それからしばらく、わたしたちはユーラシア大陸の文明について盛り上がった。
こっちの大陸とは異なる文化や、そこで作られたものはやっぱりサンタナにとっては興味深いものみたいで、あれやこれやと品を変えて見せながら話すととても楽しそうなのだ。
特にサンタナの目を引いたのは、青銅器と鉄器だ。前世と同じくこっちの大陸では金属関係の技術が発達してないみたいで、興味津々だったね。金属器は多種多様な道具にできるうえに、石器よりも頑丈だ。その用途の広さに感じ入ってたよ。
いやー、あっちのものを色々とお土産として持ってきて正解だ。こういうこと話せる相手がいるって楽しいなぁ!
あとは、描きためてきたスケッチもここで大活躍した。ローマの街並みやそこに繋がる道路、水道橋、あるいはエジプトのピラミッド(わたしが初めて見たときまだ化粧石が健在だった!)、スフィンクスみたいな建造物の絵を見せながら色々話したんだけど、特にピラミッドはやっぱり彼も驚いていた。万里の長城なんかもそうで、この辺りはわたしも改めて人類ってすごいなって思ったところだ。
そしてある程度距離が離れてかなり性質の違う文明が複数鼎立しているあっちの状態については、主に国を動かすものとして気になったみたい。
確かに、この大陸でも中南米にはアステカやマヤ、ナスカ、あるいはインカと言った文明が国を作る。今後はそういう、考え方も文化も異なる国と色んな形で接触する機会もかなり増えてくるだろうし、その辺りは参考にしたいって言ってた。
これに付随して孫子の写しを渡したんだけど、これが一番喜ばれたかもしれない。これはさすが、人類史に通底する兵法書ってところかな?
そうやって盛り上がって、一体どれだけの時間が経ったことやら。時計がないからよくわからないけど、ともあれ文明談義が一段落したころ。
「……そういえば、姉さんはどうしてこっちに戻ってきたんだ?」
会話の切れ目に、何気なくって感じでサンタナが問うてきた。
「うん、久しぶりにサンタナに会いたくて」
「……そうか。そうか」
そしたら、少し照れたように笑った。うーん、カーズ様たちだとこうはいかない。
「一応他の用事もなくはないんだけどね」
「そうなのか?」
「うん。ちょっと人手が足りないから、サンタナにもあっち行ってほしいなって話なんだけど……」
「……聞こう」
わたしの言葉に、サンタナは腕と足を組んだ。
顔から笑みは消えていて、何だか身構えるような雰囲気。
えっ、そんな警戒されるようなことかなこれ?
「えーと、確かこの辺に写しを……あ、あったあった。ね、サンタナ、これ」
「このスケッチは……まさか、エイジャの赤石が見つかったのか?」
「うん。……って言っても、まだみんな目で見たわけじゃあないんだけど」
手渡したのは、アルキメデスの家から拝借してきた例のスケッチ。色までしっかりついてるから、サンタナもすぐに理解したみたいだ。
そんな彼に視線で続きを促されて、わたしは口を開く。
「ただ、場所がはっきりとわかってないんだよね。最初持ってた人は強奪されて、そこからあっちこっちを人伝いに動き続けてるみたいで。今はみんなでそれを追ってるんだけど何分範囲が広くってねぇ」
「なるほど、それで俺もということか」
「うん、そう……なんだけど……」
「……? 構わない、言ってくれ姉さん」
「あ、うん……その、カーズ様は、費用対効果に見合わないから別にいいって言うんだよ」
「……あの方はそういう方だろう」
そう言いつつも、サンタナの表情は渋い。
やっぱり彼も、カーズ様には思うところがあるんだろうなぁ。
「そうなんだけどさ。それでもやっぱりひどいよ。だからね、わたし逆に会いに行こうと思って」
「……ふっ、なんだそれは。カーズ様に逆らったと?」
「そこまではしてないよ。ただ、わたしがいなくても情報が集まるようにしただけ。カーズ様、ノルマをこなしてるうちはあんまり大きく言ってこないからね」
「その辺りはさすがというか……器用だな、姉さんは」
「ま……まーね!」
実際のところは半分くらい成り行きなんだけど、せっかく褒めてくれてるんだしちょっと見栄を張っちゃうわたしだ。
「と……とにかく、そんなわけでさ。サンタナもあっち行かない? 色々話した通り、あっちは色んな文明があるから見て回るのも楽しいだろうし」
ところがそう提案したところ、サンタナの表情は渋いを通り越して険しくなった。
え……えーっと、あれー? なんで? どうして?
