STEEL BALL HERO   作:ボンシュ

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前回までのSTEEL BALL HERO

 職場体験で田舎へやってきたジョニィとジャイロは、そこでサウンドマンというヴィランと対決する。

 ジャイロのLESSON4をクリアしたことで黄金の回転を身につけたジョニィがこれを撃破するも、相手は泥でできた偽物だった。

 本物のサウンドマンとヴィラン連合が出現し重傷を負うも、駆けつけたオールマイトによって間一髪その場を逃れる。

 だが、ジャイロは片手と片足を、ジョニィは両手を失う大打撃を受けてしまっていた。







右? 左? どっち?

 

 ジャイロ・ツェペリの一族、『ツェペリ家』は350年も昔から『国王からの命令』がある時以外はその本来の身分と役職を知るものは父親とその妻、そして第一子(長男)のみにとどまる。

 

 日常、普段は一般市民に対する医術の仕事で社会的な信用と収入を得ていた。それは超常社会においても変化はなく、個性の有無に限らず受け入れていた。

 

 ジャイロ・ツェペリもまた、もの心つく頃からその教育を受けて来ていた。

 

 

 微かな靴音が、半分覚醒していたジャイロの意識を叩き起こした。脳内で警笛が鳴り、真っ白な布団を払い除けたジャイロはまさかと、扉の方を向いて靴音に耳を集中した。音はだんだんと近づいてきていた。

 

「おい、起きろ! あの「足音」は……」

 

「足音? そんなの聞こえないけどォ〜〜〜」

 

 共に寝ていた女が、まどろんだ顔で聞き返した。服を脱ぎかけた半裸状態の姿は、そこで何があったかを物語っていた。そして、それを一番見られてはいけない人物がすぐ近くまで来ている。

 

「ヤバイ、父上だッ! ここに近づいてくるッ! 何してる!? 早く服を着ろよッ! 父の病院内で患者の君とここにいるなんて知られたら、殺されるッ! マジヤバイッ」

 

 飛び跳ねるようにベッドから出たジャイロは、脱ぎ捨ててあった服をかき集めて急いで服を着る。ズボン、靴と履いていくジャイロに対して、女はまだベッドの上でまどろんでいた。

 

 父は厳格なだけじゃない、国王からの命令に誇りを持っている。それは本来の仕事ではない医者としての仕事にも、強い誇りを持っている。そんな父に見つかったら、間違いなく殺される。

 

「急げって! 今見つかったら君は他の男と結婚、あっという間にさせられるぞッ!」

 

 ようやく靴下を手に取ったとき、ジャイロは白衣を着替え始めていた。

 

「えェーーーッ! そんなの間に合いっこないィィィィィーッ」

 

 ジャイロは服を着替え終えたが、女はやっと靴下を片方履いていた。

 

「おいッ! いまそこの廊下を曲がったぞッ!」

 

 足音は女の耳にも聞こえるほど近づいてきていた。聞こえていた音が止み、病室の扉がゆっくり開けられた。ジャイロの言った通り、足音の正体は父親だった。

 

 

 ガチャリ

 

 

「何の問題もないですね…ハイ! 単なる栄養不足でしょう…タマネギと一緒にレバー肉食べるといいですよ…関節痛の予防にもなりますからね…さっ、そっちで服着てください」

 

 中を覗いたジャイロの父親が見たのは、息子がシワだらけでガリガリの『老婆』を診察している様子だった。骨と皮だけで、いまにも倒れそうな老人はジャイロの手に捕まってようやく座れている様子だ。

 

「あ、父上」

 

 今気がついたように、振り向いたジャイロの視線の先では、父親が腕を組んで見ていた。診察がちゃんと出来ているのか見てるのか、それとも違和感を感じて観察しているのか。焦りを出さないようにジャイロが自然に出来たのは、女の背中で静かに回っている鉄球があったからだ。

 

シルシルシルシルシルシルシルシルシルシルシルシル

 

