STEEL BALL HERO   作:ボンシュ

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敬意を払え

 

 少しぼくの話をしよう。ぼく……ジョニィこと………本名ジョナサン・ジョースターはアメリカ・ケンタッキー州ダンビルに生まれた。ジョースター家は没落した貴族の末裔だが、父は裕福な牧場主であり……三冠レース7連覇を誇る調教師。

 

 父の仕事の関係でぼくはイギリス・イングランドで少年時代の数年をすごした事がある。

 

 まだぼくが小さな子供だった時のことだ。夕食はいつも家族揃ってひとつのテーブルを囲んで食べていた。その日もいつも通り、父と母が向かい合って、ぼくと兄さんが向かい合って豪華な夕食に舌鼓を打っていた。

 

 肉を切り分けるナイフとフォークの音が静かに鳴っていた。その中でジョナサンは、小さく切り取った肉のかけらを口に運ぶと見せかけて、そっとテーブルの下に持っていった。

 

「ジョナサン、テーブルの下で何をやっている? 左手を上に上げなさい」

 

 父はマナーを大切にしていた。イギリスに仕事で来てから特にテーブルマナーを矯正させられた。だから食事中の妙な動きにも人一倍敏感だった。

 

「いいかジョナサン、食事中に限らず『マナー』というのは相手に対する『敬意』が含まれる。英国人は特に『テーブルマナー』を重んずる…お前は我が家がアメリカの田舎者と軽く扱われてもいいのか!?」

 

 ほんの少し声に力がこもっただけなのに、ぼくは体が硬直して唇まで震えてきた。

 

「そのポケットに何を隠している? 出しなさい!」

 

「ご…ごめんなさい父さん……その、気になって………つい…スゴくカワイくてホッとけなくて」

 

 要領を得ない辿々しい言葉に、父は若干の怒気を収めて静かに、しかし厳格な父親としての威厳を纏って言った。

 

「わたしはおまえに謝れと言ったのではないぞジョナサン……『出しなさい』と言ったのだ」

 

 食事をしていた母と兄さんも、手を止めて一部始終を見守っていた。兄さんに助けを求められるだろうか、母が助けてくれるのを待つべきだろうか。テーブルの下にのばした手を動かすことなく、じっとしていた。

 

「さあ、早く出しなさい」

 

 だめだ。何を言ったところで無駄だ。観念してジョナサンは上着の裏に隠していた一匹の白いネズミを取り出した。

 

 しばらく外出禁止になるだろう。お小遣いも無しになるだろう。これから自分の身に降りかかる父の怒りを想像して身を震わせた。

 

 そのネズミを見た父の顔から感情が失せた。次の瞬間には椅子から立ち上がり、窓の外を指差した。

 

「夕食はこれで終わりだ……ジョナサン、すぐに自分の部屋に行きなさい…その前に……おまえが()()()()()()()()()()()()()()、いいな……!」

 

 一瞬、父が何を言っているのかぼくは理解できなかった。それは、まだ小さな子供にさせるには余りにも酷なことだ。これが終わったら慰めてやろうと思っていた母も、父の苛烈な罰に言葉を失った。

 

 そんなことは嫌だった。殺すなんて残酷なことをしたくなかった。名前だって付けたんだ。

 

「え………そ……んな……飼ってもいいって………約束してくれたのに…」

 

 そうだ。父はこのネズミを、ダニーを飼ってもいいと許可してくれた。涙に濡れて、頭の中がぐちゃぐちゃになっているにしては良いことを言った。

 

 なけなしの反論は父の手によって、テーブルに叩き落とされた。これまでマグマのように静かだった父の怒りが爆発した。

 

「話をすり替えるな! 正しく籠の中で飼うという約束を一方的に破ったのはおまえ自身なのに、わたしをウソつき呼ばわりするのか!? 自分で始末するんだ……ジョナサン……わかったな………行け」

 

