転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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27.杜王()へようこそ

 アヌビス神の直しを依頼してからしばらくは、地味な作業が続いた。夜中に色んなところに忍び込んで、【ネヴァーフェード】を使って赤石の鍵の行方をひたすら追っていくという、地道すぎる作業だ。

 だって本当にどこに行ったのかわかんなくなってたからね。完全に力業に頼るしかなかったんだよ。

 

 とはいえ、色んな人のところを転々としてるみたいで、今現在の所在地を見つけるまでにそれこそわたしたちもあっちこっちを転々とする羽目になった。

 まあ、わたしとしては合間合間に挟まれる観光が楽しかったから、そこはいいんだけどね。

 

 でもちょっとはしゃぎすぎたので、既に持ち込んだフィルムがほぼ全滅してる。我ながらやりすぎた。

 残るは一つだけで、補充も東京のごく一部でしかできない上に、その値段もヨーロッパで買うより驚くほどお高い。まだ出たばかりで、日本で製造できないから仕方ないんだけどさ。

 でも根が小市民のわたしは、遠慮なく買い足せるほど精神が図太くない。なので、最後の一つは本当に節約しながら使わないといけないだろう。

 

 とまあそういう話はさておき。

 

 日清戦争で賠償金の一部として日本に引き渡された赤石の鍵――雫が刻まれているらしいのでレッドティアーと名づけた――の行方だけども。

 

 まず最初の持ち主である日本政府は、これを現金にするため国内で競売にかけた。その権利を見事獲得したのは、その名も知られた三大財閥の一つ、三菱財閥だ。

 けど三菱はこれを、かなり早い段階で手放している。どうやら手元に置いておくより、転売したほうがいいと見たらしい。

 その後はしばらく三菱と関係のある地方財閥の所有物だったみたいだけど、第一次世界大戦後の十年以上続く不景気で倒産。レッドティアーは放出され、その後は各地を転々としていたようだ。

 

 そうして最後にたどり着いたのがここ、東北地方である。

 史実と異なり、四神工業を中心に現金収入を得る手段が多いからか、この世界の東北は比較的元気だ。その四神工業も不況を耐え抜いてるし、財力に余裕のある人もいたらしい。

 

 というわけで、わたしたちは最後の、そして現在の所有者からレッドティアーを譲ってもらうべくここ……宮城県の海沿いの村へとやってきた。

 

「……これも運命かなぁ」

 

 仙台市から車で移動する道中、わたしは思わずつぶやかずにはいられなかった。

 

 なぜって?

 

 そりゃあズバリ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 自治体の名前は違うけど、海沿いに位置するこの村の地図、わたしが見間違うはずもない。間違いなく、ここは過去の杜王町だ。

 

 今回泊まる予定のホテルも、名前は杜王グランドホテル。四部で承太郎が長期滞在していたホテルだ。歴史のあるホテルと言われていたから、間違いないだろう。まさかの六十年以上早い聖地巡礼である。

 恐らく、残しておいた最後のカラーフィルムはここで使い切るのだろう。そんな確信があった。

 

 そして運命はもう一つ。

 

「吉良さん、すぐに取引に応じてくれるといいのですが」

「……本当にねぇ……」

 

 そう、杜王村に住む吉良さん。ジョジョラーであれば反応すること間違いなしな名前の人物こそ、レッドティアーの現所有者なのだ。

 

 とはいえ軽く調べた限り、今のこの村にはわりと吉良さんがたくさんいる。時代柄だろう、本家と分家に分かれてそこそこ広く分布しているみたいなんだよね。

 

 今から向かう吉良さんは本家なわけだけど、だからといってそこがあの吉良吉影直系の家かどうかはわからない。

 仮にそうだったとしても、現段階では吉良吉影は生まれていないし、父親の吉廣はいるだろうけど、そちらにしても子供だろう。何もしてない子供を告発したところで正気を疑われるだけだ。

 

 いやまあ、未来の連続殺人鬼の親という色眼鏡を外しても、吉廣という人物はだいぶ悪党が板についていた。だから既に何かしらやらかしてる可能性はある。

 あるけど……スタンドを使ってない普通の犯罪は、それこそ法に任せるべきだからなぁ。わたしが首を突っ込む案件でもない。

 

 ということでわりと何もできない。

 ただ、調査自体は軽くでもここでやっておきたいとは思ってる。六十年以上意味をなさない調査だけど、無駄ではないはずだ。

 

 調査といえば、東方家も調べておきたいところだ。こっちはこっちで、仗助はもちろんその祖父良平すらまだ生まれてないから、できることはほとんどないだろうけどね。

 

「わー、大きなホテル!」

 

 ……おっと、ホテルに到着か。うーん、原作で見たのとはちょっと外観が違うようだけど、これは単に時期の問題かな?