 間に合わないと諦めたジャイロは、回転で皮膚を硬質化するように女を老婆のような姿に変えたのだ。

 

「ジャイロ、足を骨折した患者がきている…手伝ってくれ…」

 

「はい、すぐ行きます」

 

 

 バダム

 

 

 父親が部屋を去り、足音が遠のいたことを確認したジャイロは大きく息を吐いた。その顔面に老婆、もとい寝ていた女は怒り狂って枕を何度も叩きつけた。

 

「なんて事するのよッ! 早く元に戻しなさいよッ! この皮膚のたるみをッ! シワだらけにしてッ! 戻してッ! 今度こんな事したらあたしが殺してやるわッ」

 

「おい…慌てるなって…怒るなよ。この()だってできるんだぜ。「ジャイロ、ありがとう」ってきっと言うぜ……」

 

ググググググ   ググググ

 

 笑うジャイロの言う通り、鉄球の回転は全く逆の現象を彼女に引き起こした。全身のたるんでいた皮膚やシワが一切無くなり、きめ細かくハリのある肌を彼女に与えた。

 

 ググググ   グググ

 

 だが、変化はそれだけに留まらない。

 

「いろんな場所のお肉が重力に逆らって持ち上がるぜ。ま…! 1週間は持続するね」

 

 胸や尻の肉が持ち上がりモデルのような体型になった。スラッと細くなった足に鉄球を置けば、その周りの毛が痛みもなく抜けていく。

 

「しかもいらないってんならそーゆートコの脱毛とかもできるぜ、やめろって言うんならやめるけど」

 

「アハハハハハハハハ! やめてキャーー!やめてェーーッ」

 

 自分のつるつるとなめらかになった脚を撫でて笑う。そんな彼女の反応を楽しんでいたジャイロは、脚を撫でていた手を見て違和感を覚えた。手をとってよく見ると、薬指の付け根に跡がついていた。

 

「あれ? このクスリ指…シワが消えたら日焼けの跡がでてきてる…ゴクリ……指輪の跡……」

 

 オレたちマジ殺されてたな……指輪してんのか? 普段……あんた人妻……

 

 

 

パチリ

 

 

 病院のベッドの上で、ジャイロは目を覚ました。なんで病院のベッドにいるのか、まだ夢なのか。意識が混同したままゆるりと首を動かした。最新の電子機器がずらりと囲んで、極限まで抑え込まれた電子音が微かに聞こえてくる。

 

 思い出した。サンドマンの攻撃で重傷を負ったオレは意識を失ったんだった。ということは、ジョニィが黄金の回転を身につけて勝ったのか。

 

「………チッ」

 

 起き上がろうとして力の入らない体に舌を打ち、しぶしぶナースコースに手を伸ばそうとしたジャイロは、布団から出てきた自分の変わり果てた右腕を見た。機械に表示された心拍数が増えた。

 

 わかっていた筈なのに、実際に目の当たりにするとショックを隠しきれない。上腕を半分残して消えた右腕は、意識を失う要因になったひとつだ。いまは布団の中にある片足も、同様に無くなっているんだろう。

 

 ここまで冷静になれたのは、かつて医者として様々な患者を診てきたからだろうか。心拍音だけが早まるのを聞き流して、ジャイロは左手でナースコールを押した。

 

 

 

 

 

 

 ジョニィより早く目覚められたのは良かった。そう考えでもしないと、何かに押し潰されそうになった。

 

「大丈夫かい?」

 

「大丈夫、とは言えねーな………本当にジョニィはまだ目を覚ましてないんだな?」

 

「ああ……一命は取り留めたもののまだ昏睡状態さ、しばらくは目を覚さないだろうね」

 

 両手を失った。それがどれほど辛いものなのか自分にはわからないが、いまのジョニィが知れば取り乱すどころじゃないことはわかった。

 

「そんで、あいつの両親は?」

 

「2人とも来てたよ……あんたへ伝言を頼まれた。『どうか自分を責めないでほしい』ってさ…今どき珍しいよ、あんな強い心を持った親は……」

 