 胸に指を突きつけて、一言一言をぼくに刻み込むように、怒りの形相を近づけられていた。この時の父の顔はよく覚えている。忘れたくても忘れられない記憶として、ぼくの深くまで刻み込まれていた。

 

 ぼくは逃げ出すように家の庭に飛び出た。いや、実際は車椅子だったからそこまで早く移動は出来なかったのだが。

 がむしゃらに車輪を回して力尽きたとき、ぼくは池の前にいた。

 

 父の言葉は全部正しかった。先に約束を破ったのはぼくの方だった。どうしてぼくは今日、一緒に食べたいだなんて思ったんだろう。小さいから見つからないとか、見つかっても謝ればいいとか考えていた少し前のぼくが憎らしかった。

 

 どれだけ後悔しても、目の前の池にダニーを沈めなくてはいけない。これから殺されるなんて微塵も思わず、可愛らしく鼻をひくつかせているダニーをぼくの手で殺さなくてはいけない。

 

「どうする気だ? ジョニィ、それを沈めるのか?」

 

 振り向くと、兄のニコラスが静かに立っていた。

 

「全部……ぼくのせいだッ! でも……出来ない! ダニーを池に沈めるなんて……うう……出来るわけがない」

 

「だけどもう……そのネズミを家で飼うわけにはいかなくなったな…………。なあ、兄さんに考えがある。ダニーを森に逃がすってのはどうだ? それなら出来るか? ダニーなら森でもきっとたくましく生きていけるよ」

 

 兄さんの言葉に、ぼくは首を振った。

 

「だめだよ……父さんは絶対にダニーを池に沈めたって証拠を見せろって言うに決まっている。このダニーの「死骸」を見せろって言うよ!」

 

 その途端、兄さんの顔がパッと明るくなった。泣き続けるぼくの背中をそっと撫でながら、兄さんは笑顔で言った。

 

「それなら簡単さ!! 学校の標本室にネズミの剥製があるんだが、明日オレが先生に言って「白ネズミ」のやつを借りて来てやる。ダニーだってかわりに剥製をチラッと見せれば父さんはきっと納得するさ」

 

 呆然とした。兄さんの作戦は完璧だった。涙も止まり、希望が見えた。気のせいか手の中のダニーも嬉しそうだった。

 

「まさか解剖とかして水死したかまでは調べないだろうからな。いや…父さんならするかもな……ブはっ、もし切ったら中からオガクズがごっそり出て来て、父さんたまげるなッ!! はは!」

 

 たまらず、ぼくは兄さんに思い切り抱きついた。

 

「兄さんッ! ありがとう! 兄さんて頭いいな! 先生も兄さんならきっと剥製貸してくれるな!」

 

「それよりジョニィ……森へ逃がす勇気はあるか?」

 

 ダニーと離れ離れになるのは悲しかった。でも、殺してしまうより断然マシだった。

 

 頑張って生きてくれると信じて、ぼくはダニーを森へ逃した。

 

 

 

 

 

 

 

 それから月日が経った。

 

 レース場で馬に乗って走る兄さんの姿をずっと捉えて、ゴール地点を超えた瞬間に手元のストップウォッチを止めた。

 

「スゲェーーーッ兄さんッ! 自由自在だッ! 200メートルを17秒で走れと合図を送ったら、兄さんは17秒キッカリで走るッ!! 次の200メートルは23秒!!次は19秒!全て合図どおり走るッ!! 0.0000001秒の狂いもないッ!」

 

 それは個性だった。兄さんの個性は「時計」。体感時間と実際の時間に全く差がないという。だから兄さんは昔から早寝早起きで、一度だって夜更かししたことがない。

 

 その個性のことを知った父は兄さんに騎手(ジョッキー)の道を歩ませた。元々そちらの才能も持っていたのか、瞬く間に才能を開花させた兄さんは様々な大会で優勝をおさめていった。

 

「あれ………誰だろう?」

 