 

 とはいえレナータちゃんが言う通り、立派なホテルなのは間違いない。さすがに東京や大阪、名古屋、福岡と言った重工業地帯にあるこの手のホテルよりは小さいけど……史実より豊かとは言え、やはり出だしの遅れた東北はまだそういう地域には及ばないんだろう。

 

「ではアルフィー様、チェックインを済ませて参りますので」

「うん、お願い」

 

 ともあれ、わたしは遂に杜王町の土を踏んだのだった。

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 さてホテルで一晩を明かし、翌日。わたしたちは事前のアポ通りの時間に、吉良家を訪ねた。もちろん姿は大人の状態でだ。

 

「ようこそおいで下さいました。わしが当主の吉良吉尚(よしなお)でございます」

 

 出迎えてくれたご老人はそう名乗った。がっしりした身体つきで、たぶん一般的には歳を感じさせない雰囲気なんだろうけど……。

 ジョナサンを見てるからかなぁ……これでもまだ歳相応くらいに見えちゃうの、なんかのバグかな?

 

 しっかし、名前に吉の字がある……ということは、この本家こそ吉良吉影に繋がる家系の可能性が高いような気がしてきた。顔つきも、どことなく吉良吉影っぽいような……いや、()()()()()()()……()()()()()

 

 ともかくわたしたちは丁重に挨拶を重ねて、時節のやり取りを経て本題へ移る。

 

 この手の交渉は基本的にサチさんに任せてる。わたし、こういうのそんなに得意じゃないもん。お金の出どころも半分くらいはルージュフィシューの隠れ蓑である四神工業だし、下手に会社が傾くような金額で頷くわけにはいかないしね。

 

「ふむ、あなた方がほしいと仰られるのはこの赤涙石のことですかな?」

 

 と、ある程度話が進んだところで、吉尚さんが床の間に置いてあった小さい桐箱を出してきた。

 彼がそこから丁寧に取り出したのは……間違いない、わたしたちが探していたレッドティアーだ。長年、というわけではないけれど、急いで探していたからか、思わず感嘆に似た声が漏れる。

 

「確かに……これです。どうか譲っていただけないでしょうか?」

「…………」

 

 サチさんの問いに、吉尚さんはあご髭を撫でさすりながら少しだけ瞑目した。

 けれどすぐに見開くと、庭のほうへ視線を向けて、どこか遠い目で話し始める。

 

「……わしは若い頃から骨董集めが趣味でしてな。その昔、父に連れられて赴いた政府の競売でこれを見て、一目惚れをしたのです。もう四十年近く前のことです」

 

 わたしたちは彼の横顔を見つめながら、その言葉を聞く。

 

「心底欲しいと思いました。しかし当時まだ若かったわしは自由に使える金も少なかったし、社会的な立場も大したことがなかった。ましてや落札したのは三菱の岩崎さんだ。田舎の士族くずれの手に届くものではなかった」

 

 へえ、あの当時競売に参加できたのか。ということは、この吉良家は相当裕福だったんだろうな。今も純日本家屋の屋敷は豪勢だし、まさに地元の名家ってところか。

 

「その日から必死に蓄財に励みましたよ。最初はなかなかはかどりませんでしたが、大戦の戦争特需に乗って家を盛り立てることができた。そうこうしているうちに不景気になりましたが、なんとか逃げ切って……逆に赤涙石を持っていた家は没落して売りに出されました。複数の人の手を渡り歩きはしましたが、最終的にはわしが手に入れることになりました。蓄えの多くを吐き出すことになりましたが……」

 

 彼はそこで一息つくと、ぎらりとこちらに目を向けてきた。文字通りの真剣勝負に挑む武士のような、殺気すら感じられる目だ。

 

「……そうしてわしが手に入れたものを、譲れと申されるか」

「はい。虫のいい話とは思いますが、どうか」

 

 しかしサチさんも負けていない。即答だった。レナータちゃんはごくりとつばを飲んで固まったけれど、吸血鬼にしてみれば大したものじゃないのだろう。

 サチさんは、吉尚さんの視線を真正面から受け止め続けた。そのままこの場には痛いほどの沈黙が満ちあふれ、二人はただただ見つめ合う……いや、にらみ合う時間が続く。

 

 しかし永遠は存在しない。やがてこの均衡を、吉尚さんが破った。

 

「……ふ、そこまで熱心に申されるなら、わしもただ突っぱねるわけにはいきませんな」

 

 彼はふっと表情を崩すと、レッドティアーを元の通りにしまい直す。

 

