STEEL BALL HERO   作:ボンシュ

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 様々な感想や誤字報告や評価など、ありがとうございます。

 皆様のおかげで続きを書くことができました。





約束の地 シュガー・マウンテン その①

 

 車の振動で揺られながら、しっかりとその手に握られた物を見てジャイロとジョニィは目を疑った。しかしそれ以上に車の速度が気がかりだった。すでにメーターは100キロを切っていた。

 

「なんだ! その手にッ……おいホット・パンツ、スピードを落とせッ! 事故って死にてえのかッ!」

 

 ジャイロが叫んだ。

 

「だめだッ! 今スピードを落とすわけにはいかない! ()()()()()()()()()()()()()()()()……いつもはこんなことしないのに! 早く選べジャイロ・ツェペリ! 誰かに見られたら終わりだッ!」

 

 ホット・パンツは、何かに捲し立てられるようにスピードを上げていた。窓の外の景色がものすごいスピードで後ろへ消えていく。目の前を通過された車からのクラクション音も運転手の怒号も、もはや聞こえない。

 

「目標地点まであと「数秒」で着くッ!  それまでに選べ! 持ってる一個じゃダメだ! 鉄球で防御しない限り、衝突のダメージで全員死ぬぞッ!」

 

「なぜお前が「回転」を知っているッ! どこで知りやがった!」

 

「早くしろォォォーーーー!! 間に合わないぞーーーッ!」

 

 あらゆる出来事が積み重なって切迫していた。

赤信号の十字路を突っ切る。ホット・パンツの手がハンドルを右へ左へと小刻みに動かして、車をかわしていく。その天才的なドライビングテクニックに、感想を言う暇すらない。かろうじて突破するが危機は去っていなかった。あと少しで僕らはミンチだ。

 

「ええいクソ! おいガキ! 早くオレの「鉄球」を返せッ! ()()()()()()()()()()から早く寄越しやがれ!!」

 

 大混乱の中だというのに、シュガーは澄ました顔で首を傾げた。それが更にジャイロの焦る気持ちに拍車をかけた。

 

「ひょっとして、この薄汚れた鉄球ですか?」

 

 シュガーが取り出したのはジャイロの鉄球だった。

 

「それだッ! 早く寄越しやがれ!」

 

 奪おうとしたジャイロの顔に、ホット・パンツの肘鉄がめり込んだ。後部座席へ飛ばされたジャイロの歪んだ鼻から血が出る。

 

「ブバッ!」

 

「だめだ! まだ()()()()()()()! 終わるまで待つんだッ!」

 

「てめー! さっきから早くしろとか待てとか、矛盾してるぞっ! なにがしてえんだ!!」

 

「ジャイロ見えたぞッ! 真正面に建物だ! ダメだ! このままだと突っ込むぞォォ!」

 

 暴走車の前にビルが見えた。警備員が止まれと合図を出していた。だが変わらず突っ込んでくる車にたまらず警備員は二人とも逃げ出した。下りたシャッターがどんどん近づいている。もはやこれまでかと、ジョニィは体を丸めた。

 

「正直なあなたには、3つとも差し上げましょう」

 

 

 

「許可が出たぞッ! 早く鉄球で防御するんだァアアアア」

 

 パシイイ

 

 

 訳もわからないまま、鉄球をブン取ったジャイロはそれを回転させた。ビルはもう目の前まで、来ていた。

 

 

 グワッシャアアアアン

 

 

 暴走車がとてつもない破壊音と共にシャッターに突っ込んだ。車の前半分がつぶれてエアバックが作動したが、100キロ以上で激突した衝撃の前では焼け石に水だった。

 

 ギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャル

 

 ぐしゃぐしゃに押しつぶされた車内で、鉄球が回転していた。ホット・パンツとシュガー・マウンテンの身体は歪んでいた。潰れた前座席の形にぴったりと合わさるように変形していた。

 

 

「これは……硬化させるのではなく、柔らかく………なるほど、柔らかいということはダイヤモンドよりも壊れない、といったところか」

 

 鉄球の回転は、彼女たちの体を柔らかい物質へと変化させていた。ドアのあった場所からぐねぐねと体を捩らせて外に出た。同時に鉄球は役目を終えたと言わんばかりに彼女の体から離れた。

 

