そのあとわたしたちは、今後の予定について話し合うことになった。
まず前提として、わたしの存在をどこまで話すか。これについては、現状を維持するということで話がついた。
「アルフィー君の立場は、要するにスパイということになるだろう。であれば、それを知っている人間は少ないほうがいいと思うんだ」
「敵を欺くにはまず味方から、ということだね」
「東洋のことわざだね。その通りだよ」
「では、繋ぎは我々ルベルクラクが担当するということでいかがでしょう。我々の傭兵としてのネットワークはヨーロッパはもちろん、アジアやアメリカなどにも存在しますので」
という感じだ。
あ、わたしのタメ口に関しては許可をもらってる。というか、ジョナサン自身が自分より年上だし敬語はいらないって言ってくれた。恐れ多かったけど、わたしも今は一応人の上に立つ身。なのでお言葉に甘えさせていただいて、代わりにわたしのことも今まで通り扱ってもらうようにお願いした。二つ返事でOKだった。さすが器が大きい。好き。一生推す。
それはともかく。
わたしはカーズ様たちの復活後、基本的に彼らと行動を共にすることになるだろう。原作通りなら赤石探しはそれぞれに分かれてすることになるだろうけど、それ自体はこの世界でもかつてやっていたことだ。
何より今の時代は遠距離通信の手段があるわけだから、そこは気にしなくていいだろう。そして情報を波紋戦士側に流すと同時に、少しずつ状況を誘導していくわけだね。
次に、サンタナについてだ。彼は少なくとも二千年と少し前に会ったときは、わたしと同じくカーズ様に反旗を翻すつもりでいた。
カーズ様を倒したあとの生き方は、恐らくわたしと違う方向に行くことになるだろうけど……少なくとも、それまでは一緒に戦えるはずだ。
ところが、それを聞いて顔を渋くしたのは伯爵だ。
「それは少々まずいですな。かの国の陛下は、サンタナ様を排除したがっております。サンタナ様を除き、人の手で国を運営したいと。サンタナ様の指示で動くのは嫌だと、そのような考えで」
「ああ、それは僕も噂で聞いたことがありますね。今かの王国が軍事費を多く取っているのは、神を殺すためだという噂です。ちまたでは笑い話扱いだけれど……」
「……波紋もスタンドも使えない人にはさすがに殺されないと思うし、人類が携行できる武器で殺すのもまだ不可能だと思うけど。とりあえず、サンタナが目覚めるタイミングには事情を知っている人が一人はいないと色々と面倒なことになりそうだね」
状況次第ではあるけど、これには基本わたしが行くことになった。わたしが何らかの形で動けない場合は、ジョナサンが出張ることになる。
そして万が一ジョナサンが動かなければならなくなったときのために、ジョナサンにはアメリカ大陸にいてもらおうということにもなった。現状では、柱の一族を単独で相手取れるのはジョナサンくらいだろうからね。勝てるかどうかはさておき。
ならば万一駆け付けようと思ったとき、距離があっても同じ大陸にいるのと大西洋を挟んだ別の地域にいるのとでは、さすがにかなり差が出るからね。
個人的にだけど、この辺り原作通りに状況を整えておきたかったから、この提案が伯爵から出たときは拍手しそうになった。ついでだから、家族で揃ってアメリカに移っておくといいんじゃあないかって言っておいたよ。
ちなみに、たびたびスッピーに誘われているアメリカ行きに便乗することになるだろうけど、ジョナサンは実はそこまでアメリカ行きが嫌ではないらしい。少なくとも、十分選択肢の一つにはなっているという。
なのになぜイギリスを離れないかと言えば、カーズ様たちがローマにいるかららしい。ヨーロッパにいる数少ない波紋使いとして、できるだけ近くで警戒したかったから、とのことで。
とはいえ、これに関しては息子夫婦の安否を確認するのを兼ねてのことでもあるらしい。リサリサの実力を考えれば、必ずしもジョナサンが警戒のために足を運ぶ必要はそこまでないので、これは単にジョナサンの親としてのわがままもそこそこ入ってるようだ。気恥ずかしそうに頬をかいていた姿に、わたしはエモさの塊で天に召されそうになったよ。
「カーズたちが目覚めたあとは、どうするつもりだい?」
「行動を誘導したい。行く先をこっちで決められれば、罠を張ったりとかできるだろうし」
「できるのですか? ものすごく難しいのでは……」
「カーズ様の当面の目標はエイジャの赤石を手に入れることだから、それに関する情報を使えば行けるはずだよ」
「エイジャの赤石……波紋法に伝わる伝説の宝玉のことかい?」
「たぶんそれ。それがどこそこにあるらしい、って話をすればある程度動きをこっちで決められると思うんだ」
「なるほど。となると、先手を取るためにも赤石を探さないといけないか……」
「そう、探さないと……ん?」
おや?