「そうか………」

 

 ジョニィを預かる者として、一度ならず二度までもこんなミスを冒してしまった。訴えられてもなんら不思議は無かった。だがジャイロの予想と反対に、ジョニィの両親は気遣ってくれた。それがどうしようもなく情けなくて、同時に安心もしていた。

 

 自分が罰されるべきなのに、何もないとわかると安心してしまった。どうしようもない自己嫌悪に苛まれて、ジョニィに合わす顔がないとさえ思っていた。

 

「なあばあさん…いや、リカバリーガール。あんたに頼みたい事がある」

 

 ベッド脇の椅子に立って見下ろしているリカバリーガールに、改まって言った。

 

「………想像はつくよ。あの子の手を治してやりたいってんだろ? 医療に詳しいあんたなら、それがどれだけ無謀な頼みかわかってるはずだ」

 

「確かにな……だがオレが詳しいのは通常の医療だけだ。治癒系個性のあんたなら……知っている筈だ…ジョニィの腕を治せる個性の持ち主をな」

 

 

 本来の仕事をしない時は、医術の知識を受け継いできたツェペリ一族にも、知らない治療法がある。それは個性による治療だ。リカバリーガールのような治癒系の個性は、ヴィランに狙われやすい。彼女は雄英に所属しているが、他の治癒系個性の人間はどこにいるのか情報が出にくいのだ。

 

 長い沈黙のあと、彼女は大きくため息をついた。

 

「諦めろなんて言っても、無駄なんだろうね」

 

「話が早くて助かるぜ……」

 

「ちょっとちょっと、まだ安心するには早いさね……たしかにあんたたち2人とも助けられる個性の持ち主はいる。でも、その治療を受けるためには条件があるんだ」

 

「条件…… バカに金がかかるのか? ブラックジャックみたいな医者だな」

 

 ジャイロが茶化したが、リカバリーガールの表情は変わらなかった。

 

「ゴホン、すまねぇ……続けてくれ」

 

「その条件については詳しくは知らないけどね、認められなければ死ぬってことはわかってるんだ………それでもやるのかい?」

 

 死ぬかもしれないと言われて、ジャイロは黙った。

 

「……まぁ、まだ時間はあるさ。ゆっくり考えな」

 

 

 

 

 

 リカバリーガールが去って1人になった病室で、ジャイロは考えた。果たしてジョニィに、そんなハイリスクの治療を受けさせていいものかと。

 

「らしくない……」

 

 サンドマンの罠から逃れる時に言った自分の言葉を、思い出して口にしていた。

 

「お前に言ったオレが、一番()()()()()しみったれた事考えててもしょうがねぇよな……」

 

 ジャイロは自分に繋がれた点滴の管を伝って残りを見た。まだ中身は半分ほど残っていた。点滴の滴が落ちるのが嫌に遅く感じた。それを見ないように目を閉じて、ジョニィにどう伝えようかと考え続けた。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたジョニィは、薄暗い場所にいた。体を起こそうと試みるが、重いもので固定されてるようにピクリとも動かない。

 

「お……おい………」

 

 足の感覚が無いのはいつも通りだったが、明らかに異常だった。周りには自分と同じように簡易ベッドに寝かされている患者がいた。

 

「おい、看護人……なぜ来ない? ………く…臭えぞ……オレのだ……」

 

 自分が情けなくて、涙が出てきた。それなのに看護人は椅子から立ち上がろうとせず、新聞を読んで寛いでいる。

 

「ちくしょォォォ〜、聞こえねーのかあ……臭ってるって言ってるんだ……ク…クソをもらしてる……オレ……」

 

 どうしてこんな目に合っているのかわからなかった。とにかくこの臭いと不快感をなんとかしてほしかった。それでも一向に看護人は動こうとしない。

 

「おい! おめーに言ってるんだッ! 看護人ッ! てめーの仕事だろッ! さっさとオレのクソを始末しろッ!」

 

 言ってて情けなかった。それを振り払うように腕を振るった勢いで、めくれた布団の下には目を疑う光景があった。

 