 口元から血が出ているが、それは口の中を切った程度のことだった。事故の惨状を見た彼女は、よく生きていたと改めて鉄球の技術を痛感した。

 

 反対側に回り、シュガーマウンテンの方のドアを取り払った。小柄だったお陰か、シュガーのダメージはホット・パンツより少なかった。

 

 ホットパンツの手を取って外に出ると、ホット・パンツとシュガーは、後部座席の方を見た。前席より被害はマシだが、中にいた人間がどうなっているのかは、想像に難くない。

 

「ジャイロ・ツェペリとジョニィ・ジョースター……私たちを優先するとは……」

 

「いいえ、ホット・パンツ……彼らは生きているわ、見て……」

 

 覗き込んだホット・パンツは仰天した。

 

 なんて凄まじい生命力だ。

 

「ゴキブリ並みの生命力ね……」

 

 口の中を切ったジャイロが血混じりの唾を吐き捨てた。

 

 ジャイロ・ツェペリとジョニィ・ジョースターは生きていた。しかも、二人ともそれほどダメージを負っていない。

 

「誰がゴキブリだって? おいコラ……命の恩人に対して失礼じゃねーのか!」

 

「ジャイロ……早くそこをどいてくれ…君の杖が、腹に突き刺さりそうだ………」

 

 怒る余裕があるほどダメージが無かった理由は、回転の力だった。

 

 ぶつかることを覚悟したジャイロが、最も死亡率が高い前の二人を鉄球の完全な回転で防御した。では自分たちはどうしたのか。

 

 答えはジャイロの手の中にあった。

 

「まさかご先祖様も、ダイヤやその原石を回転させたことは無いだろうな……後にも先にも、オレだけだろうぜ」

 

「ああ……二度と味わいたく無いけどな」

 

 スクラップになった車から這い出たジョニィが吐き捨てた。不完全な回転とはいえ柔らかくされたことで、大怪我は免れたものの体の節々が痛んでいた。まさかと思ってジョニィはホット・パンツに話しかけた。

 

「なあ、これが君たちが言ってた条件ってやつなのか?」

 

 彼女は申し訳なさそうに首を振った。その時彼らの耳に人だかりの声が聞こえて来た。暴走車から逃げ出していた人たちが戻ってくる音だった。

 

 詳しいことは中で話す。それだけ言って、ホット・パンツはシュガーの手を握って、焦った様子で凹んで出来た隙間からビルの中に入っていった。

 礼の一つも言わねえのか。二人が入っていった隙間を見てジョニィは眉間にシワを寄せた。

 

 ジャイロに背負われて中に入るとそこは、ガラスの破片が散らばっていなければ普通の会社のロビーに見えた。インテリアの感想を言う暇などなく、すぐ後ろの事故現場から警察のサイレンや人の声が聞こえて来た。

 

「大丈夫だ、君たちが捕まる心配はない」

 

 ホット・パンツの言葉にほっとする反面、なんでまだ上から目線なんだと思った。治療するのがこいつじゃなければ、手のなくなった腕でぶん殴ってやる。本気でそう思うほどに、ホット・パンツの態度は気に食わなかった。

 

 気に食わない女の案内でビルの奥へ奥へと進んでいたジョニィは、ある違和感を感じていた。ここへ来るまでに誰一人として自分たち以外の人間と会っていない。臨時休業にしても不自然だった。

 その違和感を小声でジャイロに伝えると、彼も同じ違和感を感じていた。まさか自分たちは騙されているのではという考えが出て来たところで、前の二人の足が止まった。廊下の突き当たりだった。左右に伸びる通路に進むことなく立ち止まっている様子に訝しんでいると、ホット・パンツは手袋を取って壁に手のひらをあわせた。

 

 まさか………。予想を言葉にする前に、今度は壁の一部が消えて黒いレンズが現れた。それはホット・パンツの網膜をスキャンして、データと照合する。

 

「オイオイオイオイ……」

 

 照合が完了したことを知らせる電子音が鳴り、壁だった場所に扉が現れる。開いたそこにホット・パンツとシュガーが乗り込んで、唖然とするジョニィたちに振り向く。

 

「なにしてるんだ? 早く乗らないと置いてかれるぞ」

 

「ま、待て…ちょっと待て……状況に頭がついていかねぇ……ちょっと整理させてくれ」

 

