転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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35.JORGE JOESTAR 2

 ジョージたちが不思議なタカとのわずかな邂逅を果たしていた一方で、救出を待つ側であるジョナサンがどうしていたかというと。

 

 彼は研究所の一角に押し込められ、ドイツ軍による執拗かつ苛烈な尋問を受けていた。

 だが、老いたとはいえ彼は戦士であり、紳士であった。どのような仕打ちを受けようとも決して口を割ることなく(度合いによってはそもそもダメージにならないものすらあったが)、ただそびえたつ大樹のごとく悠然としていた。

 

 さらには、問われる内容からドイツが自身に何を求めているかを考察する余力すらあった。これらはひとえに波紋使いであるがゆえの余力であったが、それはともかく。

 

(いきなりドイツまで拉致されたときは何が目的かと思ったものだが……目的はやはり石仮面か……)

 

 狭く暗い独房に、かすかな身じろぎすら許されぬ状態でぶち込まれながらも、ジョナサンは瞑想の心境でひたすら穏やかに思考を続ける。

 

 彼が問われたのは、主に石仮面やそこから生じる吸血鬼についてだ。最初にそれを問われた瞬間から、ヨーロッパでは数少ない中米史を専門とする学者であり、石仮面に関わる文化などについて論文を発表したことがある自身が拉致された理由を彼は正確に把握した。

 そしてそれを知ってどうするかも、彼には容易に想像がつく。

 

(一番あり得るのは、不老不死だろう。次点で軍事転用といったところか。既に石仮面はドイツの遺跡で得ているはずだが……今更になって僕を拉致したのは、他に情報を得る手段がないのかもしれない)

 

 ジョナサンの推測は、概ね正しい。ドイツと連携している神聖サンタナ王国は、石仮面のことが漏洩することを嫌ってこの件に関しては情報開示を拒んでいるのだ。結んだ技術協約でもこうしたことは除外されており、上層部で当時締結に奔走した閣僚が一部この世から辞職しているのだが、それはともかく。

 だからこそ、ドイツ軍はヨーロッパでもっとも石仮面や吸血鬼に詳しいと言っても過言ではないジョナサンを拉致したのである。

 

 裏の事情を知らないジョナサンはそこまで考えが及んでいるわけではなかったが、それでも油断はしない。ここで下手を打つわけにはいかないと、しっかり身構えていた。

 

 石仮面から始まった奇妙な冒険を潜り抜けてきたジョナサンにとって、あの闇の力を世に解き放つわけにはいかなかった。それは絶対の確信を持って断言できることだ。

 ただ一つが世に出ただけで、()()()()()悲劇が起こったのである。だがジョナサンがスペインの遺跡で見つけた石仮面は、複数だ。恐らく、ドイツ軍が国内の遺跡で見つけたのも複数だろう。

 

 それらが今、すべてドイツ軍の手の内にある。何かが一歩でも間違えれば、ドイツ軍はおろかドイツそのものが……あるいは世界すら、滅びる可能性が十分にあった。

 

 幸い、時間はジョナサンの味方である。何せジョナサンは、間違いなくイギリスに身分を保証された、由緒正しいイギリス貴族だ。国の要職についているわけではないが、他国に拉致されていい人間でもない。

 今頃は外交によって言葉の戦いが行われているはずだと、己に言い聞かせて彼は耐え続けるのだ。

 

 何より、味方は時間だけではない。

 

 かすかな音を立てて、ジョナサンの独房に一人の兵士が入ってきた。

 その忍んだ様子に目を開けたジョナサンは、近づいてくる兵士を見とめてふっと小さく笑う。

 

「ジョースター卿……お疲れ様です。これ、少ないですけど……」

「ありがとう……君にも立場があるだろうに、すまないね」

「いえそんな。誇り高いドイツ軍人としては、やはりこういうことはよくないと思う次第でして……」

 

 ジョナサンに少なくも食事を与えた青年兵士は、ジョナサンに言われて照れたように笑う。

 

 もちろん、軍規に従って考えれば、彼のしていることこそよろしくないだろう。

 

