テルティウスの宣言に対して身構えるより早く、ショシャナは腹部に衝撃を受けてたたらを踏んだ。
「!?」
すぐ目の前には、間違いなくテルティウスがいた。無駄なく、右の拳を突き出した状態で。
「この……!」
即座に反撃しようと腕を動かすが、それと同時にテルティウスの姿が消えて空を切る。
そして次の瞬間、彼は完全にショシャナから離脱していた。
「……ッ!」
「さて、見えるか?」
テルティウスが構える。と同時に消える。そして、ショシャナは打撃を受ける。あてずっぽうで攻撃をしてみるが、当然のように当たらない。かすりもしない。
そうして相手の姿を認識できないまま、彼女はしばらくなす術もなく攻撃を四方八方から食らい続けた。
ただしテルティウスのほうも、完全には波紋を流し込めていない。接触が一瞬ということもあるが、やはり【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の防御力が高すぎるのだ。これがなければ、既にショシャナは死んでいるだろう。
それでも、強固な防御力を持つショシャナにこれほどのダメージを与えたものは過去にはいなかった。
「な……めるなぁッ!」
ただ、そこは彼女も吸血鬼。人間より鋭敏な感覚が、テルティウスの行動のタネを理解しつつあった。
それでこの状況を覆せるかと言えば、必ずしもイエスではない。ないが、それでも彼女は己の推理に従って虚空を裏拳で薙いだ。それまでと違って、明確に何かを察した動きだった。
すると派手な音を立てて一瞬テルティウスが裏拳の寸前に現れ、直後地面を蹴り抜いた砂埃とともに再度消える。
そうして刹那のうちに、彼は遠巻きに現れた。
「やりおる。さすがに吸血鬼じゃな……」
「……超スピードということね?」
「いかにも」
大股に踏み出してショシャナが問えば、テルティウスは隠すほどのことでもないと言いたげに肯定した。
彼が自身に宿したのは、雷光である。雷ではない。雷光だ。即ち光。
光の性質は様々あるが……中でも
光より速く動くものは、この地球上には存在しない。少なくとも、二十一世紀の段階でもそれは揺るぎない。まして、生き物でそれを認識できるものなどあるはずもない。
そう、今のテルティウスはまさに光速で動く。動けてしまう。
再びテルティウスが動き、怒涛の攻撃を開始する。
だがショシャナがいかに人間を上回る身体能力を持っていようと、その速さを視認することは不可能だった。
(くそっ、速い! 集中すればなんとなくどこから来るかわかるけど、割に合わない……ッ!!)
最初に比べると、明らかに対応できるようになってはいる。ただ、それでもまったく間に合っておらず、攻撃はすべて空振りだ。光とはそれだけ速いのだ。
だが、それでもショシャナに諦めるという選択肢はなかった。今まで蓄積したダメージもあってか、波紋によって肉体が焼ける音も響き始めていたが、そんなことは関係なかった。アルフィーに傷をつけた男を許すつもりなど、毛ほどもないのだから。
「これは……どうだァッ!」
歯を食いしばり、ショシャナはテルティウスが来ると判断したほうへ向けて地面を勢いよくえぐった。それによって巻き上げられた砂と、土、それに小石が、散弾となってテルティウスに向かう。位置の目測は正しかった。
ただそれは、当然のように回避される。ショシャナの行う射撃は既に銃に匹敵する速度を持つが、光速で動けるテルティウスにとっては不足に過ぎる。
たが、ひとまずそれでよかった。たった一瞬でも、テルティウスの意識が外れさえすれば、ショシャナは飛び立てると判断して。
とはいえ、馬鹿正直にこの場で上に行こうとは思っていない。空に上がるのは逃げるためだが、その能力ゆえに彼女は逃げながらも攻撃ができる。
それを受けたインスラは、先ほどショシャナによって一部を破壊されたインスラであり……この体当たりによっていよいよ寿命を迎え、崩れ始める。
彼女はそれだけにとどまらず、隣、さらに隣と移動して周辺の建物も破壊しにかかった。
「やめんか! これ以上街を破壊するんじゃあないッ!」
その行動に、テルティウスは気色ばむ。
慌てて止めようとするが、既にショシャナはそれらに順次
「これならどうよ!」
テルティウスの言葉を無視して、一気にその能力を発動させる。
たちまち彼女に当たった、あるいは触れた大量の瓦礫が次から次へと弾丸となってテルティウスに殺到する!
