「はぁー? 最期くらい真面目に見送ってあげよーと思って、必死こいて戻ってきてみれば……何やってるんですかこの色ボケババア!」
アレクサンドリアに戻ってきたトナティウ、渾身のツッコミだ。全面的に同意したい。
ところが言われたほうはどこ吹く風で、今日も元気にわたしに踏まれて興奮している。
なんとかしてほしいところだけど、何しても喜ぶせいでどうにもならない。放置が一番ではあるんだけど、そうするとそれはそれで泣き始めるから……。
「聞きなさいっ!」
「はぁーん? 負け犬が何か吠えてるわねぇ? よくわからないわ、だって私人間ですもの!」
「もう人間じゃないくせに何をいけしゃあしゃあと!」
「見苦しいわよトナティウ! どうせ嫉妬してるんでしょう! アルフィー様の血をいただけたこの私に!」
「え、別に? だってアルフィー様の血はあたしもたまにいただいてるし」
「……は?」
「はァン?」
「ああもう、二人ともそれまでにしようね……」
なんとなく楽しそうに見えるけど、一応とめておく。
視線をぶつけあってすぐにこっちを向いて、同時に謝ってくるのなんて久々すぎて思わず笑っちゃったけどさ。なんだか始めの頃に戻ったみたい。
「……アルフィー様、どうしてこいつを吸血鬼なんかに? 元からアレな性格だったんですから、石仮面使ったらこうなるのはわかってたでしょうに」
「ごめん、わかってなかったんだ……いや忘れてたっていうか」
「神をも欺く色狂い……!?」
「失礼ね! 誰が色狂いですって!?」
「あんたですよ!」
ハハハやっぱり二人は仲がいいなあ(現実逃避
でも実際問題、ショシャナがショシャナでなくなることは危惧してても、性格が悪に振り切れることに関しては失念してたんだよね……。
もうすぐ死ぬって状況で、わたしもわたしなりに冷静じゃあなかったんだろうけど……それはそれとして、自発的に石仮面を使ったことには変わりないわけで。本当にやってよかったのか、許されることではないんじゃあないかって、今になって後悔してる。
我ながら、本当に学習能力がない。生まれ変わって記憶力とかそういうのはよくなったかもだけど、根本的なところがまるで成長してないんだよなぁ。うっかり屋っていうかなんていうか。お釈迦様が聞いたら怒る通り越して呆れるかなぁ……。
「……とりあえず、そろそろストップね」
放っておくとすぐケンカするのは、猫とネズミ的な間柄だと信じたい。
ただそれはそれとして、わたしを物理的な中心にしてぐるぐる追いかけっこされるのはさすがにちょっと気になるんだ。
「はぁい」
「はい。……だからそこで抱きつかない!」
「嫌よ!」
「迫真の顔で言うことじゃあないですからね!」
ハハハやっぱり二人は仲がいいなあ(現実逃避
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カルタゴ、地図から消えるってよ。
そんな速報をもらったわたしは、ならば今が紀元前百四十六年なのかなと時系列に思いを馳せる。
これは明確な歴史の分水嶺だ。カルタゴはローマに匹敵する存在だったんだからね。それが破れ、歴史の彼方へ去ったことでローマの覇権はもはや確定したも同然だ。ここにローマ帝国は、歴史に燦然と輝く金字塔となる。
今後も、カエサルたちの第一次三頭政治、オクタウィアヌスたちの第二次三頭政治という歴史的に重要な出来事はあるけど、それらが行われないにしてもローマは存続していずれ帝国になるはずだ。
言うなれば、ローマをローマ足らしめる……後世にまであまたの分野でその影響を残すローマ帝国、その礎は間違いなくここで完成した。であれば、今後の歴史にそこまで大きな差は出てこないだろう。
