転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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26.新しい門出

 ともあれそんなわけで、トナティウがなかまにくわわった。

 彼女のこちらでの役割は、主にわたしが以前から担当していた情報の取りまとめと各所の繋ぎ役となる。これは、彼女が人間以上の身体能力を持ちながら日中に行動できるからこその役割だ。

 わたしやルブルム商会だけでなく、カーズ様たちとのやり取りも担当することになるかなり重要なポジションになる。わたしもこの仕事は継続するけど、わたし一人でやってたことを二人でできるようになったことは色んな意味で大きい。

 

 新入りにいきなりそんな重要な仕事を与えて嫉妬する人が出てくるかなとも思ってたけど、そこは彼女の一本気な性格と相応の実力もあって特に気にされた様子はない。

 

 ショシャナ? あの子はわたしの隣さえ死守できればいい子だから……。

 なんならトナティウがわたしの近くにいる頻度が下がる上に、トナティウがこの仕事をやってればショシャナが毛嫌いしてるカーズ様に顔を合わせる頻度も下がるってことで、歓迎してたほどだ。

 

 そしてそのカーズ様はと言えば、さすがと言うかなんと言うか、トナティウを一目見て人間じゃあないと看破した。これについてはわたしですらわかったことだから、彼にわからないはずがないよね。

 それからその正体について説明を求められ、かくかくしかじかとサンタナの人間の品種改良について話したら、なるほどと面白そうにしてたのが実に嫌な予感しかしない。

 

 と思ってたら、案の定こっちでも半吸血鬼を作ってみようと言い出したからたまったもんじゃない。

 

 とはいえ、人手不足解消のためにわざわざ一時離脱したのに、ほぼ成果なしで戻ってきたわたしにノーと言う権利なんてあるはずもなく。求められるまま(脅されるままと言い換えても可)半吸血鬼について説明せざるを得なかったよ……。

 まあ、細かい作り方までは説明していないけどね! 内容が内容とはいえ、サンタナが頑張って調べたことを全部開示するのははばかられたし、歴史どころか世界そのものがこれで変わる可能性まであるんだからあちこちぼかしてごまかしたよ。わたしがんばった。

 

 というわけで、カーズ様は気晴らしも兼ねて実験を始められた。わざわざアルビオン(ブリテン島のこの時代の呼び名)に渡って人目の少ないところで始めるあたり、こういうことには凝り性な人だなとは思う。

 

 まあ、カーズ様が実験にかまけてればその分赤石探しも遅れるわけだから、そこは歓迎だ。それだけ原作の時代への備えもできるわけだしね。

 実験台にされる人については本当にごめんなさいだけど……それについてはせめてまっとうに生きていけるように、人生の選択肢を増やしてあげるようにしようと思ってる。どうせ、カーズ様のことだから教育関係はわたしに丸投げるだろうし。

 

 なお、トナティウのカーズ様たちに対する印象は、悪神、悪神、武神らしい。順にカーズ様、エシディシ、ワムウだ。

 カーズ様たちの言動は、確かに悪神と言われても仕方ないとは思う。あっちでサンタナがやってることに比べればそりゃあ、ねえ。

 

 そんなこともあってか、カーズ様のいないところでは、神としての力をいたずらに振るう邪悪な存在扱いだ。そしてこの件で、ショシャナと悪口が盛り上がってる。やっぱり君ら仲良しだよね?

 でも指摘すると口を揃えて違いますって言うんだなぁ。わたしはもう、なんか親戚の姪っ子とかを眺めてるようなほっこりした気分だよ。

 

 そんなこんなで、また三十年ほどが過ぎた。今のところは波紋使いの目を避けてることもあってか、わりと穏やかだったと思う。相変わらずローマは拡張を続けてたけど。

 

 わたし自身は、案の定アルビオンの人体実験施設での教育を丸投げられたせいもあって、ちょっと忙しかった。ルブルム商会の拠点がエジプトのアレクサンドリアなこともあって、行き来がもうね、しんどくってね……。

 

 とはいえ、半吸血鬼の研究はサンタナが何百年もかけたものだ。たかだか三十年、しかも気晴らしの片手間にやってることもあって、目立った人材を輩出するには至ってない。

 そもそも半吸血鬼って老化が遅いんだけど、それは同時に成長が遅いってことでもある。だから三十年経っても、初期に生まれた子ですらまだ十歳くらいの子供なんだよね。そりゃあ人材どうこう以前の問題だ。

 

 それはともかく。

 

 さっきも言ったけど、三十年が過ぎた。大事なことだから何回も言う。

 わたしたち柱の一族にとって三十年はあっという間だけど、人間にとってはそうじゃあない。むしろとても長い期間だ。

 

 何が言いたいかって?