 しかし彼は若かった。彼視点では何の罪もない他国の人間を拉致してきて、あの手この手であるかどうかもわからないオカルトじみた情報を吐かせようというのは、正しくないと思えたのである。

 

 また、連れてこられてからずっと過酷な環境に置かれているにもかかわらず、人間性を一切損なうことなく威風堂々としているジョナサンの姿は。

 たとえそういうことをされていても、礼儀を忘れない立ち居振る舞いは、青年にとってはある種理想の男の体現にも感じられたのだ。

 

 もちろん、ジョナサンにそんなつもりはなかったのだが。これはひとえに彼の人徳というものだろう。

 

 ともかく敵であるはずのドイツ軍に、はからずも味方を得てしまったジョナサンが焦ることはまったくなかった。

 

 ただただ静かに、時を待つ。

 彼はそれに専念し、丁寧に、丹念に呼吸を整えるのであった。

 

 

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 ジョナサンの予測通り、ジョージたちが潜入のためあれこれ準備をしているさなか、決行前夜のドイツ外務省にイギリスの駐独大使が訪問していた。

 要件はもちろんドイツ軍に拉致されたジョナサンの返還であり、そのために必要な証拠はしっかりと整えられている。

 

 とはいえ本来であれば、これほど迅速にイギリス政府が動くことはなかっただろう。何せジョナサンはイギリスにおいては、軍の要人を暗殺した女の義父である。そのような男、しかも要人でない男のために無償で動くほど、イギリス政府は優しくない。

 

 ドイツもそう見込んでおり、あまり急ぐことなく構えていた。

 SPW財団も同様で、だからこそ国によるジョナサンの救援を待たずして独自に動いていたわけだが……その前提を覆す男がイギリスにはいた。

 

 誰あろう、彼こそルベルクラク伯爵その人である。彼はジョナサン拉致の情報を知るや否や、行動を開始した。自らのイギリスにおける立場をフル活用して、ジョナサン奪還のために動いたのである。

 

 伯爵家は、イギリス国内における運送関係を陸海空の別なく担う大企業を抱えており、一応は戦間期に当たる現在、イギリスの治安維持を大いに支え、軍事費の軽減に寄与する民間軍事会社でもある。

 加えて、現在の駐独大使が伯爵の養子の一人ということも大きかった。このため伯爵の要請は、イギリス政府をして無下にできないものであったのだ。

 

 伯爵はさらに、オリンピックを控えているというドイツの国際的な状況や、アルフィーから聞かされている未来の情報から、今のドイツが強硬手段に出ることはまずないという分析も伝えていた。

 

 結果としてどうなったかと言えば、先手を打ったイギリスのほとんど一方的とも言える勝利であった。元々イギリスは外交に長ける国であるが、今回に関してはドイツ側の分が悪すぎたと言っていいだろう。

 

 かくしてジョナサンは解放される運びとなり、民間軍事会社としてのルベルクラクが彼の引き取りのため研究所へ踏み込むことになったのだが……これが決定したのは、日付が変わってからのこと。この情報がSPW財団にもたらされるまで、少々の時間差が生じることになった。

 

 また、外交で敗北したとはいえ、ドイツ政府も引き渡しまでに可能な限りの時間を持たせるよう食い下がったこともあって、空白の時間が生じる。

 この時間を精一杯使ってドイツ軍はジョナサンから情報を引き出そうと躍起になり、ジョージたちもまた入れ違いとなってしまう……はずだったが。

 

 事態をさらにややこしくする存在が、既に秘密研究所内に潜伏していた。

 

 それは二人組の男である。スラブ系の男と、彼に従うゲルマン系の男。スラブ系の男はあからさまに日光を避けていて、口元からのぞく牙が特徴的だった。

 

 ……そう、ルージュフィシューの二人である。

 

 彼らにとって、ジョナサンは問題ではない。歴戦の波紋戦士であるため、どちらかと言えば始末したい相手ではあるが、遺跡に眠っていたものすべての回収こそ最大かつ優先すべき目的であり、その目的のためには手段を選ばなかった。

 

