1.覚醒のとき
気づけばそこにいた。
母親はいなかったけれど、厳しくも優しい父がいて、穏やかで
楽しかった。幸せだった。
けれど、それが自分には相応しくないとも思っていた。
自分には、こんな幸せは似つかわしくない。自分はもっと、
自分という存在が確立したときから、そう思っていた。そう感じていた。
それがなぜかはわからない。そこに思いを馳せると、いつも決まって行き詰まる。さながらゴールのない迷宮を彷徨っているような、そんな感覚を味わうのだ。
そして同時に、これまたなぜか、それは
ずっとずっと、それについて考え続けてきた。考えても考えてもわからなかったけれど、ともかくずっと。それはもはや、ライフワークとも言えるほどだった。
だから。
その状況に居合わせたとき、これだと思った。そうだ、そうだったんだ、と思い出せた。
それが何か、までは思い出せなかったけれど。
忘れてはいけないことを忘れていたのだと思い出せたのだから、まだよしとすべきだろう。
だから。
弟はたぶん、自分が失った、裏切ってしまった人ではないけれど、唯一残された、血の繋がった肉親だ。彼は今の自分にとって大切な家族で、失いたくない、裏切りたくない存在だった。
彼のためなら、この命も賭けられる。彼が助かるのなら、罪深いこの命など、いくらでも賭けよう。
そしてそう思ったときには、既に身体は適切な場所へ動いていた。
もちろん、待っていたのは確実な死だ。それでもその行動に後悔はなく。
そんな死の瞬間に思ったことは、どうか自分の分まで生き延びてほしいと、夫婦仲良く幸せになってほしいと、そういうもので。
だから覚醒と永眠のあわいに漂う刹那の間、死力を振り絞る。驚愕に顔を染める弟に向けて微笑みながら……彼は
――だが彼の魂は、いまだ永劫の安らぎを赦されていない。他の誰でもない、赦しを乞うべき相手がまだいないのだから。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
意識が少しずつ浮上していく。前世、人間だった頃はこの感覚がとてもふわふわしてて、好きだった。何度も眠り直す快感、たまらなかったなぁ。
柱の一族になってからもそういう感覚はあるけど、二千年に一回なものだからちょっと惜しいよなぁ。
でもなんか、すごく久しぶりに……それこそ万年ぶりくらいに、夢を見た気がする。どんなだったかはあんまり覚えてないけど、なんだか懐かしかったような……。
「ふぶへっ!?」
なんて思ってたら、覚醒が終わったらしい。身体の石化が完全に解けて、わたしはそのまま数メートル下に落ちた。顔から。
「うう、寝起き早々なんなの……」
もそりと身体を起こしながら、顔をさする。種族柄この程度で痛いわけじゃあないんだけど、こういうのは気分の問題だよ。
まあ、それはともかく……。
「……ここ、どこだろ?」
ぺたんと座って顔をさすりながら周りを見渡す。
そこはどうやら、何かの神殿っぽいところだった。ステンドグラス(なんかやたら赤の比率が多い気がするけど)があったり、巨大なパイプオルガンがあったり、人が並んで座るような長椅子がずらっと並んでる辺り全体的に教会っぽいけど、キリスト教らしいものが何もない。
まず十字架が見当たらない。隠れキリシタンじゃあるまいし、キリスト教徒がそれを隠す必要性がないよね。
それに置かれている像や絵画も、キリスト教っぽくない。キリスト教におけるその手のモチーフって言えば、キリストやマリアって相場が決まってるけど……なんか、こう、どっかで見たことのある四人組ばっかりだ。
極めつけは、天井に描かれた絵。そこにあったのはミケランジェロもかくやな壮麗なものだったけど、肝心のモチーフがどうも……こう……角のある四人組で、ええと……。
「いやこれ以上は無理だ。どう見ても柱の男たちな件」
そう、そこにあったモチーフは、誰がどう見てもわたしたちだった。
頂点に立つのは、輝く剣を頭上に掲げる美丈夫。うん、剣そのものを持ってる点に目をつむればカーズ様ですね!
その少しだけ下には、炎を両手からみなぎらせる巨漢。エシディシだろうなぁ。
さらにその下に、弓矢を引きしぼる幼女。わたしだ。ただし肌が白いし髪も金色だ。2Pカラーか。なんで? 他は完璧なのに。わたしの肌は褐色だし、髪も銀だよ?
