転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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35.アンケ・セ・モリラ・ドマーニ

「いやー、随分と寛大だったなぁ?」

 

 闇が最も強くなる時間。ローマの街を後にする柱の男たちの中で、ふとエシディシが口を開いた。言いながら歩み寄り、カーズの肩に腕を置く。

 

「なんだ、知らなかったのかエシディシ?」

 

 それを払うそぶりは見せず、カーズはフッと笑う。

 

「私はわりと、犬が好きなのだよ。アルフィー風に言うなら、犬派というやつだ」

「飼い主に忠実な犬は、だろ?」

 

 再度の問いに、カーズは答えない。代わりに皮肉げな笑みを返しただけだった。

 

「……しかしよかったのか?」

「何がだ?」

 

 みたび、エシディシが問う。

 

「アルフィーを置いてきてよかったのか、ってことだよ。わかってるくせに、はぐらかすなぁカーズ?」

「死んでおらんのだ。ならば放っておいても問題あるまい。報復は済ませたしな」

「報復、ねぇ……。俺には赤石が見つからなかった腹いせにしか見えなかったがな?」

 

 エシディシの追究に、カーズは視線を合わせず自嘲気味に笑った。

 

「さすがに石になったアルフィーに当たるわけにもいかんだろう?」

「ハッハッハ、違ぇねぇや!」

 

 他の生き物ならいざ知らず、柱の男の攻撃なら問題なくアルフィーも死ぬだろう。

 もちろん、カーズもそんなことをするつもりはない。今はまだ。

 だからこそ、手ごろな肉袋で濁したのだ。今まで使いづらくて邪魔でしかなかった吸血鬼がいい具合に仕上がっていたから、ついでに背中を軽く一押しした。カーズにとってはそれだけのことに過ぎない。

 

「しかしあの吸血鬼……ありゃヤベェやつだぞ。寄りかかる柱がないと何もできんくせにその本質を見ようとしない、実に人間らしいクズだ」

「馬鹿と鋏は使いようだ。だからこそ一声かけたのではないか」

「クックック……まったく、相変わらずのお手並みだぜ」

「そのほうがあの吸血鬼のやる気も出るだろう?」

「手のひらくるっくるだったな!」

 

 エシディシの笑い声が夜の中に響いて溶けていく。カーズの冷たい物言いがそれに続く。

 

 彼らの後ろに無言で従うワムウは、そんな主たちの様子を静かに……しかし良き戦いを制した感慨とは逆の、ささくれた心境で眺めていた。

 

(あのような子供まで殺す必要はあったのだろうか? 皆殺しにする必要もあるのだろうか? 人間の一生など所詮短いと言うのに。……いや、カーズ様の目的のためには……)

 

 戦士として純粋すぎるが故の、心の乱れであった。

 

 本来であれば、彼はそこまで考えなかっただろう。しかしこの世界の彼には、姉がいた。彼女がいることで獲得した記憶が、経験が、本来の彼とはごくわずかな……誰の目からもほとんどわからないほどのかすかな差を、生み出そうとしていた。

 

 

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 良きことがあろうと悪しきことがあろうと、時間は流れ続ける。低きに従う水のごとき流れの中で、人の営みは続いていく。

 

 ローマに落ちた光は記憶から記録となり、やがて伝説、神話へと変わっていく。

 その記憶の変質の過程で、波紋使いを襲撃した柱の男たちのことは埋もれ、ごく一部を除いて人々の口にすら上がらなくなった。

 

 そうして当の柱の男たちすら長い眠りにつき、歴史が今一度人の手に預けられたのと時を同じく。

 

 逃れ得ぬ生命の終焉を間近に控えた老婆が、イタリア半島のとある集落を訪うた。

 老いてなおしゃんとした背筋に、適度に残る肉。何より瑞々しく光をたたえた瞳は、とても二百近いものとは誰も思わぬだろう。

 

 しかし、彼女を迎え入れるものはいなかった。

 単に夜だからではない。何せ、集落のあちこちに死体が転がっているのだから。なんのことはない、この集落には今、生きた人間が一人もいないのだ。

 

 そんな無人の集落を、老婆はゆっくりと中心に向けて進んでいく。視界に入る死体に悲しげな表情を浮かべ、されどためらうことなく。

 

 やがて彼女がたどり着いた、集落でも特に大きな建物。その玄関口で、彼女は今しがた出てきた妙齢の女と顔を合わせる。

 