 管が伸びていた。点滴のものでは無かった。足に付けられた管はそのままベッド側の容器に繋がれていた。中には赤い血が入っていた。それが自分の血だと理解したとき、看護人がいつの間にか近くまで来ていた。

 

 

 ドグオッ

 

 

 新聞を顔に思い切り被せられた。そのまま口を塞ぐように新聞をねじ込まれた。

 

「でけえ声出してんじゃあねーよ、この天才ジョッキーさんよォーー。ちょっとおまえの血を足から頂いちゃってるだけだ〜〜〜」

 

 かまわねーだろ? どうせ何も感じない下半身なんだからよ。男は醜悪な顔を歪ませて笑っていた。爪弾で反撃しようとしても、全く回転は起こらなかった。

 

「て…てめぇ………」

 

「誰かに言いつけるってかァ〜〜〜? おめーはもう父親さえさっぱり見舞いにも来やしねえじゃあねーか? お知り合いのジャイロとかクラスメイトたちもよォ〜〜」

 

 なんだって。

 

 男の言葉に頭から雷が落ちたような衝撃が走った。クラスメイトはともかく、ジャイロまでも見舞いに来なかった。嘘だと信じたかった。だが現実は、ぼくは劣悪な環境で眠っていた。

 

「ヴィランを仕留めたのならともかく、マヌケにも偽物と遊んでいた上に仲間も守れず手まで失った元天才ジョッキーなんかにはよォォ〜〜」

 

「や……やめろ」

 

「誰にとってもおまえなんかの姿は見たくねーのさ! 誰も同情なんかしねえッ! ここに来るだけでうんざりしてくるッ! 今ごろジャイロ・ツェペリもどっかでくたばってらあああああーー!」

 

「やめろおおおおおおおおおお! うっ…うごおおおおおおおッ!!」

 

 男は新聞を口の中に更にねじ込んできて、ついには言葉も話せなくなった。逃れようとしても男は抑えつけてきて、体が動かない。

 

 なんとかしようと首を動かしたジョニィが見たのは隣の患者だった。だが、さっきまでと様子が違った。見覚えのあるテンガロンハットを被った顔が、そこにあった。眠ったジャイロの布団の中から、大量の血が出てくる。

 

「ああ……あああっ!」

 

 起きたジョニィは息を切らしていた。目の焦点が合わずに、視界がぐちゃぐちゃになっていた。ひどく体が重く、大量にかいた汗が下着を肌に吸いつけていた。

 

「誰か……誰か来てくれッ! 頼む…誰でもいいッ! ジャイロはどこだ……いるのかッ!? なんでもいいから返事をくれッ!」

 

 心拍の上昇を機械がうるさく知らせていた。それでも体は鉛のように重く、ただただ孤独感だけが増していった。

 

 

シャァァァァ

 

 カーテンが開いた。入ってきたのが誰かわからないうちに、布団を剥がされた。

 

ドギュゥウウウウウ

 

「落ち着け……ここだ……そうだ…大丈夫だ。落ち着け……」

 

 ジョニィの胸の上で回転しているのは鉄球だった。そこから不思議な温もりが伝わって、心が落ち着いていく。それと同時に、入ってきた男の顔を見てジョニィは涙を流した。

 

「ジャイロ、ああ……ぼくは君を! ………許してくれ、ジャイロ」

 

「さあ…もう大丈夫だ。ゆっくり息を吸うんだ。大きく、静かに……」

 

 ジャイロは松葉杖を置いて、取り乱していたジョニィの背中を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 ジョニィが落ち着くまで30分ほどかかった。やっと落ち着いたジョニィはつい先ほどまでの醜態で顔を赤くしていた。きっといつかこのことでいじられるだろうと思った。

 

「落ち着いたな……もうわかってると思うが、おまえの両手はもう…」

 

「ああ……やつに切られた。それより、君が気絶してから何があったかは、もう聞いたのか?」

 