今、なんかおかしなことを聞いた気がするぞ?
「……赤石ならそちらが持ってるんじゃないの?」
「え? いや、ないけれど……」
「えっ」
「えっ?」
ない?
え? そんなバカな?
思わず言葉を失い、その状態で見つめ合うわたしとジョナサン。
そこに伯爵が割って入る。
「赤石なら、我々が今も相当数保持しておりますが……」
彼の言葉に、ジョナサンがほっとした様子を見せる。
けど、違う。それじゃあたぶん、カーズ様が求めている水準を満たしていない。
だからわたしは首を振る。
「カーズ様が求めてる赤石は、大きくて一点の曇りもないスーパーエイジャとでも言うべきものなんだよ。それじゃないとダメらしいんだ」
そして言いながら、大まかなサイズを手で示してみせる。
「……むう、確かにそれほど大きなものはありませんな。あったとしても、質が低い」
「駄目ですか……」
「でしょ? というわけで、話は戻るんだけど……本当に波紋使いたちの手元にないの?
どこにも? わたしの観測だと、あなたたちが持ってるはずなんだけど」
「ああ、ないよ。僕も柱の一族について知ってから、色々調べたけれど……ローマ時代に存在していたことはわかったものの、その後どこに行ったかはわからずじまいなんだ」
「な……なんてことだ……」
思わず言葉を失ったよね。立ってたらその場に崩れ落ちてたと思う。
「ええと……観測、というのは未来予知ができる、ということかい?」
「……少しね。そういう能力があって……」
そういうことにしてある。そうしておかないと、色々と面倒だからね。
「……でも絶対じゃあない、ということだね。うーむ……」
「「「…………」」」
行き詰った。どうしよう。
三人で腕を組んではみるけど、どうにもなりそうにないよこれ。
「……ちなみに、ジョナサンが調べた限りだと、どこまで辿れるの?」
ふと思い立って、聞いてみる。
最悪、地道に消息を辿ってその地域をしらみつぶしに探すしかなくなるけど……場合によっては【ネヴァーフェード】でなんとかなる可能性もあるからね。
「文献上、その赤石と思われるものが登場するのは、波紋法の再興に力を貸してもらう対価としてローマ皇帝に献上した、というのが最後だったよ。ハドリアヌスの頃だ」
「五賢帝の一人だね。ローマの分裂や滅亡のタイミングで散逸したと思ってたけど、それよりも遡るんだね。ということは三世紀の危機で失われた……?」
ローマの隆盛っぷりを実際に見てきた身としては、知識として知ってても信じがたいものがある。でも五賢帝時代が終わったあとのローマの凋落ぶりは本当にすごいからなぁ……。
「あっ」
「ん?」
「伯爵?」
とここで、伯爵がいきなり素っ頓狂な声を上げた。
そのまま虚空に目を向けて固まったので、わたしとジョナサンは声をかける。
それで我に返った伯爵は、少し失礼して、と断りを入れて慌ただしく部屋を出て行った。
彼が扉の向こうに消えるのを見送って、わたしたちは顔を見合わせて首を傾げる。
けどそのまましばらく、伯爵は戻って来なかった。おかげで手持ち無沙汰になったから、どちらからともなく歴史トークをし始めて盛り上がる。
その過程で、わたしがケルト神話とアステカ神話(この世界のアステカ帝国は動乱期のその他大勢扱いなので、サンタナ神話と呼称されるべきだけど)に神として登場してることを知って、頭を抱えることになったけどね!