もちろん、わたしの知る歴史と大きく異なるものになり得る歴史の分水嶺は、まだいくつか残ってる。その筋の人なら、人理定礎と言えばそれが何を指すかわかるだろう。大航海時代の成否とか、ウォーバランスの担い手となるアメリカ合衆国の行方とか、その辺だ。
ただ、この時代の先にあるそれは、わたしにとっては当事者になれないものでもある。そのすべてを寝て過ごすことになるんだから仕方ないんだけど、それはそれとして残念だ。
……ショシャナには、そういう歴史上のあれこれを記録したり、文物を集めといてもらおう。あの子がわたし抜きで生き抜いていけるかどうかは正直怪しいところだと思ってるけど、仕事があればもしかしてそれが逃避になるかもしれないし。
あとは、念には念も入れとこうかな……。
さてそれはともかく、今が紀元前百四十六年なら、わたしはあと三十年くらいで眠りにつくことになる。一年二年くらいは平気で誤差として出てくるから、はっきりこの年、って断言できないのはアレだけど。そこは人間だって、絶対に同じ時間に起きて寝るなんて人はいないだろうし。
……いや、四部の吉良吉影ならやってそうではあるけど。彼ほどの几帳面さはわたしにはないから、いつもブレるんだよね。
だから今のうちに、寝たあとのことを伝言として残しとこう。ショシャナとトナティウ宛に書いとけば、万が一はないだろうしね。
……そこ、遺言とか言わないように。
そしてカルタゴが滅ぶのに前後して、遂にと言うべきかいよいよと言うべきか……。
ともあれ、このタイミングで赤石とわたしたち柱の一族のことがローマの波紋戦士たちに発覚した。
事の発端は、エシディシだ。あの人ときたら、せっかく秘密裏にことを進めてたのにうっかり見られて、それだけならまだしも人間にちょっと(聞く限りかなりのものではあったけど)挑発されただけで激昂して、派手にやっちゃったのだ。それも波紋戦士の前でだ。
これにはカーズ様もげきおこで、友達に怒られたエシディシはさすがにシュンとしてた。以降彼は、キレそうになったときは号泣して気分を入れ替える手法を採るようになった。
このタイミングと顛末が原作と同じかどうかはわからないけど、ともあれジョセフに対して見せたエシディシの「あんまりだ」はここから始まったのか……とちょっと感慨深いものがあるのはわたしだけだろうな。
それはともかく。
そんなわけでバレちゃったので、事あるごとに波紋戦士と戦う羽目になった。まあワムウなんかは楽しそうにしてたんだけど、カーズ様とあとわたしにとっては面倒でしかない。
一応、ルブルム商会が柱の一族と繋がりがある……っていうかぶっちゃけ下位組織ってことまではバレてないけど、やりづらくなったのは間違いない。
カーズ様がやってるアルビオンでのアレもまだ時間が足りないしで、ほとんどの作戦を少人数でやることになったと言える。
これでも原作よりも手が届く範囲はだいぶ広いんだけどね。ただ、残念ながらわたしは諸々含めて決定的な情報を
そうやっていたちごっこを続けることおよそ三十年。トナティウがショシャナの外見年齢を追い越し、アルビオンに半吸血鬼の部族が形成され始めた頃。
変わった世界情勢と、スーパーエイジャがローマ市内に持ち込まれたという情報を受けて、いよいよカーズ様が動き出す。
「作戦は、単純に言ってしまえば囮だ」
アレクサンドリアにあるルブルム商会の本店で、カーズ様以下すべての柱の一族が揃っていた。
「囮は二段階に分ける。まず一つ目。ローマの目と鼻の先にあるシチリア島に石仮面を放つ」
あっ、察し。
「とりあえず一体、適当な吸血鬼を作るのだ。そいつに暴れさせる。すると当然、ローマは軍を派遣せざるを得なくなる。……が、ここ最近のローマ軍は弱体化が著しい」