 ジャイロは黙ってうなずいた。その動きに合わせて、空洞になった右袖が揺れた。罪悪感が押し寄せてきて、すまなかったと声を出す前にジャイロが話し出した。

 

「腕と脚を治したいか? ジョニィ、命を懸けても……「全て」を手に入れたいと今でも思ってるか?」

 

「……………」

 

「どうなんだ?」

 

「ああ……もちろんだ。雄英に入ってから、死にかけていたぼくの心は生き始めた…ここでヒーローを諦めたら、きっとぼくの心は再び死ぬ」

 

「じゃあ手に入れよう……罪悪感なんて感じてる時間はない。なるべき時に、自然となるはずだ」

 

 その言葉を最後に、ジョニィとジャイロは退院まで言葉を交わすことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 ジョニィは「その時」のために怪我を治して万全の状態にしたのち、一本の電話をかけた。短いコール音の後に聞こえた声は、彼が最も安心できる人間の声だった。

 

「……聞いたよ…来てくれてたんだって…………………………ああ……………うん……そうだね、心配かけた………………でも、治りそうなんだ…………大丈夫…………………大丈夫、食べてるよ……………ん………じゃあまた」

 

 わずか数分程度の電話を終えたジョニィは、少しだけ顔から険しさが消えていた。

 

 

 

 

 

 数日後、二人は飛行機に乗っていた。両手首から先が無い状態で車椅子に乗っている青年と、右手がなく左足が義足になっているカウボーイのような男。明らかに異質な二人組だった。

 

「すみませんが、お話を聞かせてもらえますか?」

 

 警備員が呼び止めた。だが、二人は笑ってそれぞれ一枚の紙を取り出して、見せつけるように前に掲げた。

 

「この紙が目に入らねーか〜〜〜ッ? 『特別優待の航空チケット』だぜ」

 

「えッ……」

 

「しかも「あの」リカバリーガールの名前入りだ。超VIP待遇で頼むぞ……ウルトラスーパーファーストクラスだッ! ニョホホッ」

 

「ええええええええッ!!!!」

 

 もちろんそんなクラスはなく、通常のファーストクラスの席に案内された。

 

 部屋に入るなり、二人は我を忘れて大騒ぎだ。

 

「スゲーーぞジョニィ!! キャビアとシャンペンがあるぞッ! しかもタダだってよ! 早速注文するぜ!」

 

「あっ、ズリィぞ! ぼくの分もシャンパンとキャビアを注文しろよッ!」

 

 メニューに飛びついてきたジョニィをひらりとかわして、ジャイロはかっかっと笑った。

 

「おめ〜はまだガキだろォ〜〜〜オコチャマはジュースでも飲んでなッ」

 

「ちくしょォ〜〜じゃあぼくはこのマッサージだッ!」

 

「おっ、いいじゃねーの! 到着までのひと時を楽しもうぜぇ!」

 

 到着までの間を豪勢な食事とサービスを堪能し尽くす二人だったが、なぜここまでのチケットをリカバリーガールが用意してくれたのか。気になったジョニィが聞くと。

 

「だってよ。オレたちは死ぬかもしれねえんだから、存分にいい思いをしておきたいじゃねーか!」

 

 2本目のシャンパンを飲み干したジャイロがそう言って、3本目に手をかけた。突然目の前の豪勢な食事が恐ろしく思えてきたジョニィの脳裏に、最後の晩餐という単語が浮かんだ。

 

「チクショーこうなったらヤケだッ! オレにもシャンパンを寄越せジャイロォォー!」

 

 飛行機が目的地に到着する頃には、二人とも酔っ払って酷い有様になっていた。

 

「だからよォォォ〜〜〜〜ドリルみたいに回ってたのよこう、ドリリリーって」

 

「ほ〜〜? それで?」

 

「それで思ったのよ。それ使ったら、スパゲッティもフォークなしで食えるって! そのままドリルで歯を磨いたりして」

 

「ギャハハハッハッハッハッハッ! チーズも削れるんじゃねーか? レラレラレラレラレラ」

 