双方の神話で人々に知識を授け未来を見通す神として扱われていて、その異常なまでに似通った設定が歴史学者の間では色々言われてるらしいよ。ケルトのほうは、正しくはウェールズ神話を中心に、らしいけど。
なんか、主神のわりに出番の少ないダヌに代わってあれこれ英雄を助ける役どころらしいよ、わたし。夜の神様なんだってさ。
なんならアーサー王物語でも、アーサー王に聖剣を授けるのがわたしに差し代わってた。湖の乙女ェ……。
ジョナサンがわたしの名前に「いい名前」と評したのは、そういう意味もあるらしい。歴史好きとしては、立場を乗っ取ってしまっていることについて思うところがあるけど……。
「お待たせしました。突然の中座、申し訳ありません」
と、ここで伯爵が戻ってきた。その手には、筒状に丸められた紙がたくさん。……紙だけじゃあないな、羊皮紙もある。いずれにしても、どれもこれも年代物だ。
「早速ですが、こちらをご覧ください」
「これは……俗ラテン語に見えますが、文法が違いますね。古フランス語ですか?」
「そうです。英仏百年戦争の頃に、今のブルターニュ地方で押収したものですが……こちら、ええと……こちら、こちらを……」
思ってたより長かったみたいで、紙を広げながらも何回か連呼する伯爵には申し訳ないけど笑いをこらえるのに苦労した。
それはともかく、現れたもの。それは地図だった。ものすごく大まかだし、方角を確定させるものもないし、なんなら一部に明らかに意図的と思われる空白もある。そして書かれた文字は、全体のごく一部でしかなかった。
「この地図は一体……?」
「見た感じ、宝の地図みたいだけど……」
「宝の地図ですか、言い得て妙ですね。確かにその一面はあるでしょう。というのもこの地図は、かつて我々ルベルクラクと敵対していたルージュフィシューの隠し宝物庫を示したものだからです」
「隠し宝物庫……?」
はい、と頷き伯爵はさらに別の紙筒を広げ始める。
こちらに書かれていたのも地図だったけど、古フランス語の近くに注釈のように英語が書き加えらえれている。とはいえ、こっちの英語も古めかしい。中世とまではいかないけれど、近世くらいのものだろうか。
「ルージュフィシューは我々と同じく、かつてのルブルム商会の半分がその前身です。ですが分裂してもなお、その存在意義は共に忘れておりませんでした。それこそ神……すなわち、柱の一族に捧げるための歴史的文物の収集と保全です。ただ我々は厳に慎んで手段を選び、彼らは力を誇示して手段を選ばなかった。両者の違いはその程度のものです」
言いながら説明する伯爵は、さらに、さらにと地図を広げていく。中身の文章がだんだん現代に近づいている辺り、順番に広げているんだろう。
「そして我々もルージュフィシューも。手に入れたものの中でも、必ず献上すべき特に価値の高いものは、ときの権力者の目に止まらぬよう徹底的に秘匿してきました。これらはその在りかを示すものなのです」
「なんという……」
「急に冒険ロマンみたいな感じになってきた」
なんか物語としてのジャンルが変わった感じする。いや、わたしが指示して隠されたものだから、マッチポンプ感がすごいけども。
そう考えるわたしをよそに、伯爵が続ける。彼は同時に、この場に広げられた地図を二つに分け始めた。
わたしから見て右に行くのがほとんどだけど、たまに左にさばかれるものもある。最初に出された地図は、左だった。
「そして我々は、ルージュフィシューから押収したほとんどの地図を解読し、そこにあったものも既に回収しております。それを利用して長年イギリスでの立場を保持してきた面もございます。しかし、解読ができなかったものもいくつか残っておりました……それがこちらになります」
仕分け終わった伯爵は、わたしから見て左に仕分けた地図を平手で示した。
それを受けて、わたしとジョナサンはそれぞれに頷いた。
「なるほど。ではルベルクラク卿は、この中のどこかに赤石があるとお考えなのですね?」
「確証はありません。ですがルージュフィシューから押収した記録には、通常のエイジャの赤石とは明確に区別された『赤き御魂』という単語がたびたび登場します。そしてそれらは、神々の手に還るまで秘匿する、とも。私はこれこそ、アルフィー様の仰られているスーパーエイジャなのでは、と考えた次第でして」
「可能性は高そうだね」
伯爵の視線を受け止めて、わたしはもう一度頷く。
うん、ファインプレイだ伯爵! やっぱり史料になるものは残しておくべきだね!
