転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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43.その輝きを手に

 伯爵から届いた手紙を読み終わったわたしは、ひとまず安堵の息をついた。

 出だしからいきなりジョナサンが誘拐されたなんて書かれてたから目を疑ったし、かなり動揺したけど、ルベルクラクの力で無事に助けられたようでホッとしたよ。鍵になる赤石も回収できたみたいだし。

 

 ただ、ナチスドイツが石仮面をあれこれ調べてるのは気になるし、ルージュフィシューがそこで派手にやらかしてくれたことについては色々と思うところがある。

 いくら後世で悪役の定番みたいな扱いを受けるナチスとは言っても、そこで働いてる人たちは今を生きている人たちに他ならない。身勝手に命を奪うなんて、いくらなんでも理不尽がすぎる。

 

「私の夫が大変申し訳ありませんでした……」

 

 なおその情報を知って、サチさんが土下座してきた。首を差し出す勢いだったからいつものように止めたけど、どうやら今のルージュフィシューを率いていたのは彼女の夫らしい。あちらも吸血鬼らしく、なるほどそれなら大量殺戮も可能だね。

 

 ただ、彼は別ルートでジョナサンを助けに来ていたジョージとマリオに倒されたらしいので、もうわたしができることはなかったりする。

 そりゃあ許されないことをしたとは思うけど、それはそれとして死んだらみんな仏だよ。

 

 いや、この考え方は仏教の原義的にはどうかなとも思うんだけどね。ただそれはそれとして、悪人だろうとなんだろうと、死んだ人をことさら悪く言う必要はないって思うし、元二十一世紀人としては連座で罪を与えるのは違うって思うの。

 

「お父さん好きじゃないから、わたしはそんなに」

 

 一方でレナータちゃんはドライだった。よっぽど父親らしいことをされてこなかったんだろう。万華鏡のほうがよほど気になってるみたいで、ぐるぐる回しながらきゃっきゃしてる。

 なんていうか、こういうとき親がどう接してるかが透けて見えるよね……。自業自得だと思うけどさ。

 

 どちらにしても、わたしがサチさんたちを罰することはない。わたしは彼女たちを有能な人材だと思ってるし、今後とも助けてほしい。あわよくば日本を拠点化したいし。

 

「ありがとうございます……! 我らルージュフィシュー、今後は夫に代わり誠心誠意アルフィー様にお仕えいたします……!」

 

 この辺りはちょっと大げさにも感じるけど、ね。

 

 さてともあれ、スーパーエイジャを手に入れるための鍵はこれですべて揃ったことになる。なのでわたしは、大急ぎでヨーロッパに戻ることになった。

 できるだけ早く合流したかったから、船がユーラシア大陸に寄港した段階で、一人陸路(一部空路)でヨーロッパに向かうことにした。ほぼ不眠不休で行動できるわたしだけなら、今の時代ならまだこのほうが早い。

 サチさんたちには船内にわたしがいるように装ってもらいつつ、後から追いかけてきてもらう形になる。

 

 で、そのままヨーロッパに着いたら電信でルベルクラクに連絡を入れてタイミングをはかり、エジプトの港で伯爵たちと合流した。

 伯爵はともかく、ドイツ軍に拉致されていたはずのジョナサンが、普通にピンピンしてたのには笑うしかなかったけどね!

 

 そして翌日の夕方、早速例の遺跡へ繰り出した。

 

 隙間のない大きな扉の前で、わたしたちは鍵となる赤石を用意する。

 手が伸びるわたしが二つ持ち、伯爵とジョナサンが一つずつだ。

 

「こうして四つ揃うとなかなかに壮観ですな」

 

 円陣を組むような形で三人向き合った状態で、伯爵がある感慨深げに微笑んだ。

 

 それぞれが持つ四つの赤石は、太陽、稲妻、雫、十字架の浮き彫りが施された、ダブルカボションカットに統一されている。造られた時代のことを考えると、これだけで軽く億超えの価値があるだろう。壮観だし、圧巻だよね。