「ゾラゾラゾラゾラ〜〜〜……」

 

 

 普段から質素な暮らしをしていた二人にとって、ファーストクラスはまさに雲の上の存在だった。天にも登る気持ちで羽目を外した結果、二人とも島に着く頃には完全に出来上がっていた。

 

「よっしゃあ着いたぜジョニィ! ここがI(アイ)・アイランドだッ!」

 

「アイアイランド……もうI(アイ)ランドでよくねーか?」

 

 冗談を言っていた二人に、近づく者がいた。二人組の女だった。一人は凛々しい顔立ちと物怖じしない態度でずんずん歩き、それに引っ張られて線の薄い小柄な少女が歩く。二人は人混みを押し除けて、どんどん歩み寄っていく。

 

「ウケケケケケケケケー!」

 

 酔っ払って馬鹿笑いしている二人をみて、頭を抱えた。先導していた女が囁くと、小柄な女は肩から下げていたポーチを漁った。中から取り出したのは小さな薬箱だった。連れから錠剤を二つ受け取った女は、両手にひとつずつ持ったままジョニィとジャイロにずんずんと近寄って行った。

 

「ン? なんだあおめえさ———」

 

 ジャイロが何か言おうとしたが、女がその手に持った薬を押し込んだ。

 

バシィイン

 

 更にジョニィにも無理やり飲み込ませる。その様子はまるで、男二人が女にビンタされているようだった。ジャイロが倒れて鉄球が転がる。ジョニィも車椅子ごとぶっ倒れた。

 

「ごきげんよう……挨拶はこれくらいにして用件を言う。これからお前らを連行する」

 

「何ッ!?」

 

「なんだお前はッ!」

 

 倒れたまま睨みつける二人を見下ろして、女が指を鳴らした。

 

 ついさっきまで空港のベンチに座っていた旅行客が立ち上がり、歩いていた一部の人間も一斉に立ち止まった。他の旅行客や売店の店員はその異様な光景に呑まれて唖然としていた。

 

 バサァア

 

 瞬く間にその者たちは身を翻して、着ていた服やバッグを取り払った。その下から現れたのは素肌ではなく、全員もれなく真っ黒に統一されたスーツだった。

 

「に、忍者だッ! こいつはジャパニーズニンジャだぜジョニィ!!」

 

 一連の動きに大興奮するジャイロとは対照的に、ジョニィは自分の体に起こったことに気がついていた。

 

 淀んでいた意識がハッキリしているうえに視界も歪んでいない。女のあきれ返った表情がよく見えた。そしてその後ろに立つ小柄な女も見える。

 

「薬か……なにを飲ませたッ! 敵かッ!?」

 

「二人を拘束しろ。手厚くもてなしてやるんだ」

 

「はっ! 了解しましたH(ホット)P(パンツ)様!」

 

 スーツの男たちがジョニィとジャイロをそれぞれ取り囲んだ。数名の男たちがジョニィの体を持ち上げて、車椅子へ乗せた。

 

「待ってくれ! ホット・パンツだって……じゃあお前がッ!? モガッ」

 

「それ以上この場でその会話をすることは禁じられています。ご安心ください、我々はあなた方の味方でございます…ジョニィ・ジョースター様」

 

 スーツ男の一人がジョニィの口を塞いだ。

 

「おいジョニィ! ニンジャだッ! 手裏剣持ってるかもしれねぇぞ!」

 

 そこへ、興奮気味のジャイロが突っ込んできた。なにを呑気なことを言ってるんだと思った。

 

 だが、周りの男たちはそのジャイロの奇行を止めなかった。理由はすぐに判明した。ジャイロは演技をしていた。二人を取り囲んでいた男たちが合流してひとつの壁になったところで、ジャイロは素の表情に戻り、ジョニィの口から手も退かされた。

 

「ジョニィ、いまは静かにして従っておくんだ……いいな」

 