「【ネヴァーフェード】」
わたしは【コンフィデンス】を取り出して、雫の紋様が刻まれた矢をつがえる。
取り出す記憶の条件は……地図が作られているときに絞ろう。その中からさらに、エイジャの赤石に関わるものをピックアップする。
条件を決めたらあとは矢を地図に放ち、しかるのち自分の頭に突き刺すだけだ。ルベルクラクが未発見の地図一つ一つに【ネヴァーフェード】を放っては、自分に突き刺すを繰り返す。
その動きを、二人は不思議そうに見ていた。
「見えない? これはね、波紋使いたちが言うところの幽波紋ってやつだよ」
「幽波紋!? 実在するのか! 波紋を極めたものだけがたどり着く、一つの境地と伝え聞いてはいるが……」
受け取った記憶を整理しながらわたしが顔を向けると、ジョナサンは驚いていた。これまた聞き覚えのあるやりとりだな。
「別に波紋からでなくとも覚醒することはあるよ。波紋はそこに至るための方法の一つってだけで」
「なるほど……」
「でもってわたしはそれを使って、人やものの記憶を読むことができるんだよね。今、この地図の記憶を順番に読み込んでるとこ……あ、ちょっと待って、それらしいの見つけた。二人にも分けるね」
説明しながら、わたしは今しがた手にしたばかりの記憶を【ネヴァーフェード】の矢に移す。
そこに込められたのは、まさにわたしがジョジョで見たあのエイジャの赤石だ。あるいは、アルキメデスの家から発見したスケッチに描かれたものと同じ姿の。それが安置された祭壇を仰ぎながら、地図を記す人物の姿。
わたしはそれを、二人に順次撃ち込む。
「こ、これは……!」
「お、おお、おおおおお……!」
そしてどこからともなく記憶を与えられた二人は、それぞれの反応を示した。
ジョナサンは驚愕が大半で、歴史的文物を目の前で見たかのような記憶を得たことに対する、感激の色が見て取れる。
伯爵はむしろ驚きは少なく、彼のリアクションで大半を占めているのは恐らく畏敬。モノから記憶を抜き取り他人に分け与える、という行為が恐らく彼的に神様ポイントが高いんだと思う。
別にスタンドってわたしだけのものでもないんだけど、身近にスタンド使いがいないとそうなるんだろうな。スタンド使いの周りには自然と集まるから、いるところにはかなりいるはずなんだけど。
「見えた?」
「ああ。これは、すごい力だね……」
「ええ。やはり神と呼ばれていたのには、確かな理由があったのですね」
「共和政ローマの波紋使いには、もっとすごい能力を持ってる人もいたけどね。まあそれは置いといて」
ものを横にどかす仕草をしながら、わたしは改めて二人に話しかける。
「二人が見た光景にあった、赤い宝石。あれがスーパーエイジャだと思う。で、この記憶を取り出せた地図がこれ」
言いながらわたしが手に取ったのは、伯爵が最初に出した地図だった。
「……では今後は、この地図が示す場所を探すことに重点を置く、ということだね。しかるのちにスーパーエイジャを取りに行く、と」
「うん、そうなるね。人手がいるときは、伯爵。力を借りるね?」
「お任せください。人海戦術は我々の本業ですので」
そういうことになった。
とはいえ、ジョナサンには本業がある。なので彼の担当は主に地図の解読などの頭脳労働で、現地に探検に行くのはわたしの仕事だ。
彼は、「冒険小説みたいな旅もしてみたかったけどね」と少しだけ残念そうにしていた。やはり彼は、不思議なことには首を突っ込みたくなる性分なんだろう。そうじゃなかったら、奇妙な冒険は始まらなかっただろうしね。
まあでも、地図の解読は【ネヴァーフェード】があればかなり短縮できる。
地図自体は正しい答えを記憶してるわけじゃないから、即座に答えを知ることはできない。だけど、地図を作っている過程は全部読めるのだ。つまり、作り手の意図は概ね読み取れるわけで、半分くらい埋まったクロスワードをするようなものだった。
果たして解読はあっさりと一日ほどで終わり、示された隠し宝物庫はエジプトのアレクサンドリアにあるらしいということがわかった。
アレクサンドリアと言えば、ルブルム商会の本店があったところだ。なるほどと思える配置である。
というわけで、ルベルクラクの傭兵たちを伴って、はるばるエジプトはアレクサンドリアまでやってきたわたしは。
かつて入り浸っていたアレクサンドリア図書館の面影を思い出しながらも、地図に示された場所まで行って。
「うーん……ここのはず、なん、だけども……」
何もない砂丘の上で立ち尽くすことになった。
【悲報】スーパーエイジャ、行方不明