「……なあ姉さん……」
「な、なぁに?」
「つまりもう間もなく、石仮面を完成させられるところまで行っていると見たが。それでカーズ様はどうするのだろうな?」
「え? ど、どうって……あの人の目的は太陽を克服することだから……」
「いや、俺が聞きたいのはそのあとだ」
「そのあと」
思わずオウム返しに問うたわたしに、サンタナが重々しく頷く。
彼はそのまま、天井を仰ぎながら言葉を続けた。
「カーズ様は太陽を克服し、究極の生命体になろうとしている。だがそのあと、何をするのだろう? 俺の知る限りでは、世界を支配すると聞いているが」
「あー……うん……そう、だねぇ。たぶんそうだと思うよ。昔一族を出たときもそんなようなこと言ってたし……」
原作でも、究極生命体になったあとの目的は「自分の思うがままの世界を創造してゆくこと」って書いてあったし……。
「……だとすると、俺たちはどうなる? 俺たちも、完成した石仮面を使わせてもらえるのか?」
「え。え……あー、あーあー、それを言われると……」
素直に頷けないなぁ。何せ
特に原作で完全にその他大勢扱いだったサンタナはその可能性が高いだろうし、わたしにしてもどこまで信用されてるかわからない。
エシディシは……まあ昔からのカーズ様の同好の士だし、ワムウも二人にとって自慢の弟子みたいなものだろうから、使わせてもらえるだろうけど……。
「だろう。そしてもう一つ聞くんだが……姉さん。カーズ様は、俺の作った王国を見てどう思うだろうな?」
「…………」
人間を家畜にした世界を見てどう思う、か……。
超効率主義なあの人のことだから、たぶんありよう自体は肯定すると思う……けど。
「……乗っ取られる可能性が高いんじゃないかなぁ」
ゼロからシステムを構築するより、既にあるものをそのまま使ったほうが早い。
そして何度も言うけど、カーズ様は超効率主義者だ。今まで歯牙にもかけてなかったサンタナが作り上げたものなら、躊躇せず没収してもおかしくない。
「だろうな……俺も同意見だ……」
そう告げたところ、サンタナは深いため息をついた。
……えっと。
あれ? もしかしてだけど……サンタナ、あなた……。
「……姉さん」
「うん」
「姉さん、俺はな。今までずっとカーズ様たちに虐げられてきた。無能とさげすまれ、こちらに置いて行かれた。そう思っている。確信としてな。
そんな俺を見ていてくれたのは姉さんだけだ……。姉さんだけは俺の技術を褒めてくれた。それを誇っていいのだと言ってくれた。俺にも長所はあるのだと、教えてくれた。
そんな姉さんにだから……言うのだが。俺は――
静かに、だけどはっきりと告げたサンタナに、わたしは思わず生唾を呑んだ。
彼が言葉を続ける。気分が高ぶって来たのか立ち上がって、腕を振りかざしながら。
「俺はこの地に、俺の国を作った。ここでは俺は誰よりも偉く、誰よりも優れていて、誰よりも
自分の目が大きく開いたのがわかった。心の底からと思えるほどの叫びが、びりびりと身体を揺らすのがわかる。
サンタナがまさかここまでカーズ様に反抗心を露わにするなんて、原作を知ってる身としては信じられない。
視線を合わせる。彼の瞳は……まったく揺らいでいなかった。
本気だ。彼は本気なんだ。そのまなざしの力強さに、わたしはそう確信するしかなかった。
なんてことだ。今までわたし、この地域の変貌っぷりをバタフライエフェクトだって思ってたけど……これに比べたら、あんなの大したことない!
そして……わたしは。彼の言葉を聞いて、わたしは。
「……サンタナ、あなた……」
口端が、くいっと持ち上がったのがわかった。
同時に冷や汗がこめかみを滑り落ちる。
「……応援するよ」
「姉さん……!」
少し。少しだけ、目指すところは違うけど。
それでもサンタナの目指すところは、わたしの目指すところに限りなく近い。
だから、きっと。サンタナとなら、手を取れるんじゃあないか。一緒に生きていけるんじゃあないか。
意見の相違もあるかもしれないけど……でも、それをときにぶつけあって、その中間を探す行為は……人間のそれじゃあないか。
そう……思った。思えた。あるいは、思ってしまったのか。
「今はまだできないけど。でも……もう少し時間が経ったら。わたしも協力するよ」
「姉さん? 姉さんまで俺に付き合う必要は」
「ううん、そんなことない。だって……わたしは人間の作る歴史を見ていたいから」
「!」
「カーズ様は、たぶんそれを認めない。だから……わたしも」
「姉さん……!」
「わっ?」
わたしの言葉を遮るようにして、サンタナの身体がわたしを抱き寄せた。そのまま彼の腕の中にすっぽり収まる。
普段のわたしならものすごく動揺しそうなことをされてるけど、でもなんだか不思議と頭は冷静だった。
昔、まだサンタナが子供だったころ、抱っこしたりしてたからかなぁ。
そんなことをぼんやり脳裏に浮かべながら、彼の背中に手を伸ばす。
あー、サンタナ大きくなったなぁ。手が手に届かないや。わたしは小さいままだから、それは当たり前ではあるんだけど……本当に、なんだか感慨深いものがある。
そうやって、どれだけ二人で抱き合ってたかはちょっとわからない。
どちらからともなく離れたのはいいけど、お互いにちょっと……いやだいぶ気まずくて、とりあえずこれまたどちらからともなく視線を外す。
「……えーっと、まあその、そういうわけだから、わたしはサンタナの味方だよ。うん」
「ありがとう姉さん……姉さんが味方してくれるなら百人力だ」
「しばらくはまたあっちの大陸に行くことになるけど……いつも通りならわたしが最初に寝て最初に起きるだろうから、そのときに、また」
「ああ、そこが節目だな」
「それまで、赤石がカーズ様の手に渡らないようにしないとね」
「ククク……そうだな、その通りだ」
そうしてわたしたちは、これまたどちらからともなく笑い合う。まるで越後屋と悪代官みたいなやり取りだ。
かくしてわたしは、思いがけないところで思いがけない共犯者を見つけたのだった。
サンタナに「ハッピーうれピーよろピくねー」フラグが立ちました。