 無言でうなずいた。そのまま二人は連行されるように見せて真っ黒な高級車に乗せられた。中に入ってようやく、ジョニィは口を開いた。

 

 

「……なにがどうなってんだジャイロ。空港についたと思ったらこの展開……それにホット・パンツって名前は!」

 

「ああ、その通りだ………オレも初めて目にするが…なるほど、ばあさんから聞いていた「通り」の女だ………「個性」は自分の身体をスプレーのように飛ばせる『肉スプレー』。だがそれは表向きの話だ……そいつの名はホット・パンツ。本来のあの女の個性は———」

 

「それは違うな、ジャイロ・ツェペリ」

 

 運転席からホット・パンツが話しかけてきた。まさか運転してるとは思わず二人は肩を揺らした。

 

「私の「個性」は「肉スプレー」であって、それ以上でも以下でもない。あくまで君たちの手足を「治す」のは私の個性による副産物だ。それを誤解するな」

 

「まあまあ、落ち着いてホット・パンツ……ほら、ちゃんと前を見て」

 

 助手席に座っていた小柄な少女がホット・パンツをなだめる。そのまま少女は振り向いてジョニィとジャイロを見た。

 

「はじめまして、ジョニィ・ジョースターさん。ジャイロ・ツェペリさん。私はシュガー・マウンテン……彼女(ホット・パンツ)の治療を受ける資格があるかどうか判別するのが、私の役目よ」

 

「資格だって……? 君が……どうやって?」

 

 シュガーはクスクスと可愛らしく笑った。

 

「それを言ったら意味がないわ……でも安心して、ちゃんと公正(フェア)に判別するから」

 

「私の個性による治療を受けたいならある『条件』をのむことだ。そうじゃないと私は動かない」

 

「だからさっきからなんなんだ! その条件ってのはッ!」

 

 全く明かそうとしない二人に苛立ってきたジョニィの肩に手が置かれた。

 

「条件についてはこれ以上聞いても無駄だろう……それより、オレの鉄球しらねぇか?」

 

「はあ? 知らねーよそんなこと。さっきの空港に落ちてんじゃねーの?」

 

 瞬間、シュガー・マウンテンの纏っていた空気が変わった。真横にいたホット・パンツが気付かないわけもなく、ハンドルを操作したまま彼女は冷や汗を流していた。

 

「ウソでしょ……ここでッ!? もう少し待ってシュガー! あと数分で着くから!!」

 

「あなたが落としたのは……」

 

 明らかに焦っているホット・パンツにつられて二人も困惑する。

 

「あなたが落としたのは……」

 

「なんだ? シュガー・マウンテンっていったけ……なんて言ったんだ?」

 

 ジャイロが聞き返した。その瞬間、さっきまでの凛々しい表情を崩してホット・パンツが叫んだ。

 

「クソッ! おいジャイロ・ツェペリ! 絶対に「間違えるな」よッ! 「ちゃんと選ぶ」んだ!! 違う方を選んだら終わりだからなッ!」

 

 ホット・パンツはアクセルを更に踏み込んだ。車の速度が上がり、後部座席に体を押しつけられた。

 

「なんの事だ…おい説明しろ!」

 

「そんな時間はない! 今だッ! お前は落として、彼女は拾った! もう始まったんだッ!」

 

「だからなんの事だホット・パンツ!! スピードはともかく訳を言えーーッ!」

 

 混乱する車内で、シュガーは助手席と運転席の間から身を乗り出して両手を伸ばしてきた。

 

「あなたが落としたのは、こっちのですか? それとも——」

 

 右手には光り輝く鉱石を持ち、左手には見事に研磨されたダイヤモンドがあった。

 

「この、ダイヤモンドですか?」

 

 

 

 

 




次回予告

「そこはあたしのベッドルームぅ!! 足ッ! 信じられないッ!」

「全部使い切らなくてはいけません」

「ぼ、ぼくの脚がッ!!」

「うええ……ゲプッ こんな豪華な料理……」

 次回 STEEL BALL HERO

    「約束の地 シュガー・マウンテン」
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