 閉まってきた扉の中に飛び込んで、頭をウンウン言わせる。事故にあった衝撃も冷めないうちに、こんな基地への入り口みたいなところに誘導されて二人の頭はパンク寸前だった。

 

 降りて行くエレベーターの中で、ホット・パンツはようやくこの場所について説明した。

 

 会社の名前はスティーブン財団。スティーブン・スティールという男が数々のサポートアイテムを生み出した利益で設立された財団である。主にサポートアイテムや新薬の開発を行っているI・アイランドでは珍しくない企業だ。

 

「でも、それは表向きの話。本当はこの子みたいな個性の持ち主を保護して研究するのが目的なの」

 

「保護して研究ね……」

 

「少なくともお前が思ってるようなことはないから、安心しろ」

 

 エレベーターは静かな駆動音を響かせながら施設の地下へ降りていった。

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 シュガーがこの個性に気がついたのは、10歳の頃だった。きっかけはほんの些細な事で、授業中にクラスメイトが落とした鉛筆を拾った。

 

「あなたが落としたものは、この万年筆ですか? それともこちらの筆ですか?」

 

 自覚はあった。自分が喋っているということも理解できた。それなのに発している声は自分のものとは思えないほど大人びていた。

 

「な、なんだよお前!? ぼくの鉛筆はどこだよ!」

 

 いつも楽しく遊んでいる男の子が、不気味なものを見る目をしていた。実際に私は不気味だった。今ならあの時の私の異常性がわかる。

 

「鉛筆ですか? あなたは正直ですね、正直者なあなたには三つとも差し上げましょう」

 

 その光景を見ていた先生は驚いていた。小学生が明らかに最高級品のものを渡していたら、いくらなんでも引き止める。その日の放課後、私は先生に呼ばれた。

 

 あの万年筆や筆はなんなのか。放課後に教師が問いつめると、私はこれまで自覚していなかった自分の個性について事細かに説明した。自分の個性の詳細が頭に浮かんでいた。

 

 一つ、誰かが落としたものを私が拾うと発動する

 

 一つ、落としたものが紛れもない最高級の品物に変質されて出現してくる。

 

 

 一つ、正直に答えれば二つとも手に入るが、嘘をつけば舌を抜かれて死んでしまう

 

 

 それを知った先生は疑わしそうに私に紙切れを大量に拾わせた。それは大量の一万円札に変質して、先生の手に渡った。それに味をしめた先生は校庭から石ころを大量に拾ってきて、全てを私に拾わせた。

 

「やったあーーー!! 億万長者だアアア!」

 

 金銀財宝を抱え切れないほどその手にした先生は狂喜乱舞していた。普段の温厚な優しい人ではなくなっていた。

 

「せ、先生……あの——」

 

「おっと、これは内緒だからな。先生とお前との秘密だ」

 

 必ず言わなくてはならないことを言う前に、先生は私の口を閉ざさせた。なんとか伝えようとしても、もう先生の耳にはなにも聞こえていなかった。必死に伝えようとしても無意味だった。それが、その先生を見た最後だった。

 

 翌朝、学校から電話があって休校と伝えられた。幼かった私は学校へ行かなくていいと嬉しかった。でも、その気持ちは1日もしないうちに崩れた。昼時を少し回ったころ、家に警察がやってきた。

 

 先生とクラスメイトの男の子が消えたのだ。

 

 原因は私だった。

 

 男の子は家族といる時に消えた。先生は指導室から出ることなく消えていたらしい。

 

 私は警察に全てを話した。最初はふざけているのかと馬鹿にしていた警察も、私が個性を使うと目の色を変えた。

 

 翌日、家に来た警察が居なくなった。

 

 私は全てを伝えていた。

 

 今度はスーツ姿の人が家にやってきた。彼らは私の個性について知っていた。彼らと両親がしばらく話すと、私は彼らに連れて行かれた。最後に見た両親の顔は泣いていた。

 

 それから私はこの地下施設で過ごすようになった。最初は寂しかったけど、もっと前からいたホット・パンツのお陰で私は孤独ではなかった。

 

 

 

 エレベーターが止まって扉が開いた。その先には、地下とは思えないほど美しい庭園が広がっていた。天井を見上げれば、リアルタイムで外の天気が再現されていた。その中央にぽつんとある丸太小屋が、シュガーの家だった。

 

 

 

 なんだか寂しそうな場所だ。そこを見たジョニィはただそう思った。そこへスキップして行くシュガーを見て、本当に彼女は幸せなのだろうかと疑問を抱いた。

 