……そんなわたしを肩車してるのが、下半身が竜巻になってる一番の巨漢。まあ、ワムウだよね。……肩車……肩車かぁ……。
そしてサンタナらしい人物は描かれていない。サンタナは泣いていい。そりゃあ確かに、彼はこっちに来てないけどさ……。
「いやそれはともかく。なんでこんなのがあるんだろ?」
教会……なんだよね?
でもこんなのをキリスト教っぽく飾ってたら、異端審問待ったなしじゃない? イザベル女王が黙ってないよ? 貴公の首は柱に吊し上げられるのがお似合いになっちゃうよ?
「ジョジョの原作にこんな要素は一切出てきてなかったけど、実は柱の男たちを崇める邪教的なのが存在してたとか……?」
可能性はなくはない。何せ百年以上の時間経過が作中であった、とても長い作品がジョジョだ。言及されてないものだってあっておかしくない。
おかしくないけど……それを言い出したら、そもそもわたしの存在がおかしいからなぁ……。
「……もしかしてわたし、また何かやっちゃいました?」
だからこっちの可能性のほうが絶対高い。間違いない。バタフライエフェクトが起きたんだ、きっと。
なんだ、今度はわたし、何をやらかしたんだ? 何がきっかけでこうなった?
半吸血鬼を作るきっかけになったこと?
それとも、ショシャナたちに歴史上の人物たちのサインをねだったことかな。ちょっとだけ先のことも手紙に書いちゃったし、これの可能性が高いかなぁ。
いやでも、もしかしたらスタンドの矢を教えたこともあり得るんじゃ?
ううん……これが世界の片隅の、村一つ程度の土着信仰くらいならいいけど、もし世界的な宗教になってたら目も当てられないよね……どうしよう……。
なんて思って、一人でわたわたしてたときだった。
バタン! と扉が開いて光が差し込んでくるとともに、数人の人影が中に踏み込んできた。
その人影は全員、一様に銃を構えている。おお? 銃だ! すごい、時代はそこまで来たんだね!
どこの銃だろう……ボルトアクションの小銃ってことはわかるけど、それ以上はちょっとわからないや。前世の友人にいたミリオタならわかるだろうけど、わたしは兵器はそこまで詳しくないんだよなぁ。
あ、そうそう。銃がわたしに効くとは思えないけど、一応手を上げておこう。友好的にね、振舞っておかないと。わたしは人類の味方だって証拠、今のところなんにもないわけだし。
「そこにいるのは何者です!」
そんな人たちを縫うようにして、真ん中から一人の女性が進み出てきた。
見覚えはない。壮年ではあるけど、化粧その他でしっかり整えられているから結構若く見える人だな。美魔女って感じ。
……けど、この感じ。人間じゃないな。でも吸血鬼でもない。半吸血鬼かな?
そう思ったけど、それよりも、だ。
てことはイギリスかな? アメリカかな? ショシャナたちにお願いした通りになってるなら、イギリスのはずだけど……まあ、どっちに転んでもなんとかなる。幸先いい!
ただわたしの知ってる英語とちょっとイントネーションとか文法が違って聞こえたのは、地域の違いか時代の違いかな? 言語は生き物だから、そこらへんの違いで結構差が出るんだよね。
まあでも、とにかく英語なのは間違いない!
どうやらわたしは、無事に原作の時代に来れたらしい。それがなんだか嬉しい! 寝る直前のことは忘れよう! うん!
わたしがそうやって、一人で感動してる間にも話は進む。
燭台を掲げてわたしを照らした女性は、あり得ないものを見たように大きく目を見開いた。
まあ、気持ちはわかる。今の今まで忘れてたけど、わたし角出しっぱなしだったし……。英語圏なら間違いなく、悪魔認定でエクソシスト呼ばれるやつだよなぁ……。
そう思ってたのに。
「おお! お目覚めになられましたか、アルフィー様!」
「……はぇ?」
次の瞬間、目の前の女性だけでなく、ここに入ってきたすべての人が土下座する勢いでひざまずいたものだから、わたしは目を点にして立ち尽くすことになった。
「あなた様の目覚めを我らルベルクラク、お待ち申し上げておりました!」
おまけになんかすんごい大仰なこと言い出した。
なんだこれ、どうなってるの。わたしは何されてるのこれ。
そうやってわたしがどうすればいいのか、おろおろしてると話はなぜか不穏なほうに転がり始める。
「長きに渡る眠りで、空腹でございましょう。
なんかそんなことを言ったかと思ったら、懐から石仮面を取り出してかぶり……ってぇ!?