 見慣れない子供が引いている馬は、ブラックローズという名前で、多少神経質だが、デカくて力強い馬だ。今度、兄さんはあの馬に乗って大会に出るらしい。きっと兄さんなら優勝間違い無しだ。結局、その子供の名前はわからなかった。きっとバイトか何かだろう。

 

 そんなことも、兄さんが走り出すと頭からぶっ飛んだ。デカくて、さらには神経質という馬をねじ伏せて、さっきと同じ馬のように扱っていた。その走りは見事という他なかった。

 

「兄さんは何をやっても上手だな、ぼく違う家の子かな? 全然似てない」

 

「あのなジョニィ……おまえはまだ小さいだけなんだ、その足だってデカくなれば治るだろうし、治らなくても乗れるような方法を一緒に考えてやるよ………約束だ。そしたら2人で助け合って、世界中色んな所で闘っていこう!」

 

 とある日の思い出が呼び覚まされた。車椅子になってしまったぼくが卑屈になった時も、そうやって兄さんは励ましてくれた。

 

 今はまだ見ている事しか出来ないけど、乗れるようになったら本当に兄さんと一緒に世界へ行ってやろうとすら考えていた。

 

 

ズドドドドドドオォ

 

 

 その時、すごい音がした。コース場に視線を移すと、大きく土煙が上がっていた。煙の中でブラックローズが大きく前足を上げているのが見えた。

 

 煙から出てきたブラックローズの背中には、兄さんの姿がなかった。その場にいた全員が、土煙の方へ一心不乱に走った。

 

「え?」

 

 なんだ。何が起こったんだ?

 

「ニコラス! ニコラスゥゥゥーーーーッ」

 

「医者だッ! 誰か医者を呼べエエエエーーーッ!!」

 

 みんなが駆け寄る先に、誰かが倒れている。兄さんだ。

 

「いったい何が!? 何が起こったんだーーーーッ!?」

 

「ネズミが足元を走ったのが見えました! 森へ消えたッ! ブラックローズが「白いネズミ」に驚いたんだッ!」

 

 バイトの少年が叫んでいた。

 

 白いネズミだって? まさか………

 

「呼吸をッ! 神様………あああお願いだッ! 息をしてくれェェェェェ! 医者を早く呼んでくれェェェ! ニコラスゥゥゥーーーーーーーッ」

 

 

 父の叫びを聞きながら、ぼくはじっとそれを見ているだけしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 ブーツを履こうとしたが、底が抜けていた。安物だったんだろう。舌打ちをしてそれを放ると、ぼくは車椅子を動かして隣の部屋に行った。

 

 扉を開けると、兄さんの優しげな顔が出迎えた。机の上には兄さんがこれまで大会で優勝してきたトロフィーが綺麗に並べられている。こまめに手入れされているお陰で埃っぽさもない綺麗なままだ。

 

 兄さんの顔写真を一瞥すると、ぼくは中に入って戸棚を開けた。中には兄さんの服やブーツが綺麗に並べられていた。その中からひとつを取って部屋に戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。

 

「ここで何をしている? ジョナサン」

 

「あっ、父さん! ああ……家にいらしたんですか? いや…その、ぼくの乗馬ブーツの底が抜けちゃって…………安物だったみたいで…一足この古いヤツを借りようかなと思いまして」

 

「なるほど、だがそのブーツを戸棚に戻しなさい………そこはニコラスの戸棚だし、ニコラスの乗馬ブーツだ」

 

 この感覚は覚えがあった。あの時だ。ダニーが見つかった時のような感覚だ。でも、いまならちゃんと話せる。

 

「ええ…もちろん知ってます。でも代わりのブーツがないんです、これ一回だけです………それに兄さんの足のサイズとぼくの足はピッタリになっちゃったんですよ」

 

「普段の手入れが悪いから、底が抜けているのに気がつかなかったのではないかね? それは自分の責任だろう」

 

 まだだ、ここで折れるな。

 

「ええ、たしかに……でも今日これから大切な大会があるんです……きっと優勝してみせます」

 