 

 わたしは伯爵に頷きながらも、逸る気持ちに押される形で扉を改めて見上げた。無言で二人がそれに続く。

 

 そのままわたしたちは、所定の場所へ赤石をセットした。深い意味はないけど、一応同時に。

 けど、特に変化はない。パルプンテで呪文がこだましただけみたいな感がある。

 

 ただこれは想定内。調べた限り、この扉はこの状態の上で、沈みゆく夕陽の光がないと開かない仕組みになってるんだよね。だからこそ、わたしたちは夕方に訪れたのだ。

 

 そのまま待つこと、十数分。その時がやってきた。

 掘り下げた遺跡の入り口から、夕陽が差し込んでくる。それは扉全体を照らし、さらには各所にセットされた赤石に光を注ぎ込んだ。

 

 その後の変化は劇的だった。四つの赤石が波紋のような音を響かせながら輝きを放ち、しかしそれはほとんどこちら側に漏れることなく、扉の表面に流れる。

 それらはさながら幾何学模様のように扉全体を走り回り、やがて一つの紋章が浮かび上がった。

 

 ルベルクラクの紋章でも、ルージュフィシューの紋章でもない。

 

 斜めに交差する二本の矢。そしてそれらが弓を背負う紋章。

 赤い光で描かれたそれは、見間違えるはずもない。かつて地中海沿岸で名を馳せた、ルブルム商会の紋章だった。

 

 懐かしい。素直にそう思う。ショシャナやトナティウが、経営に向いてないわたしに代わって頑張ってくれてたなぁ……なんて、ちょっとしんみりしちゃう。

 

 だけど余韻に浸っていられる時間はなかった。すうっと光が消えたかと思うと、すぐに扉が開き始めたからね。

 

 やがてガゴンと一際大きな音を立てて、扉が止まった。

 開いたことで遺跡内部には夕陽が差し込んでいるけど、中は真っ暗だ。これから日が沈んでいくことを考えれば、完全なる闇が待っていることは間違いないだろう。

 

「さーて、鬼が出るか蛇が出るか」

 

 そんな遺跡の中にあるだろう品々に想いを馳せながら、わたしはわくわくした気持ちを胸に中へと踏み込んだ。

 わたしに続いてジョナサンと伯爵が入ってくる。さらに、ルベルクラクの傭兵たちが明かりを手に続く。

 

 そうして何百年かぶりに人を迎え入れた遺跡の姿は、場所を考えると明らかにそぐわない。エジプト的なものではなく、イスラム的なものでもない。ローマ的なものですらない。

 そこにあったのは、ザ・仏教遺跡とでも言うべき仏像と宗教壁画だったのだ。

 

「これは……仏像? どうしてこんなところに……」

 

 本職の考古学者であるジョナサンが、顎に手を当てて考え込んでいる。

 そうだよね、なんでこんなところにって思うよね。エジプトで仏教が隆盛したなんて話は聞かないもんね。

 

 ただ、正直わたしには身に覚えがありすぎるんだよなぁ。

 

「まあ普通に考えて、当時のルージュフィシューがわたしに合わせてくれたんだと思うよ。わたし、仏教徒だからね」

 

 なのでそう答えたら、伯爵とジョナサンが「なにて?」って言いたげな顔で同時にわたしを見た。向けられたわたしは苦笑するしかない。

 

「いやその、ブッダに直接会ったことあるんだけどね。そのときに色々あって……」

「そうか、君はそれだけ永く生きているのだものね。すごいな……僕は仏教徒ではないけれど、素直に羨ましいよ」

「……神話に神と語られる方が仏教徒ですか……当家の記録にそれらしいものは残っていないですが、もしや意図的に削られたのですかな……」

「あー……でも気持ちはわかるよ、わたしだって信じてる神様が実は他の宗教の信徒でした、とかちょっとどうなのって思うし……」

 