「おい、やめとけよジョニィ」

 

「……何が?」

 

「……お前が今から言おうとしている事だ。それを言ったところで、お前にできる事はない」

 

 ジャイロは、目からぼくの中身を見通しているようだった。でも、その言葉にはなんの感情も込もっていないように感じた。空っぽの言葉はぼくの心に届く前に霧散した。

 

「ジャイロ・ツェペリ…ジョニィ・ジョースター……これからお前たち二人を試す」

 

 ホット・パンツの唐突な言葉にジョニィたちは驚いて振り返った。

 

「いきなりかっ!? ってか、ぼくらは何も説明されてない。まずその試練がなんなのか教えてくれないか」

 

「それについてなら、彼女から聞けばいい。だが急げよ、時間は日没までだ」

 

 言い終えた彼女はエレベーターに駆け込んだ。ジャイロも急いで走ったが、遅かった。エレベーターの階数表記がどんどん変わっていく。

 

「クソ…わけわかんねーこと言い残しやがって」

 

 苛立ちを壁に叩きつけてジャイロは階数表記を睨んだ。

 

「苛つく気持ちもわかるが、いまはシュガーって子のところへ行こう。彼女の言葉が本当なら、時間は限られてるはずだ」

 

「わかってるさ……さっさと追いかけるぞ!」

 

 ジョニィを背負ったジャイロは、踵を返して丸太小屋へ駆けた。扉に鍵はかかっておらず、数回ノックした後で踏み入れた。

 

 小屋の隅でシュガーが座り込んでいた。何かにブツブツ言っている。回り込んでよく見ると、その手には人形が握られていた。他にも足元に小さなテーブルと椅子のセットに座らされた人形がいた。

 

「髪をいじりながらゴハンを食べてはいけませんよ。女の子は彼氏よりはいつも少なめに食べて、キャラグッズやロリファッションはもう卒業! ポテトチップは食事じゃありません。爪を噛むのとクスクス笑いは下品ですよ…ニンニク料理とケンカの言いわけは控えめにね」

 

 おままごとをしていた。彼女が母親役で、人形たちが子供だった。その姿は本当に子供らしさに溢れていた。

 

「嘘泣きするのもやめなさい。好きでもないのに男の子をアッシーに使うのをやめなさい」

 

 ジャイロは出来るだけ驚かせないようにそっと話しかけた。

 

「もしもしー、あのさ〜〜……さっきホット・パンツが言ってた試練ってやつを受けたいんだが————」

 

「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 いきなりシュガーがこちらを向いて大声を上げた。

 

「そこは夫婦の寝室ですッ! 足ッ! 失礼な人!! ちゃんと玄関からお入り願いますッ!!」

 

 足? ジャイロが下を向くと、広げられたマットの上に間取りのような線が描かれていた。その中の「しんしつ」に、ジャイロは踏み込んでいたのだ。

 

「あ……オホン……悪い」

 

「おいジャイロ、君の行動で失格なんてのはやめてくれよ」

 

「わかってるよ、ちゃんと玄関から入りゃいいんだろ」

 

 改めて、間取りの中の「げんかん」からシュガーに歩み寄ると、彼女は指をついて深々を頭を下げた。

 

「いらっしゃいませ、わたくし「シュガー・マウンテン」と申しまする。この人形は「キャンディ」。初めまして…ひとつよろしくお願い申し上げます」

 

「あ、ああ……オレはジャイロ・ツェペリ。背中のやつはジョニィ・ジョースターだ」

 

「ツェペリ様とジョースター様ですね……お待ちしておりました。では、早速ですが試練の方を——」

 

「あ〜〜ちょっと待ってくれ」

 

「………なんでしょうか」

 

「その前に、あんたの個性をもう一度見せてくれてないか?」

 

 シュガー・マウンテンは、黙ってジャイロを見つめる。

 

「急げよジャイロ! あのホット・パンツは日没までって言ってた、つまり時間制限付きだ! 早くしないといけないのは君だってわかってるだろう!?」

 

「うるせーなあ〜〜チョットだけだよ。さっきの鉱石やダイヤモンドだけじゃ、死にかけたってのに割りに合わなすぎだ。おい、シュガー・マウンテンって言ったな……さっき車の中で、もしオレがダイヤとか鉱石だって嘘をついてたらどうなってた」