ちょっと、いや、ずっと待ったぁ!?
「あ、アルフィー様? な、何を?」
思わず全力で腕を伸ばして仮面を取り上げちゃったよ。ああもう、心臓に悪い。
「何を、じゃあないッ! 命を粗末にするんじゃあないよッ!」
言いながら、石仮面に【スターシップ】を突き刺してスタンド空間にしまう。あ、危なかった。自分から生贄になるなんて、勘弁してほしいよ。
「あのね、わたしは人間を食べる気なんてないんだよ。吸血鬼にしようとかも考えてないの。あなたたちはわたしを崇めてるみたいだけど、そこまでしなくったっていいんだからね」
そしてため息混じりにそう答えたんだけど、
「おお……素晴らしい……! この一瞬で、二千年後の言語を既にマスターしてしまわれるとは……! さすが知の神……!」
「えっ、そっち!?」
想像の斜め上方向に感動されて、わたしは思わずのけぞった。
いや、確かに二千年も寝てたやつが起きた直後にいきなり当時存在しなかった言語をばっちり使ってきたら驚くだろうけど! それは単に前世で色んな言語を習ってたからであって、ぶっちゃけただのチートだよ!
そりゃ前世で色んな国の一次資料に当たりたくて色んな言語勉強したけど! それが無駄になってないみたいでラッキーだけど!
だとしても、知の神なんて荷が重すぎるよぉ! なんで二千年も経ってその肩書まだ残ってるの!?
「……と、冗談はここまでにいたしましょう」
「……ぅえ?」
混乱しながらもどう切り出そうかと考えてたら、女性がうっすらと微笑みながら膝をつき、深々と頭を下げた。今度こそ完全に、由緒正しい土下座スタイルだ。
「申し訳ありませんアルフィー様、先祖の言い伝えが正しいのかどうか、試させていただきました。あなたが人間を慈しむ神であるとは伝え聞いておりましたが、念のためと思いまして」
「……ええと。なるほど?」
確かに伝承は、時代が下れば下るほど形も変わる。いくらそう言い伝えられてたとしても、確認したいと思うのは人間としては当然だろう。
それにこの場所を見るに、カーズ様たちも伝わってるだろうし。だとしたら、人間に近い立ち位置って言われてても同族のわたしを警戒するのも当たり前かな。
……にしても、この世界では柱の一族についての情報が原作以上に伝わってるのかな? ということは、戦闘潮流で共闘できる人も原作より多いんじゃ……。
「不敬な行いであることは重々承知の上。どうぞこの首一つでご寛恕を」
おっと。話の途中だった。
……ていうか、また物騒なこと言うなこの人も。狂信的な人じゃなくてよかったって思ってたけど、そうでもなかったり……?
「いやいやいや、しないよ。するわけないってば。なんでそんなに死のうとするの……いのちだいじにだよ……」
「もったいないお言葉……ですが、ありがとうございます」
「……そろそろ頭を上げてほしいなぁ、なんて」
「御意」
わたしに言われるまま、女性は顔を上げた。
やれやれ、これでようやく普通に話ができそうだ。
そう思ってたら、女性はこう提案してきた。
「アルフィー様。様々なことをお考えかと存じますが、まずは場所を変えてもよろしいでしょうか? 食事とともに現状の説明をさせていただいと考えている次第なのですが。あるいは湯殿もございますが、いかがなさいましょう?」
「お風呂? え、お風呂あるの? ここヨーロッパじゃないの?」
「……はい、仰る通り。ですがアルフィー様がお好きだったと、記録がございます。ここ三十年ほどは、間もなくお目覚めになるはずと思いいつでも使えるように整えておりました」
「わぁい! ぜひぜひ!」
「ふふ、かしこまりました。ではこちらへ」
そしてわたしは、彼女が導くままにこのよくわからない場所を後にした。
Part2開始。
・・・なんですけども、章タイトルからお察しいただけるかと思いますが、プロットが暴れ太鼓したので原作の時系列じゃないオリジナル展開です。
でも原作キャラは出る予定なので・・・なので・・・(五体投地