「いやー参った参った。まさか力づくで逃げられるたァ思ってもみやせんでしたぜ。お見それしやした!」
やがて意識を取り戻した
やだ図太い……あれだけのことやったってのに、全然気にしてない……! 確かにそういう性格でないとスタンドは使いこなせないだろうけど、改めて目の前で見ると引くよ!
「で、おいらの相棒はどうしたんで?」
「封印しました。あのままだと命にかかわると思ったので」
「そいつァ困るなァ! 返しておくんなせェ!」
悪びれないなぁホント!
というか、まったく悪いことしたっていう自覚がないやつかなこれ!? 自分が悪だと気づいていない、最もドス黒いやつか!?
「返すかどうかはわたしが決めます! いいですか二枚屋さん! あなたが今まで作った刀で、たくさんの人が意識不明になってるんですよ! 刀に魂を移してるからそうなるんです!」
「ンンン? そいつァおかしい。確かにおいらァ、刀打つときに人様の魂を一度借りやすがね。刀がある程度できたら戻してますぜ?」
「……んん? でも、あなたに刀を頼んだ人の多くが意識不明になってるって……」
「そんなバカな。おいらの刀にそんな効果はないはずですぜ。確かに持ち手の魂を
「いや、それでしょ? 魂を
「いやならないでしょ?
「?」
「??」
「「???」」
わたしたちは視線を合わせて、二人同時にきょとんと首を傾げた。
なんか話がかみ合わない。どうなってるんだ?
……いや待てよ。
移す。
うつす?
まさかこれ……。
「……二枚屋さん、確認ですけどあなたの言う『うつす』って、どの文字ですか?」
ものを別の場所に移動させる意味で移す。
字や絵を元のように描き取る意味で写す。
反射や投影のして姿を現わす意味で映す。
わたしがすぐに思いつくのはこの三つだけど……。
「そりゃァ、
「あっ」
察し。
なるほど。これ、つまりあれかな? スタンドが本体の意図した通りに発動してないパターンかな!?
何を当たり前なことを、と言いたげに答えた彼の反応から言って、恐らく本来意図されていた「うつす」は、持ち主の魂を刀に転写する意味の「写す」だ。わたしの【ネヴァーフェード】がそうするように、あくまでコピーペーストが本来の作用なんだろう。
確かにその通りにしっかり働いているなら、たぶん誰も意識不明にはならないはずだ。元の魂はそこにあり続けるわけだもんね。
……写したほうの魂がどういう風に感じてるかは、ひとまず考えないことにするけど……ともかく、最初に魂を抜き取ろうとした意図はまだわからないけど、少なくとも「返している」という言葉を信じるなら、その段階では完全に意識不明のままってわけじゃあないだろうし。
そしてその懸念は、どうやら当たりのようだ。
わたしが予想を語ったところ、彼はみるみる顔を青くしたのだ。
「そんな……じゃァなんですかい、おいらァ今の今まで人様の魂を奪うような不良品を作ってたってェことですかい……?」
そして震え声で聞いてきた。
いや、人の命を奪ってるんだぞ。
……とは思ったけど、あれだけ刀に執着していた人間のセリフとしてはらしいだろう。ブレないなぁ。
でもだからこそ、本当のことを伝えることにためらう必要はなさそうだ。なので、わたしは堂々と切りつけることにした。
「そうなるでしょうね」
「なんてこった……! これじゃァ師匠に顔向けできねェ!」
師匠よりも先に、お天道様とかお釈迦様とか、顔向けできない存在はたくさんありそうだけどな……言っても話が進まないから、一旦置いとくけどさ。
「ねえ二枚屋さん、あなた今まで自分が刀を打った人に会いに行ったこととかある?」
「え? いんや……本人からの苦情がないってェことは満足してもらえたモンだと思って納得してやしたが……」
「やっぱりなぁ……。えっと、一度そういう人たちに確認取ってみたほうがいいんじゃあないかな。わたしが言ったのはあくまで推測だから、本体のあなたが直接被害者を見たほうが正しい答えに近づけると思うし」
「そうさせていただきやすッ!」
「あ、でもスタンドはまだしばらく封印するよ。その状態でも自分のスタンドが引き起こしたことの因果や仕組みは理解できるはずだからね。解決したら返します」
「わかりやした……」
どうやら、本体である二枚屋……さん、は本当に悪意はなさそうだ。善意だけであれだけのことができる、っていうのは恐ろしいけど……いや、地獄への道は善意で舗装されてるんだったかな。
ともあれ、スタンドがない今、これ以上何かできることはないだろう。