 

「嘘を…ですか?」

 

 シュガーマウンテンの足元から一本のつるが伸びてくる。それは次第に形状を変えていって、先端が、尖って「返し」がついた槍のようになった。

 

「これが舌を貫いて、体の奥から内臓ごと引き摺り出して殺していました」

 

 

 シュガー・マウンテン

 

 個性『(いずみ)

 

 彼女が拾ったものは最高級品に変質して、落とし主にどちらを落としたかと質問する。正直者は最高級品を手に入れて、嘘つきは舌を引っこ抜かれて死ぬ。

 

 

 

 ゆらゆら揺れる蔓を凝視してごくりと唾を飲み込んだ。だがそれはあくまで、嘘をついた時だ。正直に答えさえすれば問題はない。

 

「よし! じゃあ早速やるぜ。おいジョニィ、おまえも鞄の中身をひっくり返せ! 中にあるいらねーものをひたすらこの嬢ちゃんに『拾わせる』ぜ」

 

 背中からジョニィを下ろして、自分も鞄を文字通りひっくり返した。中から旅行用の歯磨きや着替えが出てきて床に散乱する。その中のひとつ、ジャイロの下着が書かれた「間取り」の中の「しんしつ」に落ちた。

 

「そこはあたしのベッドルームぅ!! 足ッ! 信じられないッ!」

 

 よほどこたえたのか、シュガーがジャイロの体をポカポカと叩く。そんなことお構いなしに、ジャイロは荷物を漁っていた。

 

「くそっ、ロクなもんがねぇな……ジョニィ、そっちはどうだ?」

 

「いやジャイロ……流石にそれはどうかと思うぞ。こんな子を使って大金を稼ごうなんて…」

 

「いいこぶりやがって。後でくれって言ってもやんねーぞ……っと、これなんかどうだ!」

 

 ジャイロは荷物を漁ってティッシュを取り出すと、ついでに自分の手首につけた腕時計をとった。ずいぶん昔の型で、もう買い換えたいと思っていたものだ。それをシュガーの足元へ投げ捨てた。

 

「よっしゃ頼むぜー!」

 

「ジャイロ………」

 

 後ろにいるジョニィの視線が痛いが構わなかった。シュガーの手が床の腕時計とティッシュに伸びていくのを、スローモーションのように見ていた。拾う寸前、一瞬シュガーの目がこちらを品定めするような目になったのに気がつかなかった。

 

「あなたが落としたのは……こっちの紙束? それとも左の紙、腕時計も超ブランド物のヤツ? それともこの古い方?」

 

 差し出されたのは札束と高級腕時計だった。

 

「ニョホホホホホホホ! オレが落としたのは……いいか? オレが落としたのは配られてた安物(やすモン)のティッシュとぼろっちい腕時計だ」

 

「正直者の貴方には、両方差し上げましょう」

 

 シュガーから腕時計と札束を受け取ったジャイロは、顔に張り付くほどにやけて札束を自分の鞄に入れた。

 

「ジョニィ、ほれ」

 

 腕時計をジョニィに放った。受け取ったジョニィは少し考えたあと、それを腕につけた。

 

「この調子でどんどんいくぜ! おまえの鞄もひっくり返せ!」

 

「あっ、なにすんだよ!」

 

 急には動けないジョニィから鞄を掠め取ると、それの中身も床にぶちまけた。中から出てきたのは僅かな旅行用品と、ものものしい大小の二つのケースだった。ごろん、と転がったそれを見てジャイロの顔に張り付いていたニヤケが消えた。

 

 銀色のロックがかけられたケース。それの中身は彼らの手足だ。無くなった足や指先が痛むような気がした。幻肢痛で我に返ったジャイロは、一言すまないと言った。

 

 気まずい空気が流れていた。その空気を破ったのは二人ではなくシュガーだった。ジャイロが落とした小さなケースを拾い上げた。落ちた拍子に鍵が外れたのか、ケースが開いて中身が転がり出た。

 

 それを、シュガーが拾った。

 

「あなたが落としたのは、このいまにも腐りそうな手ですか? それとも……」

 

 息を飲んだ。シュガーの右手にあるのは間違いなくジョニーの両手だ、それは間違いない。では、左手に持っているのはなんだ。誰の手なんだ!?

 

「この、『人間の手』ですか?」

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