱れてるのは、あのみょうちきりんなかわし方には精神攻撃の意味もあったからなんだろうけど、にしてもかわいそすぎる……。
「チッ、遅かったということか?」
「かもしれません! なので調べるとしたら、まずはそのアルキメデスとやらの家のほうが……」
そして説明が終わると同時に、彼は遊びは終わりだと言わんばかりに腕を振るった。
「ぎょええぇぇーーっ!?」
それは一条の軌跡を描いて、正確に相手の首筋に裂傷を入れた。
裂傷はゆっくりと、けれど間違いなく奥まで達して……ええまあ、その、首が飛びました、ね。当然、血しぶきが派手に噴き上がる。
「……いい、かも……しれません、よ?」
ぐらりと倒れ伏す男。その凄惨な最期に、わたしは思わず顔ごと声がひきつった。
「そうだな」
一方、それをしたカーズ様は淡白に頷くだけだ。バヅンッ、と音がして刃が腕に収納される。
そしてそのまま、もはやこの場のすべてに興味がないと言いたげに踵を返した。
「戻るぞアルフィー。エシディシたちと合流する」
「えっ、あ、は、はい!」
彼に促されて、わたしも続く。
だけど……そこで一旦足を止めて、振り返る。
そこには即死しただろう波紋戦士の遺体と、今なお死への痛みと恐怖で泣き叫ぶ男の姿。
わたしは、その光景を目に焼き付ける。そしてごめんなさい、と心の中で言う。
この光景を、わたしは忘れない。忘れちゃいけない。
だから……。
「アルフィー、隠れている臆病者のことなど気にするな」
「はい……」
後ろからカーズ様の声が飛んできた。
彼の言わんとすることにそれ以上の意味はないだろう。もはや彼にとって、彼らは路傍の石以下の存在に化したんだ。
だけど、
(【コンフィデンス】第三の矢、【センド・マイハート】!)
カーズ様に聞こえないよう、心の中で言いながら【コンフィデンス】を構えて矢を放つ。それは狙いを一切違えず、腕と視力を無くした男の眉間に突き刺さった。
だけど血は出ない。それどころか、男がそれで痛みを覚える様子もない。
そりゃそうだ、放った矢は癒しの矢。そのデザインは、普段の矢とも【スターシップ】の矢とも異なる。
鏃に刻まれた意匠は、その名にもあるハート。この矢に殺傷能力は一切なく、射貫かれたものは治療される!
その仕組みは、わたしという本体から生命力を譲渡するというものだ。それを用いて対象を癒すわけだから、ある意味では波紋による治療に近い。
ただ地球上で最も生命力のある柱の一族であるわたしの生命力は、それだけで強力な治療装置足りうる。治療速度は、並みの波紋使いの非じゃあない。譲渡する量を増やせば、部位欠損にすら対応できるのだ! なんならスタンドにも有効で、一時的にスタンドパワーのブーストにだって使える優れものだぞぅ。
とはいえデメリットももちろんあって、その性質上即死した人には効果がないし、一度に放てるのは一本だけ。二発目を出すには、先に放った【センド・マイハート】を消さなくっちゃあいけない。わたしか射貫いた相手、どちらかが射程距離外に出ても矢は消える。
さらに、対象に生きる気力がないと効きがすこぶる悪くなったり……あとは、前提としてわたしから生命力を譲るものだから、わたしには効かないんだけど。
でもそれでいい。わたしのことなんて後回しでいいんだ。
ともあれ、これでよし。これでわたしがここから離れるまでの間に、多少なりとも彼を癒してくれるはずだ。
「……あっ、カーズ様待ってくださいよぉ!」
そしてわたしはばたばたと、だけどできるだけゆっくりとその場を後にした。
願わくば、彼が死なないようにと思いながら。
コンフィデンス第三の矢:センド・マイハート
破壊力:なし スピード:なし(本体に依存) 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:C 成長性:B
(現時点のステータス。破壊力、射程距離以外は【コンフィデンス】、【スターシップ】と共通)
矢で貫いたものに本体の生命力を譲渡し、それによって対象を治療する能力を持つ。
対象をスタンドにすることで、スタンドパワーを一時的に強化するという使い方も可能。
治療は怪我だけでなく部位欠損、病気、寄生虫などにも効果を発揮するが、【クレイジーダイヤモンド】のような即効性はなく【ゴールドエクスペリエンス】のような創造性もない。
ハートの模様が施された矢。【スターシップ】同様、同時に出せるのは一本だけで、大元の能力で出せる七本のうちの一本に数えられる。