 その点については本当に申し訳ないと思ってる。

 でも別に後悔してるわけじゃあないし、そもそもの話わたしは日本人なので、やっぱり一番馴染みがあるというか、しっくり来るのが仏教なんだよね。転生してもなおわたしの性格や趣味嗜好はほとんど変化がないので、この点についてもどうしようもないんじゃあないかなって……。

 

「いやしかし、ルージュフィシューにアルフィー様の記録性で負けるのは悔しいですな……これらはすべて連中の手によるでしょうし……うーむしかし……」

 

 伯爵が悩み始めちゃったぞ。他人事として眺めたかった案件だったみたい。

 

「しかしこれ、よくよく見るとやはりヨーロッパの影響が強いね。見た目は仏像だし仏教画だけど、技法やタッチは間違いなくルネサンス期のヨーロッパ芸術の特徴があるし」

「あ、確かに。でもルージュフィシューってフランス基盤でしょ? フランスのルネサンスって他より遅くなかった?」

「ルージュフィシューが表向き滅んだのは十五世紀だったね。フランスのルネサンスは十六世紀から活発化したというのが定説だけど……その前から萌芽があったのか、あるいはここまで逃げてきたルージュフィシューがこの地で学んだか……興味深いね!」

「そうだね! でもこれ、世間に発表するのめちゃくちゃ難しい遺跡だよね……エジプトで出てきたルネサンス風味な仏教遺跡とか、どう説明すればいいのやら」

「確かに……普通にしてたら造られた背景がまるで見えてこないね。そういう遺跡は有史以前の遺跡には多いけど、西暦が始まって以降となるとね……」

「イギリスのストーンヘンジとかその最たる例だよね。あれが造られた時代、わたしまだアメリカ大陸にいたからなんで造られたのかは見れてないんだよなぁ」

「君の幽波紋なら調べられるんじゃあないかい? 幽波紋で引き出した記憶が学説の根拠になるかというと、また別の話ではあるけれど」

「そうだね! 今度落ち着いたらストーンヘンジも行きたいなぁ」

「お二人とも、そろそろ終着点のようですよ」

「おっと」

 

 歴史談義でうっかり盛り上がってしまったね! いけないいけない。

 

 伯爵に言われて前に意識を戻せば確かに、そこから先には空気が流れていない。本当に行き止まりのようだ。ここまで本当に仏像と宗教壁画しかなかったけど……。

 

「何やら祭壇のようだが……」

 

 向けられた光の中に浮かび上がったものを見て、ジョナサンが首を傾げた。

 確かにそこにあったのは、祭壇のように見える。一段高くなったところにはトーチのような棒が組まれて高々と掲げられているけれど、そこに火は見当たらない。

 

「それよりも、目を引くものがありますな」

「これは……ミイラ?」

「確かに一見ミイラだけど……」

 

 その祭壇らしきところに、小柄ながら等身大の人の形をしたものが横たわっていた。身体に水分はまるで見当たらず、干からびたか餓死したか、と言った雰囲気だ。

 個人的にはミイラというより即身仏のような印象を受けるんだけど、問題はそこじゃあない。

 

「……この人、まだ生きてるよ」

「なんですと?」

「それは本当かい?」

「うん。……というかこの人、吸血鬼だ。きっと血を吸わないまま、数百年をここで過ごしたんじゃあないかな……さすがの吸血鬼も、それだけ断食したらこうもなるよねって感じ」

 

 そう、そこにいたのは吸血鬼だった。見る影もないけど、人外のわたしにはわかる。

 しかも死んでない。この状態でよく生きてるなとも思うけど、吸血鬼だし不可能ではないような気はする。サンタナもこういう方向の調査はしてなかったから、わたしも初めて見る状態だけど。

 

 それと目を引くのはもう一つ。

 

「アルフィー様、あれを……もしやこのミイラが抱いているのは」

「……スーパーエイジャだ。間違いない」

 