「優勝? それはおかしいな、優勝とはNo. 1の事だぞ。今日のはDio(ディオ)の出場しないレースだ…そんなのが優勝と言えるのかな…? のぼせあがるな、おまえはDioに勝ったことさえ無いだろう」

 

 ニコラスなら、あんなヤツよりずっと上だった。聞こえるか聞こえないか程度に呟かれたその言葉は、ぼくにも聞こえてしまった。

 

 Dio…本名はたしかディエゴ・ブランドーだったっけか。兄さんが居なくなった途端に競馬会に出てきた男だ。

 

 兄さんの後を継いで騎手になったぼくは才能を開花させたが、下半身付随という重荷のせいでDioに勝ったことはない。それどころか、調子の悪い日はもっとひどい成績になることもあった。

 

 

「………お願いです。代わりを探す時間がない。このブーツを貸してください」

 

「だめだ! ニコラスの「形見」をおまえが使う資格はない。戻しなさい」

 

 とうとう、父はぼくの手から力づくでブーツを引き剥がしにきた。

 

 父さんの目には、兄さんしか写っていない。ぼくの事なんかこれっぽっちも見ていない。ぼくのレースを見にきた事だって、ただの一度もない。ぼくの溜めてきた感情が、溢れ出した。

 

「何なんだ…………いったい何なんだ!! 父さん、いつまでもニコラスニコラスって………兄さんはもう何年も前に死んだんですよ。今日レースに出るのはこのジョナサンです。お願いです、これからぼくのレースを観に来てください…あなたのために勝ちます!!」

 

 それでも、ぼくの思いは父に届かなかった。

 

「いいからニコラスのブーツを棚に戻すのだジョナサン!」

 

 そんなことどうでもいいと、わがままを言う子供をめんどくさがるように言った。

 

「い…いやだッ!!」

 

「なにッ!!」

 

 もう我慢の限界だった。

 

「こんなのただの古いブーツだッ! ただの道具にすぎないッ! ぼくはこれをはいて今日のレースに出るッ!」

 

「おまえは自分の兄を侮辱するのかッ! よこせッ」

 

「や…やめろッ! 離せッ!」

 

「離すんだッ!」

 

「く……くそっ! うぜえぞッ! 離しやがれッ!!」

 

 ぼくは、思い切り父を突き飛ばした。突き飛ばされた先には兄さんのトロフィーを飾ったガラスケースがあった。

 

グワッシアアン

 

 突っ込んだ父の首に、ガラスが突き刺さった。血が大量に出て倒れる父をみて、ぼくは顔を青ざめさせた。

 

「あああああああ、と…父さん」

 

「おお……神よ…………()()()()()()()()()()()()()()()()………」

 

 

 

 

 

 

 

「……何だって?…………父さん……………………今………何て…………言ったんだ?……………」

 

 

「出て行け………もうおまえとは暮らせない………この家から………」

 

 父は涙を流しながらそう言った。ぼくも涙を流して、その場を立ち去った。

 

 涙は、その日のレース中も止まることはなかった。

 

 このことを知った母は、父から逃げるように、僕と一緒に出て行った。兄さんが死んでから、異常性が目に見えて出てきたと、怯えていた。その後、母はアメリカ人の男と再婚した。

 

 

 

 

 

 

 

 『ブラックローズの足元を白いネズミが横切った』

 

 

 『白いネズミ』……あれはどこの白いネズミだったんだ? 本当にいたのか? そう………きっと本当に兄さんの前を横切ったんだろう。

 

 ぼくが池に沈めなかった………森に逃した白いネズミ。間違いない

 

 あのダニーがやって来たんだ。神様は間違えたんだ………本当は兄さんの方じゃあなかった……連れて行かれるのはぼくの方だったんだ。ぼくが死ぬべきだったんだ…………

 

 だからきっと、『借りは返せ』と、いつか『宿命』がかわりにぼくに追いついてくる。

 