「交換というのはいかがですかな。最初に申した通り、わしは骨董集めが趣味です。この赤涙石に匹敵する品を用意できるのであれば……それと交換。いかがです?」

「……わかりました。あなた様のお眼鏡に適う品を用意して見せましょう」

 

 この日の顔合わせは、こうして終了した。

 

「どうしましょうか? 夜中に忍び込んで来ましょうか?」

 

 だけど帰りの車中、車が動き出した直後にされた提案にわたしは思わず吹き出した。

 

「あれと交換できるような品を今から集めるなど、簡単なことではありません。そんなことに時間とお金を使うのであれば、実力行使に出たほうが効率的ではありませんか」

 

 引いた顔でサチさんを見れば、彼女は悪びれることなく言い放った。

 うーんこの、吸血鬼らしい発想……。一見すると原作に出てくるようなぶっ飛んだ人には見えないけど、やっぱりこの人も吸血鬼なんだな……倫理観ェ……。

 

「……ダメだよ。約束は約束だもの」

 

 ともかくサチさんをなだめる。この人に育てられてるレナータちゃんが心配だ。

 

 というかそもそも、今回言われた条件はそんなに悪い条件じゃあない。

 

「? どういうことでしょうか?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことだよ」

 

 まさかここに来て使う機会が来るとは思ってなかったけどね。

 

 そう、わたしはスタンド空間に大量の骨董品を保管している。時代も有史以前から共和政ローマまでと幅広いし、なんなら少し前に伯爵から博物館に寄贈してなかった細々としたものをもらって、さらにラインナップは充実しているのだ。

 この中から好みのものが見つからないなんてことは、ほぼないだろう。むしろ目録を作るほうが時間かかるまである。

 

 ふっ、この勝負勝ったな!

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 そして目録を作って二日後、改めて吉良家を訪れることになったのだけども。

 

「おっほほほほおおぉぉう!!」

 

 吉尚さんは超高速で陥落してくれた。即堕ち二コマよりひどいや。

 

 フラグ? そんなものはなかったね!

 

 いや二枚屋さんのこともあったし、わたしかなり警戒してたんだけど……本当に何にもなかったんだよ。拍子抜けだ。

 こういうのが繰り返されることで油断に繋がるんだろうけど、かといって常に警戒してるわけにもいかない。三部でちょくちょく奇襲されてるのは、そこら辺の心理を突かれてたのかもね。

 

 ちなみに吉尚さんがレッドティアーの交換相手に選んだのは、ローマ時代にショシャナがエジプトの王族からプレゼントされたのを、右から左にもらった装身具一式だ。衣装の他にも黄金や小さい赤石が大量にあしらわれた豪奢なもので、けれど肝心なところはほとんど隠せない夜の装身具一式。

 ショシャナったら、自分をわたしの所有物だと思ってたから、もらったものはまず最初にわたしへ譲ってたのよね……。まあ、わたしに着せて夜の大運動会をしようとしてた節もあるけど……。

 

 いやそれはともかく。

 

 夜の、というだけあってこの装身具、布面積は驚異的な狭さである。なんならちょっと透けてるまである。にもかかわらずそんなところにも当時の最先端技術で精密に編み込まれた模様は美しく、男性的にはきっと実用性も高いだろう。

 もちろん、ここまですべてが揃った品は現代にはまずない。単に貴金属や宝石による即物的な価値にとどまらず、考古学的にもめちゃくちゃ貴重なはずだ。吉尚さん、お目が高い。

 

 まあものがものだけに、一番の決定打がなんだったのかちょっと邪推しちゃうけどね。

 

 でもわたしは、これが選ばれたのがちょっと嬉しかったりする。ショシャナもわたしも使わないまましまい込んだものだったけど、それでも彼女との思い出が少しでもあるものが巡り巡って役に立ったんだもの。それがなんだか、今も彼女が近くにいてくれるような気がしたんだ。

 

 ……まあ何はともあれ、無事に目的は果たした。これでようやくスーパーエイジャが手に入るぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう思っていた時期がわたしにもありました。




唐突なネタバレ:吉良吉尚は本当にただの一般人。まあ交換ということで色々と無理難題をふっかけてたかろうとしてたくらいには黒い人なんだけど、アルフィーが叩きつけてきたラインナップがガチすぎる上に豊富すぎて普通に我を忘れた。そしてたぶん、もう二度と出てこない。

杜王町もとい杜王村の設定はほとんど独自解釈です。
グランドホテルが本当にこの時代にあったのかとか、吉良家が本当に本家分家に分かれてるのかとか色々思うところもありますが、沿革とかが公開されてないし、吉良一族も特に何も明言されてないし、そこは大目に見ていただければと。

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