 この干からびた吸血鬼は、さながら祈るような姿勢で胸元にスーパーエイジャを抱いていたのだ。

 初めて目の当たりにするそれは、原作で何度も見たあの美しい姿をしていた。わたしが即身仏のような印象を受けたのは、この辺りが原因だろう。

 

「……どうするんだい?」

「わたしは石仮面をよくは思ってないけど……かと言って石仮面を使っただけの人をすぐに滅ぼせとまでは思ってないんだ。だから」

 

 わたしは祭壇に上がる。そして横たわる吸血鬼のすぐ近くで膝をつくと、その真上に掲げた手首を切った。

 当然、わたしの手首から血が滴り落ちる。種族柄、傷はすぐに塞がったけど……それでも間違いなく血は出て、吸血鬼の身体に降り注いだ。

 

 するとどうだろう、みるみるうちに吸血鬼の身体に張りが戻っていく。血肉が満ちていく。まるで時間を巻き戻しているかのように、劇的に人としての姿を取り戻していったのだ。

 やがて在りし日の姿を取り戻した吸血鬼の姿は……どこかの聖女と言っても差し支えないほど美しい少女だった。その分、経年劣化した衣服がまるで釣り合っていない。

 

 ところで、なんだかわたしによく似た姿に見えるのは、気のせいかな。銀髪だし、肌が褐色だぞ。目も赤いし、角はないけど。

 歳の頃も、レナータちゃんと近いだろうか。つまりわたしとも、見た目の上では近い。かなり幼い時分に吸血鬼へと化したんだろう。

 

 その少女が、茫然とした様子で上半身を起こした。そして、身体の調子を確かめるよりも早く、わたしの顔を見とめて驚愕に顔を染めた。

 

「アルフィー、様?」

 

 彼女の口から出てきたのは、ラテン語だった。

 

 それになるほどと思いつつも、わたしは頷くよりも早く元の姿に戻る。

 肌の色は褐色に。髪の色は銀色に。目の色は金色に。そして額からずいっと角が伸びる。

 

 その変化をすぐ目の前で見た少女は――

 

「おおお……おおおおおお! アルフィー様……アルフィー様!! ようやく、ようやくお会いできました……私は、私は遂に、使命を果たせるのですね……!」

 

 ――号泣し始めた。

 

 うん……なんとなく想像はつく。きっと何百年も、ここに一人きりだったんだろう。

 そりゃあそうなるよね。吸血鬼は肉体的にほぼ無敵だけど、精神面はタガが外れるだけであまり人間と大差ない。幼くして吸血鬼化したとなると、その辺りも見た目相応だろうしさぞかしキツかったろうな……。

 

「うん……よくがんばったね。あなたはよくがんばったよ、おかげでわたしがここまで来れたから」

「ああああああアルフィー様……!!」

 

 彼女はそれからも泣いて泣いて泣き続け、結構な時間が経った。

 ようやく我に返ったかと思えば土下座してくるしで、いやはや参ったよ。この辺り、本当にルベルクラクもルージュフィシューも根っこは一緒なんだなって感じるね!

 

 なおこの間、伯爵もジョナサンも空気を読んで無言でいてくれた。気遣いがありがたい。

 

「……アルフィー様。どうぞこちらを」

 

 そうしてようやく落ち着いた頃合い。

 吸血鬼の少女は畏まり、わたしの前で跪いた。そして両手で支えたスーパーエイジャを、わたしに向けて恭しく差し出してきた。

 

「我らルージュフィシュー、このスーパーエイジャを二千年の長きに渡り守り抜いて参りました。すべてはあなた様にこれをお渡しする、今この時のために」

 

 ――どうぞお受け取りください。

 

 彼女はそう告げて、頭を垂れた。

 

 まさかこうなるとは思わなかったけど……ともあれ、これは応えなきゃあいけないだろう。

 およそ六百年前、ルベルクラクとの戦いに敗れたルージュフィシューたちはきっと、このためだけに今まで積み重ねてきたものすべてをこの子に継がせたんだろうから、ね……。

 