 少しずつ少しずつ、「宿命」がぼくを気づかないうちにとり囲んで、ぐるぐると縛ってすぐに逃げられないように

 

 そして希望で一瞬だけ喜ばせておいて、

 

 最後の最後でぼくを見捨てるんだ。誰も関心なんか払わない、みんな見捨てる。観にさえもこない。

 

 

 

 『ジョニィらしくない』だって? ジャイロ………君はさっきそう言った。いいや……これがぼくさ。これがジョニィの進んでる『道』

 

 今は「白ネズミ」の時と同じ感覚なんだ。

 

 見えない何かが静かにぼくを取り囲んで追いついて来ている。こいつには「爪弾」なんかじゃあ勝てない。

 

 ぼくの個性なんかじゃあ、こいつには手も足も出ない!

 

 

 恐竜のようなそいつは、ジャイロの馬にしがみついたぼくへ飛びかかって来た。

 

ドバババババッ!! 

 

 

 ジョニィの爪弾は、今度は恐竜を穴だらけにしてやった。このまま後ろのやつも撃とうと構えたが、それは中断させられた。後ろのやつが仲間の死骸を蹴り飛ばしてきたのだ。

 

 いきおいよく蹴られた死骸はバラバラになり、肉片の一部がヴァルキリーの足に当たった。そのダメージは馬の中を伝わって、ジャイロの片足とジョニィの脇腹の一部へやってきた。

 

「うおおおおおおあっ!」

 

「うぐぁ」

 

 ダメージはジャイロの方が大きかった。左足が切り刻まれて大量に出血していた。それでもヴァルキリーを走らせる技術力は、まるで兄さんのように見えた。

 

 たまらずしがみつく力が弱まり、ジョニィの体が地面に擦り付けられる。

 

 その時、一瞬だがまた見えた。追ってくる生物のそばの畑の中に、人影が走っていた。

 

「この生物が触れる部分ではなく、物を伝わらせて伝わり終わった最後の場所を衝撃で破壊する! まるで音のように! 音が伝わるように生物が触れた馬の体ではなく……ぼくらの肉体の所で!」

 

「だろうな! だが………いや! ヴァルキリーごとやられるぜッ! くそ! ちくしょーヤバイッ! 少しでも手当てしねぇと出血がヤバイッ!!」

 

 走りながら、ジャイロの顔色はどんどん青くなっていっていた。このままだと追いつかれなくても、出血多量で死んでしまう。

 

 だが敵はジョニィたちをまだ追い詰めるつもりだった。手当てするような暇を与えないよう、モンスターの数がどんどん増えていっていた。

 

 羽ばたく音が聞こえた。今度は空を飛んでくるモンスターまで現れた。もう逃げきれない。畑の中にはヴィランがいる。誘導されていた。川までの一本道を、そこが行き止まりだとわかっていても、愚直に進むしかなかった。

 

 

 

 もうだめだ………追いつかれる……追いついてくる……ジャイロにはもう1発も鉄球はない………ぼくの爪弾はやつらには無力だ

 

 囲まれて………とり囲まれて……………

 

 

  追いつかれる!!

 

 

 

 

「ジョニィッ! 馬を捨てるぞッ! 馬はひとりで川を泳げるッ!! ここはヴァルキリーを守るため離れるッ!」

 

「なに!?」

 

「飛べッ! 飛べッ!! 飛び降りるんだジョニィッ!」

 

 

 この状況でも、ジャイロは決して諦めなかった。このままでも殺されるだけだ。無我夢中でジョニィも馬から飛び降りた。落ちたのは川のそばの泥の上だった。

 

「潜れッ! 潜れッ! ジョニィッ! 泥の中だッ!!」

 

 そこでようやく、ジャイロの考えがわかった。

 

 さっきぼくはジャイロの鉄球が掘った土の下で生き延びた。それと同じことだ。泥の中なら、衝撃はぼくらの所までこれない。幸いにも、爪弾など使わなくても簡単に泥の中に潜ることができた。

 

 全身が潜り切った直後、ザクザクと切断音がした。間に合った。ギリギリだが助かった。

 

 

 

ガシッ  ガシ   ガシ

 

 

 突然、体にかかる重さが増えた。泥の上に何か別の生き物が乗ったんだ。さっきの飛んでいたモンスターか?