「吸血鬼め……! 甘く見るでないぞ!」
圧倒的な物量で全方面から放たれるその攻撃は、光速で動けたとしてもかわせない。このまま光速で動いたら、逆に光速で弾丸に突っ込むことになるだろう。テルティウスがもっと小さい身体をしていればあるいは、隙間を縫って避けられたかもしれないが。彼の体格で、この弾幕を抜けることは不可能だ。
だが、そんな攻撃を前にテルティウスは慌てない。対策は、持っている。光速移動すら、テルティウスにとっては戦いの一手段でしかないのだ。
彼はショシャナの動きを止められないと見るや、すぐに体内からスタンド【ペル・アスペラ・アド・アストラ】を放出していた。代わりに、今度は一見すると空の尻尾に見えるスタンドを身体に入れる。ショシャナの攻撃は、直後に彼を襲った。
ほぼ全弾がテルティウスの身体を貫いたが……それは貫くというより、素通りと言ったほうがよかった。何せ、弾丸を全方位から受けたテルティウスは、ダメージを受けなかったのだから。
その結果にショシャナは目を見開く。
「今のは……!」
「答える義理はないッ!」
その宣言と共に、攻撃の余波で巻き起こった砂煙の中にテルティウスは身を隠す。
すぐにその気配を追って攻撃をしようとしたショシャナだったが……それよりも彼女は、別の場所の変化に気づいて視線をそちらに向けてしまった。
だがそれはある意味、無理もない。何せそこでは、石化したアルフィーを波紋戦士たちが取り囲んでいたのだから。ショシャナにとってそれは、決して見過ごすことのできないものだった。
「来たか! お主ら、その像をしかと持ち帰るんじゃぞ。吸血鬼たちのことが調べられるかもしれん!」
「はっ!」
「やめろッ! 汚い手でアルフィー様に触れるんじゃあないッ!!」
ショシャナはこの瞬間、テルティウスを忘れた。隠れているのに声を上げたテルティウスを、完全に意識の外に追いやってしまった。結果、彼女は一直線に、全速力でもってアルフィーの下へ急降下する。
その動きを見逃すテルティウスではない。彼は砂煙の中から飛び出すと共に、網を投げ込んだ。物陰に隠していた道具の一つで、誘い込んだアルフィーが万一日光に耐えたときに備えてのものだった。
放たれた網はすぐに大口を開けて広がり、ショシャナの身体を搦めとる。と同時に、その身体に波紋が一気に流れ始めた。
「ぐうあああぁぁぁッ、きっ、貴様らああぁぁッッ!!」
そしてこの網は、ただの網ではない。油が染み込んだ縄で作られており、対吸血鬼用に仕上げられた一品だった。
油は波紋をよく伝える。そこに自ら飛び込んだショシャナのダメージは、それまでの比ではなかった。
「よし!」
「やったッ!」
それを見て、アルフィーを運ぼうとしていた男の一人も歓声を上げた。他のものも声にこそ出さなかったが、勝利を確信して表情を緩める。
「まだじゃ、まだ気を抜いてはいかん!」
しかしテルティウスただ一人が、それに否を唱えた。そして彼の指摘は正しい。
「へ……? うぎゃあっ!?」
不意にインスラの壁が崩れ、波紋戦士の一人が潰されて即死した。突然の出来事に、誰もがそれに気を取られる。
一見すると不幸な事故に見える。だが、その崩れたインスラは他と違ってまったくの無傷だった。それがいきなり、何の脈絡もなく崩れ、しかも狙ったかのように人に落ちてくるというのはあまりにも不自然だ。
そう、
ゆえにテルティウスは注意を促し、自身も気を緩めることなく周囲に目を配ったが……それでも、死角から飛ぶようにして襲ってきた白い人型に対処しきれず、網から離れるしかなかった。
「テルティウス様!?」
「わしはよい! それよりお主ら、後ろじゃ!」
「ぎゃっ!?」
白い人型からの攻撃をテルティウスがバク転で回避するのと、波紋戦士がさらに一人、猛烈なアッパーカットで宙を舞うのは同時だった。
その攻撃を見舞った人物は……。
「トナティウ!?」
「ちょっとなんで言うんですか、こちとら顔隠してるんですよ!? はーもうまったく、相変わらず頭が沸騰してますねあなたは! そんなあっさりはめられて、吸血鬼として恥ずかしくないんですかばーがばーか!」
「うるさいわね! あんたから殺すわよ!?」
「ふふーん、やれるものならやってみてくださいよ! ぷぷっ、そんな網の中でどうこうできるならですけどー?」
「きいいぃぃぃぃーーッ!!」
そう、トナティウだった。ただし顔は布で覆い隠しているし、全身もアサシンを思わせるものだ。
彼女はショシャナを弄りながらも、止まることなく攻撃を繰り出してアルフィーから波紋戦士たちを遠ざける。
そんな彼女の背後からは、同じ格好の人間……もとい、半吸血鬼が十人以上現れた。彼らはすぐさま波紋戦士を蹴散らすと、アルフィーの身体を何重にも布で包んで撤収の準備を整えていく。
「くっ、逃さんぞ!」
「ダメでーす! おじいさんはここから通しませーん!」
「ちぃっ!」
仲間を確認したトナティウは、テルティウスへ直進する。
その勢いのまま蹴りを放つが、テルティウスはそれを腕で的確に受け止めた。さらには呼吸を振り絞る。接触している腕から波紋がほとばしり、トナティウの身体を襲うが……。
「……!? お主、人間か……!」
「ふっふっふ、あたしに波紋は効きませんよ!」
トナティウは一瞬硬直したが、それだけ。それは人間に波紋を流したときと
「吸血鬼に味方する人間とは! いることは知っていたが、この目で見るまで信じたくはなかったわい……!」
しかし波紋が効かないと見るや、テルティウスは即座にトナティウを押し出しながら距離を取った。
だがその横から、白い人型……トナティウのスタンド【マクイルショチトル】が攻撃をしかける。間髪を入れずの連携は、さしものテルティウスもかわしきれなかった。
それでもそこは歴戦の戦士。彼はかわしきれないと判断すると、即座に左腕を捨てにかかった。率先して腕を犠牲にすることでスタンドのパンチによるダメージは最小限にとどめつつ、衝撃で吹き飛ばされることで大きく距離を離すことに成功したのである。
「ぐ……つ、つつ、この娘も幽波紋を使うのか! 一体吸血鬼どもは、どこまでローマに根を伸ばしているんじゃ……!」
呼吸を整え痛みを消しながら立ち上がったテルティウスに、トナティウが正面から立ちはだかる。
その隣では五つの美しい花を公転させて、【マクイルショチトル】が同じポーズを取る。
「さあ選手交代ですよおじいさん! 別にこの単細胞女のことはどーだっていいですけど、あの方を痛めつけた不敬は見過ごせないので!」
彼女の宣言に、テルティウスはここが己の命の使いどころだと覚悟した。
まったくどっちが主人公なんだか(すっとぼけ