「お目当てのものは見つかったようですね、ショシャナ」

 

 その声に女はやや驚いた顔を見せたが、すぐに気を取り直して口を開く。

 

「……驚いた。トナティウね? しばらく見ないうちにまあ、随分と老けたこと」

「おかげさまで、まだ人はやめていませんからね。あんたのほうは相変わらず、元気そうで何よりですよ」

 

 肩をすくめる老婆……トナティウの言葉に、女……ショシャナは鼻を鳴らして応じる。

 その手には、一本の矢。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふん……ご覧の通り、カーズ()の矢を遂に見つけたわ。これでもう私に憂うものはないわ。あなた以外はね」

「……変わりましたね。人間だった頃のあんたは、もう少しまともでした」

「皮肉のつもり? あいにくと裏切り者の言葉に貸す耳はないわ」

「でしょうね。……もはや問答も無用となって久しいですし、そろそろ始めますか。いい加減決着をつけましょう」

「醜く老いさらばえたあなたに何ができるのかしら?」

「余裕ぶってないで、早くスタンドを出したほうがいいですよ。今回は切り札を用意してきたので」

 

 言葉を交わしながら、トナティウの隣にスタンドが浮かび上がる。【マクイルショチトル】。その姿は往年のそれと違ってやや老いた風貌をたたえながらも、今なお凛々しく力強い。

 

 それに応じて、ショシャナの姿が変わる。全身黒の、翼持つ異形の姿。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】。その姿は往年のそれと変わらないがただ一つ、顔だけが憤怒の形に変わっていた。

 

「……アルフィー様の意思に背いたあんたを、ここで終わらせる。あの方が堕ちたあんたを見て悲しむ前に」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

 そして二つの影が凄まじい速度で飛び出し、ぶつかり合う。否、拳がぶつかり合う。

 

 刹那。【マクイルショチトル】の拳が黄金に輝いた。

 それだけではない。黄金は真紅の輝きを内包して、すさまじいエネルギーの奔流を一瞬にして生み出していた。

 

 それが、ショシャナの拳を貫く。無敵の防御力を誇ったはずの【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が、いともたやすく。

 

「グア……!?」

「――【マクイルショチトル・ニョア】」

 

 トナティウが静かに告げる。

 

 それに呼応するように、【マクイルショチトル】の背中に星の刻印が輝きながら現れる。

 そして、衣服で隠れて見えないが。トナティウ自身の背中にも、同じ刻印が現れていた。

 

「ば……ッ、バカな、そんなバカな!?」

「いいえ、必然です。このために今まで何度も負けたフリをして、色んな性質を抽出して来ましたからね」

「そ……そんな、あり得ない! それは、あの爺のッ!?」

「なぜかはわかりませんけどね。そういう風になったんですよ……不思議なこともあるものです。ねぇ?」

 

 深呼吸のような息をして、トナティウは言葉を続ける。

 

「波紋とエイジャの赤石を中心に、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】からも少々。他にもありとあらゆるものを取り出して、混ぜて、一つにして……まさか八十年近くかかるとは思ってなかったですけど……でもこれで、ようやく」

 

 ――おしまいです。

 そう告げて、トナティウが悲しげに微笑む。

 

 彼女がそうしているうちにも、ショシャナの身体が崩れていく。スタンドの変化は半ば解け、左半分が露わになった顔がそれでもギラついた目を向けている。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁ! こんな、こんなもの認めないわッ!! 私は、私はアルフィー様と一つになるまで、死なない、死んではいけないのにッ!!」

「そのアルフィー様を裏切ったのはあんたのほうでしょうに……と、言うのはもう何十年も重ねたやり取りでしたね」

「ゆ……ッ、許さない、許さないッ!! トナティウお前は、お前だけはッ!!」

 

 グズグズに溶け始めた顔。それでもなお腹の底から絶叫が放たれる。

 同時に能力が発動し、肉片が放たれた……が、もはやその軌道は覚束ないもので、一歩横にずれただけでトナティウは難なく攻撃を回避した。

 

「うおおおああああ!! 認めない、認められるものか! こんな、こんな終わり方なんてッ!!」

 

 ショシャナが慟哭する。光のない闇の中、一人しか聞くもののない絶望が響き渡る。

 

「……?」

 

 その声を。

 

「!?」

 

 聞き届けるものがあった。

 