 今のわたしにとって六百年はわりとすぐだけど、生身の人間のまま六百年間一人孤独に過ごせなんて言われたら、発狂する自信しかないよ。

 だからそれを耐え切った彼女には、素直に敬意を表したい。いや本当に、わたしにはとてもできない。

 

「……確かに受け取ったよ。ありがとう」

「はい……!」

 

 だからわたしは、彼女の手から素直にスーパーエイジャを受け取った。後ろから投射されている明かりがそれを照らして、美しい赤い輝きが周囲に満ちる。

 

 わたしの言葉にまた感極まったのか、同時に少女がぐすぐすと嗚咽を漏らし始めた。

 

「……何かほしいものはない? あなたの献身に報いてあげたいんだ」

 

 その姿に、わたしは思わず声をかけていた。だって、たった一言だけで報われるなんて思えないんだもの。わたしにできることがあるなら、耐え続けてきた彼女に報いてあげたい。そう思って。

 だから声をかけたんだけど……。

 

「であれば……一つ、お願いしたき義が。どうか私を食べていただけませんか」

 

 返事がそんなで、わたしは絶句するしかなかった。

 だけど彼女の目は暗く淀んでいて……なのに希望と期待に満ちていて、彼女の胸の内を察してしまえて、わたしは悲しくなったよ。

 

 わたしは知っている。この目を前世で知っている。これは……生きることに疲れ、死ぬことを唯一の希望と見てしまった、末期の人間の目だ。

 そしてどうせ死ぬなら、その死を意味あるものにしたいというのは人間なら誰だって思うことだろう。だからこそ、わたしに食べてもらいたいという結論に至ったんだろう……。

 

「……本当にいいの?」

「はい。歴史の中に沈んだ泥船が、あなた様の血肉となれるならばこれ以上の喜びはございません」

 

 問い直したけど、返事は即答だった。

 

 ああ、これは崩せない。この強固な意志は崩せない。

 さすが、何百年もの孤独に耐えただけのことはある、と思うけれど……その鋼の意志は、あなたの、あなただけの人生のために使ってほしかったな……。

 

「……わかったよ。あなたをいただくね。あなたの血も、肉も、命も、魂も。余すことなくわたしの中で……わたしと一緒に、永遠に生きていこう」

 

 仕方なく覚悟を決めたわたしは、少女の前で手を広げる。おいで、と呼びかける。

 

 彼女は少しだけためらっていたけど、すぐにわたしの腕の中に収まった。その暖かい体温を感じながら、わたしは最後に一つだけ問いかける。

 

「最後に教えて? あなたの名前はなんていうの?」

「……それは」

 

 なぜか少女は、今までで一番うろたえた。

 何かあっただろうか、と思ったけれど……。

 

「……あ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの、お、畏れ多くもあなた様のお名前を、お借りして……」

 

 ああ、なるほど。神様の名前を名乗るのは、さぞ畏れ多いだろう。

 キリスト教で言うなら、イエス・キリストを名乗るようなものだ。原理主義者を相手にしたら殺されるかもしれない。

 

 でもわたしはそういうの、気にしない。だってわたし、神様なんて柄じゃないもん。

 あとは、わりと今世の名前は気に入ってるんだよね。だから全然気にならない。

 

「そっか、じゃあお揃いだね」

 

 なので思わずにっこり笑ってしまった。

 

 彼女は少しだけぽかんとしたけれど、でもどこか嬉しそうに「はい」と言ってはにかんだ。

 

 ――そんなアルフィーちゃんを。

 

「……じゃあ、いくね?」

「はい、よろしくお願いします」

「……いただきます」

 

 わたしは。

 

 一思いに、全身で。

 

 一気に食べ尽くした。

 

「…………」

 

 ずぷり、とわたしの体内に消えていくアルフィーちゃんを見送って、わたしは手のひらを眺めながら握ったり開いたりする。

 

 なんだか不思議と、いつもよりエネルギーが身体に満ちているような気がした。

 なんでだろう? 同じ名前だったからだろうか。それともある種の自己暗示? あるいは単純に、何千年かぶりの捕食だから?