 ゆえに最速最短の手段を取った彼らは、最低限の情報だけを集めると、夜を待って下水施設から力づくで研究所へと侵入した。道行きを阻むものは、文字通り力で破壊しての侵入である。

 そして手頃な兵士を屍生人(ゾンビ)に変え、その案内で研究所内を我が物顔で闊歩して回っていた。周りの兵士からは怪訝な目を向けられることもあったが、研究員に変装したルージュフィシュー一行を阻むほど疑問に思うこともなかった。

 

 かくして研究所に入り込んだ彼らは、遺跡からドイツ軍が押収したものを根こそぎ運び出そうと動いていた。彼らに言われせれば、あれらの遺跡は元々かつてのルージュフィシューたちが未来の同胞のために遺したもの。つまり自分たちのものなのだ、というわけである。

 

 そして繰り返すが、彼らルージュフィシューにとって、ジョナサンはどうでもいい存在だ。今このときにおいては、遺産の回収が最優先だったが……かといって少人数で運び出すには時間を要するほどの遺産がこの研究所にはあった。

 だから彼らは、周囲がにわかに騒がしくなってもほとんど気にせず行動していた。遺産の回収に専念していたと言ってもいい。

 

 結果、彼らはこのとき、一つのミスを犯した。それは研究所内が騒がしくなった段階で、一度欲を抑えてジョナサンが連れ出されるという事態の詳細を確認すべきだった、ということである。

 これができていれば、彼らは仕事の最中に宿敵とも言うべきルベルクラクと鉢合わせることなどなかったのだから、たった一つとはいえ大きなミスであった。

 

 かくして、知ることを怠ったルージュフィシューの思惑をよそに、夜明けとともにルベルクラクがやってくる。完全武装とは行かずとも、要人警護には十分な揃いの装備を身につけた傭兵団が、イギリス駐独大使に伴われて研究所に踏み込んだ。

 

 そんな事態の急変を、SPW財団の監視員が慌てて支部に連絡する羽目になっていた朝。

 多くの人にとっては、いつもと変わらない穏やかな一日が始まるはずだったこの日、ベルリンの秘密研究所はわずかなズレの連鎖によって誰もが気づかないまま、混沌のるつぼと化そうとしていた。

 

 

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 複数の鳥の鳴き声が響く中で一つ、もぬけの殻となったケージがあった。

 鳥小屋の奥の奥、最も立派なケージのかんぬきはきれいに外されており、無理やりにこじ開けられたわけではないことは一目瞭然だ。

 

 そんな鳥小屋の屋根の上。人間の喧騒などどこ吹く風、ぎらりと鋭い視線を閃かせて、一羽のメスのタカが研究所を睥睨していた。

 彼女の黒い瞳が、研究所内で暗躍する吸血鬼の姿をとらえる。

 

 ――ピューイ。

 

 小さく響かせた声に応じるようにして、彼女の背後に白い鳥の形の(ヴィジョン)がズズズ……と浮かび上がった。

 

 その背中には、星の刻印。いまだ明けきっていない薄明の中、一瞬それが黄金の輝きを放った。




おまけ・ドイツ軍によるざんこくなごうもんシーン

兵「オラッとっとと情報を吐けッ!(ムチビシバシー」
ジ「痛みは波紋の呼吸で和らげるッ!(ノーダメ」
兵「ええ・・・効いとらん・・・なんでや・・・」

兵「オラッとっとと情報を吐けッ!(指の骨バキー」
ジ「痛みは波紋の呼吸で和らげるッ!(即回復」
兵「ええ・・・なんですぐ治るん・・・怖・・・」

兵「な、なら腕だ、腕を折るッ!(腕の骨バキー」
ジ「痛みが! 骨折した腕の痛みがッ!(即回復」
兵「なんでそうなるねん!」

兵「かくなる上は自白剤や! ナチスドイツの医学薬学は世界一ィィィィ!(注射ブスー」
ジ「ふん!(毒を体外に絞り出す」
兵「だからなんでそうなるねん!!」

将「ドイツ軍人はうろたえないッ!(震え声」

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