 

 それはね。

 三十年が過ぎたってことはね。

 ショシャナが、七十近いおばあさんになったしまったということでもある、んだよ。

 

 ……この時代としては、かなり長生きだ。それでも、二十一世紀の七十手前とはわけが違う。随分と老け込んでしまって、最近は介護が必要なレベルになっている。

 トナティウは半吸血鬼だから、まだ二十代くらいの姿と精神を保ってるけど……だからこそ、二人の差があまりにも顕著で見てるだけでつらくなってくる。

 

 トナティウもショシャナの衰弱には思うところがあるみたいで、寂しそうにしてることが増えた。やっぱり仲良しだった。

 

 そんなある日のこと。わたしはいつものようにショシャナの介護のために、つききっきりで世話をしてたんだけど。

 彼女は普段とは違う覚悟を決めた顔でこう言った。

 

「アルフィー様……私に……石仮面を使わせてください」

 

 その言葉に、わたしは思わず手にしていた食器を取り落としてしまう。

 

 石仮面を使う。それはすなわち、吸血鬼になるということ。ほぼ不老不死の身体と無双の力の引き換えに、人間性を失う諸刃の剣。それを使わせてくれと、彼女は言ったのだ。今までずっと使わせなかったそれを、使わせてくれと。

 

「私……死にたくないのです……。もっと、もっとアルフィー様のおそばにいたいのです……。アルフィー様をずっとお支えしたい……」

「……ショシャナ……」

「それに、あの女はこれからもアルフィー様と一緒にいるのに……私だけなんて、そんなの、あんまりです……!」

「そっちなんだ……」

 

 死にたくない理由がわたしで、さらにはトナティウに張り合うためとか。老婆になってもこの子が変わらなさすぎてわたしは思わず笑っちゃったよ。

 

 でもそれはそれとして、簡単に吸血鬼になっていいものでもない。カーズ様はほいほいやるけど、わたしはやっぱりそういうものじゃあないと思うんだよね。

 

「……わかってる? 吸血鬼になったところで、ショシャナがショシャナであり続けられる保障はどこにもないんだよ?」

「愛の力で乗り越えますわ」

「なんの根拠もない答えをありがとう」

 

 ブレないなぁ、この子は。結局、ずーっとわたしのことだけを見てわたしのことだけを愛し続けてくれた。

 わたし自身は、やっぱり人を見る目がないなぁと思うんだけど。でも好き嫌いって、理屈じゃないところもあるしねぇ。

 

 だけど吸血鬼にはなってほしくないのは、それだけじゃないんだよ。他にも問題はあるんだ。だってサンタナの研究によれば、殺される以外での吸血鬼の死因は主に自殺なんだから。

 

 吸血鬼という生き物は、根本的に人間と変わらない。それは生物学的な意味だけでなく、精神性もそうなんだよね。ただ、心のブレーキがなくなるだけで。

 そして人間は、何百年も生きていられるほど図太くない。多くの吸血鬼は、その永遠性を最終的には持て余して自ら死ぬことになる。

 

「……ねえショシャナ。吸血鬼になって、あなたも心を喪わなかったとして。それでも、あなたの心が生き続けられるかはわからないんだよ?」

「そんなことはありません! ありえませんわ! 私は、アルフィー様さえいれば何も怖くありませんもの!」

「わたしが二千年もの間不在でも?」

「……!?」

 

 ショシャナが絶句した。そのまま、しばらく沈黙が場を支配する。

 