だからわたしは、わたしの同意を受けてがくりとうなだれた彼の縄を解いた。
彼はすぐに立ち上がらずのそりと上半身を起こすと、縛られていた部分を気だるそうにさする。
「……ところでアルフィーさん。そのすたんど、ってェのはなんなんですかい?」
「ああ……あなたやわたしが使ったような奇妙な超能力を持ってる人はわりといるんだけど、中身は人ごとに違うの。でも基本的な法則は同じだから、そういうのを総称してスタンド、っていうんだ。英語でそばに立つもの、あるいは立ち向かうもの、を意味する言葉から取られてる」
「ははァ、なるほど……じゃァアルフィーさんが縮んだのも?」
「いや、そっちはまた別。わたしの力は弓矢を出して撃つことだよ」
「あァ……そっちですかい……」
「あなたのはさしずめ……魂を取り出してそれを利用する能力ってところ?」
「当たらずも遠からずってェところですかね。正しくは取り出した魂を宿した相棒に、相槌をさせるモンですぜ。その過程で、持ち手の魂を少しずつ写し取るための素地を刀に叩き込むんでさァ」
「……なるほど、あなたらしい」
だからある程度終わったら返す、ってわけか。
けど、そうやって鍛えられた刀が奇妙な力を宿すのも、不思議じゃあない。どんな奇妙なことでも、スタンドにかかれば起こり得るのだから。
「ちなみに、あなたのスタンドはなんて名前なの?」
「相棒としか呼んでないんで、特にはねェですが……なんですかい、あったほうがいいんですかい?」
「いや、単に会話中わかりづらいからさ」
「そういうもんですかい……。まあでも確かに、おいら以外にも見えるお人がいなさるってェと、いざってェとき不便かもしれねェですね」
これがHUNTER×HUNTERの念能力とかだと、名付けにも明確に意味が出てきたりするんだけどね。残念ながらスタンドにそういう性質はないから……。
「ちなみに、わたしが直してほしいって言ったこの刀もスタンドを持ってる」
「は!? マジですかィ!?」
「マジ。【アヌビス神】、顔出していいよ」
『あいよ』
「!?」
あ、ものすごく驚いてる。まあそりゃそうか。
「実のところ、この刀を打ったキャラバンサライ自体がスタンド使いでね。あなたと同じように、能力を駆使して最高の刀を目指していたらしいんだ。で、できあがったのがこの刀ってわけ」
『トーゴとか言ったな! この俺を打ち直す名誉をくれてやる! その代わりに俺を今以上に斬れる最強の刀にしろ! さもなくば許さんからな!』
相変わらずやけに上から目線なアヌビス神である。まあ現状は暴れるつもりがないから、微笑ましく見てられるんだけど。
ところが、上から目線で言われた側の二枚屋さんは、なぜか感極まった様子でわなないていた。
「な……なんてこったい!」
そして突然大声を出した。急だったので、イキリ中のアヌビス神はもちろんわたしもびくっとした。
「おいらが目指していたのは、文字通りとっくの昔に通過された道だったってェのかィ! ははは……はっはっは! こいつァ傑作だ!」
『こいつは一体何を言ってるんだ』
「サルが支配する未知の惑星だと思って探検してたら、実は地球だったことを知ってしまった的な気分なんじゃあないかな」
『お前も一体何を言ってるんだ』
おっと、猿の惑星はまだこの世界には存在しないんだったかな?
まあそれはともかく……。
「だって言うのに、こいつァおいらの理想に一番近い刀だァ! ってェことはあれかィ! おいらが最高の刀を作ったって胸ェ張るには、最低でもきゃらばん何某とやらが作ったこの名刀を超える逸品を作らにゃァならねェと! そういうこってすねッ!?」
「まあ、はい、そうなる……のかな……?」
「くっくっく……ようござんしょう、請け負ったァ! すたんどを宿しッ、魂も持ち、持ち手と共闘する刀……なんてェ難しい仕事だァ! だが燃える! 燃えるぜェッ! こいつァ刀鍛冶冥利に尽きるッ!!」
『よくわからんが、今を超える出来になるならまあいいか。トーゴとやら、任せたぞ!』
「合点承知の助だァ!」
なんだか一人で盛り上がる二枚屋さん。
まあうん、難しい仕事に燃える気持ちはわたしもわからなくはない。職人さんってそういうところ強い人種だと思うし。
しっかし、現代の刀工であの名工
ふーむ、今度イギリスに戻ったら、大英博物館に収蔵されてるキャラバンサライの刀を一通り見てみるのもいいかもしれない。もしかして掘り出し物とかあるかも?