 

 ……たぶん、最後のが正しいような気はする。わたしはブッダと出会う前から、ほとんど人間(吸血鬼含む)を食べてない。初期の頃と、それから彼と出会ってからは皆無だ。全部人間と同様の食事で賄ってきた。

 

 要するに、わたしは日常的に栄養不足だったりする。その分食べる量を増やして賄ってはいるけど、紀元前の世界ではどうしても限界があった。

 現代でも毎回満腹まで行くのは難しいんだけど……いやはや、吸血鬼の捕食がここまでエネルギー効率がいいとは。

 

 でも、なぁ。

 

 せっかく同じ名前の、わたしから生まれた組織の末裔を取り込んだんだもの。ここはもっと精神的な理由で、みなぎってるんだと信じたいよね。深仙脈疾走(ディーパスオーバードライブ)的なさ。

 

 もちろん、今まで捕食してきた人をないがしろにしてきたつもりはない。全員のことを覚えてるし、名前を知る機会があった人のことは名前も全部覚えてる。

 

 だけど、彼女のことは……なんだか特別に、()()()()()()()()気がしたんだ。

 言ってしまえばただのロマン主義なのかもしれないけど、さ。

 

「……これも一種の人間賛歌だったりするんだろうか」

 

 ……なんて言ったら、ツェペリさんに怒られるかな。

 怒られないにしても、歴代のジョジョたちが受け継いできたものに比べればちっぽけだろうな、とも思う。

 でもさ、確かに勇気をもらえた気がするんだよ。同じ名前の彼女に恥じないよう、行動しないとなって思うもの。

 

 何より、彼女たちがここまで守り通してきたスーパーエイジャは、確かにわたしに受け継がれたのだ。

 原作とは違う歴史を辿ったこの世界で、これほどのものが無事に現代まで残るなんて奇跡だろうに。悠久の時を越えて、ここまで受け継がれてきたんだ。

 

 だから、これを無駄にはしない。長年の仲間に対する反逆者の身ではあるけれど……そのことについての覚悟は既に決めている。カーズ様にどう罵られようが、あるいは殺されようが、構わない。必ずこのスーパーエイジャで、人間の歴史を守ろう。

 わたしはスーパーエイジャを静かに握って、決意を新たにする。

 

 それを汲み取ってくれたのか、ジョナサンと伯爵が不敵な笑みを浮かべて大きく頷いてくれた。

 

 ――かくして、わたしから生まれた赤い宝石の一族を巡る物語は、一応の決着を見る。

 この後、サチさんたち現代に生き残っていたルージュフィシューがルベルクラクに合流し、一つに戻ったのだ。

 

 もちろん、二つに分かれておよそ二千年だ。相応以上の断絶はある。

 それでも、彼らにはわたしへの信仰という共通点がある。そしてわたしは、何事もなければ今この世にいる彼らよりも確実に長生きする。それなら、手を携えることはできるはずなのだ。

 

 逆に言えば、戦闘潮流を終えても死ぬわけにはいかない、ともいうんだけど。

 そもそもの話、それくらいの気概があったほうがいいのかもしれない。死ぬ気でやれ、とは言うけど……残されたほうがたまったものじゃないもんね。

 

 まあ、ここに星の一族が加われば、怖いものなんて何もない。こっちにはジョセフだけじゃあない、ジョージ二世やジョナサンだっているんだ。

 なんとかなる。絶対大丈夫だよ。

 

 ……反逆の時間は、もう間もなく。

 

 彼らが目覚めるまで、あと――――

 

 

 

 Part2.エピソード:ルベルクラク

 

 完




なんとかプロットを殺さずに最後まで行き着いた・・・。
というわけで、これにてエピソード:ルベルクラクはおしまいです。
やっと原作時空に入れる・・・長かった・・・何万文字書いた・・・?
あ、それとpart.1と同様、キャラ紹介を挟んでからpart.3になりまーす。

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