以前ローマが手をつけられなくなるって言ったけど、実はこの時期はその空白期間だったりする。ローマ軍の強さは市民権を持つものが支えていたけど、この時期になると拡張がすぎて財を失わざるを得ない人が続出。それに伴って市民権も失う人が相次いだんだよね。
だからこそ根本的な軍制改革が必要になって、実際それは成し遂げられるんだけど……それが完成するにはもう数年の時間が必要になる。カーズ様はそこを突くつもりなのだ。
「なるほど、最近のローマ軍にゃあ手応えがなかったからな……」
「スタンド使いの波紋戦士も減りましたしねぇ」
「ただでさえ弱体化している軍が、さらに減ったところを狙うと。そういうわけですか」
「ああ。シチリア島に関してはそれでいい。あとがどうなろうと我々には関係のないことだ」
……終わったらちゃんと後始末しなきゃ。
「軍がローマを離れ、シチリア島にたどり着いた頃合いで我々は動く。ここでも囮だ。アルフィー、お前吸血鬼を飼っていただろう。そいつにやらせる」
「……あの子を囮にするんですか」
「能力的にもちょうどいいだろう?」
不満か? と言いたげにじろりと視線が向けられる。
そりゃ、確かに変身後のショシャナは怪人だけどさ……防御力も折り紙付きだけど、波紋は普通に食らうんだから危ないじゃあないか。
「……私も囮に回っていいですか?」
「ほお。まあいいだろう。せいぜい死なないように立ち回れよ」
一瞬にやりと笑ったように見えたけど……今のなんだったんだろう。
でもそれはともかく、やっぱり危険なことをショシャナにはやってほしくないんだ。
殺されることが心配なんじゃあない、戦いの中で吸血鬼としての衝動に呑み込まれてしまうことが怖いんだ。もしそうなったら、わたしは石仮面を使ったものとして彼女を殺さなきゃならない。
ここ三十年の間に、やってしまったものは仕方ないと一応の折り合いはつけたものの、やっぱりそういう事態になってほしくないよ。
まあ、それでもまったく関係のない人を無理やり吸血鬼にするよりはマシか。そう思わないとやってられない。
シチリア島に関しては、それもできないわけだけど……なんとかして被害を最小限にすることで償いとしたい。
「囮のアルフィーに波紋戦士の大半を引き付けることとするが……下手に騒ぎを大きくすると情報が錯綜する。ゆえにアルフィー、そこは賢く立ち回れよ?」
そうやって内心で葛藤している間にも、話は進む。とりあえず自分のことはあとで考えるとして、今はカーズ様に合わせよう。聞いてませんでしたとか言ったら斬られる。
「えーと、あのローマの街を完全に制御するのはいくらなんでも無理ですよ。人手が足らなさすぎます」
「それについては半吸血鬼どもを使って構わん。情報網を確実に構築しろ。それと、赤石がローマから出ないように監視もな」
「わ、わかりました」
うへぇ、そんな指揮官みたいなことわたしにできるかなぁ。全然自信ないぞ。ショシャナに任せちゃっていいかなぁ……。
トナティウ……は、シチリア島のほうをなんとかしてもらいたいし……んんん、どうしたものか。会議が終わったら、二人を呼んで話し合おう、そうしよう。
「スーパーエイジャが持ち込まれたとされる場所は、全部で三箇所。この騒ぎに乗じて、同時に攻め入る。ワムウ、お前には強力な波紋戦士がいるところを任せるぞ」
「御意」
「人数の多いところは私がやろう。自らの持ち場が片付いたら私のところを手伝ってくれ」
「あいよ、了解だ」
「わかりました」
「作戦は以上だ。何か質問は?」
カーズ様の問いに答えるものはいない。それを見て、彼は満足そうに頷く。
「では行くぞ。スーパーエイジャをこの手にするのだ!」
かくして、賽は投げられた。
やっとここまで来た・・・長かった。
正直早く原作の時系列に飛びたい(本音