「アルフィーさん、この仕事に感謝しやすぜ! これを乗り越えたとき、きっとおいらァ新しい境地が見えるッ! そんな気がするんでェイッ!!」
このあとめちゃくちゃ感謝された。その勢いは、どこかの熱血テニスプレイヤーの軽く三倍は超えてたと思う。
おまけにこのあと、すぐにでも作刀を始めようとして、けどスタンドがいないことを思い出してわたしに言い募ってくる始末。
もちろんスタンドを返しはしなかったけど、ならばとばかりに槌を手渡され、散々相槌を打たされる羽目になった。
日が暮れるまで、冗談抜きに休憩なしですよ。ものすごく疲れました。
いやまあ、彼の腕はわたしが思ってたより高かったし、それをすぐ目の前で見れたのはわたしも収穫だったけどさ。
ただ、力もあるし筋もいいと褒められても違うそうじゃない、としか。そもそもわたしは柱の一族なんだから、ある意味当然だし。どちらにしても、こんなに素直に喜べない褒め言葉もなかなかないよね……。
なお、そうしてる間に彼の心境の変化が影響したのか、それとも能力が成長したのか……それはわからないけれど。ともかく、刀に魂を奪われていたと思われる被害者のほとんどが、なんと突然意識を取り戻したという。
わたしがそれを知ったのは、およそ半月後だ。それまで勝手に興奮して、ひたすら刀を打ち続けていた二枚屋さんがようやく落ち着き、自分の刀の犠牲者のことを思い出してからのことである。
慌てて方々を訪ねて回った彼はそこでわたしの推測が正しかったこと、そして最近起こった状況の変化について知り、報告のため四神工業東京支店に直接足を運んできたのだ。
とはいえ、助かったのはここ数年に刀を打った人だけだ。それ以前の人は、既に魂が戻る肉体が死んでしまっていたため、解放こそされたもののそのまま天へと昇っていったようだ。
それを見た二枚屋さんは決意を新たにしたのか、もう二度と持ち手の魂を奪うような刀は作らないと約束してくれた。
その上で、改めてアヌビス神を自分に任せてほしいと言ってきた。
スタンドは本体の精神力の現れで、それを用いて振るう力だ。だからこそ、本体の考えていることや思っていること、思想や信念、宗教観などが明確に影響する。
ならば、土下座してまでわたしに決意を表明した今の彼なら、能力を暴走させることはないだろう。
わたしはそう考えて、今度こそアヌビス神の作り直しを彼に依頼することにした。
かくしてわたしからスタンド――アニマロッサ(わたし命名)を返却された二枚屋刀語は、作刀作業のため飛ぶように米花町へと帰っていった。
スタンド:アニマロッサ 本体:二枚屋刀語
破壊力:C スピード:C 射程距離:C 持続力:A 精密動作性:A 成長性:C
筋骨隆々とした肉体に狐顔を持つ近距離パワー型のスタンド。大きな槌を背負っている。
条件を満たした相手の魂を抜き取る能力、それを用いることで特殊な刀を作る能力を持つ。
魂を抜き取る条件は、「対象から刀を作る依頼を受け、本体が了承」し、「両者の間で署名による契約を成立させる」こと。
抜き取った魂を何かに入れたり、何かに変えたりすることはできない。可能なのは自身に宿して特殊な刀を作るか、元の持ち主に返すか、破棄するかの三択。
そして作刀時に魂が必要となる工程は主に鍛錬と素延べ、火造りであり、これが完了すると本体は必ず魂を返却している。
ただし署名が偽名で行われた場合、発動しない。劇中アルフィーは偽名を使ったが、一部が本名であったため発動は中途半端になり、九死に一生を得た。
アルフィーと出会うまで、この過程で作られた刀の効果は「使用された魂と共鳴する魂を少しずつ吸収し、その魂を燃やして切れ味や使い手の剣技を上げる」というものだった。
しかしスタンドを器物に宿らせたアヌビス神の存在を知り、自身が超えるべき刀を正しく認識したことで、本体が当初から想定していた「使用された魂と共鳴する魂を少しずつ転写し、持ち手に合わせた性質を持たせる」ことが可能になった。
またその刀の持ち手がスタンドの才能を持っていた場合、刀もスタンドの才能を獲得する。ただし、実際に能力を発現するためには通常と同じ条件が必要になる。無理やり起こすのであれば、矢のような外的な要因が必要。