 彼女には、言ってなかった。だって、人間の彼女の短い人生の中では関係がないと思ってたから。

 でも、吸血鬼になるなら話は変わってくる。わたしの、と言うより柱の一族の生態を知る必要がある。

 

 そう、わたしはもう百年もしないうちに、二千年の眠りにつくということを。

 

「ショシャナは、それに耐えられるの? たった一年ちょっと、わたしがいなかっただけであんなに取り乱したあなたが?」

 

 そして説明を終えて、わたしはあえて突き放すように言った。

 

 だってもしも耐え切れなかったときは、生き地獄を味わうことになるんだよ。目の前にわたしがいるのに、石化している。いないも同然の状態を目の前に、延々と苦しむことになる。

 そうやって心が壊れていくショシャナのことを考えると、とてもじゃないけどいいよなんて言えない。かわいそすぎる。

 

 だから、あえてわたしは拒絶したんだ。どれだけ人間ぶっても、結局のところわたしのこの手は悪魔の手。こんな手は取るべきじゃあない。ショシャナはあくまで人間として、その命を全うしてほしいんだよ。

 

 ああでも……それでも、家族だからわかる。ショシャナはそれでも、って言うだろう。

 

「それでも……たとえ私が壊れることになっても、それでも私は……アルフィー様と同じ時間を過ごしたいんです!」

 

 ほらね。

 

 わかってた。知ってる。ショシャナがそういう子なのは、誰よりも知ってる。

 だって、わたしがこの子を育てたんだもの。わたしは世界で一番、この子のことをわかってる。

 

 きっと、二千年の不在に耐えられないだろうなってことも、なんとなく。

 

 わかってるなら止めるべきだ。それはわかってる。

 わかってるけど……でも、万年単位で続くわたしの人生と同じ時間を過ごしたいという彼女の言葉は、わたしにとっても嬉しいもので。

 

 そんなこと言われたら、わたし断れないじゃないか……。

 

「はあ……。わかった、わかったよ。死ぬより辛い目に遭う覚悟があるなら、わたしはもう何も言わないよ」

「……ありがとうございます!」

 

 かくして、ショシャナは吸血鬼として生まれ変わった。せめて、と思ってその起動にはわたしの血を使い、若返るための最初の吸血もわたしからさせた。

 サンタナのレポート通りなら、これで普通より優れた吸血鬼になるはずだ。そうなってほしい。そう願って、わたしの血を使った。

 

「ああ、身体に力がみなぎる……! これが若さ……! 素晴らしいわ、今までの重かった身体が嘘のよう!」

 

 そうして、見事に二十代前半くらいの姿を取り戻したショシャナは、どうやら理性を失わずに済んだようだ。

 

 よかった。わたしの手でこの子を殺すなんてしたくなかったから、本当によかった。

 

 でも、やっぱり石仮面は人を狂わせる。つくづくそう思わされた。

 

「ではアルフィー様! まぐわいましょう!」

「なんでそうなるかなぁ!?」

「だってせっかく若返ったのですもの! やはり(しとね)は共にしたいじゃあありませんか! さあ遠慮せずこちらにどうぞ! 愛を育みましょう!」

「いやそのりくつはおかしい……っう、きゅ、吸血鬼になったから力が……!」

「はあはあ、アルフィー様を押し倒せる日が来るなんて、夢のようですわ! 大丈夫です、幼い頃から頭の中でイメージトレーニングはバッチリ重ねてきましたので! 私に身体を委ねてくださいな!」

「ああもう! 石仮面なんてだいっきらいだぁ!」

「ああんアルフィー様ぁ! あ、でもこんな風に蹴っていただけるのも新鮮……! 頑丈になったからできることですね! 最高ですわ!」

 

 どうしよう。まさかスケベ方面にタガが外れるなんて思ってなかったよ!

 

 原作の吸血鬼は大体破壊衝動とかそっち方面だったのに、この子ときたら!

 そりゃあ、わたし今までショシャナのそういう求めには応じてこなかったけどさぁ! いくらなんでも処女をこじらせすぎでしょ!?

 




あくまで家族枠と言い張る(真顔
ちなみにショシャナが主人公を押し倒せたのは不意打ちだったからです。普通にしてれば押し倒せません。

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