「ぐっ!? ――は、はぁ……?」

 

 矢。

 ()()()()()()()

 ショシャナの身体を。波紋で溶けかけた右腕に、突き刺さっていた。

 

 そして。

 変化は劇的だった。

 

 残っていた【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の表面が波打つ。さながら水に広がる波紋のように。

 それに応じて、一部の黒が薄れていく。代わりに現れたのは、金。技術としての波紋に近い、金色の装飾が今まさに作られ、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は腕輪を手に入れた。

 

「こ、れは。スタンドの、矢? それが、スタンド使いに、刺さった、ということは」

「は……はは……ははははははは!!」

 

 ずるり、と波紋に焼かれた腕が煙を上げながら落ちる。にもかかわらず、ショシャナは強引に立ち上がる。

 既に死に体のはずなのに、その姿は変化を終えた半身のみがやけに生き生きとしていた。

 

「アルフィー様……ありがとうございます!! やはりあなたの仰ることは正しかった!!」

「ショシャナ……あんた……」

「私は……ッ! 私のスタンドは! 今新たな力に目覚めたッ!! すべてアルフィー様のお導き通りに!!」

「……!」

「もうこの身体は持たない……けれど! お前だけは! お前だけは殺すッ!!」

 

 言うや否や、彼女の身体から【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が発射された。恐らく彼女の人生においても、最速と呼べる速さだった。

 そして、まさか【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】そのものが飛んでくるとは思っていなかったトナティウは、回避行動を取ったものの下半身を撃ち抜かれる。

 

「ぐ……っ!?」

 

 このとき、トナティウは見た。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が撃ち抜いたところから、生きるために必要なもののほとんどが吹き飛んだところを。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が、それを遥か彼方のいずこかへと持っていくところを。

 

 が。

 

 ここに至ってもなお、反撃するべくショシャナに目を向けて。

 そこでショシャナの身体が、既に灰に朽ちている様を見て、トナティウは拍子抜けしたようにぽかんとした。

 ゆっくりと、そのまま仰向けに倒れる。

 

「…………。……ま、いっか」

 

 そして、誰にともなくひとりごちた。

 

「元々もう長くはなかったし……。はあ、やれやれ。わかりましたよ。あんたを一人にしてもどーせ周りに迷惑かけそうですしね。あたしも一緒に死んであげますよ。感謝するんですね」

 

 目が閉じられる。ほう、と息が漏れる。

 

「……さようなら、アルフィー様。あなた様によい未来がありますよう……」

 

 そして。

 トナティウの身体も、穏やかに生命活動を停止した。

 

 動くものがいなくなった紀元前の夜が、緩やかに更けていく。

 

 その空に、いまだ星はない――。

 

 

 

 Part1.いまだ星なき世界の転生者

 

 ――完




スタンド:マクイルショチトル・ニョア 本体:トナティウ
破壊力:A スピード:A 射程距離:E 持続力:B 精密動作性:B 成長性:E(完成)
テルティウスの遺志たるスタンドの断片を宿し何十年もの修練を重ねたことで、新たなステージに上がった【マクイルショチトル】の姿。背中に星の刻印が現れ、他にも入れ墨や周囲の花も全体的に豪華になっている。
元々の能力に加え、テルティウスの【ペル・アスペラ・アド・アストラ】の能力を部分的に受け継いでおり、より厳しい条件をクリアする必要はあるが性質の抽出・付与を行える上に、統合したり削ったりと魔改造すら可能。
言ってしまうと、獲得した様々な性質をこねこねしてメタったうえで、本来の能力である運命操作で無理やりたたきつけてくるやべーやつ。ショシャナはその全ぷっぱを初見でやられて負けた。

スタンド:アンケ・セ・モリラ・ドマーニ(明日天に召されるとしても) 本体:ショシャナ
破壊力:なし スピード:A 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:E 成長性:E(完成、というより一度しか使えない)
絶望したショシャナがスタンドの矢に貫かれることで目覚めた、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】第二の能力。レクイエムではない。
通常変身する形で発現する【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の姿を、そのまま弾丸として発射する。
発射された【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は魂を引きはがす効果を持ち、引きはがした魂をそのまま運んでいく。
引きはがされた魂、そしてそれを抱えた【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は(自主規制)
そしてその魂は(自主規制)


キャラ紹介を挟んでからPart.2入りまーす。

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