 

 

 メラメラ  メラメラメラメラ    メラ

 

「つああああああああああああ!!!!」

 

 焦げ臭い臭いがしたと思った次の瞬間、ジョニィの舌に想像を絶する痛みが走った。舌が燃えていた。

 

「何!? うあつっ………火!?」

 

 ジャイロの手も燃えていた。泥で消せるが、消しても別の場所が内側から燃えていった。

 

「ジャイロ……泥の中に潜って「衝撃」を散らすって考えはいいが…様子が違うぞ、こいつはさっきのと違う! 今ぼ……ぼくの「口の中」に……」

 

 次の瞬間、ジャイロの全身が燃え上がった。泥も、何もかも燃え上がって赤く染められた。

 

「うおおおおああああああああ! 目ぐぁ……!! 瞼の裏に火がついたッ!」

 

 違った。燃えていたのは自分の方だった。ありえない現象だった。だが、これで理解した。舌や瞼の裏に火がつくということは、体の内部から火をつけられているということだ。

 

 

 これが……これが…あいつのやり方だったんだ……ぼくらが泥の中に逃げ込むのを計算していたみたいだ………他にも能力が更にあるに違いない……まるで音が……いろいろなものの音がすでにぼくらを追いつめている…………

 

 

 ぼくが………ぼくが「職場体験」なんてしなければ……せめて別の事務所にしていればこんなことにはならなかった………

 

 いいや……「宿命」はどこへ行こうとぼくを取り囲んできただろう…逃げられない……助からない……

 

 

「すでに……もう「()()()」だったんだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ジョニィよォ……さっきからよォ〜〜〜〜〜〜〜てめーーウザってェぞ…………口に出してナメた事をほざいてんじゃあねえぞ!」

 

 身体が燃えているというのに、内側から燃え上がって、指先など沸騰しかかっているというのに、そんな痛みよりジョニィに対する怒りが上回っていた。

 

「オレの「鉄球」はもう一発もねえんだとか自分の「爪弾」じゃあこいつらに勝てねえとか、「回転」を甘く見てんのかッ! てめーはオレらツェペリ一族250年の「鉄球」を見下してんのかッ!」

 

 誇りだった。ジャイロにとって回転とは誇りであり、それが見下されたことがなによりも許せなかった。一族の誇りを見下されることに比べれば、いま感じている痛みなどへでもなかった。

 

 

「おめーの今までやってた事はまだ『入門編』にすぎねぇ!!」

 

「え……」

 

「敬意を払え………敬意を払って「回転」のさらなる段階へ進め………『LESSON4』だ(たしか…たぶん)仕方ねえ…ケツに火がついたから今からそれを教える!!」

 

「何…………さ…………()()()()……段階」





「無」から「有」は生まれないという表現がよくされる。

だがそれはかつての話だ。現代の物理学ではまったくなにもない「無」=「絶対真空」の中で、「素粒子」という超とてつもなく小さい粒子が突然発生する事が証明されている。

そしてその「素粒子」はエネルギーに変身、化ける事ができる。

エネルギーになって突然発生したり、突然消えたりするそうなのだ。

「引力」とか「質量」もこれが原因らしい。

つまり「無」から「有」は生まれ、「無」とは「可能性」の事だというのだ。

この「素粒子」は宇宙の彼方の理論や話ではなく、この地球上の日常でも満ちあふれるように行われている出来事だ。



 以上のことを前置きとして、このSTEEL BALL HEROという作品では人間が生まれながらに持つ能力のことを「個性」と名付けて呼ばれている。

 そしてツェペリ一族の「鉄球」などは、この個性という才能に近づこうとする「技術」といえるのだろう
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